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《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【レスト・イン・スペース】

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【#1】←

「アイエエエ……もう歩けません……」
 死んだマグロの目をした労働者は、肩から滑り落ちた鉄パイプに杖めいて縋り、我が身を支えきれず崩れ落ちた。
「甘えた事を抜かすな! 歩けーッ!」ガバナス下士官が叱声を飛ばす。「アイエエエエ……カンベンしてください……」「何がカンベンか貴様ァーッ! 神聖なる宮殿建築資材を地に着けおって!」

「もういい! 貴様もカロウシの前倒しだーッ!」下士官がレーザー拳銃を労働者の口にねじ込もうとしたその時、ヤジリめいた宇宙スリケンがどこからか飛来し、その手首に突き立った!「グワーッ! 何奴!」

 なだらかな丘陵の上に四人の男が立っていた。宇宙民族衣装を乾いた風になびかせるカミジ。腰のサーベルに手をかけるダン。宇宙ニンジャ伸縮刀を構えるリュウとハヤト。

 涼しげな双眸でガバナス下士官をひたと見据え、カミジは朗々とアイサツした。「ドーモ! 我々は!」それを合図に現れる武装集団!
「「「「「アナリス解放戦線です!」」」」」

 四人とレジスタンスは一斉に丘陵を駆け降りた!
「「「「「イヤアアアアーーーッ!」」」」」

「アイエエエ襲撃! 反逆者の襲撃だ! 撃てーッ!」顔を引きつらせた下士官の命令一下、ニンジャトルーパーが宇宙マシンガンを斉射! BRATATATA! BRATATATATA! レジスタンスの反撃! BLAM! BLAM! BRATATA! BRATATATA! KABOOOOM!「「「アイエエエエ!」」」労働者達が悲鳴をあげて逃げ惑う!

 混乱の只中、先陣を切ったのはハヤトだ。地を這うスライディングで射線をくぐり抜け、「イヤーッ!」「グワーッ!」ガバナス下士官を蹴り上げた。「イヤーッ!」宇宙ニンジャ伸縮刀を揮い、レーザー拳銃ごと手首を超振動切断!「グワーッ!」

「イヤーッ!」リュウは一瞬で記録士官に肉薄し、逆袈裟に斬り上げた。「アバーッ!」胸郭から噴き出す鮮血!
「「「記録士官殿ーッ!」」」駆け寄るトルーパー達に、カミジは慣れぬ手つきで宇宙ライフルを構えた。ZIZZZZZZ! 花火めいて撒き散らされるエネルギー弾! ニュービー相当の最下級トルーパーは避け切れず、「「「アバババーッ! サヨナラ!」」」連続爆発四散!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダンの軍用宇宙サーベルと中級トルーパーのニンジャソードが切り結び、火花を散らす。そこにアンブッシュせんとする新手トルーパーを、「イヤーッ!」ハヤトの鞭めいた回し蹴りが襲った。「グワーッ!」キリモミ回転して地面に倒れ伏す!

「こっちだ急げ!」「身体を低くしろ! 流れ弾に当たるぞ!」アナリス解放戦線のメンバーが労働者達を誘導する。
「奴らを逃がすな! 速やかに追撃アバーッ!?」宇宙装甲車から上半身を出して叫ぶ上級トルーパーの胸板を、リュウの宇宙スリケンが貫いた。「サヨナラ!」爆発四散!

「GRRRRR!」「ヤッチマエ! WRAAAGH!」デーラ人労働者達は指揮官を失った宇宙装甲車に飛び込み、残りの乗員を引きずり出した。「WRAAAAAGH!」「グワーッ!」カジバチカラで投げ飛ばされた運転士が、レジスタンスと銃撃戦を繰り広げるトルーパー集団の上に落下!「「「グワーッ!」」」統制が乱れる!

「今だ撃てーッ!」BRATATATATA! レジスタンスの宇宙マシンガンを浴び、次々と蜂の巣になるニンジャトルーパー!「「「サヨナラ!」」」一斉に爆発四散!

「アイエエエエエ! 退却! 退却ーッ!」下士官は手首から血を流しながら叫んだ。なかばパニック状態で発せられたその命令に、全ニンジャトルーパーは忠実に従った。鉄の軍規のなせる業だ。ヒキアゲ・プロトコルを順守し、瞬時に姿を消す。

 イクサは終わった。カミジはよく通る声で人々に呼びかけた。
「皆さん! 惑星アナリスに自由と平和が戻るまで、一時身を隠すのです! 我々の用意した隠しコロニーへ案内します!」

「歩けぬ者は宇宙装甲車へ!」「武器弾薬の回収急げ!」レジスタンスがてきぱきと指示を飛ばす。「アイエエエ……」「アイエエエ……アリガトゴザイマス」労働者達は建築資材を打ち捨て、おぼつかぬ足取りで移動を開始した。

