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ニンジャラクシー・ウォーズ【バトル・フォー・ザ・プラネット・オブ・ジ・アストロピテクス】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。本テキストは、70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」と、サイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


◆#1◆

(((どこへ行く。外出を許可した覚えはないぞ)))
(((大体テメェ、今月分のミカジメもまだジャン? ふてェガキだぜ)))

 どけよ。あいつらを探しに行くんだ。

(((何言ってんのコイツ))) (((生活費ローンの減額をオヤブンにジキソしたガキ共がいただろう。多分それだ))) (((ハッハァ! そりゃダメだわ。今ごろ闇医者に臓器抜かれてるわ)))

 何だよそれ! ザッケンナコ……グワーッ!

(((ふざけてンのはテメッダッテンコラー! スッゾオラー!)))
(((オヤブンが衣食住を与えてくれなければ、貴様らは野垂れ死ぬしかなかった。ローン返済はいわば命の買い戻し。それを怠るなら臓器抵当権を行使するまでだ))) (((たかだか50年かそこらの労働で自由になれるってのによォ。最近のストリートチルドレンは根性ねえなァ!)))

 あいつらを返せ! 俺の仲間を! 俺のグワーッ!

(((その辺にしておけ。今すぐ工場に戻るなら不問に付す)))(((でないとテメェも換金しちまうぜェ? ヒャーッハッハァ!)))

 イッ、痛ェ……クソ! クソ、クソッ! クソ畜生!

(((アー、そこの御仁たち)))

 クソッ! クソ……エッ誰!?

(((随分物騒な話をしておられるが……その少年をどうなさるおつもりかな)))

(((ア? 何だテメェ。引っ込んでろやクソジジイ))) (((社員教育の一環だ。カタギが首を突っ込む筋合いは))) (((イヤーッ!))) ((((((グワーッ!))))))

(((ドーモ。ゲンニンジャ・クランの長、ゲン・シンです)))

(((アイエエエ宇宙ニンジャ!?))) (((宇宙ニンジャナンデ!?)))

 宇宙ニンジャ? あのジジィ……爺さんが!?

(((ナンデと聞かれても、儂は単なる通りすがりよ。その少年にも面識はない。ただ、オヌシらの如き輩は見過ごせぬと思うたまでの事)))

(((チ、畜生! ヤッチマエ相棒! 宇宙ニンジャだろうがジジイはジジイだ!))) (((承知! イヤーッ!)))

(((やれやれ、アイサツもできぬほどの外道とは。イヤーッ!)))

(((アバーッ!))) (((アバババーッ!)))

 ……つ、強ェ……!

(((さあ、立ちなさい。見れば少年、なかなか良い面構えではないか)))

 アッハイ、エット……ド、ドーモ、ゲン・シン=サン。俺の名前は……

(((立ちなさい……立ちなさい……)))

「……きて……起きてよ……」
 身体を揺さぶる何者かの声が、夢の底から意識をサルベージする。
「起きてよリュウ=サン!」
 
「ア……?」微かに目を開くと、ケーブルと配管、スイッチ類に埋め尽くされた低い天井が視界に入ってきた。見慣れた眺めが。

 ここは第3惑星ベルダ第25交易コロニーの路地裏ではなく、苛酷な児童労働者時代でもない。戦闘宇宙船リアベ号のコックピットだ。武骨な船体の外には、あの頃死ぬほど焦がれ、幾度となく見上げた星の海が広がっている。

「ンだよハヤト=サン……もう少し寝かせろよ」リュウは不機嫌そうに呟いた。休息時間にはまだ余裕があったし、何より寝覚めが悪い。クソのような昔の夢で起きるなどまっぴらだ。だが。

「ソフィア=サンが来てるんだよ!」

「バッカお前、それを早く言え!」リュウは瞬時に覚醒した。跳ね起きた目の前の宇宙空間に、神秘的な宇宙帆船が光子セイルを輝かせていた。狭いコックピットに清らかな光が満ちる。

「ホラ、バルー=サンも! こっち来て!」ハヤトが中央船室に首を突っ込んで叫んだ。
 程なくして、身長7フィート超の宇宙猿人がのっそりとコックピットに入ってきた。「ソフィア様のお越しとありゃ、寝てるわけにゃいかんな……WRAAAAGH」吠えるような大欠伸だ。

 ピボッ。コックピットの片隅に陣取る万能ドロイド・トントが、サイバーサングラスめいた顔面プレートに「ー ー」の文字を灯した。
『ネムラナイト、シヌ。タベナイト、シヌ。ニンゲントハ、フベンナ、モノダ』「大きなお世話だポンコツめ」宇宙猿人バルーが唸った。二人はいささかウマが合わない。

 宇宙帆船のバウスプリットから金色のビームが迸り、真空の中にブロンド宇宙美女のホロ映像を結んだ。純白の薄絹を纏うその姿は、宇宙ボディサットヴァ像めいて神々しい。

『ドーモ、ソフィアです。起こしてしまったらゴメンナサイ』ホロ画像のアイサツが、エテルを介してコックピットに響いた。

「いやいや、お気遣いなく!」リュウは満面の笑みで答えた。「いま起きようと思ってたトコさ。なァお前ら?」
「これだもんなァ」ハヤト青年が天を仰ぎ、バルーは渋い顔で首を振った。「諦めろ。こいつの悪い癖だ。昔から変わらん」「うるせェ!」

 BEEPBEEPBEEP! けたたましいビープ音で、トントが一同を黙らせた。『サッサト、アイサツ、シロ( \ / )』

「アー、ドーモ。リュウです」「バルーです」「ゲン・ハヤトです」『ドーモ、トント、デス。コイツラノ、ブレイヲ、オユルシ、クダサイ』
 SLAP! リュウはソフィアに笑いかけたまま、ドロイドの後頭部を平手で張った。既にリュウの行動を演算予測し、脚部電磁石で床に貼り付いていたトントはびくともしない。

「アノ……何かあったんですか、ソフィア=サン」ハヤトが尋ねた。彼女は時間と空間を越えて、リアベ号クルーに啓示を、あるいは救済を与えてきた。おそらくは今回も。

 ソフィアは目を伏せた。『私は未来を見ます。あまり遠くまでは見えませんが』ホロ映像の顔色は心持ち青ざめていた。しばしの沈黙ののち、意を決して口を開く。

『すぐ近くの未来に、恐ろしい光景を見たのです。ガバナス帝国がデーラ人を狩り集め、最後の一人に至るまで宇宙空間に放逐するさまを』

 宇宙猿人デーラ人。第1惑星シータにルーツを持つ、第15太陽系最古の知的種族である。
 その性質は豪胆にして繊細。肉体は強靭。長らくプレ宇宙文明の段階に留まっていた彼らは、地球連盟からの移民を快く受け入れ、数十年にわたる緩やかな融和の道を歩んでいた……邪悪なるガバナス帝国の侵攻を受けるまでは。

「GRRRR……デーラ人狩りだと?」バルーの目が血走り、爛々と輝いた。
「許さんぞガバナス! 俺の故郷! 俺の同胞を! AAAAAAGH!」野獣めいた咆哮が船内に轟いた。

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 BRATATA! BRATATATATA! 第1惑星シータの密林に宇宙マシンガンの銃声が響き渡り、宇宙南国鳥の群れがバサバサとけたたましく飛び立った。

 円形の広場を木造小屋が囲む、ささやかなオーガニック集落。広場に集められた数十名のデーラ人が、威嚇斉射を行った宇宙ニンジャの一団を無言で睨みつけていた。邪悪なるガバナス帝国の尖兵、ニンジャトルーパー部隊。その表情はガスマスクめいたフルフェイスメンポに隠され、判然としない。

 角付きヘルムを被ったガバナス下士官が、仏頂面でデーラ人の一団を睨め付けた。「これで全員です」「ウム」上級トルーパーの報告に頷き、「謹聴せよ!」威圧的に声を張り上げる。

「貴様らは本日付けで、偉大なるロクセイア13世皇帝陛下の宮殿建設事業に徴集される事となった! 光栄に思うがいい!」

「お断りだ!」「デーラ人は何者の強制も受けん!」「お前らの皇帝など知ったことか! カエレ!」「カエレ! カエレ!」血気盛んな青年が口々に叫び、たちまちシュプレヒコールが始まった。
「「「「「カーエーレ! カーエーレ! WRAAAAAGH!」」」」」

 BRATATATATA! 二度目の斉射が彼らの足元に土煙を立てた。若者たちが怒りの目で後ずさる中、長老は一歩踏み出し、トルーパーの一団に対峙した。

「宮殿建設と申されましたな。ならば何故、女子供や老人まで連行なさる」
 杖で指した先には宇宙装甲トラックの行列。他の集落のデーラ人が、老若男女の区別なく鉄格子付き荷台に詰め込まれている。「徴発されるのは働き盛りの男だけ。そう聞いておりましたがのう」

「黙れ! 計画が変更されたのだ。猿どものあずかり知るところではない!」上級トルーパーは叫び、宇宙マシンガンの銃口を長老の眉間に突き付けた。「異議を唱えるなら反逆罪で即時処刑だぞ貴様ァーッ!」

「おやめなされ」長老はいささかも動じず、目を細めた。「ワシが今死ねば、若い衆の収まりがつかなくなりましょうぞ」
「「「GRRRRR……!」」」その言葉を裏付けるかのように男達が牙を剥き、野獣めいた殺気を漲らせた。成人したデーラ人男性の膂力は、時にニンジャトルーパーを上回る。「アイエッ!?」上級トルーパーは思わず後ずさり、失禁を堪えた。

「アーもういい! さっさと連行しろ!」ガバナス下士官が投げやりに命じた。「今日中にあと幾つ集落を回らねばならんか、貴様も知っているだろうが!」
「ハッ、スミマセン」上級トルーパーはマシンガンを降ろした。上官の命令に救われた形で一同に命じる。「積み込み始めーッ!」

「「「ハイヨロコンデー!」」」下級トルーパーがデーラ人を追い立て始めた。「モタモタするな!」「アイエエエ!」「ヤメロ! まだ子供だぞ」「クチゴタエスルナー!」「グワーッ!」「アイエエエ母ちゃん!」「坊や! 坊やーッ!」ナムサン! なんたる暴虐!

