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ニンジャラクシー・ウォーズ【ア・プリンセス・オブ・アンダーグラウンド】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。本テキストは、70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」と、サイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


◆#1◆

 霧の向こうに揺れる二つの光点は、やがてヘッドライトに変じた。エンジン音と共に無骨なシルエットが浮かび上がる。星間帝国ガバナスの紋章を側面にペイントした宇宙装甲車は、おぼつかなげに荒野を迷走したあげく……CLAAASH! 砲塔めいた巨大建造物の防御壁に激突、煙を吐いて停止した。

 ガゴンプシュー……防御壁に設けられた鋼鉄ゲートが開き始めた。僅かな隙間から貴族風ウィッグ将官の肥満体がにじり出るや否や、その後からフルフェイスメンポのニンジャトルーパーが続々と現れ、ドタドタと走る将官を追い越してゆく。ここは第3惑星ベルダ。建造物の正体は、回転式対空砲を備えたガバナス山岳要塞である。

「どけ! どかぬか!」装甲車を取り囲むトルーパー群を掻き分け、将官が車体をバンバンと叩く。「釈明せよ! 貴様ら三日間も音信不通で、今の今まで何を……グワーッ!」背後から伸びる手がその首根を掴んだ。ニンジャアーミーのナンバー2・イーガー副長が、宇宙ニンジャ筋力で軽々と肥満体を引き剥がす。

「第二師団が誇る精鋭山岳部隊を見事に使い潰してくれたな、トキム将軍」イーガーの目が冷たく光った。「アイエエエ離せ!」もがく将軍の頭部でウィッグがずれた。「私が指揮を執るより、適切な権限委譲によるマルナゲ・オペレーションこそ最善! そう判断したまでだ!」

「二言目には自己保身か。非宇宙ニンジャの屑め」イーガーはその手に力を籠め、トキム将軍を絞首刑めいてギリギリと吊り上げた。「グワーッ!」軍用ブーツが空中でばたつく。「貴様のような男が惑星総督まで出世するとは、帝国の人材不足もいよいよ深刻らしい」

「ま、待て副長! 私を殺せばコーガー団長が黙っておらんぞ!」「どうかな」イーガーは狂犬めいた笑みを浮かべた。「兄者は意外と俺には甘いぜ?」「アイエエエエ!」その時。バタム! 運転席のハッチが開き、乗員トルーパーがよろめき出た。「ほう、生存者がいたか」無造作に放り捨てられた将軍が地面に転がった。「グワーッ!」

「ア、ア……」トルーパーは震える手で敬礼しかけ、「アバッ」前のめりに倒れた。フルフェイスメンポの隙間から緑色の異星血液が漏れ出し、地面に沁み込んでゆく。背中に突き立つは宇宙バンブー製の矢。「見るがいい、イーガー副長!」トキム将軍は既に抜け目なく車体に取り付き、同じ矢で貫かれたトルーパー達の死体を指差していた。

「これは由々しき事態と言わざるを得ない! もはや私の責任を云々している段階ではないと断言しよう! 私が予想するに、あの山脈の向こうには間違いなく」「ウルッセッゾコラー!」手柄顔で言い立てる将軍の鼻柱をイーガーの裏拳が叩き潰した。「グワーッ!」

「ようやく面白くなってきたところだ。とっとと失せろ」「しかし私の責任問題が!」「そんな物いちいち追及してられるか、バカめ」「そ、そういう事なら……アイエエエ」鼻血を抑えながらよたよたと去る惑星総督にもはや目もくれず、イーガーは装甲車の来たりし方角を振り仰いだ。

 視線の先には標高2000メートル超の山脈が巨人のビヨンボめいて切り立ち、第15太陽グローラーの光を青く霞ませていた。「あの山脈の向こうには間違いなく、我らガバナスの知らぬ人間どもが生息している……!」イーガーはニヤリと笑った。

 第3惑星ベルダの民にゴースト山脈の名で恐れられるその峰々は、謎と秘密に包まれた魔境であった。麓に垂れ込める「死の霧」が方向感覚を惑わせ、上空の磁気嵐はあらゆる電子機器を無力化する。実際、地球連盟からの移民が始まって以来、この地に足を踏み入れて帰って来た者はいないという。

 BEEPBEEP。ニンジャヘルム内臓式宇宙IRCインカムが鳴った。『モシモシ、イーガー副長!』怒気を孕む通信音声は、ニンジャアーミー団長ニン・コーガーのものだ。『魔境調査の進捗報告はどうした!』「トキム将軍に聞けよ。奴の任務だろ」『その将軍を督促するのはオヌシの役目であろうが!』

『……もうよい。案の定であったわ』コーガーは言い捨てた。『調査任務はミツカゲビト=サンの部隊が引き継ぐ。既に現地で行動開始しておるだろう』「ちょっと待て。俺はまだ失敗したわけじゃ」『オヌシは一旦報告に戻れ』「オイ兄者!」ブツン。回線切断。「……」イーガーの眉間にみるみる血管が浮かぶ。

「貴様ら何をボサッとしておる! 俺のメンツが潰れる瀬戸際だぞ!」「「「「「ハイ! スミマセン!」」」」」八つ当たりめいた叱声を浴びせられながら、トルーパー達は愚直に直立不動姿勢を取った。「第二次捜索隊を出発させろ! 5分……いや3分以内だ!」「「「「「ハイヨロコンデー!」」」」」

 同刻。同じベルダの空の下、なかば砂塵に埋もれるように、無骨なシルエットの宇宙船が不時着していた。

 ジュー・ウェア風ジャケットの男が船体と砂の隙間を覗き込んだ。「どうだ、バルー」「GRRR……まあこんなモンだろ」這い出したのは身長7フィート超のデーラ人(宇宙猿人)。「ノズルに詰まった砂はあらかた取り除いた。ゆっくり吹かせば離陸に支障はなかろうよ」

「悪ィな」片手拝みする男の背中を、宇宙猿人バルーのいかつい手がどやした。「俺がヤメロと言った訳がわかったか」「シケた事抜かすな」男が言い返した。「こちとら伝説のリアベ号だぜ。ゴースト山脈を目の前にして、磁気嵐越えに挑まねェ手があるかよ」「つまりは通りすがりの思いつきだろうが」「へへへ」

 リアベ号。それが彼らの船の名だ。かつて邪悪なるガバナス帝国をただ一隻で滅ぼしたと伝えられる戦闘宇宙船も、ゴースト山脈の磁気嵐の前になす術もなく、砂漠の真ん中でかくのごときブザマな姿を晒していた。辛うじて磁気嵐の圏外に逃れ得たのが、せめてもの僥倖であった。さもなくば再離陸そのものが不可能であったろう。

「そういやリュウ、ハヤト=サンはどうした」「知るか」リュウと呼ばれた男は素っ気なく答えた。「近くのコロニーから水でも分けてもらうんだとよ。こんな所に人が住んでるワケねえッつったのによォ……あの野郎、一度決めたら人の話なんざ聞きやしねェ」「GRRRR」バルーは喉を鳴らした。「何笑ってンだ」

「ハァーッ、ハァーッ……!」

 ゴースト山脈の裾野、草木すら生えぬ不毛の大地を、少年は駆け続けた。革製のロングサンダルが小石を跳ね飛ばし、ストーンエイジめいたワンショルダー皮衣の裾が翻る。ZOOOM! その行く手を遮るように、幾つもの土煙が地面から噴き出した。間欠泉めいて!

