見出し画像

《分割版#4》ニンジャラクシー・ウォーズ【レスト・イン・スペース】

◆はじめての方へ&総合目次◆
全セクション版


【#3】←


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……夕日に染まる礼拝堂から、厳かな弔鐘が鳴り響いた。周囲に広がる地衣類めいたキャンプに、もはやそれを聞く者はいない。避難民は一人残らず姿を消していた。天災を察知した小動物の群れの如く。

 ニンジャトルーパー小隊を率いるイワビトは、放棄された雑多な仮住まいを蹴散らしながら、丘の上の礼拝堂へ歩を進めた。クノーイの情報によれば、レジスタンスの主要メンバーは今まさにダンの葬儀を執り行っているはずだ。

 イワビトの目が怒りに細まった。避難民を逃がしておきながら、弔いのためグズグズとその場に留まり続けるセンチメントを、彼は嫌悪した。
(アノヨから見ておれ、ダン=サン。貴様が買いかぶった雑魚どもを、貴様のカンオケの前で皆殺しにしてくれるぞ!)

 薄暗い礼拝堂の中では、地球文化圏由来の聖母像がロウソクに照らされ、祭壇上のカンオケを慈悲深く見下ろしていた。カンオケの周囲に立つのはハナとカミジ、そしてレジスタンス戦士達。

 ダンの亡骸が横たわるカンオケは、宇宙フラワーの透明な花弁で埋め尽くされていた。ハナは涙を堪えて最後の一輪を添えた。
 カミジはハナの肩に手を置き、静かに目を閉じた。戦士達が一斉に手を合わせた。ナムアミダブツ。

 祈りはどれだけ続いただろう……いつの間にか、カミジの背後に何者かの気配があった。ロウソクの光を避けるように立つその姿は、揺らめく影に紛れて判然としない。
「奴らが来たぜ」何者かの囁きに、カミジは瞑目したまま頷いた。

「イヤーッ!」KRAAAASH! イワビトの岩石拳が礼拝堂の扉を粉砕した。
「突入せよ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」上級トルーパーの号令一下、ニンジャトルーパー小隊が宇宙マシンガンを手になだれ込む。

「「「「「アイエッ!?」」」」」

 トルーパー達の足が止まった。蓋を閉じられたカンオケと聖母像が、沈黙のうちに彼らを迎えた。堂内には人っ子一人いない。動くものは、無数のロウソクが作り出す光と影の揺らぎのみ。

「目標ロスト!」「ブリーフィングの想定外!」「指示オネガイシマス!」下級トルーパーは浮き足立ち、キョロキョロと周囲を見回すばかり。
「バカな……! 奴らはここでメソメソ泣きながら、ダン=サンの冥福を祈っておるはずだ!」入口に立ち尽くすイワビトが叫んだ、その時!

「ドーモ! 我々は!」カミジの朗々たる声が響いた!
「「「「「アナリス解放戦線です!」」」」」

 おお、見よ! 頭上の梁に! ステンドグラスの窓枠に! 無数のレジスタンス戦士が立ち、宇宙ショットガン、宇宙アサルトライフル、宇宙グレネードランチャー等々の銃口を向けているではないか!

「ヌゥーッ!」イワビトは呻いた。分厚い岩石に護られた肉体ゆえ、彼の種族の感覚器は生来粗雑であった。ニュービー相当の下級トルーパーもまた、十分な宇宙ニンジャ第六感を育て切らぬまま戦場に駆り出された身。彼らは総体として、アンブッシュに対する脆弱性を抱えていたのだ。

 梁の上からカミジが叫んだ。「ダン=サンに死のセンコを捧げよ!」
「「「「「ヨロコンデー!」」」」」

 BLAM! BLAM! BLAM! BRATATA! BRATATATA! BRATATATATA! KABOOOOM! KABOOOOOOM!

 レジスタンス戦士は実力以上のパフォーマンスを発揮した。怒りと悲しみと結束によって。ニンジャトルーパーの未熟な宇宙ニンジャ敏捷性を凌駕するほどに!
「アバーッ!」「「アババーッ!」」「「「アバババーッ!」」」トルーパーが次々に蜂の巣となり、カンオケの周囲で爆発四散を遂げる!

(私を殺せば……同胞たちは更なる力を得て……ガバナスを打ち倒すだろう……)

 イワビトの脳裏にダンの言葉が蘇った。
「オノレ! 非宇宙ニンジャの屑どもめーッ!」イワビトは怒りに全身を軋ませ、銃弾を弾き返しながら押し入ろうとした。そこに!

