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《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【ゴッデス・セイブ・ザ・マーチャン】

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◆#2◆

 翌朝。灰色の雲が垂れ込める円形広場で、白い頭巾の少女がマニヨル像の欠片を拾い集めていた。「痛かったでしょう……可哀そうに」幼い頬を涙が伝う。「泣くなよ、お嬢ちゃん」バルーが傍らに屈み込み、分厚い掌で少女の頭を撫でた。「これしきの事でマニヨル様は死んだりせんさ」

「じゃあ、マニヨル様は今どこにいるの?」鼻を啜りながら少女が尋ねる。「ン? アー、それはだね……島のどこか秘密の場所で、俺達が幸せになるように見守ってるのさ」「ホントに?」「ホントだとも」いかつい笑顔を作りながら、バルーは内心で呟いた。(この子の為にも、本物の御神体を守り通さんとな)

 リュウとハヤトは周囲を見渡した。「やってくれたな、奴ら」「……ウン」広場に島民の姿はまばらで、散乱する瓦礫を片付けようともせず、茫然と立ち尽くすばかり。「……」バルーは無言で少女を手伝い始めた。(リュウ=サン)遠くの人影に気付いたハヤトが、リュウの脇腹を小突く。

(見てよアレ。どうする?)(俺が知るか)眉を顰めて囁き合うハヤト達。昨夜の彼らは荒れ狂うバルーを引きずるようにリアべ号へ連れ帰り、必死になだめすかしながら朝を迎えた。その元凶のパオが笑顔で駆けて来るのだ。「バチ当たりの商人め」「関わるな。行こう」嫌悪の表情も露わに島民が去ってゆく。

「ホラ、私達も帰るわよ」傍らの少女が母親に抱き上げられて、ようやくバルーはパオに気付いた。「パオ、てめえ! どのツラ下げて来やがった!」険しい形相で立ち上がる。「まだ怒ってるのか」歩み寄るパオに悪びれた様子はない。「島を出て気が短くなったな、お前」「黙れ! WRAAAGH!」

「もう済んだ事だろ? ここはサッパリ水に流して……そうだ!」パオは自らの思い付きに目を輝かせた。「だったら久し振りに浜へ出てよ、オスモウで決着つけようや、オスモウで! な?」「オスモウだと? GRRRR……」唸るバルーの表情が軟化してゆく。「そいつは……アー……悪かねえな」「だろ?」

「ようし決まりだ! 俺がお前の性根を叩き直してやる! WRAAAGH!」「ナメるな、返り討ちだ!」「WRAHAHAHA!」「ハハハハハ!」意気投合する二人。「エェー……?」ハヤトは困惑してリュウを見た。「理屈じゃねェのさ、ああいう時の奴はな」リュウが肩を竦める。「アレでも昔よりか分別がついたンだぜ」

「イヤーッ!」「WRAAAGH!」砂浜に描かれたドヒョー・リングの中央で、パオとバルーが四つに組み合った。「AAARGH!」「アイエッ!?」バルーの背中に筋肉が盛り上がり、パオの足が宙に浮く。「WRAAAAGH!」バルーはそのままクルクルと回転し、遠心力を乗せてパオを放り投げた。

「グワーッ!」SPLAAAASH! 海に落ちたパオの身体が盛大に水飛沫を上げた。見事な飛距離のツリダシ・ジャイアントスイングだ。「マイッタ! ハハハハハ!」「WRAHAHAHA!」二人の男は屈託なく笑い合った。「今度は負けんぞ! もう一番だ!」ずぶ濡れのパオが起き上がる。「おうよ!」

 リュウとハヤトはやや苦笑気味に、もはや何度目かわからぬ二人のトリクミを見守っていた。「決着もクソもねェな、ありゃ」「でも良かったよ、バルー=サンが楽しそうで」「まァな」オスモウに興じる男達の姿は無邪気な悪童のようだ。「AAARGH!」パオの足技が決まり、バルーが笑いながら砂浜に転がった。

 ……カッ! パオの投げたナイフが木製のヤブサメ・ターゲットに突き立った。宇宙オスモウ興行のナカイリめいた、小休止の余興だ。「どうだ、案外いい腕だろ? 坊やもやってみるかい」「坊やだって? 僕は……」ハヤトは言い返しかけて口を噤み、「見てろよ」ヤジリめいた宇宙スリケンを両手に握った。

