ニンジャラクシー・ウォーズ【ファースト・エピソード前編:ダーク・カンオケ・バトルシップ】
1 ジ・エンパイア・ストライクス・バック
宇宙が天井で覆われたかの如き光景だった。
ゴウンゴウンゴウン……漆黒のメガストラクチャーがエテルを掻き分けながら突き進む。無限の大空間の深奥へ流れ去るは、宇宙コンビナートあるいは乱開発都市めいた表面構造物。あまりの複雑さにスケール感が狂い、プラスチック・モデル・キットの部品を敷き詰めたようにも見える。
地球連盟第15太陽系の主星・グローラーの光に照らされ、“それ”は宇宙戦艦としての全貌を浮かび上がらせた。イオン・エンジン群の凶暴な推力が、カンオケめいた双胴の艦体をむりやりに前進させる。進路上に輝く緑の光は、星系の中心地、第2惑星アナリス。
『ザリザリ……こちらはアナリス駐留宇宙艦隊である。ただちに停止し、貴艦の艦籍を明らかにせよ』
地球連盟の守護神・テラグローリー級宇宙戦艦が、亜光速通信で警告を発した。3隻でヤジリめいた陣形を組み、巨艦の行く手を阻むように接近する。しかしそのサイズ差は歴然。赤子が宇宙スモトリに挑むが如し。
応答はなかった。ZOOOM……! ZOOOM……! 巨艦両舷のカンオケめいたカタパルトから、艦載機が次々と飛び出した。6本のビーム機銃ステーを放射状に広げ、戦闘態勢を取る。
『繰り返す! ただちに停止し、貴艦の艦籍を……』
BEEEAM! BEEEEAM! 邪悪にうねる破壊ビームが、テラグローリーの艦体に小爆発を起こした。KABOOOM! 偏向シールドが赤熱し、眩い閃光を放つ。『グワーッ!』
『交戦の意思ありとみなす! 攻撃開始!』
ZAPZAPZAP! テラグローリーの対空砲台が起動し、パルスレーザーの光弾を撒き散らした。宇宙スパイダーめいた艦載機は素早く散開、攻撃を継続する! BEEEAM! BEEEEAM!
「AAAAAARGH!」「グワーッ!」
野蛮な咆哮とともに殴り飛ばされた青年は、身体をくの字に折り曲げ、宇宙貨物船の客席に激突した。
CLAAASH! ローコスト簡易座席が木っ端微塵に砕け散った。青年の手から落ちた宇宙ナイフがカラカラと床を滑り、ジャンクめいた機械類の隙間に消えた。
「GRRRR……俺のダチに手ェ出した落とし前はつけてもらうぞ、ハイジャック小僧」
ボキボキと指を鳴らしながら客室に入ってきたのは、身長7フィート超の宇宙猿人。第1惑星シータにルーツを持つデーラ人だ。ZZZOOOM……! エテルに揺さぶられ、船体が不気味に振動する。
客席の残骸の中から、端正な顔立ちの青年が身を起こした。「ちょっと待って! 僕はただ契約通りアナリスに降りて欲しいだけなんだ!」
青年はなおも何か訴えようとしたが、血走った猿人の眼光の前に口をつぐんだ。とても話の通じる状態ではない。
「AAAAAARGH!」猿人は拳を固めて突進!「イ……イヤーッ!」やむなく青年も迎え撃つ。その時!
「イヤーッ!」客室に色付きの風が駆け込んだ!