「「「長老!」」」「今は従うのじゃ」長老は若者達に囁いた。「我らに正義ある限り、必ずやマニヨル神のご加護があろう」

 しばしの後。「撤収!」「「「ハイヨロコンデー!」」」上級トルーパーの号令で、デーラ人を満載した装甲トラックが走り出した。
 残された無人の集落に、バクチク・グレネードが投擲された。KBAM! KBAM! たちまち爆発炎上!

「アイエエエ!」「私たちの家が!」「「「WRAAAGH!」」」荷台の鉄格子が揺さぶられ、最後尾車両のサスペンションが激しく軋む。下士官は助手席のシートにしがみつき、脂汗を流しながら叫んだ。「早く! 早く出せーッ!」

「「「イヤーッ!」」」ようやく走り出した最後尾車両に、後始末を終えた下級トルーパーが飛び乗った。燃える集落をあとに、コンボイめいたトラック群が走り去ってゆく。人々の怒りを満載して。

「あれがガバナスか……酷い事をしやがる」

 草木の陰から一部始終を窺う、7フィート超の人影があった。その体格は、デーラ人成人男性の中でも屈強な部類だ。顔面を斜めに走る傷跡が、さらなる凄味を醸し出す。

 男は音もなく後ずさり、密林に身を潜める妻子のもとへ戻った。
「みんなどこへ連れて行かれたのかしら、ガルー」「わからん」不安気な妻に、ガルーと呼ばれた男はかぶりを振った。「とにかく今は逃げる事が先決だ。走れるか、ルーレ」「もちろん。村一番の勇者の女房ですからね」

「さすが俺の惚れた女だ」ガルーは笑い、幼い息子を背負った。「怖くても泣くなよ、ジルー。真の男が涙を見せるのは、家族と友を悼む時だけだ」「泣かないよ!」「いい子だ」

 遡ること数時間前。ゴウンゴウンゴウン……全長数宇宙キロに及ぶカンオケめいた宇宙戦艦が、星々に満ちた無限の大空間を突き進んでいた。

『余の宮殿建設にデーラ人を使役しておるそうだのう、コーガー団長』

 ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」ブリッジ壁面の黄金宇宙ドクロレリーフ……すなわち、ガバナス皇帝ロクセイア13世専用超光速通信機が不気味な機械音声を発した。
『醜い猿どもが建てた宮殿に余を住まわせようとは……いやはや信じがたき愚行よ。よもや事実ではあるまいな。ン?』

「ハッ……それは」ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーはドゲザ姿勢で俯いた。漆黒のプレートアーマーの下を冷たい汗が流れる。

 スケジュール順守のため、デーラ人の投入はやむを得ぬ措置であった。建設計画の指揮を執るオーダー将軍の懇願に、現地の視察に赴いた弟、イーガー副長が折れた形だ。
 皇帝の沈黙を黙認と捉えた自身のウカツを、いまコーガーは悔いていた。このままでは将軍もろともイーガーのセプクは不可避となろう。

「エーそれは……無論! 事実ではござりませぬ!」

 コーガーのニューロンがフル回転した。「仰せのとおり、第1惑星シータを皮切りにデーラ人を狩り集めております。しかしそれは、陛下を宮殿にお迎えするにあたり、かの醜き宇宙猿人を地上から一掃せんがため!」

『ムッハハハハ! なるほどのう』黄金ドクロの両眼UNIXランプが愉しげに瞬いた。『あいわかった。ならば集めた猿人どもを貨物船に詰め込み、宇宙に撒き散らしてみせい』
「ハハーッ! 皇帝陛下の御前にて御覧に入れましょうぞ!」『ムッハハハハハ!』

 通信終了。コーガーは立ち上がり、背後に控える女宇宙ニンジャに命じた。「クノーイ=サン、大至急シータのイーガー副長を呼び出せ! デーラ人狩りの指揮を執らせるのだ!」
「ヨロコンデー」パープルラメ装束の女宇宙ニンジャ、クノーイは無感情に微笑んだ。そのバストは豊満であった。

 ナムサン! これがデーラ人徴発計画変更の真実であった。弟に累が及ぶリスクを避けるため、コーガー団長は罪なき宇宙猿人を種族ぐるみ抹殺する決断を下したのである! なんたる冷血! ニンジャアーミーの長には、これほどの非情が求められるというのか!

「ハァーッ……ハァーッ……」

 ルーレは息を切らし、ジャングルの曲がりくねった樹木に手をついた。「ここまで来れば大丈夫だ。少し休もう」ガルーは息子を降ろした。「泣かなかったよ僕!」「頑張ったな」

「ハァーッ……これからどうなるの、私たち」
「わからん」ガルーは嘆息した。「バルー=サンがいてくれたらなァ……宇宙船乗りなんて妙なモンになっちまったが、奴は間違いなく真の男だ。あいつが一緒なら、俺だってガバナス相手にひと暴れ……」
 ガルーはルーレの視線に気付き、口をつぐんだ。「すまん。昔の癖が出た」「バルー=サンも元気でやってるわよ、どこかで」「そうだな」

「ンッフフフフ……やはり君はバルー=サンの知己だったか」

 陰に籠った正体不明の声に、猿人夫婦はぎくりと身を強張らせた。周囲の樹木がざわめき、木の葉が眩惑的に舞い散った。宇宙南国鳥がゲーゲーと不快に鳴き交わす。
「誰だ、出てこい!」ガルーが呼ばわると、「「「イヤーッ!」」」カラテシャウトとともに、ニンジャトルーパーの一団が回転ジャンプでエントリー! たちまち一家を包囲した!

「俺達は捕まらんぞ!」ガルーは宇宙マチェーテを抜き放った。「フン、猿人風情が勇ましいことだ。少々痛めつけてやれ」上級トルーパーの命令一下、「「「ハイヨロコンデー!」」」下級トルーパーが三人に殺到!

 先陣を切ったトルーパーのニンジャソード斬撃を、「WRAAAAGH!」ガルーはマチェーテでがっちりと受け止めた。「ヌゥーッ!」武骨な刀身に押し返され、トルーパーはたちまち膝をついた。7フィート超の巨躯が覆い被さり、凄まじい圧をかける。ソードもろとも押し斬らんばかりに!
「グ……グワーッ!」

「WRAAAAGH!」ガルーの強烈な前蹴りがトルーパーのみぞおちに叩き込まれた。「オゴーッ!」宇宙サッカーボールめいて蹴り飛ばされ、下級トルーパーは大木に激突した。フルフェイスメンポの呼吸口から吐瀉物が飛び散る!

「オノレ! イヤーッ!」斬りつける新手トルーパーに、カウンターめいてマチェーテが一閃!「WRAAAAGH!」「グワーッ!」右腕がソードごと宙に舞う!
 ガルーは片腕ケジメトルーパーの胸倉を掴み、「WRAAAAAAGH!」攻めあぐねる一団めがけて投げ飛ばした。「「「グワーッ!」」」まとめて薙ぎ倒されたトルーパーが、宇宙ボウリングのピンめいて吹っ飛んだ! 膂力!

 ルーレは息子のジルーを庇うように立ち、夫の戦いを見守っていた。
 その時、彼女の頭上から何かが音もなく降りて来た。蛇のような、触手のようなそれは……ナムサン! 何らかの植物の枝が、意志あるものの如く蠢いているではないか!

「アイエエエ! 父ちゃん! 母ちゃん!」

 息子の悲鳴に、猿人夫婦はハッと振り向いた。だが時すでに遅し。小さな身体が触手めいた枝に巻かれ、大木の梢へと吊り上げられる!