 狙いを定め……「イヤーッ!」回転ジャンプからの同時投擲! 寸分違わぬ箇所に2枚のスリケンが突き立ち、押し出されたナイフが砂浜に落ちる。「ほう。やるじゃないか坊やも」「何だよ、さっきから坊や坊やって! 僕はこれでもゲンニンジャ・クランの……アイエッ!?」ハヤトの眼前に銃口が光る。

「銃はお扱いになられるかな、宇宙ニンジャのお二方は」黄金色の拳銃を手にパオが言った。「ま、なられん事もないけどねェ」たじろぐハヤトを庇うようにリュウが歩み出た。「勝負なら俺が相手だ」「では早速」パオは三枚の金貨を懐から取り出し、「イヤーッ!」投げ上げると同時に銃を構えた。BLAM! BLAM! BLAM!

 砂浜に落ちたコインは、いずれも中心を銃弾に貫かれていた。「ざっとこんな所で」得意顔でリュウに拳銃を手渡し、パオは新たな三枚を取り出した。「俺は一枚でいいよ。カネは大事にしな」「ほう」パオの目が細まる。「ならば遠慮なく……イヤーッ!」一枚の金貨が高く宙を舞った。

 BLAMBLAMBLAM! ……リュウが広げた掌の上に金貨が落ちて来るには、しばしの時を要した。「これは!」覗き込むパオが目を瞠った。一枚のコインに三つの貫通弾痕。しかもそれらは正確無比な三角形を描いている。ワザマエ!「オミソレ・シマシタ……ガバナスと戦ってるって話、まんざら嘘でもなさそうだな」

「嘘なもんか! 僕らはずっと前から……」「ンな事ァいいンだよ」リュウがハヤトを遮った。「それより、俺達の腕を試した理由は何だい」「個人的な相談があってね」パオは声を潜めた。「アンタ達……俺のヨージンボを引き受ける気はないかい」「何ッ?」のんびりと砂浜に寝そべっていたバルーが跳ね起きた。

「ガバナスをどうこうしてくれとは言わん。だが、最近は物騒な取引相手が多くてね。商談の場に宇宙ヤクザを同席させてプレッシャーをかけて来る奴もいるのさ。そこでこっちは、宇宙ニンジャと屈強なデーラ人をだな……」「見損なうな!」バルーが叫んだ。「お前のカネ儲けの片棒を担ぐような俺達と思うか!」

「そんな言い方はないだろ。せっかくお前にも稼がせてやろうってのに」パオが嘯く。「ギャラは相場の1割……いや、2割増しでも構わんぞ」「そういう事じゃねえ!」バルーはパオの両肩を掴んで揺さぶった。「パオ! お前ホントにマニヨル様の教えを忘れちまったのか! このバチ当たりめが!」

「バチ当たりだと……?」パオのスキンヘッドが紅潮した。「お前まで島の奴らと同じ事を言うのか! バチなんざひとつも当たりゃしなかったよ、何度教えに背いてもな! それがどれだけ恐ろしい事か、お前達には判らんのだ!」喚き散らす旧友にバルーがたじろぐ。「待てよ、パオ……一体どうしちまったんだ」

「もういい! 今の話は忘れてくれ!」パオはバルーの手を振り払って吐き捨てた。「とんだ見込み違いだったよ! いまだにカビの生えた神様を信じてるアホウに、現代ビジネスは務まらんよなあ!」「貴ッ様ァーッ!」今度はバルーが激昂する番だった。「WRAAAGH!」毛むくじゃらの鉄拳が飛ぶ!