「「イイイヤアアアアーーーッ!」」

 祭壇の陰から真紅と白銀の風が駆け込んだ。加速度を乗せ、岩石質の体幹にダブルドロップキックを叩き込む!

「グワーーーッ!」

 屋外に蹴り出されたイワビトは、岩塊めいて丘陵を転げ落ちた。「アイエエエ!」「イワビト=サン、お待ちを!」僅かな生き残りトルーパーが礼拝堂からまろび出て後を追う。

「ウオオーッ!」「コロセー! コロセー!」勢いづいて次々と飛び降りるレジスタンス戦士の前に、「マッタ!」カミジが両手を広げて立ち塞がった。「彼らと取り決めた作戦はここまでだ。後はあの二人に任せましょう」

「でもカミジ=サン!」「俺達の気持ちが!」「もっと何かしたい!」口々に訴えるレジスタンス戦士に、「もはや我々にできる事はない」カミジは厳しい顔でかぶりを振った。
「ここから先は、宇宙ニンジャの世界です」

 ゴロンゴロンゴロン……イワビトはふもとの岩場でようやく停止した。バキバキと人型に戻りながら立ち上がり、血走った目で睨め上げる。
「おのれ! 何奴!」

 視線の先、礼拝堂を背に立つのは、彼を蹴り出した二つの人影。未来的デザインの装束を纏い、ゴーグルで目元を隠したその姿は、まごう事なき宇宙ニンジャのそれだ。クーフィーヤめいた頭巾がはためく!

「「銀河の果てからやって来た」」
 ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀を手に、真紅と白銀の宇宙ニンジャはヒロイックなアイサツを放った。
「ドーモ。人呼んでナガレボシです!」
「ドーモ。同じくマボロシです!」

「ドーモ。イワビトです。噂の二人のお出ましか」岩石の拳を打ちつけて、イワビトは謎めいた二人の宇宙ニンジャにアイサツした。「だがなぜだ! 貴様らはリアベ号のヨージンボと聞いた。リアベ号が第3惑星ベルダへ去った今、何故この地に留まっておる!」

「状況判断よ」真紅の宇宙ニンジャ・ナガレボシは冷たく答えた。
 が、読者の方々にはそうはいくまい。アナリスを去ったはずのリュウとハヤトが、いかにしてイワビトの前に現れたのか。彼らはハヤガワリ・プロトコルに加え、ブンシン・ジツをも体得していたとでもいうのか?

 否! 今この時、リアベ号のコックピットにリュウとハヤトの姿はない。成層圏外で操縦桿を握るのは宇宙猿人バルー。副操縦士を務めるは万能ドロイド・トント。クノーイへの意趣返しめいた陽動作戦である!

「ダン=サンを殺したのはお前か!」断罪めいて人差し指を突きつけるマボロシに、イワビトは傲然と答えた。「いかにも。レジスタンス殲滅任務の手始めに、一足先にアノヨへ行ってもらった。残りの連中にもすぐ後を追わせてやる」
「そいつァ無理だな」ナガレボシが不敵に笑う。「何故かって? 俺達が今ここでテメェをブッ殺して、ただの石コロに戻してやるからよ」

「死ぬのは貴様らだ! かかれーッ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」イワビトの命令一下、ニンジャトルーパーは手に手にソードを抜き放ち、謎めいた二人の宇宙ニンジャへと殺到した!

「「イヤーッ!」」ソードを交差させて斬りつけるトルーパー二人を、ナガレボシは宇宙ニンジャ伸縮刀で受け止め、アステリスクめいた拮抗を成した。だがそれも一瞬。「イヤーッ!」敵の刃を跳ね返し、地を這うような足払いをかける。「「グワーッ!」」KRAAASH! 二人同時に風車めいて転倒! 足元の岩盤に頭部を強打したトルーパーは、フルフェイスメンポの亀裂から脳漿を撒き散らした!

「イヤーッ!」イワビトのジャンピング岩石パンチ! それを躱したナガレボシに、「スキあり! イヤーッ!」三人目のトルーパーが斬り掛かる!