ジュー・ウェア風ジャケットに身を包んだ第三の男が、猿人と青年の間に腰溜め姿勢で立っていた。この貨物船の船長だ。
右手には青年のチョップ。左手には猿人のパンチ。両者の手首をがっちりと掴み、マンリキめいて微動だにしない。チョップを止められた青年は、手首から伝わる強大なカラテに戦慄した。
「アタマ冷やして持ち場に戻れ、バルー!」
船長は腰溜め姿勢のまま、宇宙猿人を一喝した。ZZZOOOM……! 再びの振動。船窓の外では今まさに、カンオケ巨艦とアナリス艦隊の戦闘が繰り広げられているのだ。
この貨物船は惑星アナリスへの途上、不運にも第15太陽系初の宇宙戦に巻き込まれたのだった。船長は即座にアナリス行きを断念。妥当な判断と言えよう。しかし唯一の乗客である青年はそれを良しとせず、船長に宇宙ナイフを突きつけて強行着陸を迫った。その結果がこれだ。
「わかってる筈だ、リュウ」宇宙猿人バルーは重々しく答えた。「俺達デーラ人は、ダチにケンカを売った奴を決して許さん」
「カーッ! ケンカになるかよ! 俺とこのヒヨッコがよォ!」リュウ船長は掴んだ手を放し、バルーの広い背中をどやしつけた。「いいから急げ! モタモタしてると全員オタッシャ……」
KRA-TOOOOOOM! エテルの衝撃波が船長の言葉を掻き消し、ジャンクめいた宇宙貨物船を激しくシェイクした。アナリス艦隊の1隻が爆発四散したのだ。
「「「グワーッ!」」」
三人は床に叩きつけられた。ブガーブガーブガー! 狭い船内にレッドアラートが鳴り響く!
「スペースブッダファック! あのカンオケ野郎、とうとうやりやがった!」リュウはバネ仕掛けめいて跳ね起き、再び色付きの風となってコックピットへ駆け込んだ。バルーがのっそりと追いかける。
ひとり船室に取り残された青年に、リュウの声が飛んだ。「テメェも手伝えお客人! アナリス艦隊が全滅する前にズラかるぞ!」「ア……アッハイ!」ZZZOOOOOM……!
青年が慌ててコックピットに入ると、バルーは既に副操縦席に身を押し込め、サイバー計算尺やパンチカード穿孔機と格闘していた。
片手でせわしなく計器類を操作しながら、リュウは親指で斜め後ろを指した。「そこに生命維持装置のターミナルがある。わかるか」「アッハイ」「そいつのパワーケーブルを引っこ抜いて、すぐ下のシールド発生機に直結しな」「エッ!? そんな事したら空気の供給が」「5分や10分止まったところで死にやしねェ!」
民間船の偏向シールドはデブリ避けの貧弱な代物だ。パワーを上げねば流れ弾一発でオダブツとなろう。青年は覚悟を決め、素早く手を動かした。ブゥオオオオオーン……シールド発生機の唸りが限界を超えて高まる!
「上等! 見どころあるぜ、お客人」リュウが振り向いてニヤリと笑った。「死なずに済んだら、お前の言い分も聞いてやらァ」
「リュウ! 新しい航路だ!」バルーが投げたパンチドカードを、リュウは指先で挟み取った。ノールックでUNIXに挿入! CRTグリーンモニタにアスキーアート航路図が浮かび上がる!「エンジン全開!」「アイサーッ!」
ゴンゴンゴンゴン……ジャンクめいた宇宙貨物船は、戦闘宙域からノロノロと離脱を開始した。
「アーッ! 遅ッせえな畜生!」「船よりも酒と女にカネをつぎ込むからだ」「知ってるよ! 肝に銘じとく!」「ねえ船長! 僕らホントに助かるの?」「知らねえよ! しくじったらアノヨで運賃返してやらァ!」
KRA-TOOOOOOM……カンオケ巨艦のブリッジに、エテルの衝撃波が伝わった。テラグローリー2隻目の爆発だ。
「敵艦、残数1」サイバネ化及び自我漂白済みブリッジクルーの無感情な報告に、「ウム」漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きヘルムに身を固めた男が重々しく頷いた。
薄暗く広大な空間では、数十名のクルーが自動機械めいてコンソールを操作していた。禍々しき黄金宇宙ドクロレリーフが後方壁面に飾られ、ブリッジ全体を睥睨する。そのやや下に、艦名を記したレーザーショドー金属板。
【ガバナス帝国ニンジャアーミー旗艦 グラン・ガバナス】
【艦長 ニン・コーガー(ニンジャアーミー団長兼任)】
ニンジャアーミー! ニンジャの……軍隊! よくよく見れば、男のプレートアーマーは宇宙ニンジャ装束、その頭部を覆うのは宇宙ニンジャヘルムではないか!