「ハァーッ……ハァーッ……」下士官に射殺されかけた男は、最後の力で鹵獲宇宙装甲車の屋根によじ登り、仰向けになって荒い息をついた。もはや指一本動かす気力もない。だが、死んだ宇宙マグロじみた目には微かな安堵の色があった。「ハァーッ……ハァーッ……」

「ハァーッ! ハァーッ!」ケジメされた手首を脇に挟み、ガバナス下士官はひとり彷徨っていた。非宇宙ニンジャゆえ、ヒキアゲ・プロトコルの散開スピードに取り残されたのだ。

「ハァーッ! ハァーッ!……アイエッ?」

 ゴロンゴロンゴロン……不意に転がってきた岩塊が、下士官の行く手を遮った。だがどこから? もと牧草地のなだらかな起伏からは転がりようのない巨岩だ。

 下士官はおそるおそる近づき、岩塊を覗き込んだ。その瞬間!

「ドーモ! ガバナスニンジャオフィサー・イワビトです!」

 岩塊がアイサツを放った!
「アイエエエエ!」尻餅をつき失禁する下士官の目の前で岩塊はバキバキと変形し、人間めいたシルエットを形作った。頭部とおぼしき箇所、岩の隙間に双眼が光る!「アイエエエエエエ!」

「一部始終見ておったぞ。レジスタンスに労働者を奪還されたあげく敵前逃亡とは!」「アイエエエお待ちください! 敵には強力な宇宙ニンジャがいたのです。退却もやむなし!」下士官が命懸けの反論を試みる。「そ、それに、見ていたのなら、なぜ助けてくれなかったので……」

「クチゴタエスルナー!」「アバーッ!」

 イワビトは岩石の拳を下士官の脳天に振り下ろした。ハンマーめいた一撃を受けた頭部は両肩の間にめり込み、砕けた頭蓋から血と脳漿が飛び散った。ナムアミダブツ!

「グワラグワラ! この星系の人類も脆弱! まるで泥人形よ!」イワビトは両目をにんまりと細めて哄笑した。肉体のほとんどが無機質で構成され、全身を岩石で覆った彼の種族にとって、その両目だけが辛うじて表情を読み取れる部位であった。

「で? お前の見立てはどうなの、イワビト=サン」
 パープルラメのニンジャ装束に身を包んだ女宇宙ニンジャが、いつの間にかイワビトの傍らに立っていた。彼女の名はクノーイ。ニンジャアーミー諜報部門の長だ。そのバストは豊満である。

「あのダン=サンとかいう奴を殺れば、残りは雑魚だ。リアベ号の連中が少々邪魔だがな」「彼らは私が引き離す。そうすればナガレボシ=サンも手を出して来ないでしょう」

「噂に聞く、リアベ号のヨージンボめいた宇宙ニンジャか」イワビトは愉快そうに身体を揺すった。「最近もう一人増えたそうではないか。俺がまとめて始末してやろうか? ン?」
「頼もしい限りね。でも、イーガー副長は速やかな戦果をお望みよ。まずは弱敵を優先して」クノーイは淡々と受け流した。クセの強いニンジャオフィサーの手綱を取るのは、なかなかに気骨が折れる。

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 小高い丘の上に立つ礼拝堂の周囲に、避難民キャンプが地衣類めいて広がっていた。プレハブ住居ユニットの残骸で組み上げられたあばら家。ありあわせの布で張られたテント。宇宙ダンボールハウス。その様相は多彩だ。

「こっちのテント空いてるよ!」「負傷者は申し出て下さい!」「アイエエエ……」「しっかり! もう大丈夫だ」キャンプ住人とレジスタンス戦士は協力して、救出された労働者の対応にあたっていた。彼らの場慣れしたアトモスフィアが、右も左もわからぬ新入り達のささくれたニューロンを鎮めてゆく。

 宇宙装甲車の屋根から降ろされた男は極度の消耗状態と診断され、ただちに礼拝堂の中へ担ぎ込まれた。
 初期開拓時代の石造建築は、アナリス解放戦線のアジトとして見出されるまで廃墟同然であった。いまやその内部は倉庫めいて、武器弾薬や食料が山積みになっている。かつて信徒が祈りを捧げていたであろう長椅子は、簡易医療ベッドとして再利用されていた。男はそのひとつに寝かされた。

「アノ……水……水を……」

 蚊の鳴くような声に応えて、「ハイ」木椀が差し出された。考える間もなく、震える手で掴み、飲む。「ンッ……ングッ……」宇宙フルーツの絞り汁だ。滋養と薬効に満ちた酸味が、細胞ひとつひとつに染み入るようだった。