「イヤーッ!」「「イヤーッ!」」「「「イヤーッ!」」」地中から飛び出したニンジャトルーパーの一団は統制の取れた回転ジャンプで着地、たちまち少年を包囲した。「無駄な抵抗はやめろ!」「我らニンジャトルーパーのドトン・トラッキングから逃げられるとでも思ったか!」

「……!」少年は背中の矢筒に手を伸ばし、宇宙バンブー製の矢を短弓につがえた。トルーパー達が色めき立つ。「その矢は!」「見覚えがある!」「第一次捜索隊を狙撃したのは貴様だな!」ヒョウ! 返事の代わりに矢が空を切る!

「イヤーッ!」隊長トルーパーの宇宙ニンジャソードが閃き、心臓めがけて飛来する矢をやすやすと斬り払った。「!」少年が目を見開く。「バカめ! 卑劣な狙撃ならいざ知らず、非宇宙ニンジャのガキに射られるニンジャアーミーではないわ!」

 少年が二の矢を放つより早く、下級トルーパーが背後から組み付いた。「未成年テロリスト確保ーッ!」「ウム。要塞に連行してインタビューせよ」ソードを収めて隊長が頷く。「クッ……!」宇宙ニンジャ筋力で締め上げられ、少年の幼い顔が苦痛に歪む……その時!

「グワーッ!」羽交い絞めトルーパーの手首に、ヤジリ状の宇宙スリケンが突き立った。「イヤーッ!」流麗な回転ジャンプでエントリーを果たした青年は、少年を庇うように着地した。「ドーモ、ゲン・ハヤトです。子供相手にこんな大勢とは、ニンジャアーミーも落ちぶれたものだな!」決断的アイサツ!

「ヌゥーッ……ドーモ、第二次ゴースト山脈捜索隊です」隊長は怒りを堪え、一同を代表してオジギを返した。アイサツは宇宙ニンジャ絶対の掟だ。「ベイン・オブ・ガバナスの一味が何故ここに」「通りすがりさ。でもお前達ガバナスは殺す!」ハヤト青年がヒロイックに人差し指を突き付ける。

「黙れェーッ!」ソードを振りかざし突進する隊長。ハヤトはその手首を掴み、アイキドーめいて地面に叩き付けた!「イヤーッ!」「グワーッ!」ザンシン姿勢からのトラースキック!「イヤーッ!」「グワーッ!」背後から襲い掛かった新手トルーパーが、くの字に曲がって吹き飛ぶ!

 立ち上がるハヤトの右手には金属製グリップが握られていた。親指でボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた短刀に変形!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ハヤトはトルーパーAのソードを宇宙ニンジャ伸縮刀で弾き返し、背後のトルーパーBに肘打ちを叩き込み、トルーパーCのソードを躱しざまに斬り付け、トルーパーDの鳩尾にボディブローを叩き込んだ。拳を支点に投げ飛ばした身体は放物線を描き、地面に激突した脳天がフルフェイスメンポごと陥没した。「アバーッ!」

「ンー……まァぎりぎり及第点ってトコだな」

 崖の上でリュウは腕を組み、ハヤトのイクサを見物していた。「加勢せんのか。わざわざ探しに来たのに」バルーが訝しんだ。「今さらあの程度のザコに手こずるハヤト=サンでもあるまいて」答えるリュウは満更でもない様子だ。「そうかい。GRRRR」「何笑ってンだ」

「退却! 退却―ッ!」緑色の血を噴き出すケジメ手首を抱え込み、隊長が絶叫した。「「「ハイヨロコンデー!」」」ニンジャトルーパー部隊は即座に散開し、色付きの風となって姿を消した。ヒキアゲ・プロトコルに則って撤退した者は99.99%追跡不能。引き換えに再エントリーも不能となる。

「もう大丈夫」ハヤトは伸縮刀を収め、少年に笑いかけた。「キミの家まで送るよ。開拓コロニー……いや、交易キャラバンの子かな?」「……」険しい視線を返され、ハヤトの笑顔が強張る。「エット……心配しないで。僕達はずっとガバナスと戦ってて」身を翻して駈け出す少年!「アッ待って!」

「戻るんだキミ! そっちには死の霧の原が……オーイ!」ハヤトの叫びをよそに、少年の姿は白く煙るガスの中に消えた。「……チェッ」ハヤトは腹いせめいて舌打ちした。「何なんだあの子。人の話も聞かないで」「去る者は追わずさ」逞しい手がハヤトの肩に置かれた。「リュウ=サン」

「ンだよそのツラは。『お兄ちゃん助けてくれてアリガト!』とでも言って欲しかったか?」「別に」裏声を使うリュウにハヤトが口を尖らせた。「しかし妙な小僧だったな」バルーは手をひさしにして、霧の向こうへ目を凝らした。「あんなクラシックな身なりの奴、今時デーラ人にもいやしねえぞ」

「またリアベ号の連中か!」第二次捜索隊のIRC報告を受けたイーガーが、ガバナス要塞塔の指令室で叫んだ。指揮官席を蹴って立ち、ニンジャソードを振りかざして号令する。「戦闘機隊スクランブル! 少年テロリストと反逆者どもを捜索、発見しだい攻撃せよ!」

「ヨロコンデー」オペレータートルーパーが粛々と命令をタイプ、各所にIRC伝達する。「ま、待て副長」鼻ギプス姿のトキム将軍が慌てた。「ベイン・オブ・ガバナスの一味はともかく、手掛かりとなる子供をウカツに殺しては」「ダマラッシェー!」「グワーッ!」頬桁を張られた肥満体が床に転がる。