「ンッフフフフ」陰に籠った笑いとともに大木の幹が膨らみ、メリメリ、パキパキと音をたてて何者かが分離を始めた。
 ジルーを縛る枝は、その者の右腕であった。おおむね人型と言えるその四肢は、ガバナス帝国制式宇宙ニンジャ装束に覆われていた。流木の如き頭部に人間じみた眼球が光る。「アイエエエ……!」ルーレは半ば失神して尻餅をついた。

 ジルーを小脇に抱えて地上に飛び降りたのは、宇宙ニンジャの……樹木! 進化の系譜を異にする植物系人類であった!
「ドーモ。はじめましてガルー=サン。惑星トリーのニンジャオフィサー、キビトです」

 この銀河宇宙に生きる知的生命体にとって、アイサツは絶対の礼儀である。ガルーはSNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)に耐え、狭い額に脂汗を滲ませてオジギした。「ド……ドーモ、ガルーです。なぜ俺の名を知っている」

「ニンジャアーミーの諜報力を甘く見ない事だ」キビトの双眼がにんまりと細まった。「君は反逆者バルー=サンの幼馴染にして無二の親友。だろう?」「だったら何だ! 息子には関係ない! ジルーを放せ!」「条件を呑めばな」「条件?」「バルー=サンとその仲間を捕える手先になってもらう」

「ナメるな!」ガルーは牙を剥いた。「デーラ人は友を裏切らん。それが掟であり、誇りだ!」

「フン、いかにも動物系人類の言いそうなセリフだ……ならば」
 ドクン、ドクン……ジルーを抱えるキビトの右腕が脈打ち始めた。「アイエエエエ!」ジルーが苦悶の叫び声をあげた。皮膚が土気色に干からび、生気が吸い取られてゆく。「アーイイ……遥かにイイ」キビトは身体を震わせて呻いた。

「何をする! ヤメローッ!」「やめろだと? 元々は我が同胞を食らって得た養分ではないか。穀物、野菜、フルーツ。取り返すのは当然の権利だ」

「アバッ! アババババーッ!」小さな身体が痙攣を始めた。
「息子の命を捨ててまで、くだらん獣の誇りを守るつもりかね」キビトはうっとりと嘲った。「私は構わんよ? こいつが死んだら、次はその女から取り返すとしよう。ンッフフフフ」「アババババーッ!」
「ガルー、お願い! あの子を!」我に返った妻が必死の形相で縋り付く。

 ガルーはその場にくずおれた。力を失った手からマチェーテが滑り落ちた。
「条件を……呑む」「ンンー? すまんがよく聞こえなかった。食事中なものでねェ」

「条件を呑む! だから! 息子を助けてくれェーッ!」

 血を吐くようなガルーの叫びに驚き、宇宙南国鳥の群れがゲーゲーと鳴きながら飛び立った。

◆#2◆

 無人のデーラ人集落をスニーキングする人影は、ひとり故郷に戻ってきたバルーであった。

 リアベ号の仲間とはあえて別行動をとった。代々トラディショナルな生活様式を守る同胞のもとに、地球型人類やドロイドを連れ帰るのは憚られたのだ。だがそれは杞憂であった。既に集落はガバナスの襲撃を受け、住人は一人残らず姿を消していた。

 焼け残った木造住宅の外壁に、バルーは音もなく身を沿わせた。手にした宇宙ストーンアックスで麻織りのノレンを持ち上げ、ゆっくりと中を覗き込む……その時!

 突如何者かがその手首を掴み、7フィート超の巨躯を室内に引きずり込んだ。膂力!「AAAAAGH!」バルーは反射的に身をもぎ離し、ストーンアックスを振り上げ……相手を見て破顔した。「ガルー!」「バルーか!」

「「WRAAAHAHAHA!」」二人は呵々大笑して、デーラ人流の荒っぽいハンドシェイクを交わした。SLAP! SLAP!「「WRAAAAAAAGH!」」

「やはり戻って来たな」「当たり前だ! お前が無事でホッとしたぜ。ルーレとジルーはどうした」「ああ、安全だ……今のところは」ガルーは歯切れ悪く頷いた。

「なあ、バルーよ。俺達を助けてくれるか」「当然だろうが! 仲間も力を貸してくれる。二人とも真の宇宙の男で、しかも宇宙ニンジャだぜ!」胸板を叩くバルーの返答は明快だ。「さあ来い! 早速会わせよう」

「待て!」ノレンを潜ろうとしたバルーの腕を、ガルーは険しい顔で掴んだ。「アー、その……まずは再会の酒だ。それからでも遅くはなかろう。な?」
「WRAHAHAHA! こりゃいかん」バルーは額を叩いた。「宇宙を飛び回ってると、デーラ人のしきたりまで忘れちまうわい」

 宇宙ゴザを敷いただけの地面に、バルーはどっかりと腰を下ろした。宇宙チャブを挟んでガルーも座り、皮袋から木椀に発酵酒を注いだ。慎重に。
「再会を祝して」「カンパイ! ユウジョウ!」バルーは木椀をひと息に呷った。ぐびりぐびりと喉が動く。

「フゥーッ」バルーは口元を拭い……静かにガルーを見た。
「どうした。なぜ飲まん」

「俺にはその資格がない」ガルーは目を伏せ、歯を食い縛った。「俺は……デーラ人の誇りを捨てたのだ」
「様子が変だと思ったぜ」バルーは旧友の肩を叩いた。「まァ話してみろよ。一体何があった……アイエッ!?」

 取り落とされた木椀がゴザの上に転がり、わずかに残る発酵酒が飛び散った。「グワーッ麻痺毒!」バルーは宇宙ゴザに両手をつき、よろめく身体を辛うじて支えた。
「俺を嗤ってくれ、バルー」ガルーの拳が震えた。「家族の命と引き換えに、無二の親友をガバナスに売った男を!」

 バルーは全てを察した。「そうか……家族は、大事……だな」わななく手で友の頬に触れ、精一杯笑ってみせる。

「俺は、お前を……恨みはしないぜ……」

 バルーは宇宙チャブに突っ伏し、昏倒した。
「キビト=サン!」ガルーは頭上の空間に呼びかけた。「ンッフフフ、ご苦労」野太い梁からメリメリとキビトが分離し、地面に降り立つ。「リュウ=サンとハヤト=サンが一緒でないのは残念だが、まあよかろう」

「約束だ。女房と息子を返せ!」「約束?」「忘れたとは言わさんぞ貴様!」ガルーが牙を剥く。
「ああ、約束。約束ねェ……もちろん覚えているとも」キビトはゆっくりとガルーに向き直り……「イヤーッ!」「グワーッ!」

 木杭めいて硬化したキビトの右腕が、ガルーの背中から血に塗れて突き出していた。「アバッ……な、何を……」
「片腹痛い。高次生命たる植物系人類の、しかも宇宙ニンジャの私と、対等に約束を交わせるとでも? 貴様のような薄汚い猿ごときが?」

 ドクン、ドクン……右腕が脈動する。「アバッ! アババババーッ!」「全くもって度し難き劣等人種よ。せめて私の養分として役立つがいい」「アババババババーッ!」

「ンンッフゥーッ……」やがて、キビトは満足気に酸素の吐息を漏らした。ミイラめいて干からびたガルーの亡骸が崩れ落ち、キビトの足元で塵の山と化した。あとに残されたのは衣服と装身具、そして一丁の宇宙マチェーテのみ。ナムアミダブツ……!

「アーイイ、遥かにイイ……ンン?」
 恍惚とするキビトの足首を、バルーの震える手が掴んだ。「テメェ……よくも……よくも俺のダチを!」怒りが宇宙猿人アドレナリンを血中に駆け巡らせ、辛うじて彼の意識を留めていた。

「ンッフフフ……何が不満だ。獣は死に、植物の養分となるさだめ」キビトの瞳孔は散大し、視線は曖昧に揺らいでいた。「君もさだめに従え! イヤーッ!」うわずったカラテシャウトと共に右腕が伸び、バルーの肩口を貫く!「グワーッ!」脈動!「アババババーッ!」

 その瞬間、「マッタ!」紫の風が駆け込んだ。「グワーッ!」バルーの長躯がくの字に曲がって吹き飛ばされ、その勢いでキビトの右腕が引き抜かれた。小屋の心柱に激突したバルーは完全に意識を失い、地面に倒れ伏した。

「作戦を台無しにする気? キビト=サン」ローキックの蹴り足を引き戻しながら、クノーイはキビトを睨んだ。
「ンンー、シツレイした。私としたことが、植物らしい奥ゆかしさを忘れていたよ」キビトは右腕を縮め、笑いを堪えてゆらゆらとオジギした。「ンンッフフ」完全にキマっている。クノーイは内心舌打ちした。

「わかってるの? リアベ号の連中をイチモ・ダジンにしないと、奴ら必ずデーラ人狩りを妨害するわよ」「だからこいつを餌に、残りの仲間を誘き出すというのだろう?」キビトはバルーを担ぎ上げた。「動物系人類の立案にしては真っ当だ。協力させてもらうよ。ンッフフフ」

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 焼け野原に建設された軍事施設群の中心に屹立する、円筒形のメガストラクチャー。最上部の壁面からは十数本の砲身が放射状に突き出し、360度くまなく射程範囲に捉えている。ガバナス地上要塞の対空監視塔だ。

 土煙をあげて走る装甲トラックがコンボイめいて列を成し、次々と監視塔のメインゲートに吸い込まれていった。デーラ人を家畜の如く満載して。

 その様子を窺う二人の宇宙ニンジャあり。
「ご大層なモンおっ建てやがって」地面の上にわずかに顔を出し、リュウは眉根を寄せた。傍らでハヤトが頷く。「許せないよ」

 二人が身を潜める用水路には一滴の水も流れていない。かつてこの地に栄え、ガバナスに焼き払われた耕作地帯の名残だ。
 すぐ近くに、地下通路へのゲートがトーチカめいて開口していた。通路を経由して全施設への行き来が可能と思われる。警備にあたるは歩哨トルーパー二名。

「あいつら邪魔だね」「何言ってやがる。チョロいぜ」リュウはハヤトの肩を軽く叩き、用水路から飛び出した。ハヤトが慌てて続く。

 二人は身を沈めて近づき……「「イヤーッ!」」トルーパーの背後から飛び掛かった。「「グワーッ!」」腹部に拳を叩き込まれ、トルーパー達はたちまち悶絶。リュウとハヤトは素早くその身体を抱え、監視カメラの死角へ引きずり込み、トドメを刺した。「な?」リュウがウインクした。

 その一部始終を映し出すモニタを一瞥すらせず、監視塔指令室のイーガーは八つ当たりめいて叱声を飛ばした。「貨物船の発進準備はまだ終わらんのか!」とんだ貧乏クジだ。(こんな屠殺場めいたミッションを押し付けられると知っていれば、オーダー将軍のドゲザなど一蹴していたわ!)