 男の弱った内臓では、最後まで飲み切る事はできなかった。半分がた残した木椀を手放し、「ハァーッ……ハァーッ……」再び仰向けになって荒い息をつく。

 男はそこでようやく、自分を見守る少女の視線に気付いた。その手には飲み残しの木椀。
 少女は慈悲深く微笑んだ。「もうダイジョブですよ。少し休んでね」

「アリガトゴザイマス……ウッ……」男の両目から、とめどなく涙が湧き出した。最後に我が身を気遣われたのはいつのことだったろう。妻子と最後に言葉を交わしたのは……妻と、娘は……生きているだろうか……。

 ローティーンの少女はテヌギーを取り出し、眠りについた男の頬を拭うと、帰還した戦士達に振り返った。「オカエリナサイ」「タダイマ」少女とダンはにこやかにアイサツを交わした。リュウとハヤトが初めて見るダンの笑顔だった。

「食事の用意できてるわよ」「有難う。悪いけど、お客さんの分も追加してくれないか」「お客様?」
「私達の心強い味方だ」カミジが手振りで、二人の宇宙ニンジャを指し示した。「アー、ドーモ、リュウです」「ゲン・ハヤトです」「ドーモ。はじめまして。ハナです」

 礼拝堂の片隅に置かれた分厚い木製テーブルに、素朴な食事が並んでいた。宇宙ライ麦パンの山と不揃いの宇宙フルーツ。周辺コロニーの住民が提供してくれたものだ。ガバナスの徴税吏に知られれば、むろん命はない。

「悪ィな、急に人数増えちまって」「僕達も手伝おうか?」照れ隠しめいて言うリュウとハヤトに、「座って待ってて。お客様にお手伝いさせられないもの」ハナは笑ってかぶりを振り、厨房とテーブルを忙しく往復する。

「ダン=サンの妹かい」リュウの質問にカミジが答えた。「いえ。ガバナスに両親を殺されて彷徨っていたところを、ダン=サンが助けたんです」「フーン。ますます気に入ったぜ、お前って男がよ」ダンに向けるリュウの笑顔は、少年の如く屈託なかった。

「まるでホントの兄弟だ」感心するハヤトに、「だって、お兄ちゃんだもン。ネ?」ませた口ぶりでハナが答える。ダンは照れたように苦笑した。
 こいつ!……と反射的に軽口を叩きかけて、ハヤトは慌てて口をつぐんだ。ニューロンが一瞬、ハナを本物の妹と誤認したのだ。もうこの世にない妹・リオの姿と。

 ガバナス帝国の侵攻が始まったあの日の光景が、ハヤトのニューロンにフラッシュバックした。冷たくなってゆく父の身体。肉体の残骸めいて血の海に転がる母と妹。炎上する生家。

「ハヤト=サン」黙り込んだハヤトの険しい顔をリュウが覗き込んだ。
「思い出は永遠に生き続ける。だが時には、忘れた方がマシな事もあるんだぜ」「わかってる。でも……覚えていたいんだ」

「だったらシケた顔すンな。自分の胸にしまって笑っとけ。それが真の宇宙の男だ」言いながら、リュウは宇宙フルーツジュースのグラスを傾けた。幻の地球産ウイスキーを嗜むかのように。その横顔を、ハヤトはソンケイを込めて見つめた。

「……ア。やべえ」グラスを持つリュウの手が止まった。

「オイ、ハヤト=サン! 今すぐバルー呼んで来い! 俺達だけいいモン食って帰ってみろ。あの野郎何しでかすかわからんぞ!」
 慌てふためくリュウに、「……プッ!」ハヤトは思わず噴き出し、それがレジスタンス戦士の爆笑を誘った。「「「ハッハハハハハ!」」」

「アー……そうだね! 食べ物の恨みは一生祟るって言うし」つとめて明るく答えたハヤトは、「イッテキマス!」バネ仕掛けめいたオジギを残し、礼拝堂を飛び出した。
「いい弟分だな」「そんなんじゃねェよ」ダンの言葉にリュウは手を振った。

(ダン=サンも、リュウ=サンに勝るとも劣らない真の宇宙の男だ。バルー=サンを引き合わせたら喜ぶだろうな……!)

 常人の三倍の脚力で駆けてゆくハヤトの後ろ姿を、礼拝堂の陰から見送る女宇宙ニンジャあり。ナムサン! クノーイは卓越した宇宙ニンジャ野伏力で、帰投したレジスタンスの一挙一動を監視していたのだ!

「私の出番ね」

 赤い唇が邪悪な笑みに歪んだ。果たして彼女のニューロンには、いかなる作戦計画が練られているのであろうか?

【#3へ続く】


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