この銀河宇宙に生きる知的生命体にとって、「生」や「死」と同様、「ニンジャ」は普遍的概念である。だが、宇宙ニンジャが自ら軍隊を組織し、あまつさえ他星系に侵攻するとは……ナムサン! なんたる宇宙の法則に反する冒涜的所業か!
『ムッハハハハ! 首尾は上々と見えるのう、コーガー団長』
不気味な機械音声がブリッジに響き渡った。黄金宇宙ドクロレリーフの口内に超光速通信機が仕込まれているのだ。眼窩のUNIXランプが点滅し、受信状況をモニタする。
「ハハーッ! 皇帝陛下ァーッ!」コーガー団長は黒マントを翻し、ドクロの前にドゲザした。
この銀河宇宙に生きる知的生命体にとって、ドゲザは最大級の屈従を意味する行為である。通信越しの一声で宇宙ニンジャ軍団長をドゲザせしめる「皇帝」とは、果たしていかなる権勢の主であろうか?
「間もなく敵艦隊は全滅! その後速やかに! 惑星アナリスを制圧致しまする!」ドゲザしてなお朗々たるコーガーの大音声。ブリッジクルーがサイバネ化及び自我漂白済みでなければ、宇宙ニンジャの殺気にあてられ、全員失禁悶絶していることだろう。
『大儀である』黄金ドクロの両眼が満足気に瞬いた。『余は気分がよい。アナリスへの布告は余が自ら行うぞ』「ハハーッ!」
通信終了。コーガー団長は何事もなかったかのようにドゲザから立ち上がり、背を向けた。ヘルムの陰に隠れた表情は窺い知れぬ。
ジャンクめいた宇宙貨物船は、安全圏で慣性飛行に入っていた。生命維持装置も再起動完了。当面の危機は去ったと言えよう。
「オネガイシマス!」青年はコックピットの床に膝をつき、決断的にドゲザしていた。「僕はどうしてもアナリスに帰らなくちゃいけないんだ。大事な使命……用事があるんだ!」
「ンなこと言われてもなァ」リュウは渋い顔で腕組みした。「あのデカブツ、間違いなくアナリス本土に攻め込むぜ。第1惑星シータか第3惑星ベルダか、俺ならどっちかに身を潜めるがねェ」
彼なりに青年の身を案じての言葉だったが、「オネガイシマス!」青年はドゲザ嘆願姿勢を崩さない。リュウは鼻白み、しばし気まずい沈黙が流れた。
「WRAHAHAHAHA!」
沈思黙考していたバルーが、いきなり呵呵大笑して青年の首根っこを引っ掴んだ。「アイエッ!?」「気に入ったぞ小僧!」軽々とその身体を引き起こす。
「俺がブッ飛ばしても、お前は立ち向かってきた。お前はヒヨッコだが、真の宇宙の男だ」バルーは独り合点に頷いた。「真の宇宙の男のドゲザに免じて、リュウに手を出した事は許してやる」
「エット……アリガトゴザイマス」青年はおずおずと礼を言った。「今のドゲザはその件じゃねェと思うぜ、相棒」リュウは苦笑したが、バルーはお構いなしだ。「真の宇宙の男にはアイサツせにゃならん」巨躯を屈めてオジギする。「ドーモ、はじめまして。バルーです」
「アー、ドーモ。リュウです」「ドーモ……はじめまして。ゲン・ハヤトです」
その名を聞いた瞬間。
(((左様。ゲン・ハヤト……儂の息子だ)))リュウのニューロンに過去からの声がこだました。(((息子はいずれ、ゲンニンジャ・クランを継ぐ者となろう)))
「……マジかよ」
思わず口に出して呟いたリュウの顔を、「どうした相棒」バルーが覗き込んだ。「借金取りにでも出くわしたようなツラだぜ」
2 デス・ハイク・インヘリター
第15太陽系首都、アナリス中央都市。古式ゆかしい20世紀コンクリートジャングル様式の建造物がひしめく、星系随一のメガロシティである。
地球連盟による宇宙植民政策の頓挫から数十年を経てなお、この街の活況は続いていた。事実上の棄民となった人々の、それは意地でもあった。