「グズグズするな! 皇帝のご意志に背いたとみなし、不敬罪に問うぞ!」「「「アイエエエスミマセン!」」」UNIX卓に貼りついたオペレートトルーパーが、失禁を堪えて作業を急ぐ。

 ガゴンプシュー。指令室のドアが開き、クノーイとキビト、そして鎖で拘束された宇宙猿人が入室した。「バルー=サンを連行しました、副長閣下」

 イーガーの機嫌は直らない。「二人がかりで猿一匹か。不甲斐ない」ソードの鞘でバルーの肩口をつつく。「GRRRRR……!」傷の痛みにバルーは歯を食い縛り、殺意のこもった唸り声をあげた。

「ご心配は無用です、副長閣下」キビトが胸を張った。「所詮は動物系人類。残り二人もすぐに捕えます。警備兵!」「「ハッ」」下級トルーパー二名が入室した。「この猿を地下独房に放り込んでおけ。追って指示する」「「ヨロコンデー」」
「WRAAAAGH!」バルーは必死に抵抗した。毒を食らおうと傷を負おうと、断じてガバナスの思い通りにはならぬ!

 その時。
(落ち着け相棒)(僕達だよ)トルーパー達が聞き慣れた声で囁いた。

「ム?」バルーの宇宙猿人視力は、フルフェイスメンポの宇宙ゴーグルの下に馴染み深い顔を見出した。
(お前ら! どうしてここに)(状況判断よ)リュウの眼が笑った。(このまま脱出しよう、バルー=サン)ハヤトの囁きに、バルーは微かに頷いた。

 そそくさと退室しかけた三人を、「待て」イーガーが制した。
「アー……何か不都合でも」リュウが慎重に尋ねた。「ビクつくな。これから始まるショウを、その猿にも見せてやるのよ」

 イーガーが手振りで指示すると、大型UNIXモニタが薄暗い格納庫を映し出した。デーラ人の一団がニンジャトルーパーに追い立てられ、次々と宇宙貨物船のコンテナに入ってゆく。

「ルーレ! ジルー!」見知った母子の姿を認め、バルーはカッと目を見開いた。「ほほう、知り合いがいたか」イーガーは笑った。「俺の地位を守るため、貴様ら猿どもには地上から消えてもらう。全てのデーラ人を宇宙に投棄する、あれが第一便よ。ハハハハ!」

「テメェ! WRAAAAGH!」荒れ狂うバルーを、リュウとハヤトは渾身の力で抑えつけねばならなかった。「コラ、暴れるな!」「大人しくして……しろ!」
「ハッハハハハ!」イーガーの哄笑が怒りの炎に油を注ぐ。「AAAAGH! 殺す! テメェら絶対ブッ殺す! WRAAAAAGH!」

 二人のトルーパーは四苦八苦してバルーを引きずり出した。自動ドアが閉じ、咆哮が遠ざかってゆく。「WRAAAAAAGH……!」

「これで餌の用意はできたな」キビトは満足げに腕を組んだ。「私は太陽光でも浴びながら、リュウ=サンとハヤト=サンを捕える罠をじっくり考えるとしよう」「悠長なこと」「優生種ゆえの余裕だよ」クノーイの皮肉にも動じない。

「もういい。反逆者どもはお前らに任せる」イーガーは二人を追い払うように手を振った。リアベ号の一味は殺しても飽き足らぬが、今は保身ミッションが最優先だ。
「デーラ人の積み込み、完了しました」オペレーターが生真面目に報告した。「ア? ならさっさと発進させろ!」「ハ、ハイヨロコンデー!」

 ガゴンガゴンガゴンプシュー……格納庫の円形天井が次々と開き、丸く切り取られたシータの青空が覗いた。
「発進ドーゾ」「ヨロコンデー」ゴウンゴウンゴウン……巨大な宇宙貨物船は、監視塔を貫くシャフト内をしめやかに上昇開始した。フライトプランは既に登録済み。大気圏脱出後、星系外へデーラ人を投棄する手筈だ。

「よォし、猿狩りの再開といくか」イーガーが指揮官席から腰を浮かせた瞬間、ブガーブガーブガー! レッドアラートが鳴り響いた。
『緊急事態! 警備兵二名が反逆者のデーラ人と脱走しました!』

「オイ、キビト=サン!」イーガーのこめかみに再び青筋が立った。「どういう事だ! まだ俺の手を煩わせる気か!」「滅相もない! この私にも予想外だったまで! まさか既に反逆者どもが潜入していたとは!」

 動揺するキビトに、クノーイは皮肉めいた笑みを返した。「動物系人類も侮れないようね、キビト=サン」「ヌゥーッ!」

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆


◆#3◆

「「トマレー! トマレー!」」「貴様らの所属は!」「直ちに通行許可証を」KRAAAASH!「「アバーッ!」」暴走するガバナス宇宙装甲車が、バリケードもろとも検問トルーパーを轢殺!

 フルフェイスメンポを外す暇も惜しみ、リュウが装甲車のハンドルを切る。ハヤトとバルーは荒れ狂う車体にしがみつき、激しい振動に耐えた。「急いでリュウ=サン! あの貨物船を追わないと」「わかってンだよ黙ってろ舌噛むぞ!」「GRRRRR!」

 だが次の瞬間、KABOOOOOM! 車体の下で爆発が巻き起こった。

「「「グワーッ!」」」三人は横転する装甲車から投げ出され、ゴロゴロとウケミした。後を追ってきたもう一台の装甲車からニンジャトルーパー分隊が次々と降車、包囲陣形をとった。運転席から身を乗り出したクノーイが、油断なく2発目のバクチク・グレネードを構える。

「その猿は独房に入れろと命じたはずだぞ。ンン?」上部ハッチで頬杖を突くキビトが嫌味たらしく問うた。
「エーそれは、エー……そう別命! 別命で護送してます! 捕虜を!」
 必死に取り繕うハヤトを、「ンッフフフフ」キビトは楽しげに嘲笑した。「動物系人類の嘘は全く他愛ない。リュウ=サンとハヤト=サンだろう、君達?」

「フーン、お見通しッてか」トルーパー姿のリュウが挑発的に踏み出した。「晩メシの焚き付けみてェなツラの割に頭が回るな。褒めてやるぜ枯木野郎」

「何だ、その言い草はァ……」キビトのこめかみの辺りがミシミシと鳴った。地球型人類であれば青筋が立っているところだ。
「つべこべ言わずに正体を現せ! 劣等種族がーッ!」瞬間的に伸びた右腕がクノーイの手からバクチクを引ったくり、投擲!

 KABOOOOOM! 赤黒い爆炎が三人を覆い尽くした。

「フン、自業自得だよ。優生種の私を愚弄するから……ンン?」キビトは目を眇めた。
 薄れゆく炎の向こう、バルーとともに立つ姿は、リュウとハヤトのそれではなかった。真紅と白銀の未来的宇宙ニンジャ装束。目元を隠す宇宙ニンジャゴーグル。クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾が爆風にはためく。

「お前達は!」クノーイの顔色が変わった。二人の宇宙ニンジャは、その手に握る金属製グリップのボタンを押した。スティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた短刀に変形する。

「「ドーモ!」」二人はヒロイックなカラテを構えた。
「銀河の果てからやって来た正義の味方。ナガレボシです!」
「変幻自在に悪を討つ平和の使者。マボロシです!」

「ドーモ、クノーイです」「ドーモ、はじめまして。キビトです。獣の分際で私の目を欺いた事は褒めておこう」キビトは装甲車を降りてオジギした。
「君達の事は聞いているぞ。リアベ号の連中をヨージンボめいて支援する謎の宇宙ニンジャだとな」流木めいた頭部が訳知り顔で頷く。「我々をここで足止めして、彼らに貨物船を追わせる算段だろう?」

「さあな」できるならそうしてるよ畜生。真紅の宇宙ニンジャ、ナガレボシことリュウは内心毒づいた。ハヤガワリ・プロトコルを順守した彼らの正体は99.99%秘匿される。しかし、物理法則を無視して同時に二ヶ所に存在することはできないのだ。

「君達の思い通りにはさせんよ。カカレ!」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」

 キビトの命令一下、ニンジャトルーパーが一斉にソードを抜き放ち、渦巻きめいた陣形で三人に殺到した。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」陣形ごと回転しながら、先頭のトルーパーが次々と斬り掛かる。ワザマエの差を数でカバーする時間差攻撃、クルマ・ラグ・アタックだ!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」チュイン! チュイン! チュイン! ナガレボシの宇宙ニンジャ伸縮刀がカラテ超振動を発し、火花を散らしてソードを払いのけた。「イヤーッ!」一人の手首を掴み、アイキドーめいて投げ飛ばす!「グワーッ!」乱れる陣形!