「反逆者に助けられた以上、そのガキも同罪だ! 庇い立てするなら貴様も内通者とみなすぞ!」「アイエエエ理不尽!」トキム将軍がしめやかに失禁する中、DOOOM! DOOOMDOOOM! 帝国主力戦闘機「シュート・ガバナス」が次々と離陸し、要塞塔を掠めて飛び去っていった。

◆#2◆

 ゴンゴンゴンゴン……イオン・エンジンの垂直噴射で、リアベ号はそろそろと上昇を開始した。

 ぐらつくコックピットで操縦桿を握るのはリュウとバルー。「慎重にな。エンジンブローした瞬間、俺達ゃ全員オダブツだ。こういう時は」「ホットなベイブを扱うように、だろ? 百万回聞いたぜ」ピボッ。二人の背後で万能ドロイド・トントが頭部を回転させた。『ホットナ、ベイブトハ、ナンダ』「僕に聞くなよ」ハヤトはやや顔を赤らめて囁いた。

「ン?」リュウがUNIXモニタを覗き込んだ。「***」のアスキーアートで表示されたそれは、シュート・ガバナスの三機編隊だ。「ニンジャアーミーの連中、早速おいでなすったか」「じゃあ戦闘準備だね!」キャプテンシートの背もたれ越しにハヤトが身を乗り出す。

「待て待て、慌てンな」リュウの指が敵機の動きを辿った。「この飛行コース、ゴースト山脈へ一直線だ。俺達にゃ気付いてねェ」「あんなヤバい場所に何の用かね」「ロクな理由じゃねェのは確かだな」バルーに答えつつ、リュウはモニタを光学カメラに切り替えた。

 BEEEAM! BEEEEAM! 画面内でシュート・ガバナスの破壊ビームが閃き、岩壁が次々と爆裂した。KABOOM! KABOOOM!「何やってンだアイツら」リュウはカメラの倍率を上げた。「見て!」ハヤトが画面の一点を指差した。爆炎と土煙の中、小さな人影が垣間見える。「あの子だ!」

 少年は野生動物めいた身のこなしで岩陰から岩陰へと駆け渡り、無慈悲なビーム掃射から逃れんとしていた。だが、アーミーの末端とはいえ敵パイロットは宇宙ニンジャ。それを許すはずもなし! BEEEAM! BEEEEAM! KABOOM! KABOOOM……!

 リュウの目が細まった。「行くぜ、ハヤト=サン」立ち上がり、中央船室へ。「最後まで面倒見るかァ」言葉と裏腹に顔を輝かせたハヤトが続く。バルーが副操縦席から拳を突き出し、親指を下向けた。「きっちりブチ殺して来な」トントの顔面LEDプレートには「DESTROYTHEMALL」の文字列。

「山」「空」「海」のショドーが飾られた船室の左右に、違法改造めいた連絡通路が口を開けている。リュウとハヤトは慣れた様子で身を潜らせ、小型宇宙戦闘機のコックピットに滑り込んだ。ZZZZZ……ジェネレータの起動音が響く中、リアベ号の係留アームが展開、両機をロンチポジションへ運ぶ。

「「Blast off!」」

 KBAMKBAM! エクスプロシブ・ボルトが炸裂した。リアベ号から撃ち出された二機が爆発的初速で低空を這い、ものの十数秒で敵編隊の下に潜り込む。「今だぜ!」「ハイ!」二人は急上昇をかけ、パルスレーザー斉射で敵機を突き上げた。ZAPZAP! ZAPZAPZAP! 空中戦開始だ!

『各個迎撃せよ!』『『ヨロコンデー!』』宇宙スパイダーの子を散らすように敵編隊が散開した。一機がバーティカルループで追撃を振り切ろうとするも、リュウの宇宙ニンジャ耐G力はものともしない。「その程度か? なら死んどけや」ZAPZAPZAP!やすやすと撃墜!「アバーッ!」KABOOOM!

「ようし僕も!」気負い込むハヤトは性急な旋回でもう一機の背後を取ったが、それは彼らのコンビネーションに嵌り込んだ形だ。すかさず後方に隊長機が食らいつき、宇宙スパイダーの糸めいた破壊ビームを放つ!「死ね! 反逆者! 死ねーッ!」BEEAM! BEEEAM!「アイエエエ!」

 ZAPZAP! リュウ機はパルスレーザーで隊長機を牽制した。『世話焼かせンなテメェ!』「ゴ、ゴメン!」難を逃れたハヤト機が、山脈を掠めて敵機に追いすがる。(クソッ……挽回しなくちゃ!)UNIXターゲットスコープが機影を捉えた。「逃がすもんか!」ZZOOOM! エンジンを焼きつかせんばかりに加速!

『オイちょっと待て!』通信回線越しにリュウが叫ぶも、時すでに遅し! ZZZZZT! ハヤト機とシュート・ガバナスは突如コントロールを失い、でたらめな軌道で飛び始めた。磁気嵐の影響圏内に入ったのだ。「アイエエエ操縦不能!」『山脈に近づきすぎだ! イチイチ言わなきゃわかんねェのかテメエは!』

「グワーッ!」狭いコックピット内でハヤトの五体が激しくシェイクされる。「アイエエエエ……エッ!?」狂ったように回転する視界の中、彼の宇宙ニンジャ視力は一瞬だけ垣間見た。複雑な山並みの死角から照射される、薄緑色の磁気ビーム光を!「あれは……!」

 ZZZZZT! ZZZZZZT! だがそれを訝る暇もなく、暴走する機体は加速を続けた。「グワーッ!」「戻れハヤト=サン! ゴースト山脈を超えたら一巻の終わりだぞ!」『ザリザリ………メだ!……度が下……ない!』通信にノイズが混じり始める。「ああクソッ!」リュウは操縦桿を殴りつけた。

 KABOOOM! 暴走ガバナス機が岩壁に激突、爆発四散した。「バカなーッ!」隊長機トルーパーが絶叫した。「何の戦果も上げぬまま二機もの損失だと? だが今撤退しても死刑必至! せめて敵を一機なりとも」BEEP。航法UNIXが警告音を発した。真下に敵機の反応あり!「アイエッ!?」

 ZZZZZT……リュウ機の主翼が光を帯び、巨大なプラズマ・カタナと化す。「ライトニング・キリ・バーティカル! イヤーッ!」SLAAAASH! 垂直上昇で直交した瞬間、隊長機のボディは真っ二つに断ち割られていた。「アバーッ!」KABOOOOM! 爆発を置き去りに、リュウ機はさらに高度を上げる!