だが今や、長方形の巨大なシルエットがその上空を黒々と覆い尽くしつつあった。ゴウンゴウンゴウン……全長数宇宙キロに及ぶカンオケめいた巨艦が降下する。ガバナス帝国ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」が、ついに惑星アナリスの大気圏内に到達したのだ。
「アイエエエエ!」「ママどこ? ママ!」「バカな! こんな辺境星系に侵略だなんて!」「通して! お願い通して!」「アイエエエエエ!」「ダメだ! そっちは」「ママーッ!」「アイエエエエエエ!」
アナリス艦隊全滅の報は、既に宇宙波放送で全星系の知るところであった。恐怖に駆られた群衆が大通りに溢れ返っていた。避難の歩みは残酷なまでに緩慢だ。BE-BEEP! BEEEEP! あちこちで宇宙カーの電子クラクションが響く。
人々の頭上では、第15太陽系最後の防衛線、テラ・スイフト宇宙戦闘機隊が懸命に抵抗を続けていた。ZAPZAPZAP! 巨艦の偏向シールドに阻まれ、パルスレーザーが空しく火花を散らす。
『隊長! やはりダメージ認められませアバーッ!』KABOOOM! テラ・スイフトがまた一機撃墜された。グラン・ガバナス艦載機の破壊ビームだ!
「クソッ! 続けェーッ!」残り僅かな僚機とともに、テラ・スイフト編隊長は絶望的なドッグ・ファイトを仕掛けた。ZAPZAPZAP! ZAPZAPZAPZAP! しかし敵機は、常識を超えた急旋回で易々とパルスレーザーをすり抜ける!
「バカな……!」編隊長はレーダーUNIXを茫然と見つめた。敵機を示す光点の動きは、ほとんどビデオゲームめいていた。およそ人間に可能なマニューバとは思えぬ。これではまるで……「宇宙ニンジャが乗っているとでも言うのか……!?」
なす術もないテラ・スイフト編隊に、敵機が殺到した。BEEEEEEAM!
「アバーッ!」KABOOOM! 隊長機撃墜!「アイエエエ隊長アバーッ!」KABOOM! KABOOOM! 残機すべて撃墜! KABOOOOM!
ZZZOOOOM……最後の一機が地平線の向こうに墜落炎上すると同時に、カンオケ巨艦から轟然たる機械音声が響き渡った。
『ドーモ。余はガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世である』
人々の逃げ足は凍りつき、数百万の目が巨艦を振り仰いだ。「ガバナスだって?」「そんな……あり得ない」「何百年も前に滅んだはずだろ」困惑したざわめきが広がる。
『人民よ。オヌシらは屑である。汚らわしきこの銀河宇宙にはびこり、価値なき生命を撒き散らす屑である』
ブゥゥゥゥン……グラン・ガバナスの艦首がプラズマ光を帯びた。
『よって余が、屑どもにふさわしき運命を与える。甘受せよ』
「アイエエエエエ!」市民の一人が凶兆を察して叫んだ瞬間。
ZAAAAAAAAAAAAP!
プラズマ光が爆発した。瞬時に拡散した無慈悲な破壊エネルギーは、幾百幾千条もの稲妻と化して降り注ぎ、その一本一本が蛇めいてのたくりながら地上を舐め、薙ぎ払った。
DOOOOM! DOOOOOOM!「「「アババーッ!」」」」KABOOOM!「「「アババババーッ!」」」」 DOOOOM! DOOOOOOM! KRA-TOOOOOM!
ZAAAAP……ZAAAAAAAAAP! ナムアミダブツ! 長年の開拓の結晶たるメガロシティが! 宇宙フロンティアスピリッツの継承者たる市民が! 無差別に焼き尽くされ、原子に分解されてゆく! DOOOM! DOOOOOM! DOOOOOOOM……!