 CRAAASH!「グワーーーッ!」殴り飛ばされたパオの身体が、キリモミ回転で再び海に落ちた。SPLAAASH!「もう御免だ! てめえのツラなんざ金輪際見たくねえ!」バルーは涙混じりに叫びながら走り去った。「パオの大馬鹿野郎! お前なんか死んじまえーッ! AAAARGH……!」

「……」「……」リュウとハヤトは互いの目を見交わした。彼らはバルーの後を追わなかった。追ってどうする。変わり果てた旧友と罵り、傷つけ合い、長年の友誼を失って去りゆく男の背中に、かける言葉などあろうか。「……バカハドッチダ」のろのろと立ち上がったパオの顎から海水が滴る。

「バルーも島の連中も判っちゃいない……神様なんて居やしなかったんだ……俺達には初めから、天罰も、救いも、導きもないんだ……!」譫言めいた呟きと共に歩き出すパオを、「なあ」リュウが呼び止めた。「アンタ、マジで御神体をガバナスに売る気かい」「……」振り向いたパオの目は虚ろだ。

「売って何が悪い……只の金細工だろ」パオは再び背を向け、悄然と立ち去った。遠ざかってゆくその姿は、昨夜の島民よりもなお打ちひしがれて見えた。

 再び訪れた夜。宇宙オーロラの変わらぬ輝きが、浜辺で膝を抱えて啜り泣くバルーを照らしていた。「なァ、ハヤト=サン」少し離れた場所で相棒の背中を見守りながら、リュウが口を開いた。「奴は今、何に一番苦しんでると思う」「マニヨルの神像……よりもやっぱり、パオ=サンの事だよね」傍らのハヤトが答える。

「だな。古いダチの心変わりが相当堪えたと見える」リュウは顎を撫でた。「問題は、どうすりゃあのオッサンの信仰を取り戻せるかって事だが……ひとつ、やってみる手はあンだよ」「エッ? それってどういう……」ハヤトが聞き返した時、BEEPBEEEP! リュウの腕時計型IRC通信機がコール音を発した。

 ……『ココデス、ココデス』小さな岩山の麓に着陸した円盤型スペースクラフトから、小型ドロイドがヤットコ状のマニピュレータを振った。ジャングルを抜けたリュウとハヤトが歩み寄る。「おう、ご苦労さん」「トント=サン! こんな所で何してるの?」『リュウニ、イワレテ、サガシモノ』

「この場所で間違いねェな」オーロラを背にした小さな岩山のシルエットを、リュウが見上げた。『99.99%、カクジツ』万能ドロイド・トントは、乗機「スペース・ソーサー」のコックピットに自身を直結した。ピボッ。岩山の透視ワイヤーフレームがグリーンモニタに浮かび上がる。

『ナイブ、クウドウニ、キンゾクハンノウ、アリ』「そいつが例の御神体だな。上等だ」「そうか! トント=サンの探し物って……」ハヤトは岩山に駆け寄り、その表面に触れた。「見て、縦に裂け目が走ってる! これが天の岩戸なんだね!」『ジョウクウ、カラノ、スキャンデ、ハッケン、シタ』

「あの岩戸がひとりでに開くトリックを作りたいンだが、できるか」リュウの質問に、トントはサイバーサングラスめいた顔面LEDプレートを01点滅させた。ピボボボ、ピボボボ……演算が進むにつれ、モニタ内のワイヤーフレーム岩戸が開いてゆく。『オモサ、ヤク、100トント、ヨソウ、サレマス。ナントカ、ナルデ、ショウ』

「何をする気?」訝しむハヤトにリュウが答える。「明日ここにパオ=サンが来るだろ。その目の前で岩戸が開いて、御神体おん自ら姿を現してみな。一発で改心するぜ、あのオッサン」『サクセン、リョウカイ』ドロイドの球状頭部が回転した。『トント、バルーノ、タメナラ、ナンデモ、スル』

「いいのかな、そんな騙すようなやり方で」ハヤトは懐疑的だ。「いいも悪いも、バルーがいつまでもあの調子じゃ困るだろうが」ツールボックスを手に、リュウがハヤトの背中をどやす。「トント! 俺達が手を動かす。指示をくれ」『ガッテン』「夜明けまでに仕込みを済ませるぞ、ハヤト=サン」

「待って!」ハヤトが異を唱えた。「パオ=サンと一緒にガバナスも来るじゃないか。そっちはどうするのさ!」「ア? 決まってンだろ」リュウは凶暴な笑みを浮かべた。「全員殺すのよ、俺とお前でな。ザコ一匹生きて帰すんじゃねェぞ」

【#3へ続く】


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