「WRAAAAGH!」別トルーパーの攻撃を受けたバルーが苦痛の叫びをあげた。宇宙ストーンアックスでニンジャソードを押し返さんとするも、右肩の傷と麻痺毒のダメージでままならぬ。
「させるかよ! イヤーッ!」すかさずナガレボシが駆け込み、トラースキックでトルーパーを蹴り飛ばした。「グワーッ!」その先には白銀の宇宙ニンジャ、マボロシことハヤトの伸縮刀!
「イヤーッ!」飛来トルーパーの胸板を超振動貫通! 緑の血に塗れた腕が背中から突き出る!「アバーッ! サヨナラ!」爆発四散!

 ナガレボシとマボロシは、バルーを庇うように並び立った。
「下がってな相棒」「僕達で十分だ!」「GRRRR……そうはいかねえ」バルーの目はひたとキビトに向けられていた。

「スキあり! イヤーッ!」背後から襲いかかったトルーパーのニンジャソードを、マボロシはノールックで伸縮刀防御、「イヤーッ!」振り向きざまに斬りつけた。「グワーッ!」
 マボロシはそのまま身を沈め、「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」地を這う竜巻めいてスイーパーキックを連発した。「「「グワーッ!」」」足を刈られ体勢を乱すトルーパー群に、「イヤーッ!」ナガレボシのトビゲリが叩き込まれた。「「「グワーッ!」」」ひとまとめに吹き飛ぶ!

「調子にお乗りでないよ! イヤーッ!」飛び来たったロケット型クナイ・ダートを「イヤーッ!」マボロシは反射的に叩き落した。投擲者はクノーイだ。
「今よキビト=サン!」「君に指図される謂れはない!」キビトは言い返しながら右腕を振り上げた。枝めいた腕はみるみる数メートル近く伸び、鞭めいて振り下ろされる!

「イヤーッ! イヤーッ!」SMAASH! SMAAAAASH!「グワーッ!」マボロシの周囲で岩が砕け、土煙が舞った。
「イヤーッ!」SMASH! キビトの腕はマボロシのクロスガードを弾き飛ばし、その首に巻きついた。ドクンドクンと脈動し、マボロシの生気を吸い上げにかかる。「ンッフフフフ滋養!」「グワーッ!」

「世話焼かせンな! イヤーッ!」
 ナガレボシの宇宙スリケンがキビトの肩口に突き立った。「グワーッ!」締め付けが弱まった一瞬を突き、「イ……イヤーッ!」マボロシは宇宙ニンジャ伸縮刀を触手めいた腕に叩き付けた。チュイイイイン! 超振動がチェーンソーめいて木屑を撒き散らす!

「グワーッ!」キビトはたたらを踏み、シュルシュルと右腕を縮めた。肘から先が失われている。好機!

 だがその時、マボロシの前にバルーが立ちはだかった。
「下がってろマボロシ=サン。こいつは俺の獲物だ」「エッ? でもその傷じゃ」「こいつは俺のダチを殺し、デーラ人の名誉を汚した!」7フィート超の長身から迸るキリングオーラに、マボロシは圧倒された。「アイエッ……」

 トルーパーと斬り合いつつ、ナガレボシは咄嗟に状況判断した。
「マボロシ=サン! バルーに任せろ!」叫ぶと同時に四枚の宇宙スリケンを投擲!「イヤーッ!」「「グワーッ!」」それぞれ喉笛と股間を貫かれ、二人のトルーパーが倒れ伏した。「ザコは俺だけで十分だ! イヤーッ!」さらに四枚を投擲!「「グワーッ!」」

 マボロシの迷いは晴れた。「やれ、バルー=サン!」「WRAAAAGH!」バルーは咆哮で応え、宇宙ストーンアックスを構えた。宇宙猿人アドレナリンが全身を駆け巡り、麻痺毒の弱体効果を上回った。パンプアップした筋肉が右肩を止血した。黄金色の体毛が逆立ち、波打つ!「WRAAAAAGH!」

 悪鬼めいたその姿にもキビトは動じなかった。「ンッフフフフ……君達に私は倒せんよ」頭部にザワザワと緑葉が生え、陽光を受けて輝く。「リジェネレイト・ジツ! イヤーッ!」

 おお、見よ! カラテシャウトと同時に、剪定痕めいた右肘の傷跡に萌え出た瑞々しい若芽を! それはメリメリ、パキパキと音をたてながらタイムラプス映像めいて急速成長し、新たな腕に育ってゆくではないか!

「理解したかね?」ものの数秒で元に戻った右腕を、キビトはビュンビュンと振り回した。「光ある限り、私は何度でも再生する。他者の肉体を食らうしか能のない君ら動物系人類には到底不可能な」「WRAAAAAGH!」「エッ」KRAAAAASH!

 宇宙猿人アドレナリンによって休眠したバルーの言語中枢は、キビトの長広舌をもはや解さなかった。引き換えに大脳辺縁系が異常活性化した今、彼の肉体を突き動かすのは本能のみ。脳内ニューロン処理の大半がスキップされ、その反射速度は宇宙ニンジャ敏捷性に迫らんとす!

「グワーッ!」キビトの五体が押し倒され、地面に激突した。「AAAAAAGH!」「グワーッ!」バルーはマウントポジションからキビトの肩口に深く食らいつき、手首を掴んだ。「GRRRRRRAAAGH!」

「グワーッ!」キビトの上腕部が凄まじい力で引っ張られた。ブチブチと不気味な音が響く。キビトの腕だけではない。限界を超えたパワーを発揮するバルーの筋繊維も、負荷に耐えかね千切れ始めていた。「アイエエエ! ヤメロこのイカレ猿が!」「AAAAAAAAAAGH!」「アイエエエエエ! ヤメロ! ヤメローッ!」

 ブヅン!「グワァァァァァーーーッ!」

 キビトの右肩から先が千切れ飛んだ。「WRAAAAAAAGH!」バルーは衝動のまま頭を振りたて、生臭い涎を振り撒いた。

「けッ、汚らわしい! イヤーッ!」「AAAAAAGH!」腹を蹴り上げられたバルーが、吐瀉物とともに地面に転がった。
 マウントポジションを脱したキビトがよろよろと立ち上がる。「図に乗るな……図に乗るんじゃあないケダモノが……腕一本ごとき何度でもなァ!」緑葉が再び光に輝く!「リジェネレイト・ジツ! イ……」

 KBAMKBAMKBAM! 頭上に白煙が炸裂した。

「何ッ!?」キビトは狼狽して振り仰いだ。KBAMKBAMKBAM! マボロシの投擲したケムリダマだ。絡み合う敵味方にスリケンを投げあぐねたあげく、ヤバレカバレめいてひねり出した援護策である。

「上等だマボロシ=サン! ありったけ投げろ!」ナガレボシは叫び、トルーパーの首をトビゲリ270度回転殺!「アバーッ!」
「ハイ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」マボロシは投擲続行! KBAMKBAMKBAM! みるみる陽光が煙に閉ざされる!

「小賢しいぞ劣等人種! イヤーッ!」「グワーッ!」キビトの左腕が伸び、触手めいてマボロシの手首に絡みついた。ブレーサーに阻まれて生気吸収はかなわぬ。ならば。「このまま手首を捻り切ってやろう!」締め上げられたブレーサーがミシミシと軋む!「グ……グワーッ!」

 その時!「WRAAAAGH!」「グワーッ!」バルーが横合いから飛び掛かり、伸び切った左腕を一瞬で噛みちぎった! なんたる野獣めいた咬合力!

「バルー=サン! アリガトゴザイマ……」マボロシは絶句した。バルーは背を向けて低く屈み込み、手の中の何かをバリバリと貪り食っていた。小動物を捕食する宇宙モンキーのごとく。「GRRRRR……」

「貴様……何をしている」キビトが後ずさった。「GRRRRR」顔を上げたバルーの両目は真っ赤に充血し、爛々と輝いていた。涎にまみれた植物片が口元から零れ落ちた。キビトの左手首の残骸が。

「アイエエエエ!」キビトは本能的恐怖に襲われ、左腕を引き戻した。シュルシュルシュル……宇宙スネークの逃走めいて縮む腕を追い、ほとんど四つん這いのバルーが肉薄する!「WRAAAAAAGH!」なんたる野獣めいた瞬発力!

「アイエエエエ! 来るな! 来るなーッ!」キビトは側転回避を……打てぬ! 右腕に加え、いまや左手首も無い!
「WRAAAAAAGH!」「イ……イヤーッ!」横っ飛びに白煙の中へ逃れるのが精一杯だった。欠損した五体がバランスを崩し、スライディングめいて土に塗れる。「グワーッ!」ブザマ!