「イヤーッ!」だが次の瞬間、既にナガレボシはその脇を駆け抜けていた。
「誰にスキがあるって?」不敵な笑いで振り向く。トルーパーの脇腹から緑色の異星血液が噴き出した!「グワーッ!」

 マボロシは別トルーパーの太刀筋を紙一重で躱し、「イヤーッ!」「グワーッ!」キドニーブロウで怯ませ、トラースキックを叩き込んだ。岩場から転げ落ちたトルーパーめがけて飛び降り、「イヤーッ!」伸縮刀で地面に縫い止めるようにカイシャク!「サヨナラ!」爆発四散!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」イワビトの岩石パンチ連打を、ナガレボシは華麗にスウェー回避した。「ナガレボシ=サン!」駆け寄るマボロシを阻止せんと「イヤーッ!」新たなトルーパーが剣突!

 マボロシの宇宙ニンジャ反射神経は、それを僅かに上回った。寸前で踏みとどまった鼻先を掠め、ニンジャソードが岩壁に深々と突き立つ。
「シマッタ!」うろたえるフルフェイスメンポの横っ面に、「イヤーッ!」マボロシの鞭めいた回し蹴りがクリーンヒット!「グワーッ!」トルーパーの首が180度回転し、宇宙ジョルリめいてその場に崩れ落ちた。
 マボロシは岩壁に残されたソードを引き抜き、クナイ・ダートめいてイワビトに投擲した。「イヤーッ!」

 援護とも牽制ともつかぬ、他愛ない一手だった。しかしイワビトの反応は過剰であった。「ヌゥーッ!」顔面めがけて飛ぶニンジャソードを大振りで叩き落とし、両腕をクロスしてガード、さらに数歩後退。洞穴めいた眼窩の奥で目が泳ぐ。
「フゥーン」唐突なカラテの綻びに、ナガレボシはニヤリと得心した。

「マボロシ=サン! 目を狙え!」「ハイ!」

「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」二人は宇宙スリケン投擲を開始した。KILLIN! KILLIN! クロスガードをすり抜け、岩石質の顔面にヤジリめいた形状のスリケンが跳ね返る。

「ヌゥーッ! おのれ!」KILLIN! KILLIN! イワビトは完全に攻め手を捨て、防御に徹さざるを得ない。即ちジリー・プアー(徐々に不利)。
 KILLIN! KILLIN! 勢いづいたマボロシは、スリケンを投げながら叫んだ。「思い知ったかガバナス・ニンジャ! お前の首をダン=サンの墓前に供えてやるぞ!」

「泥人形が! ほざくなァーーーーッ!」

 イワビトは絶叫とともに両腕を振り上げ、渾身の力で足元に叩きつけた。KRAAAAAASH! 岩盤に放射状の亀裂が広がり、無数の岩塊となって砕け散る!
「「「グワーッ!」」」生き残りトルーパーが岩塊もろとも吹き飛ばされる中、ナガレボシとマボロシはコンマ数秒の差で巻き添えを免れ、「イヤーッ!」回転ジャンプで距離を取り、着地した。

 粉塵がもうもうと立ち込める。二人はその向こうの気配にニューロンを研ぎ澄ませた。ゴロンゴロン……ゴンゴン……ゴロンゴロン……無数の岩塊が転がり、ぶつかる音が響く。やがて。

「グッグッグッ……グワラグワラグワラ!」

 野太い哄笑が大気を震わせた。薄れゆく粉塵を振り払って立ち上がるシルエットは……ナムサン! 10メートルを優に超す巨体である!
「ナガレボシ=サン……何アレ」「俺に聞くんじゃねェよ」

「グワラグワラグワラ! この星の岩石はよく馴染むわい!」
 ZOOM……ZOOM……ZOOM……重々しい足音と共に、岩石の巨人が粉塵の中から歩み出た。無数の岩塊が凝集したカラテゴーレム。その頭部にイワビトの上半身が僅かに覗いている。
「俺にセルフ・ゴーレム・ジツを使わせた事は褒めてやろう。だがこれで貴様らの死は100%確実よ!」

「イヤーッ!」ゴウ! イワビトの巨大な拳が風を巻いて振り下ろされた。「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは左に側転回避! KRAAAASH! 勢い余った拳が地面を打ち砕く!

「イヤーッ!」ゴウ! イワビトの巨大な拳が風を巻いて振り下ろされた。「「イヤーッ!」」ナガレボシとマボロシは右に側転回避! KRAAAASH! 勢い余った拳が地面を打ち砕く!