『屑は屑に還るべし! ムハハハハ! ムッハハハハハハ!』
DOOOOM……KABOOOOOM……! DOOOOOM……DOOOOOOM……KRA-TOOOOOOM……!
「急げ! みんな急げ!」「ゲホッ……俺はもうダメだ、置いて行け」「バカ言うなオッサン! オイ若いの肩貸せ!」「ハイ!」
中央都市外縁コンビナート地帯。数百人の工員が助け合いながら、高架ハイウェイを逃げてゆく。遥か背後には燃える都心部。のろのろと随行するトラックの荷台は、動けぬ怪我人で溢れんばかり。
「落ち着いて!」「我々が守ります!」彼らを先導するのは、アナリス防衛軍地上部隊の僅かな生き残りであった。コンビナートに常駐していた彼らの任務は本来災害対応であり、宇宙マシンガンを握る手つきはいかにもおぼつかない。
ZOOOM、ZOOOOM……逃げる彼らの頭上を、轟音が何度も追い越した。カンオケ巨艦から発進したドロップシップが、大気を震わせながら飛び去ってゆく。おそらくは地上制圧のための兵員を満載して。
部隊長は沈痛な面持ちでそれらを見送り、目を閉じた。地方の開拓コロニーに置いてきた妻子の姿が瞼の裏をよぎった。もはや再会は叶うまい。
「隊長、あれを!」新兵の一人がドロップシップの一隻を指差した。追い抜きざまに投下された何らかのシルエットが落下してくる。
それは幾つもの人影だった。「クソッ!」宇宙マシンガンを構える兵士達を部隊長が一喝した。「訓練を思い出せ! 空挺兵の迎撃はパラシュートが開いてからだ! その前に避難民の誘導を……アイエッ!?」
部隊長の表情が強張った。空中に投げ出された一団はパラシュートを開くそぶりも見せず、飛び込み選手めいた逆バンザイ姿勢を取り、ただ真っ直ぐに落下してくるではないか! KRAAAASH! 数十メートル前方の路面に激突!
凄まじい衝撃で、もうもうと粉塵が巻き上がった。「「「アイエエエ!」」」群衆の間に悲鳴が走る。地上部隊の兵士は皆、固唾を飲んで宇宙マシンガンを構えた。
ザッ、ザッ、ザッ。粉塵の中から謎の一団が整然と歩み出し、横一列でアイサツした。
「「「「「ドーモ」」」」」
オジギ者は僅か数名であったが、異様なアトモスフィアを発散していた。ガスマスクめいたフルフェイスヘルム。オリーブドラブのミリタリー装束に全身を固め、軍刀の類いを背負っている。
兵士達のこめかみを冷や汗が流れ落ちた。パラシュートもなしに路面に激突した彼らがなぜ無傷なのか、誰も理解できなかった。
読者の中に宇宙ニンジャ動体視力をお持ちの方がいれば、その理由を見て取れたであろう。彼らは宇宙アスファルト面へ着地した。まずは指先と掌、スナップを使い頭から肩、背中へ。その動きは……前転! 前転である! 前転着地で全ての落下ダメージを無効化したのだ!
リーダーとおぼしき一人が一歩踏み出し、宣言した。
「我々はガバナスニンジャアーミー、第27空挺部隊です。残存兵力を掃討しに来ました」
ニンジャアーミー! ニンジャの……軍隊!「「「アイエエエ!」」」避難民が数十人近く尻餅をつき、失禁した。幾人かはさらに嘔吐失神! SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状だ!
だが、既に死を覚悟した部隊長に恐怖はなかった。決断的に宇宙マシンガンのトリガーを引く! BRATATATATA!「撃て! 宇宙ニンジャだろうが何だろうが、マシンガンで撃てば死ぬ! 撃てーッ!」
「「「ウ……ウオオーッ!」」」BRATATATATATATA! 兵士達も勇気を奮い立たせ、宇宙マシンガンの光弾を撒き散らした。だが!