 避けねば殺される。咄嗟にそう思った自分自身にキビトは憤った。だが事実だ。植物系ニューロンの中で怒りと恐怖がせめぎ合う。

 いまやキビトの視界は、煙で完全に閉ざされていた。
「GRRRRR……!」SNIFF! SNIFF! バルーの唸りと鼻をひくつかせる音、そしてうろうろと歩く足音だけが聞こえてくる。

 光を得られぬ頭部の緑葉がハラハラと散った。リジェネレイト・ジツ使用不能。
 キビトは屈辱に堪え、匍匐前進を開始した。呼吸する肺も、鼓動する心臓もない彼は、ニンジャアーミー中トップクラスの宇宙ニンジャ野伏力を誇る。
 
 受けたダメージをことごとくリジェネレイト・ジツで回復し、無益な攻撃に消耗した相手を悠々と殺す。動物系人類にカラテで一歩後れを取るキビトの、それが必勝のメソッドであった。第15太陽グローラーに最も近く、強烈な陽光が降り注ぐこの惑星こそ、彼にとって絶好の狩場となるはずだったのだ。

 不自由な左腕で、キビトは地面をもどかしく掻いた。(もう少しだ……奴が私を見失っているうちに、煙の外に出てリジェネレイトするのだ……さすればあんな猿など……!)

 だが次の瞬間!「WRAAAAAAGH!」宇宙猿人の巨躯が、白煙を割ってキビトの眼前に飛び出した!「何ィーッ!? バカな!」

「グワーッ!」再びマウントを取られたキビトに、両手持ち宇宙ストーンアックスの殴打が降り注ぐ!「WRAAAAAGH!」ザクッ! ザクッ! ザクッ!「アイエエエエ! 畜生なぜだ! 貴様なぜ私の居場所を!」「WRAAAAAGH!」ザクッ! ザクッ! ザクッ!「アイエエエエエ!」

 全身をズタズタにされながらキビトは気付いた。自身の傷から否応なく発散する、宇宙フィトンチッドの微かな香気に! ナムサン! 獣どもの戦意を鎮める防衛化学物質が、逆に狂える野獣の嗅覚を導こうとは!「WRAAAAAGH!」ザクッ! ザクッ! ザクッ!「アイエエエエエエ!」

 キビトの主観時間が泥めいて鈍化した。石刃が振り上げられ、振り下ろされ、体組織が木屑めいて飛び散る。それが繰り返される。果てしなく。
 ザクッ……! ザクッ……! ザクッ……!

 風が煙を吹き流し、ようやく青空が覗いた。だが時すでに遅く、キビトのニューロンはソーマト・リコール現象に呑まれていた。それは数十万年の昔から受け継がれた記憶。眷属に自我が芽生える遥か以前の呪わしきビジョン。

 枝一本、葉の一枚も動かせぬ身体を、虫が、鳥が、獣が、当然の権利のように食い荒らす。光が傷を癒し、捕食者が新たな傷を作る。再生と搾取のサイクル。その末に命は枯れ果て、次の世代が芽吹き、また貪られる。それが繰り返される。果てしなく。

(アイエエエエ……スミマセン、偉大なる始祖よ)キビトの両眼から樹液が流れた。涙のごとく。(私もまた、獣どもに勝てなかった……)

「WRAAAAAAAAAGH!」バルーはひときわ高く叫び、最後の一撃を振り下ろした。SMAAAAAAASH! キビトの首が胴体を離れ、地を転がった。「サヨナラ!」爆発四散!

「WRAAAAAAAAAGH!」バルーは湧き上がる攻撃衝動を持て余し、ストーンアックスを投げ上げた。宇宙猿人アドレナリンで加速された視神経が、そのさまをスローモーションめいて捉えた。

 原始時代の武器が優雅に回転し、青空を駆け登ってゆく。

◆#4◆

 漆黒の宇宙空間を飛ぶリアベ号の武骨な船体が、第15太陽グローラーの光を反射して輝いた。

 ゴンゴンゴンゴン……フル回転するイオン・エンジンの轟音の中、リュウとハヤトは厳しい顔で操縦桿を握っていた。
 後部座席にもたれるバルーの傍ら、トントがマニピュレータをてきぱきと動かして医療行為を進める。『スコシ、イタイガ、ガマン、シロ』「とっととやれポンコツ……AAAAGH!」

 キビトの爆発四散をもってクノーイは撤退した。ニンジャトルーパーはナガレボシが全滅せしめた。かくして敵を退けたハヤト達は直ちにリアベ号を呼び寄せ、宇宙貨物船を追って飛び立ったのである。

 ピボッ。年代物のグリーンモニタに光点が灯った。「ヤッタ! 貨物船の反応だ」ハヤトが拳を握った瞬間、ブガーブガーブガー! 船内にレッドアラートが鳴り響く。「アイエッ!?」

「案の定だ。お迎えも来やがった」リュウが指差すモニタ上に、第二第三の光点が現れた。ピボッ、ピボッ、ピボッ、ピボッ……たちまちその数は十を越え、なおも増え続ける。
 その実体は、宇宙スパイダーの群れめいたスペースクラフト。ガバナス制式宇宙戦闘機、G6-Ⅱ型「シュート・ガバナス」の大編隊であった。

 モニタ上の光点は、整然たるフォーメーションでリアベ号の進路を阻む。「上等だ。一丁蹴散らして来るか」リュウはさりげなく立ち上がった。「リアベ号の操船はハヤト=サンがやれ。トントは対空銃座だ」

「オイ」バルーが声をあげた。リュウは無視した。「偏向シールドを最大にして、俺が戻るまで持ち堪えろ。できるな」
「オイ、リュウよ」「ダメだ」リュウは言下に否定した。「その傷で戦闘機に乗ってみろ。いくらお前でも10秒と持たんぜ」

「そうじゃねえ」バルーは静かに言った。「ハヤト=サンを連れて行け。リアベ号は俺が預かる」

「エッ! つまり僕がバルー号に?」目を輝かせるハヤトの後頭部を、「ダ、メ、だ!」リュウが平手で続けざまに殴った。「こないだ実機訓練始めたばっかだろうがテメェはよ!」

 バルーは低く笑った。「俺達が初めて戦闘機に乗った時も、似たようなモンだったぜ。小便漏らしながらよ」「俺は漏らしてねェ」「だったらハヤト=サンも漏らさねえよ」

(((ハヤトを連れて行ってはならぬ、ナガレボシ=サン)))

 リュウのニューロンに老いた声が響いた。声の主は、今は亡きセンセイにしてハヤトの父、ゲン・シン。苛酷な修行の後遺症めいた幻聴に、リュウはしばしば悩まされてきた。
(((ゲンニンジャ・クラン後継者の使命を果たすまで、ハヤトは生き延びねばならぬのだ。例えデーラ人に犠牲が出たとしても……)))

(ア? テメェ今なんつッた)

 リュウの目がカミソリめいて細まった。(ありがとよ。おかげで腹が決まったぜ)(((待て。大局を見よ!)))(うるせェ! こんな時に何もできねえクランなんざ、クソでも喰らえってンだ!)

「行くぜハヤト=サン! モタモタすンな!」叫ぶや否や、リュウは色付きの風となって中央船室へ消えた。

 ニューロン内の会話は余人には聞こえない。「アノ、エット」戸惑うハヤトにバルーが頷いた。「あの船にはダチの女房と息子が乗ってる。頼んだぜ」「……ハイ!」

 ハヤトは勇んで飛び出した。「面倒な奴らだ……GRRR」バルーは主操縦席に着き、痛みに耐えて操縦桿を握った。トントは自身を船体に直結し、火器管制権を掌握した。プロココココ……UNIX接続音と共に、「READYTOFIRE」の文字が顔面を流れる。

「山」「空」「海」のショドーが飾られた、リアベ号の中央船室。左右の壁は強引に開口され、宇宙戦闘機のコックピットが覗いている。
 左のシートでは既にリュウが発進準備を進めていた。ハヤトは右シートに滑り込んだ。キャノピーを閉じ、教則本どおりに各種スイッチをON。ZZZZZ……ジェネレーターの振動が五体に伝わる。

 インカム越しにリュウの指示が飛んだ。『計器はダブルチェックしろ』「ハイ!」ハヤトは食い気味に返した。『気負うなよ。100目の出撃だと思えば』「ハイ!」
 リュウは通信を切って苦笑した。「わかってンのかねェ」

 ガゴンプシュー……リアベ号両翼の係留アームが左右に展開した。その先端には超小型宇宙戦闘機が接続されている。銀河宇宙広しといえど、このような分離合体システムを有する船は他にあるまい。

「「Blast off!」」

 KBAM! KBAM! エクスプロシブ・ボルトの爆発が、リュウとハヤトの乗る宇宙戦闘機を弾丸めいて高速射出した。
「アイエエエエ!」「漏らすなよヒヨッコ!」ハヤトは必死に、リュウは余裕で宇宙ニンジャ耐G力を発揮した。エテルの暗黒に浮かぶ塵に過ぎなかった敵機が、たちまち眼前に迫る。

『敵機のブンシンを確認! 急速接近中アバーッ!』KABOOOM!
「何ッ!?」シュート・ガバナス隊長機のパイロットトルーパーが身を乗り出した。右舷の僚機は、既に燃える光球と化していた。ZAPZAPZAP! 敵機のパルスレーザーが赤く閃き、さらに一機が爆発四散! KABOOOM!