「イヤーッ!」マボロシは駆け出し、引き戻される巨腕を踏み台に大ジャンプ。カラテゴーレムの顔面めがけ宇宙スリケンを投擲した!
 KILLINKILLIN! KILLINKILLIN! ゴーレムの体表をわずかに削り、スリケンは空しく跳ね返った。「もはや効かぬわ! イヤーッ!」もう一方の拳が飛んだ。「アイエッ!?」ナムサン! 自由落下中のマボロシには避ける術がない!

(((ナガレボシ=サン!)))(わかってるよ畜生!)ゲン・シンの声に促されるまでもなく、ナガレボシは跳躍していた。
「イヤーッ!」「グワーッ!」空中回し蹴りでマボロシを巨岩パンチの軌道から跳ね飛ばす。ゴウ! 反動でノックバックした眼前ギリギリを、イワビトの腕が宇宙トレインめいて通過した。

「グワーッ!」ウケミを取り損ねて転がるマボロシの手首で、BEEPBEEP! 腕時計型IRC通信機がコール音を発した。
『バッカヤロー! アレを食らったら即ネギトロだぞテメェ!』「ゴ、ゴメン」咄嗟に謝りながら、マボロシは訝しんだ。この距離で通信?

 回線越しの声音が低くなった。『次はしくじるな。無理にスリケンを当てなくてもいい。攻撃を躱すことだけ考えろ』「アノ、それってどういう」『とにかく奴の注意を引きつけろ。できるか』「やるさ!」マボロシは頷いた。ナガレボシが言うからには何らかの勝算があるのだ。

「イヤーッ!」KILLINKILLIN! 巨大な背中に宇宙スリケンが跳ね返った。イワビトは煩わしげに振り返り、白銀の宇宙ニンジャを虫ケラのごとく見下ろした。「勝ち目のない抵抗を繰り返すか、愚か者め」

「ハッ! よく言うよ、パンチ一発当てられないくせに! 巨人の知能は全身に及ばないってのはホントだね!」10メートル超の巨体を見上げ、マボロシは宇宙コトワザで挑発した。

「ヌゥーッ……ならばこれを受けてみよ! イヤーッ!」
 イワビトが片手を振るうと、いくつもの岩石が巨体を離れ、放物線を描いて飛び来たった。数は多いがパンチより遥かに緩慢だ。ギリギリで避けるさまを見せつけるべく、マボロシは腰を落として身構えた。

 ドクン……だがその時、マボロシの心臓が強く打った。眼前の光景が赤黒い炎で毒々しく染まる。幻の炎……いや、未来だ。かつて仲間を救った未来予知ビジョンが、いま再び彼のニューロンに去来したのである。

「イヤーッ!」ビジョンのもたらす情報量、無限にオーバーラップする可能性の過負荷に耐え、マボロシは後方大ジャンプで回避した。
 果たして、岩石群は地上に落ちるや否や、エンハンスされたカラテエネルギーを瞬時に開放、爆裂した! KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! 

「グワーッ!」マボロシは両腕をクロスして爆風に抗った。赤黒い爆炎が視界を埋め尽くす。
 白銀の宇宙ニンジャ装束の下を冷たい汗が流れた。あれをまともに食らえば、ネギトロどころか肉片一つ残るまい。さりとてこれ以上逃げを打てば、イワビトはマボロシを弱敵とみなし、攻撃の矛先をナガレボシに向けるであろう。

 逡巡は一瞬だった。
「イヤーッ!」マボロシはゴーレムの巨体に突進した。「グワラグワラ! 蛮勇なり! イヤーッ!」イワビトは両手を同時に振り上げた。岩石カラテ・ボムが雨あられと降り注ぐ!

 恐るべきカラテ絨毯爆撃を、マボロシは色付きの風となってジグザグに掻い潜った。熱と衝撃、轟音、爆風と粉塵がニューロンを苛む。未来のビジョンは脆くも掻き消え、もはや宇宙ニンジャ第六感のみが頼りであった。

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

 KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM! カラテ・ボム爆裂!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ジグザグ回避!

