《分割版#1》ニンジャラクシー・ウォーズ【ライク・ア・スティール・カザグルマ】
「エーラッシェー!」「サカナあるよサカナ!」「実際安い!」「軍装品あるか? 倍出すぜ」「ヘイオマチ!」「今年の宇宙マンゴーは十年に一度の出来!」「燃料パックと交換だ」
青空の下、大通りに露店がひしめいていた。威勢のいい売り声と、それに負けぬほど大声の商談が交錯し、買い物客でごった返す。およそ半数は先住宇宙猿人・デーラ人。残りは地球系開拓民の子孫だ。
第15太陽系第1惑星・シータの各地で開かれる朝市のならわしは、地球連盟の移民を受け入れる遥か以前、数千年の昔より続く伝統である。無慈悲なるガバナス帝国の占領下に置かれてもなお、人々は乏しい物資を近隣の商業コロニーに持ち寄り、こうして地方経済を維持しているのだった。
「GRRRR……いつ来てもいいモンだぜ」
身長7フィート超のデーラ人が、宇宙葉巻をくゆらせて雑踏の中を歩く。宇宙猿人基準でも相当の巨漢だ。キュラキュラキュラ……その後を車輪走行で追うのは、地球人の子供ほどの背丈の万能ドロイド。
『ドロイドヲ、カッテ、トントノ、オトモダチニ、シタイ』万能ドロイドがとぼけた電子音声で訴えた。「バカ言え。お前みたいなレア物がそこらの店先に売ってるかよ」猿人は取り合わない。実際そのボディは、もはやこの太陽系では再現不能なロストテクノロジーの産物だ。
『イチバニハ、ナンデモ、ウッテルト、バルーハ、イッタ』トントの顔面LEDプレートに「 \ / 」のアスキー文字が灯った。『ウソツキ、メ』「いいから黙ってついて来い。食糧を仕入れん事にゃ、今日の昼メシにもありつけねえ」『トントハ、メシヲ、クワナイ』「知ってるよポンコツめ」
宇宙猿人バルーはコンテナ改造屋台を覗き込み、軒先に吊るされた宇宙チキンを手に取った。「ほう、こいつは立派なモンだ」「最後の一羽だ。安くしとくぜ、バルー=サン」地球型人類の店主が愛想良く笑った。
「銅貨20枚でどうだ」「アイエッ!?」バルーは目を剥いた。「相場の倍じゃねえか!」「そりゃ先月の相場だろ。恨むならガバナスを恨みな」店主が肩をすくめる。「せめて12枚にならんか」「18枚」「GRRRR……15枚!」
『ソンナノ、ドウデモ、イイ』トントはなおも電子的ボヤキを発したが、バルーは交渉に夢中だ。球形の頭部は所在なげに周囲を見回し……とある屋台に目を留めた。木組みの粗末な陳列棚に、宇宙スリケンめいた4枚羽のセルロイド細工が幾つも並び、風を受けて軽やかに回っている。トントの顔面に「?????」の文字が流れた。
キュラキュラキュラ。『コレハ、ナニヲ、スルモノ、デスカ』
「ワースゴーイ!」店番の少女は、車輪走行で接近するトントに目を丸くした。「お爺ちゃん、見て! ドロイドがお買い物に来たわ!」「珍しいお客様ですな」仙人めいた白髪白髭の老人が屋台の後ろから現れた。
「これはカザグルマです。ほれ」オハシめいた持ち手を握り、息を吹きかけて回す。「こうやって遊びますのじゃ」『カゼヲ、ウケテ、マワル。エアロダイナミクス、テキニ、アタリマエ』「まあ!」少女は頬を膨らませた。「ドロイドにはカザグルマの面白さがわからないのね!」
『ニンゲンニハ、オモシロイノ、デスカ』「もちろんよ」ピボッ。ドロイドの頭部側面パイロットランプが興味深げに明滅した。『ケンキュウ、シテ、ミタイ』「だったら一つあげましょうか? ドロイドが持って歩いたら宣伝にもなるし」『トント、カンゲキ( Λ Λ )』