「「「「「イヤーッ!」」」」」ニンジャアーミーの兵士、すなわちニンジャトルーパーは散開し、稲妻の如きジグザグ走行で駆け出した。光弾が当たらない! BRATATATATA! BRATATATATATA!「アイエエエ畜生!」「クソッ! 当たれ! 当たれよォーッ!」
「「「「「イヤーッ!」」」」」色付きの風と化したニンジャトルーパーの一団が、恐怖に顔を歪める兵士達の間をすり抜けた。
次の瞬間、「「「「「アバーッ!」」」」」鮮血が噴き上がった。地上部隊の全員が致命傷を受け、宇宙アスファルトに倒れ伏す。ナムアミダブツ……!
再び元の位置に整列したニンジャトルーパーは、一糸乱れぬ動きで宇宙ニンジャソードを血振りした。「アバッ」その足元で部隊長が事切れた。
「掃討完了。次の指示願います。ドーゾ」トルーパーのリーダーとおぼしき一人が、手首の宇宙IRC通信機に報告した。『ザリザリ……ご苦労』ドロップシップからの通信だ。
『本船は既に予定の作戦領域に入った。引き返して貴様らを回収する余裕はない。速やかに最寄りの降下部隊に合流し、その指揮下に入れ』「捕虜が数百名います。彼らを伴っての移動は困難です」『ならば残存兵力とみなし、掃討せよ。オーバー』ブツン。通信終了。
「了解」ニンジャトルーパーは、一斉に宇宙ニンジャソードを構え直した。「「「「「掃討を再開します」」」」」
「アイエエエ! マッテ!」「俺達は丸腰の一般市民だ!」「抵抗しません!」「殺さないで!」「ヤメロー! ヤメロー!」
たちまちパニックが駆け巡り、群衆はてんでに来た道を戻り始めた。「「アイエエエ!」」「「「アイエエエエエ!」」」人々の流れが逆巻く中、立往生するトラックの荷台から負傷者の手が伸びる。「タスケテ!」「俺達も連れてってくれ!」だがもはや顧みる者はいない。「「「「アイエエエエエ!」」」」
「「「「「イヤーッ!」」」」」トルーパーの一団が色付きの風と化した。「アバーッ!」「「アババーッ!」」「「「アババババーッ!」」」屠殺場めいて次々と噴き上がる血飛沫! KABOOOM! 爆発炎上するトラック!「「「「アババババーッ!」」」」
……数分後、ニンジャトルーパーはいずこかへ姿を消していた。罪なき無数の死体を残して。
ZOOOOM……都心部からの炎が刻々と迫る。間もなくコンビナート全域は引火炎上し、慈悲深き炎ですべてを焼き尽くすだろう。ナムアミダブツ……ZOOOOM……ZOOOOOM……ZOOOOOOM……。
ガゴンプシュー。ブリッジの隔壁ドアが開き、コーガー団長より幾分簡素なミリタリー装束の男が入室した。緊張感のない足取りでコーガーに片手を上げる。「どうやらこの星系もベイビー・サブミッションだなァ、兄者」
「陛下が布告される際には同席せよと再三申しておったはずだぞ! イーガー副長!」コーガーは苦虫を噛み潰すように言った。「作戦中は団長と呼ぶように、ともな!」
「アー、すまんな団長閣下。ハハッ」弟・イーガーは少しも悪びれない。「地上制圧部隊はもう出払っちまったか? なんなら埋め合わせに俺もひと暴れ……」
「オヌシには別任務を与える!」コーガーは腰の宇宙ニンジャソードを抜き、モニタの一つを指し示した。ワイヤーフレーム表示された地形の中央に、赤い光点がひとつ。ツーン、ツーン……同心円が波紋めいて広がる。
「辺境の開拓コロニーから超光速通信波が出ておる。地球連盟への救難信号だ」「そんな所から通信ねェ。ひょっとして」「左様。この星系の宇宙ニンジャが、本星との超光速ホットラインを極秘裏に守っておると見た」
侵略した惑星の宇宙ニンジャクランを解体し、自らの指揮系統に組み込む。拒む者は殺す。それがニンジャアーミーの成長メソッドだ。
「ドージョーを探し出し、放火せよ。通信機は接収。しかるのち、クラン長をドゲザせしめるのだ」「ヨロコンデー」イーガーは凶暴な笑みを浮かべた。「ムカつく奴は殺すぜ?」「程々にせい」
陽光降り注ぐ惑星アナリスの荒野を、花束を手に駆ける者あり。青年宇宙ニンジャ、ゲン・ハヤトである。彼はいかにしてアナリスへの帰還を果たしたのか?