『追うな相棒!』回線越しにバルーの叫び。「アイツを見殺しにしろッてのか!」リュウは怒鳴り返した。『馬鹿野郎! いま突っ込んでも同じ目に遭うだけだろうが!』ZZZZT……然り。いまやリュウ機のボディも薄緑の燐光を帯び、異音を発しつつあった。『ハヤト=サンは簡単には死なん! 信じろ!』

 ハヤト機は既に山頂を越えていた。ポイントオブノーリターン。「聞こえるか!」リュウは通信機に叫んだ。『ザリザリ…………える…!』「向こう側のどこでもいいから不時着しろ! あとで迎えに行く!」『どう……て…っち…に来…のさ!』「知るか! とにかくテメェは待っときゃいいンだよ!」

「ハイ!」答えた瞬間、通信が途絶した。ハヤトは緊張に顔を強張らせ、リュウがリアベ号を胴体着陸させた手順を必死に思い出した。UNIXをシャットダウン。全システムをマニュアル操作に切り替え、ジェネレータ出力を手動でカット……ガグン! ガグン! 機体が急激に減速した。一面の砂漠が眼下に迫る!

 ハヤトは操縦桿を握り締めて歯を食い縛った。ZOOM!「グワーッ!」ZZOOOM!「グワァーッ!」ZZZOOOM!「グワァァーッ!」砂丘に突っ込んだ機体は水切り石めいてバウンドを繰り返し、そのたびに砂塵を巻き上げた。「グワァァァァーーッ!」ZZZZOOOOM……!

 一帯に静寂が戻り……しばしの後、キャノピーが砂を跳ね上げて開いた。「プハーッ!」コックピットから這い出したハヤトが、砂を払いながら五体を確かめた。負傷箇所なし。両手はまだ微かに震えている。「ハァーッ……」ハヤトは崩れ落ちるように座り込み、呆然と呟いた。「……生きてる……」

 ……やがてハヤトは立ち上がり、砂丘を登り始めた。熱く凪いだ大気の中、聞こえるのは自身の呼吸、そして足元で軋む砂の音のみ。頂上から周囲を見渡せば、青い空と黄色い砂漠の境界線めいて、黒茶色の山嶺が周囲360度を取り囲んでいる。人類の営みから隔絶された世界……否。「あれは?」ハヤトは目を凝らした。

 彼の宇宙ニンジャ視力が見出したのは、山脈のそこかしこにマチバリ・ピンめいて直立する尖塔群であった。「外側」から見えぬ死角に建設されたそれらの先端で、パラボラめいた装置が薄緑の燐光を放っていた。化学プラントめいた土台部からは白い霧が絶え間なく吐き出され、ヴェールの如く山麓を流れてゆく。

(磁気嵐、死の霧……まさか!)ハヤトのニューロンが大胆な仮説を結んだ。人跡未踏の魔境ゴースト山脈……それはテクノロジーによって人為的に作り出されたものなのでは? 興奮して思わず一歩踏み出した瞬間、足元の砂が大きく崩れた。「グワーッ!」転げ落ちる先には、巨大宇宙アリジゴクめいた流砂のスリバチ!

「グワーッ!」砂中に引きずり込まれたハヤトの身体は、闇の中を加速しながら滑り落ちてゆく。ウォータースライダーめいたトンネルが、左右にくねりながら地下に走っているのだ。「何だこれは⁉ アイエエエ!」両手両足を突っ張ってブレーキングを試みるも、潤滑剤めいた流砂がそれを許さない!「アイエエエエ!」

 DOOOM!「グワーッ!」砂と一緒に地下牢の中へ吐き出されたハヤトは、咄嗟のことで加速エネルギーをウケミで逃がし切れず、背中から鉄格子に激突した。上下逆の視界の中、ガゴンプシュー……跳ね上げ式の丸蓋が閉じ、トンネルの出口を塞いだ。退路なし。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……軍隊めいた足音を聞きつけ、ハヤトは背中の痛みを堪えて身を起こした。闇の中から現れたのは草冠を戴く老人、鉤鼻の男、そして槍兵の一団。いずれも神話時代めいたクラシックな出で立ちだ。「ここは何処ですか! なぜ僕をこんな目に!」ハヤトは鉄格子を掴んで叫んだ。

「聞かせてやろう、地上人」鉤鼻の男が尊大に言った。「ここはかつて惑星ベルダを支配した、偉大なるモンゴー一族の地底王国よ」「地底王国? そんなものがゴースト山脈の下に⁉」ハヤトは驚愕した。「こちらにおわすは一族の長、カン王陛下。かく言うワシは宰相のグモじゃ」男が得意げに顎髭を撫でる。

「その地底王国がなぜ僕を?」「ぬけぬけと白々しい若造め!」グモは目を剥いて一喝した。「恐れ多くもケン殿下の命を狙いし不逞の輩! その罪万死に値する!」「王位継承者を害さんとする者には死の報いあるのみ。それが地底の法なのだ、若者よ」カン王が厳粛に告げる。

「覚えがありません! そもそも誰ですか殿下って!」「この期に及んで罪を認めぬか! 構わぬ、処刑開始せよ―ッ!」「ハイ! イヤーッ!」「「イヤーッ!」」「待ってくれ! 僕の話を聞いてくれよ!」突き入れられる槍の穂先をスウェー回避しながら、ハヤトは必死に訴え続けた。その時!

「おやめなさい!」

 凛とした声が飛び、純白のドレスを纏う少女が歩み出た。「「「ハハーッ!」」」たちまち槍を引きオジギする兵士達。「近づいてはなりませぬ、ヒミメ王女!」グモが大仰に両手を突き出した。「地上より来たりし邪悪な暗殺者ですぞ!」「それはお前の個人的見解です」王女はぴしゃりと返した。

 ヒミメ王女の背後から顔を出した少年に、ハヤトは瞠目した。「アッ! 君はさっきの」「君とは何だ! ケン殿下に対して無礼な!」ひとり激高するグモをよそに、少年はハヤトをじっと見つめ……「やっぱりそうだ」にっこりと破顔した。「姉上、お祖父様! 私を助けてくれたのはこの人です!」

「まことか、ケンよ」王の問いに頷くケン王子。「ホラ御覧なさい。ろくに詮議もせず死刑とは、明らかな越権行為です」ヒミメ王女がグモを睨む。「これは心外な。ワシはケン殿下の御為を思えばこそ」「危うく弟の恩人を死なせるところだったのですよ。お前はそんなに人の血が見たいのですか!」