だがその時、何者かが少女の手からカザグルマをむしり取った。「何するの!」少女がキッと見上げた男は、オリーブドラブのミリタリー装束と軍用マントに身を固めていた。角付きヘルムの額には、ブラックメタルめいた鋭利かつ複雑かつ凶暴な意匠。ガバナス帝国の紋章だ。
少女は息を呑み、『ピガッ!』トントが電子的悲鳴をあげた。大通りはいつの間にか静まり返っていた。「ガバナスのMPだ」「またかよ」「今日はもう商売にならんな」人々が囁き合う。チキン店主はバルーの手にチキンを押し込んだ。「15枚でいいから持ってけ、バルー=サン。連中に取られるよりマシだ」
「お金を払って下さい」少女は微かに震える声で、しかし毅然と訴えた。「ア? 何を言っている貴様」MP下士官は煩わしげに答えた。「これは取引ではない。市場管理者として商品見本を接収したまで。ゆえに支払いなど不要! ワカッタカ!」
「そんなの泥棒と一緒です!」『ドロボウ、ドロボウ( \ / )』少女とドロイドの思わぬ抗議に、下士官の顔が紅潮した。「何だその言い草は! 誰のおかげで朝市が開けると思っている!」「誰のおかげでもないわ! みんな自分の力でやってるんです!」
「クチゴタエスルナー!」「ンアーッ!」下士官はカザグルマを地面に叩き付け、少女の腕を捻り上げた。「小娘の分際で何たる反抗的態度! この市場では密かに未来の反乱分子を育てていると解釈せざるを得ない! 証拠品の押収が必要だ!」
「「「ハイヨロコンデー!」」」市場のあちこちに忽然と湧き出す人影! 彼らは一様にミリタリー宇宙ニンジャ装束に身を固め、その頭部をガスマスクめいたフルフェイスメンポで覆い隠していた。ガバナス帝国のニンジャトルーパーだ!
「押収!」「押収ーッ!」無個性宇宙ニンジャ兵士の一団は、露店の商品を手当たり次第に奪い始めた。「アイエエエ!」「俺の食い扶持が!」「ヤメロ! そもそもテメェら何の権利があって……」抵抗する商人を宇宙マシンガン銃把で殴打!「市場の混乱を鎮圧! イヤーッ!」「グワーッ!」「治安維持行為! イヤーッ!」「グワーッ!」
「「「アイエエエエ!」」」逃げ惑う買い物客!「ハハハハハ! いいぞ、徹底的にやれ!」下士官は少女を拘束したまま哄笑した。「金目の物と売上金を重点せよ! レジスタンスの資金源の疑いが濃厚であるからなァーッ!」
「GRRRRR……クソ野郎どもが!」バルーは怒りの形相で腰の宇宙ストーンアックスを抜き放った。その時。
「イヤーッ!」
枯れたカラテシャウトが市場に響き渡った。
「グワーッ!」下士官の身体が高々と放物線を描き、宇宙イカジャーキー屋台の鉄板上に落下した。CLAAAASH!「グワーッ熱い! 熱いグワーッ!」何らかの焦げ臭い匂いが立ち込める。
バルーは状況が理解できず、目をしばたたいた。一瞬前まで下士官がいた場所には、件の老人がアイキドーめいた構えで跪いていた。その姿勢に毛一筋の乱れなし。ゼンめいたアトモスフィアが漂う。「怪我はないか、トリメや」
「このくらい平気」トリメと呼ばれた少女が笑った。群衆の中に宇宙ニンジャ動体視力を持つ者がいれば、下士官が老人に投げ飛ばされる直前、彼女がするりと拘束を脱したさまを目撃できたであろう。「下がっておれ」「無理しないでね」トリメは素早く遠巻きの群衆に紛れた。