ハヤトの名を聞いて、リュウ船長の態度が豹変したのだ。アナリス行きを呑んでくれたばかりか、カンオケ巨艦のターゲットとなるであろう宇宙空港を避け、実家に近い座標に強行着陸してくれた。
(航宙法違反? 知った事か。戦争が始まンだぜ)リュウはただ不敵に笑っていた。
彼は……間違いなく宇宙ニンジャだった。おそらく父と何らかの関わりがあるのだろう。ゲンニンジャ・クランの長である父、ゲン・シンと。だが多くを問う時間はなかった。
(宇宙パイロットスクールを卒業するまで、我が家のシキイを跨ぐことは許さん)ハヤトにそう厳命した父が突然、一刻も早く帰省せよと連絡してきたのだ。絶対に何かある。アナリス全土が蹂躙される前に、是が非でも会わねばならぬ。
出発前の僅かな時間を縫って、妹のオミヤゲにと買い求めた宇宙フラワーの花束が、風を受けてガサガサと鳴った。常人の三倍近い脚力で、ハヤトはひたすらに駆け続けた。
アナリス中央都市から離れること数百宇宙キロ。辺境のありふれた農業コロニーから、漆黒の輸送装甲車が列を成して走り去った。その先にはドロップシップがカーゴドアを開いて待っている。荷台にはコロニーの住人が家畜めいて満載され、誰の表情にも恐怖と絶望の影があった。
「ふざけるな! なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ! 俺はコロニーに帰る! 作物が! 収穫期がアバーッ!」
突如立ち上がりフリークアウトした男が、血飛沫をあげて荷台から落下した。読者の中に宇宙ニンジャ動体視力をお持ちの方がいれば、併走する装甲車からニンジャトルーパーがクナイ・ダートを投擲して、男の眉間を貫く瞬間を目撃できたであろう。
乾いた大地に転がった男の死体を、後続車が次々と轢き潰した。車輪がリズミカルに通り過ぎるたび、男の死体は赤茶けた砂とネギトロの混合物めいた物体に変わっていった。
住人を失ったコロニーでは、ニンジャトルーパーが居住ユニットの間を駆け巡り、何かを……何者かを探していた。
それを尻目に、大通りをぶらぶらと歩くイーガー副長。非ニンジャの開拓民など、戯れに殺す虫ケラ以上の価値はない。各星系の宇宙ニンジャクランを傘下に入れ、アーミーの権勢をどこまでも拡大する事こそ、彼の最大の関心事であった。
道を塞ぐ住人の死体を欠伸混じりに蹴り転がした時……BEEP、BEEP。ニンジャヘルム内臓式宇宙IRCインカムが着信音を発した。『副長閣下! 救援を要請します。原住宇宙ニンジャの抵抗に遭いグワーッ!』ブツン。
ようやく本命か。イーガーは凶暴な笑いを浮かべた。
IRCの発信座標、コロニー郊外の高台に、一軒の家が建っていた。外壁に黒々とショドーされた「幻」のカンジが、他と変わらぬ大量生産居住ユニットに不可侵領域めいたアトモスフィアを醸し出す。
イーガーは一歩ずつ近づいた。足元で地を這い、緑色の血を流して苦悶するニンジャトルーパー達には一瞥もくれない。
KRAAASH! 居住ユニットのセキュリティドアが突如吹き飛び、「グワーッ!」くの字に体を折り曲げた下級トルーパーを吐き出した。「フン」イーガーはニヤリと笑い、ニンジャソードを横薙ぎに一閃! SLAAASH! その勢いのまま後ろ回し蹴り!「グワーッ!」
両断されたセキュリティドアと、緑の血反吐を吐く下級トルーパーが、相次いで地面に転がった。平然と歩みを再開したイーガーに、フルフェイスメンポを赤くペイントしたネームド上級トルーパーが随行する。