「もうよい。この者を解放せよ」カン王が二人を遮った。「……御意」グモは苦虫顔を隠そうともせず、兵士長に顎で命じた。ガシャン。鉄格子が開錠され、ハヤトはおそるおそる牢を出た。ドレスの裾を摘んだ王女がオジギする。「ドーモ。モンゴー王国王女、ヒミメです」

 老王は頭を垂れた。「臣下の非礼を謝罪する。孫の恩人よ」「あ、いえ、気にしてませんから」ハヤトはどぎまぎとオジギした。「ドーモ。ゲン・ハヤトです」「ついて来られよ、ハヤト=サン。国賓としてオモテナシしよう」カン王が踵を返し、ヒミメ王女が微笑む。「地上のお話、聞かせてくださいな」

 ハヤトの脳裏に仲間達の姿が一瞬よぎったが……若い好奇心がそれを搔き消した。「エット……じゃあちょっとだけ」歩き出すハヤトの足元に、ケン王子が野生小動物めいて纏わりつく。「ドーモ、ケン王子です! ガバナスって何なの?」「エッそこから? ていうかキミ、どうして黙って行っちゃったのさ」

「ひとつ! 王国の存在を地上人に知られるべからず!」ケン王子は小さな拳で胸を叩いた。誇らしげに口にする文言は、古き掟の一節か。「……なんだけど、知られちゃったからもういいかなって」「ナルホド」ハヤトは思わず噴き出した。「許す。やむなき仕儀である」カン王が頷く。

「そうだな、ガバナスっていうのは……」「あいつらが?……」「なんと、そのような者共が……」「まあ恐ろしい……」ハヤトと王族の一行はなごやかに語らいながら歩き去り、兵士達が足並みを揃えて続いた。ひとりその場に残ったグモは、薄暗い静寂の中で毒づいた。「……じゃじゃ馬の小面憎い王女めが!」その時。

(地底王国に奸臣ありか。面白い)

 背後から何者かの声なき声。「何奴!」ぎくりと振り向いたグモが誰何した。今の発言を臣下に聞かれれば身の破滅だ……しかし、岩壁には自身の影が映るのみ。ギョロギョロと周囲を見回し、「フン。空耳か」グモは脇道へ潜り込んだ。「今日の公務は仕舞いじゃ。やる気が失せたわ」

 貴族専用居住区への近道を歩くグモを、天井のバイオ発電ランプが等間隔に照らす。前後にうつろう影の中で、声なき会話が続いていた。(こいつが適任だろう)(少々愚鈍に過ぎぬか)(いや、むしろその方が良い。俺は賛成だ)(2対1か、決まりだな。団長閣下に連絡するぞ)((異存なし))


◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆#3◆

「思った通りだ!」ゴウンゴウンゴウン……ベルダ上空を航行するガバナス帝国旗艦「グラン・ガバナス」のブリッジで、コーガー団長はマントを翻して叫んだ。「どういう意味だ、兄者」帰還したイーガーが訝しむ。「まるであのゴースト山脈に何かあると知っていたかのような口ぶりだぜ」

「皇帝陛下の命により、惑星ベルダ誕生から今日までの歴史を調べた。不審な空白があったのだ!」コーガーはギョロリと弟を睨んだ。「空白?」「消された歴史だ! そこにモンゴー一族の地底王国の秘密がある!」「俺達の支配を逃れた国が、この星系にあるってのか」イーガーが息を呑む。

「左様! 死の霧も磁気嵐も、地底王国に侵入者を近づけぬためなのだ! ミツカゲビト=サンの報告なくば、まんまと騙されたままであったわ!」コーガーは怪鳥めいてマントを広げた。「カーッカッカッカッカーッ! コシャクな地底人どもよ!」その両目は怒りに燃えている!

『コーガー団長!』

 ブリッジ壁面の黄金ドクロレリーフが両眼をUNIX点滅させた。「ハハーッ!」コーガーは瞬時にドゲザした。『首尾よく地底王国の所在を突き止めたか。褒めてつかわす』ドクロの口腔スピーカーから響くのは、ガバナス皇帝ロクセイア13世の通信音声。『してオヌシ、かの国をどうするつもりかな。ン?』

「征服致しましょう!」コーガーは間髪入れず答えた。「皇帝陛下のご威光の前に、あらゆる知的生命体は服従あるのみ!」『ムッハハハハ! その意気やよし』皇帝は満足気に笑い声をあげた。『聞くところによれば、モンゴー一族の王女には、銀河で一番美しい宇宙エメラルドが代々受け継がれておるそうじゃのう』

「銀河で一番美しい宇宙エメラルド!」コーガーの双眸が爛と光った。「承知つかまつりました! その品、必ずや皇帝陛下に献上奉ることになりましょう!」『ムハハハハ! 小気味よいソンタクよ。楽しみに待つとしようぞ』「ハハァーッ!」『ムハハハハ! ムッハハハハハ!』

 地上を遥か下に望む大絶壁。そこに二つの人影が虫めいてへばりついていた。宇宙ザイルの束を担いだリュウとバルーだ。「しッかしまァ、うんざりするような景色だぜ」「ハヤト=サン、無事だといいがな」「簡単にくたばらねえっつッたろ、お前がよ」「そうだったか」「とぼけンなこの野郎」

 機械に頼らず人力で踏破するほか、ゴースト山脈を越える道はない。二人は互いを引き上げながら、垂直に近い岩壁を登り続けた。「よッと……まァ確かに、最近アイツはタフになってるよ。案外今頃、お山の向こうでホットなベイブをゲットしてたりしてな」「お前じゃあるまいし。GRRRR」バルーは喉を鳴らして笑った。

「ハークション!」

 モンゴー王国宮殿の宴の間で、ハヤトは大きなクシャミをした。「誰か僕の噂をしてるな」地球系移民に伝わる宇宙ジンクスを思い起こし、鼻の下を擦る。ある程度以上の知己の間には量子的相関関係が結ばれ、一方が他方に言及した時、何十光年離れていても鼻腔の感覚神経に影響を及ぼすという。

「その誰かって、ハヤト=サンの恋人?」豪勢な地底王宮料理が並ぶテーブル越しに、ヒミメ王女が悪戯っぽく微笑んだ。「エッ⁉ そんな人いるもんか」「アヤシイゾ!」ケン王子が囃し立てた。地上ではとうに廃れた古のヒヤカシ・チャントだ。「これ、二人とも奥ゆかしさが足らぬぞ」カン王が諫める。