「アイエエエ……」屋台の残骸から這い出す下士官に、老人は深々と頭を下げた。「どうかこの場はお引き取りを。孫にはよく言って聞かせます故」「ア……?」「この老いぼれに免じて、何とぞ」「ア……何……何が?」
下士官は間の抜けた表情で老人を見、それから周囲を見回した。群衆の冷たい視線。札束を奪いかけた姿勢で立ち尽くすトルーパー。焦げ臭い煙をあげる自分の身体。
「……!」状況を理解するにつれ、下士官の顔面は蒼白となり、唇がわなわなと震え出した。「ハ、ハ、反逆行為だーッ!」立ち上がり絶叫!「貴様ら何をボーッとしている! あのジジイを囲んで叩けーッ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」
「……やむを得ぬか」呟く老人のムーブは緩慢ですらあった。
「鎮圧! イヤーッ!」下級トルーパーが銃把を振り上げ殺到!「イヤーッ!」老人の枯木めいた両腕が弧を描いた。トルーパーの身体は回転し、放物線を描き、地面に叩き付けられた。「グワーッ!」
「鎮圧! イヤーッ!」上級トルーパーが銃把を振り上げ殺到!「イヤーッ!」老人の枯木めいた両腕が弧を描いた。トルーパーの身体は回転し、放物線を描き、地面に叩き付けられた。「グワーッ!」
老人はその場を一歩も動かぬまま、360度全方向から襲いかかるニンジャトルーパーを淡々と投げ飛ばしていった。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「「グワーッ!」」「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」「イヤーッ!」「「「「グワーッ!」」」」
「アイエエエエ! 何だ! 何なんだ貴様!」パニックに陥った下士官がレーザー拳銃を構えた。アブナイ!
だがトリガーに指が掛かった瞬間、KRAAASH! その頭部を凄まじい衝撃が襲った。「グワーッ!」下士官は拳銃を取り落としてのたうち回った。脳震盪で揺らぐ視界の中、真っ二つに砕けた宇宙ココナツの実が、みずみずしい胚乳を撒き散らして地に転がった。「ア……アバッ……」
「俺ァ知らねえよ? 勝手に落っこちて来たんだぜ」バルーが空々しく肩をすくめた。両手を払ってココナツの破片を落としつつ、レーザー拳銃を蹴り飛ばす。カラカラと地を滑った拳銃は群衆の足元に紛れ、たちまち誰かの手に拾われて姿を消した。闇取引で高値を呼ぶことだろう。
「お、おのれ、非ガバナスの屑どもめ……アイエッ!?」
ようやく身を起こした下士官は目を剥いた。彼の引き連れてきたニンジャトルーパーは既に一人残らず地に伏し、失神あるいは悶絶していた。言葉もなく慄く下士官の眼前で、「どうか、お引き取りを」老人が再び頭を下げた。穏やかな口調と裏腹に、伏せた顔から睨め上げる眼光はカタナめいて鋭い。
「アイエエエ……」
下士官は改めて腰を抜かし、しめやかに失禁した。ナムサン! これはSNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状の一端では? しかしニンジャアーミーに軍籍を置く者であれば、オフィサー級宇宙ニンジャとも日常的に接しているはず。そのような相手もなお失禁せしめる、この老人は果たして何者か?