「迎撃! 各個迎撃せよーッ!」『『『ハイヨロコンデー!』』』シュート・ガバナス編隊はビーム機銃ステーを宇宙スパイダーの脚めいて広げ、総攻撃を開始した。BEEAM! BEEEEAM! 緑色の破壊ビームが幾条も走り、エテルを切り裂く!

「テメェらの相手してるヒマはねェんだよ!」

 ZAPZAPZAP! KABOOOM! KABOOOM! リュウの放つパルスレーザーが、新たな二機を瞬時に爆発四散せしめた。一方ハヤト機は敵機を振りきれず、背後からの攻撃を躱すので精一杯だ。BEEAM! BEEEEAM!

『死ぬ気で旋回しろ! 敵のケツを取りゃ何とかなる!』「ハイ!」リュウの大雑把な指示に、ハヤトはギリギリの急旋回を試みる。「ウオオーッ!」過剰Gでモノクロ化した視界の中、UNIXターゲットスコープがアスキー文字の機影を映し出した。
 なかば無意識でトリガーを引く。ZAPZAPZAP! KABOOOOM!「ヤッタ!」『今の呼吸忘れンな!』「ハイ!」

 ZZZOOOOOM! リアベ号の武骨な船体が、乱戦の中を強引に突っ切った。流れ弾めいた破壊ビームを受け、偏向シールドが激しい火花を散らす。
 シュート・ガバナスに追い縋られつつ、バルーは叫んだ。「トント!」
 キュイイイイ……BRATATATATA! 無人のツインレーザー銃座が後ろを向き、明後日の方向に光弾を撒き散らした。シュート・ガバナスの一機が、射線に吸い寄せられるように被弾した。トントが敵機の軌道を演算予測したのだ。

『ジャマスル、ヤツラハ、ブッコロ、ス( \ / )』KABOOOOM!

 ZOOOOM……デーラ人を満載した宇宙貨物船のコンテナが、船外爆発のエテル衝撃波に震えた。しかし今更騒ぐ者はいない。「デリ・マノス・マニヨル……」「デリ・マノス・マニヨル……」最後の祈りの声がそこかしこで聞こえるだけだ。

「デーラ人らしく、誇りを持って死ぬのよ」「ウン」母の言葉に、ジルーはこくりと頷いた。コンテナの片隅で息子の肩を掴むルーレの瞳は、既にアノヨめいて透徹した光を帯びていた。

 ZOOOOM……衝撃波はブリッジにも伝わった。ガバナス下士官は悲鳴を噛み殺した。たとえ死んでも、部下の前でブザマを晒すわけにはいかぬ。

『ザリザリ……聞こえるかガバナス貨物船!』ノイズ混じりの通信音声はリュウのそれだ。『今すぐシータに引き返して、デーラ人を開放してもらおうか!』
 鋭角的シルエットの宇宙戦闘機が船体を掠めて飛び、至近距離でシュート・ガバナスを撃墜した。KABOOOOM!「「「グワーッ!」」」操縦士トルーパーと下士官はシートにしがみつき、衝撃に耐えた。

 その時。BEEP! コンソールの「目的座標到達な」ランプが点灯した。

「投棄開始せよーッ!」ガバナス下士官は絶叫した。
「「ハイヨロコンデー!」」ガゴンプシュー! コンテナのエアロックが開き、空気がゴウゴウと流出を始めた。反対側の壁面からは鉄のトゲが無数に生え、猿人たちを押し出しにかかる! ナムサン! なんたる屠殺場めいた無慈悲な機構か!

「アイエエエ!」「アイエエエエエ!」あちこちで悲鳴があがる中、「「「WRAAAAGH!」」」屈強な男達がトゲ壁を押し返さんと試みる。しかし機械のパワーには抗するべくもない!

「カーッカッカッカ!」グラン・ガバナスのブリッジでコーガー団長は哄笑し、モニタ内の貨物船を指し示した。「ご覧下され皇帝陛下! 間もなく! 醜い猿人どもが宇宙に消えてゆきましょう!」
『ムッハハハハ!』黄金ドクロの両眼が激しく瞬いた。『醜い者が醜く死んでゆくのは、心地良いものよのう』「ハハーッ御意!」

『何てことを! 今すぐエアロックを閉じるんだ!』ハヤトの通信音声にガバナス下士官は叫び返した。「ほざけ! 誇り高きガバナス軍人は反逆者の命令など……アイエッ!?」
 下士官と操縦士トルーパーの眼前に火球が迫る。被弾炎上したシュート・ガバナス最後の一機が、偶然にも衝突コースに入ったのだ!「「「アイエエエエエ!」」」

 KABOOOOM!「「「アバーッ!」」」

 ブリッジを失った貨物船は大きく傾いた。「アイエエエ! 母ちゃん!」「ジルー!」小さな身体が空気流に攫われる。ルーレは必死に手を伸ばした。届かぬ!「ARRRRGH!」

「アイエエエエ!」ジルーが宇宙空間に吸い出された、その瞬間。

「ARRRRRGGGGHHHHHHHH……」
 血を吐くようなルーレの絶叫がスローダウンした。エテルの闇に黄金の光が満ち、動くものの一切が静止した。

 光の源は、宙域内に忽然と現れた宇宙帆船であった。船首のバウスプリットから放たれた黄金ビームが渦巻き、貨物船を包み込む。

 黄金の光の中で時間が逆巻いた。ジルーは逆再生めいて船内に戻り、母の手を掴んだ。「母ちゃん!」「ジルー!」ルーレは息子を引き寄せ、抱きしめた。エアロックは閉じ、トゲ壁も初期位置へと戻ってゆく。

 ホロ投影されたソフィアの映像に、リュウとハヤトはコックピットから手を振った。「オーイ!」「ソフィア=サン!」
『罪なき人々を死なせてはなりません』ソフィアはアルカイックな微笑で頷いた。「アリガトゴザイマス!」「アンタやっぱイイ女だぜ!」

『カラテと共にあらんことを』奥ゆかしき宇宙ニンジャをリスペクトするチャントを残し、ソフィアの宇宙帆船はしめやかに消え去った。

「さァて! テメェら今度こそシータに戻ってもらうぜ……ン?」
 宇宙貨物船に機体を横付けたリュウは眉根を寄せた。宇宙ニンジャ動体視力がブリッジ内に見出したのは、傷ひとつないガバナス下士官と操縦士トルーパーの死体であった。ソフィアの不可思議な時空干渉能力は、破壊されたブリッジと肉体を復元したものの、失われた生命を蘇らせるには至らなかったのである。

「で? どこへ向かってンだあの船は」『オートパイロットデ、フライトプランニ、シタガッテ、イル( ─ ─ )』「エッそんな! と言う事はガバナスの地上要塞に戻っちゃうんじゃ?」「GRRRR……冗談じゃねえ」

 再合体したリアベ号のコックピットで、一同は思案顔を突き合わせていた。「どうしよう、リュウ=サン」「そうさなァ」リュウは腕組みして天井を仰ぎ……やがてニヤリと笑った。

「いい手があるって顔だな、相棒」「まあな。だがハヤト=サンにゃ少々キツいかもだぜ?」「何だよそれ! やるよ僕は!」挑発に乗ったハヤトが食ってかかる。「上等だ。その言葉忘れンな」

 しばしの後。ガバナス地上要塞監視塔の指令室で、イーガー副長はニンジャソードを手にほくそ笑んでいた。
 対空レーダーには貨物船とリアベ号の機影。既に大気圏突入を果たし、今まさに射程内に入りつつある。「見てるか兄者。リアベ号の連中、猿どもと心中する気らしいぜ」

『好機! 必ずやリアベ号を撃墜せよ! デーラ人などその後でどうとでもなるわ!』モニタ内で叫ぶ兄を、イーガーは薄笑いで受け流した。「ダイジョブダッテ。この要塞の対空砲火なら楽勝さ。奴らを殺れば俺の地位もますます盤石よ」
 なおも何か言いたげなコーガーを無視して通信を切り、イーガーは司令官席で反り返った。「よォし砲撃開始!」「「ハイヨロコンデー!」」

 ガゴン! ガゴン……ガゴン、ガゴン、ゴンゴンゴンゴン……。
 おお、見よ! 地を揺るがす轟音とともに、監視塔の円筒外壁が巨大宇宙カルーセルめいて回転を始めたではないか!
 KBAM! KBAM! KBAM! 壁面から放射状に生えた砲身が、リボルバーめいて火を吐く! 射撃後に一回転して再び射線に乗るまでに再装填が完了する、サンダンウチ・タクティクスめいた攻撃システムなのだ!