「気にしてません」ハヤトは笑ってかぶりを振った。「きっとリアベ号の仲間です」「ほう、先程の話にあった宇宙船の」「ハイ……きっと今頃、僕を探してる筈です」「心配無用じゃ」顔を曇らせるハヤトにカン王が微笑んだ。「それらしき者が現れたら、丁重に出迎えさせよう」「アリガトゴザイマス」

「ねえ、お祖父様」ケン王子が尋ねた。「悪い帝国が地上にはびこる今こそ、我々モンゴー王国が立ち上がる時では?」「……ウム」答える代わりに老王は立ち上がった。宮殿の窓を開け放ち、一同を目で促す。窓から身を乗り出したハヤトの口から、感嘆の声が漏れた。「スゴイ……!」

 彼の目の前には、モンゴー王国の領土たる地底大空洞が広がっていた。石造建築の林立する街並みを人々が行き交い、工業ギルド街や市場ストリートの喧騒が心地よいざわめきとなって聞こえてくる。第15太陽グローラーの代わりに頭上で輝くのは、天然の岩盤ドームに吊り下げられた無数のバイオ発電灯だ。

 在りし日のアナリス中央都市にも匹敵する市街地の向こうに、地底コメ畑と居住区のパッチワークが延々と続く。その果ては宇宙ニンジャ視力をもってしても見通せなかった。「……数百年、あるいは数千年の昔」カン王が語り始めた。「時間と空間を超えた旅路の果てに、我らの始祖は惑星ベルダに降り立った」

 ハヤト、ヒミメ、ケンの三人は、姿勢を正して傾聴した。「偉大なる賢者ダム・ノストラの予言詩に従い、始祖はこの大空洞を領土と定めた。磁気嵐、死の霧、バイオ発電灯、DNA組み換え地底コメ……先人のテクノロジー遺産は今なお王国の秘密を守り、閉鎖生態系を支えておる。地上へ帰還する時が来るまでな」

「みんなで地上に出るのですね! スゴイ!」目を輝かせるケン王子に、「否」カン王はかぶりを振った。「ハヤト=サンより聞くに、ガバナス帝国の侵略は畢竟、人が成す悪行の域を出ぬ。我等が立つのは、惑星の存亡すら揺るがす天災訪れし時ぞ」

「本当に来るのですか、そんな災いが」ヒミメ王女の顔は心なしか青ざめていた。「必ず来る」カン王は断言した。「だが恐れてはならぬ。予言が成就するその時こそ、我等は地上地下の区別なく全ベルダの民を救うのだ。備えようぞ」「ハイ」頷く王女の胸元で、宇宙エメラルドの首飾りが煌めいた。

「ARRRRRGH!」「動くンじゃねェ馬鹿野郎ーッ!!」

 海抜数千メートルの高みに宙吊りとなったバルーの身体が回転する。「イイイヤアアアアーーーッ!」リュウの宇宙ニンジャ筋力が、ザイルに結ばれた7フィート超の巨躯を引き上げた。「WRAAAGH!」ゴースト山脈の岩壁に取り付いたバルーは、震える手で脂汗を拭った。「GRRRR……とんだ山登りだぜ」

「頼まれたって二度とゴメンだね」「同感だ」キャットウォークめいた突起の上に立ち、リュウは周囲を見渡した。「霧まで出て来やがったぜ。ッたくよォ」その時。『ドーモ。リュウ=サン、バルー=サン』「「アイエッ⁉」」霧の向こうから響く神秘的な声に、二人はバネ仕掛けめいて背筋を伸ばした。

「「ドーモ、ソフィア=サン!」」

 然り。彼らの眼前に現れたのは、リアべ号の謎多き協力者・ソフィアの宇宙帆船であった。船首から金色のビームが迸り、ブロンド宇宙美女のホロ映像を空中に結ぶ。『急いでゴースト山脈を超えるのです』「キッツイなァ」リュウは頭を掻いた。「これでもめちゃくちゃ急いでンだぜ、俺達」

『ハヤト=サンは今、モンゴー一族の地底王国に身を置いています。その王国に邪悪な影が差しているのです』ソフィアの声には切迫感があった。「地底王国? このベルダに? 初耳だな」バルーが首を捻る傍ら、リュウのニューロンがあらぬ方向に回転する。「……なあ、ソフィア=サン」

「まさかとは思うがよォ……その地底王国とやらにホットなオヒメサマがいて、ハヤト=サンの奴がデレッとしてるなんて事ァ」『……?』「アッ! やっぱそうなんだな畜生!」答えかねたソフィアの曖昧な微笑を、リュウは己の価値観で判断した。

「あンの野郎、こっちの苦労も知らねェで! 見つけたらタダじゃおかねェぞ!」「そうとも! 堕落する若者を更生するのは大人の義務だ!」盛り上がる宇宙の男達。『……ともかく急ぐのです』ソフィアはコミュニケーションエラーの修正を放棄した。宇宙帆船が後退し、しめやかに霧の中へ退去する。

「アレッ、連れてってくンねえの? オーイ!」「現実は冷たいな」「バカヤロ」バルーの背中をリュウがどやした。「なんか事情があンだよ。それよか急ごうや」岩壁に手を掛け、登攀を再開する。「邪悪な影、地底王国に迫るか……オヒメサマのナイトになるチャンスだぜ」「GRRRR」バルーはもはや何も言わなかった。

「ハッ! どこの馬の骨とも知れぬ若造を王族あげてチヤホヤしおって!」

 貴族専用居住区の豪奢な一室で、宰相グモは宇宙ワインを呷った。銀のゴブレットを叩きつけたテーブルは、密かに地上から取り寄せた宇宙マホガニー製。それら貴重な調度品も、部屋に溢れる宝石類も、彼の鬱屈を癒やすには足りぬ。

「このグモが居らねば、モンゴー王国などとうの昔に滅んでおるに違いないのだ!」『その通り。心中お察し致す』再び声なき声!「アイエッ⁉」グモは飛び上がり、腰の宝剣に手をかけた。「オノレ! 姿を見せよ侵入者! 宰相への間諜行為は死罪だぞ!」

『大声をお立てめさるな。我等は貴殿の影の中』「ナニ?」グモは壁に落ちる己の影に目を向けた。ZMZMZMZM……その中から立体的な闇が滲み出し、オチムシャ・ヘアーの宇宙ニンジャに変じた。異様に膨らんだ頭蓋。左右で白と青に分かれた顔色。あからさまに異星人なのだ!「アイエエエ⁉」