「よ……よかろう! 貴様ら適当に自助努力しておけ! 撤収ーッ!」
這う這うの体で逃げ出した下士官を、「アイエッ!?」「お待ちください隊長!」トルーパーの一団がよろよろと追いかける。「ざまあねえなガバナス野郎!」「カラダニキヲツケテネ!」「今度はカネ持って来いよ!」人々は笑いながら、逃げ去る一団に罵声を浴びせた。
◆
大通りに喧騒が戻ってきた。
「ドーモ、はじめまして。バルーです」バルーは老人に歩み寄り、頭を掻いた。「うちのポンコツが迷惑かけちまったな」
商品のカザグルマは、陳列棚もろとも一つ残らず破壊されていた。「ドーモ。アー……いや、名乗るほどの者ではありませぬ」老人は低い声でアイサツを返しながら、カザグルマの残骸を丁寧にフロシキに包んでゆく。戻ってきたトリメがそれを手伝った。「ゴメンネ、お爺ちゃん」「お前が謝る事はない」
「なあ爺さん……良かったら、そのカザグルマ全部買い取らせちゃくれんか」バルーの提案に、「お気持ちだけ頂きましょう」老人は手を止めず、かぶりを振った。「それでは施しを受けるのと変わりませぬ故」
バルーはハッと居住まいを正し、頭を垂れた。「スマン。真の宇宙の男に言うべき言葉ではなかった」「お気になさらず。実際大した損害ではありませぬ。原価が安いのでな」淡々と語る老人の表情には、先程の殺気の欠片もない。
『ドーモ、トント、デス』「ドーモ、トリメです」ドロイドと少女は改めてアイサツを交わした。「ゴメンナサイ。カザグルマ、みんな壊れちゃった」『ザンネン( >< )』「今度会ったら、とびきり出来がいいのを選んであげる」トリメはにっこりと約束した。
物陰から彼らの様子を窺う女の姿あり。粗末な宇宙民族衣装に身を包んではいるが、美しい顔立ちと豊満なバストは隠しようもない。ガバナス・ニンジャアーミーの諜報部門長、クノーイである。
「これはこれは。思わぬ収穫ね」
赤い唇が邪悪な微笑を浮かべた。
商業コロニー近隣の荒れ地に、無骨なシルエットの戦闘宇宙船が停泊していた。陽光を浴びて鈍く輝く、その名はリアベ号。かつてガバナス帝国に破滅をもたらしたと恐れられる伝説の船も、今は傍らに一筋の炊煙を上げ、束の間の休息を過ごしていた。
「よォし、イイ按配だ」
美しく焼目のついた串刺し宇宙チキンを、バルーは焚き火から下ろした。宇宙ナイフでシュラスコめいて削り取り、木椀の中へ落としてゆく。「熱いぞ。気をつけな、ハヤト=サン」「イタダキマス」端正な顔立ちの地球系青年が木椀を受け取り、振り返って呼びかけた。「リュウ=サン! ランチできたよ!」
「有難ェ。餓え死にするトコだったぜ」リュウと呼ばれた男が、リアベ号のタラップから降りて来た。逞しい身体をジュー・ウェア風ジャケットに包んでいる。「朝市はどうだったい、相棒」
「見た目は昔通り賑わっちゃいるが、物価は上がる一方だ。品数も減ってきた」バルーは難しい顔で木椀を渡した。「だが今日は運が良かった。味わって食え」「おう」「こいつもな」
「オッ! 上物じゃねェか」宇宙ココナツウォッカの瓶を受け取り、リュウは顔を輝かせた。「GRRRR」バルーは喉を震わせて笑った。「酒屋のオヤジからの貰い物さ。ガバナスのクソ野郎に一発食らわせたお礼だとよ」「何だか知らんが、デカシタ」「整備中には飲むなよ」
「今度は一丁、ガバナスの食料コンテナ船でも襲ってみるか」リュウは宇宙チキンを頬張りながら言った。「獲物がデカ過ぎる。リアベ号の倉庫にゃ入りきらんぞ」「余ったらレジスタンスの連中に回すのさ、船ごとな。カミジ=サンも喜ぶぜ」
「ア、いけね」あっという間にチキンを平らげたハヤト青年が、宇宙ヤギの胃袋で作った水筒を逆さにして呟いた。「ゴメン、トント=サン。ちょっと水汲んで来て」『ジブンデ、イケ』「そんなァ。戻って来たらオカワリなんか残ってないよ」『ドロイドニハ、カンケイ、ナイ』
「拗ねるなポンコツ。カザグルマなら俺が作ってやる」バルーは分厚い掌でトントの頭を叩いた。『ウソツキハ、シンヨウ、デキナイ( \ / )』「何だとォ?」
「カザグルマがどうした、相棒」リュウが聞いた。「真の宇宙の男の商売道具よ」バルーは独り合点に頷き、鋭い牙で串刺しのチキンを噛みちぎった。
【#2へ続く】
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