「グワーッ!」マボロシはついにバランスを崩して地面に突っ込んだ。若き宇宙ニンジャとは言え、集中力とスタミナは無限ではない。
 「ハァーッ……ハァーッ……」震える膝で立ち上がろうとするマボロシに、カラテゴーレムの巨体が迫る。ZOOM……ZOOM……ZOOM……。

「ハイクを詠むがいい」岩石の拳が付きつけられた。マボロシはまだ闘志を失ってはいない。荒い息でかぶりを振り、強いて挑発的な笑みを浮かべる。ナガレボシなら……リュウならそうする筈だ。

「よかろう」イワビトは両腕を振り上げた。「死ね! マボロシ=サン! 死ねーッ!」その時!

「今だトント! ぶちかませ!」『ブチカマ、ス』「何ッ」

 KABOOOOOM! カラテゴーレムの腰部が突如爆発した。

「グワーーーッ!?」イワビトはよろめきながら上半身を捻り、我が身を鎧う岩石越しの宇宙ニンジャ視力で、見た。手首のIRC通信機を操作するナガレボシと、その後方に浮遊する円盤状のスペースクラフトを。

 成層圏外から降下したとおぼしきその機体は、輪切りめいて縦にスライドし、コックピットを展開していた。そこには小型のドロイドが収まり、胸部のマイクロミサイル発射口をこちらに向けていた。一つは発射済み。もう一つの発射口から黄色い弾頭が覗く。「ヌウウウーッ!」

 本来ならば、オフィサー級宇宙ニンジャたるイワビトが、斯様なスペースクラフトの接近を許すはずもなかった。しかし、ナガレボシを差し置いてマボロシの抹殺に拘泥したのも、もとより粗雑な感覚器をゴーレム岩石で覆ったのも、自らの攻撃で敵機の飛行音を掻き消したのも、すべてイワビト自身の行いである。インガオホー!

「もう一発だ!」ナガレボシは再び指令した。『ガッテン( \ / )』
 マイクロミサイル射出! KABOOOOOOM!

「グワーーーーーーッ!」

 ZZZOOOOOMM……! カラテゴーレムのボディは腰からぽっきりと折れ、上半身が仰向けに落下した。ジツのコンセントレーションを失った巨体はたちまち崩れ去り、曖昧な人型を残す岩石の山となった。その頂上に露出するはイワビトの本体!

「イヤーッ!」

 ナガレボシは岩石の山を駆け上がり、跳躍した。高く! 横倒しの竜巻めいたキリモミ回転から、直下のイワビトめがけて宇宙スリケンを連続投擲開始!

「ミダレ・ウチ・シューティング! イイイイヤアアアーッ!」

 ナガレボシの落下速度がスローモーションめいて鈍化した。下方に放たれた宇宙スリケンの質量が反作用を生んでいるのだ。
 KILLINKILLINKILLIN!「グワーッ!」宇宙スリケンをその身で弾き返しながら、イワビトは仰向けでもがいた。ナガレボシを空中に留めおく反作用は、そのまま上からの圧力となって彼を押さえつけていた。

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN!

 マボロシは立ち上がるのも忘れ、ナガレボシの凄まじきスリケン攻撃に目を奪われていた。
「アイエエエエ!」イワビトは起き上がれぬまま、ついに恐怖の叫びをあげた。宇宙スリケンの奔流に晒された岩石質の体表が、なめらかに削られ始めていた。風化作用のタイムラプス映像めいて!
「アイエエエエエ! バカな! 身体が! 俺の無敵の身体がーッ!」

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN!

(百発の宇宙スリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発の宇宙スリケンを投げるのだ)
 マボロシの脳裏に、父ゲン・シンの言葉が蘇った。幼き日々のどこかで聞いたはずのそれは、インストラクションとも呼べぬ何気ない一言であった。だが今、その言葉に込められた宇宙ニンジャ真実を、マボロシは……ゲン・ハヤトはひしひしと実感していた。「ゴウランガ……!」

 KILLINKILLINKILLINKILLINKILLIN! KILLINKILLINKILLIN「アバーッ!」
 風化しきった岩石の隙間に、宇宙スリケンがザクザクと突き立った。「アバババーッ!」後続のスリケンが、それをイワビトの体内深く叩き込む。さらに後続! 後続! 進化の果てに残された僅かばかりの有機中枢組織が、無限に叩き込まれるスリケンに掻き回され、ネギトロと化す!「アババババーッ!」