「ドーモ。ミツカゲビトです」宇宙ニンジャは慇懃にオジギした。「ガバナス皇帝・ロクセイア13世の使者として参上した」「ぶ、ぶ、無礼な!」グモが虚勢を張る。「他国の使者ならば、まずカン王陛下に拝謁を求めるのが筋であろう!」「そのカン王に替わり、貴殿を王座に据えるのが陛下のご意思でな」

「な……」なんたる不遜極まりなき提案!「そんな事ができるか! ワシはモンゴー一族の名誉ある貴族ぞ!」「我等がケン王子の影に潜み、地底王国に潜入を果たして数時間。既に調べはついておる」ミツカゲビトはグモに指を突き付けた。「貴殿は常々、この国の王になりたいと思うておる筈!」

「黙れーッ!」「フン。イヤーッ!」斬りかかるグモを鼻で笑い、ミツカゲビトはチョップで易々と宝剣を叩き落とした。そのまま喉首を掴み、ギリギリと身体を吊り上げる。「ア……アバッ」「その狼狽えよう、どうやら図星か」ミツカゲビトはグモを石床に放り捨てた。「グワーッ!」

「このまま地底で生涯を終えるのが貴殿の本懐ではなかろう」「ゲホッ、ゲホッ……」咳き込むグモをよそに、異相の宇宙ニンジャは壁の風景画を手に取った。描かれているのは紺碧の海、太陽輝く空。「愚にもつかぬ予言を信奉する王族を一掃し、地上へ帰還する時が来たのだ。グモ=サン」

「……」立ち上がる宰相の目は暗く据わっていた。「オヌシ、見返りに何を求める」「さすが宰相殿。話が早い」ミツカゲビトは得心げに頷いた。「地底王国の王女に代々伝わる宇宙エメラルドの星。それを恭順の証として差し出せば、皇帝陛下は必ずや貴殿を新たな王に封ずるであろう」

「して、如何にして事を運ぶ」「我等三人はガバナスニンジャアーミーの精鋭。万事任せるがよい」「三人? あと二人は何処じゃ」「フッフフフ」ミツカゲビトが胸の前でニンジャサインを組み始めた時、「アイエッ⁉」グモはようやく気付いた。頭部の左右にオメーンめいて貼り付く第二第三の顔に!「アイエエエ!」

 ナムサン! 左右の顔がメリメリと正面を向き、「カーッ!」中央の顔がエテルの霧を吐き出した。凝固した霧が二人分の胴体を形成!「ドーモ。ヒカゲビトです」「ツキカゲビトです」「ホシカゲビトです」二色面、青面、白面の宇宙ニンジャが次々とアイサツした!「アイエエエエエ!」

◆#4◆

「アラ、もっと召し上がれ」「もう食べられないよ。ゴチソウサマ」ハヤトは腹をさすりながら、ヒミメ王女が勧める地底ピーコックの丸焼きを固辞した。「それに、もうそろそろ行かなくちゃ。きっと仲間が心配してる」

 カン王は公務のため既に退席し、宴はティーンエイジャーの気兼ねない食事会の様相を呈していた。「だったら、あとで地上に連れて行ってあげる」「あの絶壁を越えて?」「中腹に秘密の抜け道があるんだ」「ナルホド。ケン殿下はそれで地上にお出ましか」「へへへ」王子は野生児めいて鼻の下を擦った。

「ハヤト=サンは宇宙ニンジャなんでしょう」ヒミメ王女はハヤトをじっと見つめた。「もし……もしもよ。私がどこかで危険な目に遭ったら、助けに来てくれる?」「そりゃもう! どこにいようとも必ず!」気軽に頷くハヤトに、言外の機微に気付いた様子はない。内心物足りぬヒミメはさらに大胆な言葉を口にした。

「どう? もし良かったら、この国にずっと……」

 その時。「ご歓談の最中シツレイ致す」ズカズカと入室したのは、衛兵を引き連れたグモだった。「なッ……無礼でしょう、許しもなく!」「これはシツレイ。気が付きませんで」宰相は跪き、粘つく視線で王女を睨め上げた。「もしや、大事なお話の最中でしたかな?」「……いいえ」顔を赤らめて俯くヒミメ。

 グモはハヤトをじろりと見た。「カン王がお呼びでございます、地上のお客人。王女様と殿下はこの場でお待ち下されとのこと」「何の用だろう」「行けばわかるさ」首を捻るケンに笑いかけ、ハヤトは立ち上がった。「さあ、どうぞ、こちら、へ」案内する衛兵の所作はどこかぎこちない。

「……」ハヤトを見送る体でその場に残ったグモは、王女の胸元に揺れる卵大の宇宙エメラルドをちらりと確かめた。さりげなく立ち位置を変え、己の影を壁に落とす。ZMZMZM……影が膨れ上がり、青面と白面の宇宙ニンジャを吐き出した。

「ハヤト=サンを、おつれ、しまし、た」「何?」王の居室の扉が開く。「どんなご用件でしょう、陛下」生真面目にオジギするハヤトに、寛いだ姿勢のカン王が眉根を寄せた。「妙じゃな。余は呼んでなどおらぬが」「エッ?」訝しむハヤトの背後で、「ア……アバッ」衛兵が白眼を剥いて昏倒!

「これは⁉」倒れた衛兵の影だけが壁に残っている。奇怪! ハヤトは反射的に身構えた。「ハハハハハ!」ZMZMZM! 影は哄笑を上げ、青白二色面の宇宙ニンジャに変じた!「ドーモ、ハヤト=サン! 貴様を呼んだのはこのヒカゲビトよ!」

「イヤーッ!」ヒカゲビトは胸の前でニンジャサインを組んだ。その周囲にキラキラと輝く光輪が生まれ、ハヤトの頭上から覆い被さった。「グワーッ!」光のリングに両腕ごと胴体を拘束されたハヤトがもがく。「貴様はそこでカン王の死に様を見届けるがよいわ」老王にカラテを構えるヒカゲビト!

「させるか! イヤーッ!」ハヤトは瞬間的に身を縮め、バネ仕掛けめいて垂直に飛び上がった。空中に取り残されたリングが雲散霧消!「何ッ」反射的に見上げるヒカゲビトの視界に、クルクルと空中回転する白銀装束の宇宙ニンジャが飛び込んだ。着地と同時にヒロイックなアイサツを繰り出す!