 DOOOM! DOOOOM! 貨物船を先導するリアベ号の周囲で、続けざまに対空砲火が炸裂した。最大出力の偏向シールドが激しく瞬く。
「クソ野郎が」主操縦席でバルーが呻いた。長くは保つまい。だがコースを変えるわけにはいかぬ。後方の貨物船に一発でも当たった瞬間、罪なきデーラ人の命運は尽きるのだ。

 DOOOM! DOOOOM! 激しく揺れる宇宙戦闘機のコックピットには、リュウとハヤトが再びスタンバイ済みだ。
 ハヤトは首を伸ばし、涸れた峡谷をおそるおそる見下ろした。『やるッつったろ、ハヤト=サン。今更ビビんなよ』「わかってるよ!」汗ばむ手で操縦桿を握り直す。

「「Blast off!」」

 KBAM! KBAM! 二機は対空砲の射角を潜り抜け、峡谷へと降下した。トレンチめいた岩壁が猛スピードで視界を流れ去る。ギリギリの高度、ギリギリの狭さ。操縦を誤った瞬間ジゴクへ直行だ。「アイエエエエ!」ハヤトは失禁を堪え、歯を食いしばった。

(((オヌシのインストラクションは性急に過ぎる)))(俺はセンセイじゃないんでね。お行儀のいい修行がご所望なら他を当たンな!)
 リュウはニューロン内のゲン・シンに取り合わず、さらに速度を上げた。『アイエエエエ!』回線越しにハヤトが悲鳴をあげる。「漏らすなよ! 101回目の出撃だと思いな!」

 DOOOM! DOOOOM!「WRAAAAAGH!」バルーは懸命に船体を立て直した。KBAMKBAM! 過負荷でスパークするシールド発生機に、トントが消火剤を噴霧する。『ソロソロ、アブナイ、ゾ』「キアイで何とかしろポンコツ!」『ムチャヲ、イウ、ヤツダ』

 リュウとハヤトはひたすら峡谷を飛んだ。ハヤトは脂汗を流しながら、旧式のグリーンモニタをチラチラと見た。監視塔との距離を示す数字が、凄まじい勢いでゼロへと近づいてゆく。

 KBAM! KBAM!「砲撃を絶やすなよォ」イーガーはニヤニヤとシートから身を乗り出した。爆炎の中、リアベ号を護る不可視のシールドがバチバチと火花を散らすのが見えた。効力を失うのも時間の問題だ。

「……ン?」イーガーの口元から笑いが消えた。「オイ、リアベ号の戦闘機が分離してるぞ。レーダーに反応は」「ありません」オペレートトルーパーは愚直に答えた。「ない筈があるかバカめ!」「グワーッ!」トルーパーを殴り飛ばして窓に駆け寄ったイーガーは、せわしなく周囲を見回し、監視塔の真下へ通じる峡谷に目を留めた。宇宙ニンジャ動体視力が、弾丸めいた飛翔体の残像を捉える。「……!」

 逡巡は一瞬だった。「イヤーッ!」KRAAAAASSH! イーガーは宇宙ニンジャ生存本能の命ずるまま、強化宇宙窓ガラスを破って飛び出した。
「副長!」「副長閣下どちらへ!」オペレートトルーパーの叫びを背に、イーガーは監視塔の外壁を垂直に駆け降りた。地上に達するや色付きの風と化し、いずこかへ逃げ去ってゆく。

「5、4、3」距離表示を睨みながら、リュウはカウントダウンを開始した。『2、1』ハヤトはトリガーに指をかけた。

『続けェーッ!』「ハイ!」

 峡谷の終端に激突する直前、二機は自殺的角度で急上昇をかけた。Gに耐えながら、監視塔外壁にパルスレーザーを叩き込む! ZAPZAPZAPZAP! ZAPZAPZAPZAPZAPZAP!

 ハヤトは懸命に首を巡らせ、眼下に遠ざかる監視塔を振り返った。宇宙ニンジャアドレナリンが引き延ばした主観時間の中、超至近距離のレーザー斉射を受けた外壁が赤熱し、膨れ上がり、爆裂する! KRA-TOOOOOM!

「「アバーッ!」」指令室が、そして格納庫が次々と炎に包まれた。巨大な炎のカタナで斬り上げられたかのように、監視塔は縦一直線に爆炎を噴き出し、ゆっくりと倒壊していった。KABOOOM! KABOOOOM! 地下通路を伝い、爆炎が放射状に広がる。要塞内の全施設、全人員を焼き尽くしながら!「「アバーッ!」」「「「アバーッ!」」」「「「「「アババババーッ!」」」」」

 KRA-TOOOOOOOM! KABOOOOM! KABOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOOM! KRA-TOOOOOOOOM……!

画像7

 焦げ臭い風が焼け跡を吹き抜けた。先刻まで監視塔だった瓦礫の上に、二隻の宇宙船が着陸していた。オートパイロット航行を完了した宇宙貨物船、そして戦いを終えたリアベ号である。

「WRAAAAAGH!」「ヤッタ、助かった!」「俺達は! 助かったぞーッ!」「「「「「WRAAAAAAAGH!」」」」」

 デーラ人の歓声が焼け跡に響き渡った。ある者は拳を突き上げ、またある者は互いに固くハグした。信心深い老人の多くは、伝説の船・リアベ号に熱心な祈りを捧げ、ハヤト達を当惑させた。

「俺を覚えてるか、ジルー」バルーは屈み込み、親友の息子の頬をつついた。「バルー小父さん!」「そうとも! 大きくなったなァ」
「へへへ」ジルーは恥ずかしそうに身をよじり、屈託なく笑った。父の死を現実のものとして受け止めるには、しばしの時間が必要であろう。

「アノ、バルー=サン」ルーレは恐る恐る問いかけた。「夫は本当に……貴方を裏切りませんでしたの?」

「真の男がどうして友を裏切るものか」バルーは立ち上がり、ルーレの肩に手を置いた。「ガルーは最後までガバナスに抗った。だからこそ命を落としたんだ」「本当に?」「ああ……スマン」ルーレはかぶりを振り、もう何も問わなかった。

 バルーは左腕一本でジルーを抱き上げた。「お前も大人になったら、親父のような真の男になれ。そして」「ガバナスをやっつけてやる!」「WRAHAHAHA! その前に俺達が奴らをブッ潰してるかもしれんぞ」「じゃあ競争だね!」「受けて立つぜ」

「オーイ! 出発するぞ相棒!」「第2惑星アナリスのカミジ=サンから連絡が入ったんだ!」タラップから叫ぶリュウとハヤトに、バルーは手を振った。「おう、今行く!」

 ゴンゴンゴンゴン……垂直上昇するリアベ号を、人々は感謝を込めて送り出した。「カラテと共にあらんことを!」「カラテと共にあらんことを!」

 去りゆく機影を見上げるジルーの目はキラキラと輝いていた。
「僕も宇宙船乗りになる! バルー小父さんみたいに!」「そう」ルーレは小さく微笑み、息子の頭を撫でた。「きっとお父ちゃんも喜ぶわ」

 同刻。グラン・ガバナスのブリッジで、コーガーは黄金ドクロの前にドゲザしていた。「面目次第もございませぬ皇帝陛下! 次こそは必ずデーラ人どもを……」

『アー、もうよい』

 ロクセイアの通信音声が言い捨てた。
「ハ……?」『もうよいと言うたのだ。飽いたわ』ドクロの両眼が物憂げに瞬いた。『イーガーの阿呆に伝えよ。猿どもと遊ぶ暇があるなら宮殿完成を急げとな』

 コーガーは絶句した。『返事はどうした』「ハ……ハハーッ……」平伏する背中が微かに震えた。

 通信終了後もなお、コーガーはドゲザ姿勢のまま動かなかった。「…………!」やり場のない怒気が陽炎の如く立ちのぼり、キリングオーラとなってブリッジに充満した。『ピガッ……』『ピガガッ……』サイバネブリッジクルーが次々と煙を吐き、しめやかに機能停止した。

『ドウシテ、ウソヲ、ツイタ』「バカヤロ。あれでいいんだよ」リアベ号中央船室の床に座り込むバルーの身体は、いつもより一回り小さく見えた。トントの頭を叩く手つきも弱々しい。

「おいトント! こっち来い」リュウの声が響いた。

 キュラキュラキュラ。車輪走行でコックピットに入ったトントに、操縦席のリュウはぶっきらぼうに命じた。「そこで静かに前方監視してろ」『ウシロハ、イイノカ』「いいよ。振り向くんじゃねェぞ」
 それきりリュウは黙り込んだ。ハヤトも無言で操縦桿を握り続けた。

 船内を沈黙が支配した。ひとり残されたバルーは食糧庫に潜り込み、宇宙ヤギの皮袋を持ち出した。レーザー銃座によじ登り、狭いシートに身を押し込め、木椀に中身を注ぐ。デーラ人の愛する発酵酒だ。

 全天周キャノピーから見渡せば、船外は無限の銀河宇宙。バルーは星々に木椀を掲げ、呑み始めた。いかつい頬に涙がひとしずく流れた。イオン・エンジンの低い唸りだけが船内に響いていた。


【バトル・フォー・ザ・プラネット・オブ・ジ・アストロピテクス】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第8話「無残! 猿人狩り」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

グリーンモニタ:TVショウのスタッフロールには「特殊映像プログラミング:コモドール・ジャパン」の表記がある。アスキーアートで描かれたターゲットスコープの映像が、コモドール社のパソコンで描画されたと思われる。時期的に考えてPET2001であろうか。グリーンモニタの色合いが美しい。

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