「サヨナラ!」イワビトは爆発四散した。

 ナガレボシはキリモミ回転のまま岩山に落下し、ゴロゴロと転げ落ちた。「ハァーッ……ハァーッ……」ウケミを取る余力もなく、大の字で荒い息をつく。

(((百発の宇宙スリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ。一千発の宇宙スリケンを投げるのだ)))
 ナガレボシのニューロンに、師ゲン・シンの声が響いた。修行の日々の中で幾度となく聞いたインストラクションに、ナガレボシは……リュウは乾いた笑みを片頬に刻んだ。(やって見せただろ、今)(((いずれハヤトにも教えるのだぞ)))(気が向いたらな)

 しばらくそのままの姿勢で、ナガレボシは暮れなずむ空を見上げていた。「アノ、ナガレボシ=サン」マボロシが気遣わしげに仰向けの顔を覗き込んだ。「フゥーッ……」ナガレボシは深く息をつき、上半身を起こした。

「行こうぜ。葬儀の続きだ」

画像3

 アナリスの重力圏を脱し、リアベ号はしめやかに加速度を上げた。コックピット内には、リュウ、ハヤト、バルー、トント。そして一人の少女。

「そのレバーを押しなさい」

 ハヤトが初めて聞く穏やかな声で、バルーはハナを促した。ハナは頷き、コンソール中央のレバーに両手を添え、静かに押し込んだ。
 ガゴン……曳航ワイヤーのロックが外れ、ダンを収めたカンオケが切り離された。リアベ号は減速旋回して、慣性のまま星系外へ飛び去るカンオケを送り出した。

 カンオケが星々に紛れ、完全に視界から消え去ってもなお、ハナは無限の大空間を見つめていた。
「ダン兄ちゃんのお墓は、この広い銀河なのね」幼い頬に涙が伝う。ハヤトは少女の肩に手を置いた。「真の宇宙の男に一番ふさわしい墓標だよ」
 バルーは鼻をすすり上げ、トントは顔面に「T T」の文字を灯した。「サラバ。友よ」リュウが呟いた。

 リアベ号のコックピットに、清らかな白光が差し込んだ。一瞬前までエテルが真空を満たすばかりだった空間に、輝く光子セイルの宇宙帆船が現れ、併走していた。「あれは」ハナが息を呑む。

 薄絹を纏うブロンド美女のホロ映像が、宇宙帆船から投影された。『ドーモ。ソフィアです』
「おお……デリ・マノス・マニヨル!」バルーはやおらドゲザして、デーラ人の女神を讃えるチャントを唱えた。リュウが慌てて引き起こす。「よせやい! ありゃマニヨル様じゃねェ、ソフィア=サンだ。前に話したろ」

 ソフィア。戦闘宇宙船リアベ号をハヤトに授け、時に超常的手段で救いの手を差し伸べる宇宙美女である。
「アー、こいつは失礼」バルーは大仰にオジギした。「ドーモ、はじめまして。バルーです。お噂はかねがね」「ドーモ、リュウです」「はじめまして、ハナです」『トント、デス』「ゲン・ハヤトです」

 ハヤトはアイサツを交わしながら、ホロ投影された美貌に普段のアルカイックな微笑がないことに気付き、悟った。彼女が今ここに現れた理由を。それは支援でも救済でもない。追悼だ。

『真の勇士は、誰の胸にも永遠に生き続けます』

 ソフィアの声がエテルを介して静かに響いた。『ダン=サンのインストラクションは、ミームとなってレジスタンスの人々に受け継がれました。それはこれからも彼らと共に生き、戦い続けるでしょう』
「アリガトゴザイマス」ハナは涙声で頭を下げた。一同はしばし手を合わせ、ダンの冥福を祈った。

 ……やがてソフィアの宇宙帆船は消え去り、リアベ号はアナリスへの針路をとった。ハナをレジスタンスのもとへ送り返すために。それは彼女自身の選択だ。

 宇宙には再び静寂が戻った。ダンの棺が消えた先に、一瞬強い光が瞬いた。超新星の爆発か、あるいはアノヨへ旅立つ魂が放つ最後の輝きか。それは誰にもわからない。


【レスト・イン・スペース】終わり

マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第7話「星空に輝く友情」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

スペースソーサー:本エピソードにて初登場。映画「宇宙からのメッセージ」公開からTVショウ「銀河大戦」放送期間にかけて、「超合金」「ポピニカ」「プラデラ」等のブランドで多数のTOYがリリースされた。中でも超合金トントとポピニカスペースソーサーは、TVショウ版オリジナル商品でありながら、玩具的デチューンが極めて少ないストイックな仕上がりを誇る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?