「変幻自在に悪を討つ、平和の使者。ドーモ、マボロシです!」

「……噂の反逆宇宙ニンジャか。まさか地底王国にまで現れるとは」ハヤガワリ・プロトコルを順守した者の正体は99.99%秘匿される。ヒカゲビトは細く息を吐き、全身にカラテを漲らせた。カン王を庇うように宇宙ニンジャ伸縮刀を構えるマボロシ……その時!「ンアーッ!」宴の間から絹を裂くような悲鳴!

「誰か! 誰かーッ!」腕の中でもがくヒミメ王女を「イヤーッ!」「ンアーッ!」ホシカゲビトは当て身で気絶させ、ぐったりとした身体を担ぎ上げた。「ヤメロ! 姉上を放せーッ!」突進するケン王子に「イヤーッ!」ツキカゲビトが肘打ちを叩き込む!「グワーッ!」失神!

「デアエ衛兵! デアエ―ッ!」芝居がかって呼ばわる一方、グモは声を殺して宇宙ニンジャ達に囁いた。(さっさと行け!)(待て。王女の所持品を確認せねば)(バカ! オヌシらと共にいる場を見られたらワシは破滅だ!)追い払うように手を振り、叫び続ける。「デアエ―ッ!」

「……」「……」二人は顔を見合わせ、左手の人差し指と中指を眉間に当てた。「どうした……フム、そうか」ヒカゲビトは王の居室で同様の姿勢を取り、なんらかの超自然的会話を行った。「やむを得ん、お前達は脱出しろ」右手は油断なくカラテを構えている。「こちらもいささか想定外だったが、問題ない。直ちに合流する」

「合流だと? どこにも逃がさないぞ!」伸縮刀を突き付けるマボロシ。「バカめ。カン王暗殺は陽動、我等の本命はヒミメ王女よ」ヒカゲビトは口を歪めた。「王女は貰った。もはやこの場に用はない!」扉に貼り付くや否や身体が消失!『オタッシャデー!』

「アッ……!」マボロシは立ち尽くした。彼の宇宙ニンジャ視力は、ヒカゲビトの肉体が扉と床の間にできた僅かな影に滑り込み、逃亡する一瞬を捕えていた。もはや追跡不能。ならば今は……KRAASH! マボロシは扉を蹴り開け、色付きの風となって走り去った。「王女! ヒミメ王女ーッ!」

「ウーン……」ケン王子は石床から身を起こし、無人の宴の間を見回した。失神直前の記憶が徐々に蘇る。宇宙ニンジャが突然現れ、気絶させた王女を……「そうだ姉上! 姉上ーッ!」駆け去る王子と入れ替わりに、「ヒミメ王女ーッ!」ハヤガワリを解除したハヤトが駆け込む。その足先に何かがぶつかった。

 地底ラッコ毛皮の敷物の下から転げ出たのは、宇宙エメラルドの首飾りだった。「これは……」卵大の宝石をハヤトが拾い上げた瞬間、「クセモノダー!」背後から声が飛んだ。咄嗟に宝石を懐に捻じ込み、振り向くハヤト。そこには仁王立ちのグモが!「デアエ! デアエ―ッ!」

 衛兵隊が駆け込み、たちまちハヤトの四方を槍衾で取り囲んだ。「王女を誘拐した輩を手引きしたのはオヌシだな、地上人!」「バカな! 僕はさっきまで陛下の部屋で……そもそも僕を呼びに来たのはグモ=サンじゃ」「ダマラッシェー!」一喝するグモは内心ほくそ笑んだ。(濡れ衣を着せる手間が省けたわい)

 そして同じ頃、ゴースト山脈頂上付近では。

「あと一息だぜ相棒」「GRRRR……もうグウの音も出んよ」「貸しな」岩壁に取り付くリュウはバルーから鉤爪付きのザイルを受け取り、「イヤーッ!」頂上めがけて投げ上げた。手応えを確かめ、最後の登攀を開始する。「よッと……やれやれ、クソッタレな山登りもこれでオシマイだ」

 その時。「オシマイなのは貴様らだ!」何者かの声が響き渡った。頂上に姿を現した一団は、三面異相の宇宙ニンジャ率いるニンジャトルーパー部隊であった。「ドーモ、ミツカゲビトです。マボロシ=サンがいたのでもしやと思ったが……やはりウロついておったか、ベイン・オブ・ガバナスの反逆者どもめ」

「ドーモ! それでどうしたい。マボロシ=サンにやられて、化物みてェなツラ下げてスゴスゴ逃げ帰ってきたってワケ……アッ!」アイサツついでに憎まれ口を叩くリュウは、トルーパーの一人が抱える少女に気付いて目を剥いた。「テメェ! さてはその子が地底王国のホットなオヒメサマだな!」

「これから死ぬ貴様には関わりなき事よ。イヤーッ!」ミツカゲビトはソードを抜き、足元の鉤爪に振り下ろした。ザイル切断!「グワァァァーッ!」「WRAAAAGH! リュウーッ!」絶叫するバルーの脇を掠め、リュウはゴースト山脈の大絶壁を真っ逆さまに落ちていった!


【ア・プリンセス・オブ・アンダーグラウンド】終わり
【プリンセス・クエスト・アット・ザ・ミスティック・ニンジャ・タワー】へ続く


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第11話「地底王国の王女」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

ゲストが豪華:シリーズ終盤で大きな役割を果たすモンゴー王国が初登場。王国の野生児・ケン王子役は「小さなスーパーマン ガンバロン(1977)」で主演を務めた安藤一人=サン。ヒミメ王女は「仮面ライダーX(1974)」のライダーガールズの一人、仁和令子=サンであった(大変美しかった)。
 さらに、奸臣グモを演ずるは「仮面ライダー(1971)」の地獄大使役で知られる潮健児=サン。アクの強い風貌で抜群の存在感を発揮した。TVショウ本編では鼻の大きさを巡ってバルーといがみ合う。

ミツカゲビト:特殊メイクで表現されたフリーキーな異相が、「仮面ライダー」以前の東映特撮TVショウ「仮面の忍者 赤影(1967)」や「ジャイアントロボ(1967)」のヴィランを彷彿とさせる。2020年代の目で見ると若干引きますね。
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」は、東映京都撮影所が久々に制作した特撮ヒーロー番組。東映生田スタジオで制作された「仮面ライダー」が「怪人」という概念を生み出す以前のヴィランデザインミームが、期せずして復活を遂げた……ってコトなのかもしれない。

4だけ短かくないですか:アッハイそのとおりです。当初はグモとミツカゲビトのくだりを4に組み入れてたんだけど、次回への引きを考えたら3のうちにやっておくべきじゃね? という思いが否応なく高まった結果です。分割掲載ならではの気付きを得ました。

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