「お手を煩わせて申し訳ありません。我らの手に余る相手でして」「気にするな、アカヅラ=サン。まだやれるか」「無論です」「よし、ついて来い」「ヨロコンデー」傷の浅い下級トルーパーが数名、さらに加わる。
扉を失った入口の奥、居住ユニットのリビングルームで彼らを迎えたのは、サムエめいた宇宙ニンジャ装束をまとう白髪の男だった。その背後で震えながら抱き合う初老の女とローティーンの少女。ともに非宇宙ニンジャ。妻と娘だろう。
「ドーモ、はじめまして。ガバナス帝国ニンジャアーミー副長、ニン・イーガーです。ドージョーに放火しに来ました」
「ドーモはじめまして。ゲンニンジャ・クランの長、ゲン・シンです」
(ハヤトは間に合わなんだか)老宇宙ニンジャ、ゲン・シンは、オジギしながら胸中で呟いた。
「超光速通信機はどこだ。放火の前に接収する」イーガーは高圧的に尋ねた。「はて、何のことやら」ゲン・シンは眉ひとつ動かさない。
「俺の部下を叩きのめしておいて、知らんとは言わさんぞ」「アイサツもなしに無法を働いた輩を懲らしめたまで」「我々ニンジャアーミーは下級トルーパーにニンジャネームを支給しておらん! よってアイサツもなしだ!」「それはオヌシらの都合であろう」「ヌゥーッ……!」
老獪! ゲン・シンは木で鼻をくくるが如き返答を繰り返すのみ。イーガーはこめかみに血管を浮かべて叫んだ。「よかろう! たとえクランの頭領でも、アーミーに従わぬ奴は殺す! それが我らの軍規だ!」
「「「イヤーッ!」」」その言葉を受け、下級トルーパーが一斉にゲン・シンに襲い掛かった。だが!
「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」
ゲン・シンの決断的カラテシャウト! 一瞬のうちに、ある者は肩口にチョップを叩き込まれ、またある者はアイキドーめいて投げ飛ばされ、冷たい床に崩れ落ちて悶絶した。「アバッ……」「「アバババッ……」」
「バカな!」イーガーは狼狽した。ローカル星系の老いぼれ宇宙ニンジャがこれほどのワザマエを発揮するとは!
いつの間にか、ゲン・シンの右手には金属製のグリップが握られていた。ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形する。
「お引き取り願えますかな」老いた片頬に浮かぶ笑みが、イーガーのニューロンをさらに逆撫でした。
「ナメるなァーッ!」ニンジャソードで斬りつける! 伸縮刀の短い刀身がイーガーの斬撃を受け止めた。チュイイイン! 両者の間に激しい火花が散る。スティック状の刃が超振動を発し、ニンジャソードを削り取っているのだ。
「何ッ!?」イーガーの動揺を、ゲン・シンは的確に捉えた。「イヤーッ!」絶妙な剣捌きでニンジャソードを叩き落とし、部屋の隅に蹴り飛ばす。「イヤーッ!」アイキドーめいたキアイと同時に、イーガーの視界が回転!「グワーッ!?」
気が付くと、イーガーは宇宙チャブの上に組み伏せられていた。チュイイイイ……喉元に突き付けられた伸縮刀の超振動が、空気越しに伝わってくる。
「お引き取り、願えますかな」ゲン・シンは繰り返した。その目に潜む静かな殺意に、イーガーは危うく失禁を堪えた。
「わかった……か、帰る」
イーガーはゆっくりと……ゆっくりと起き上がり、ゲン・シンと位置を入れ替えた。脂汗がダラダラと額を流れ落ちる。
悟られてはならぬ。相手は自分に全神経を集中している。この状態をコンマ1秒でも長く維持するのだ。そのうち、部下の誰かが自分の意をソンタクして……!
「イ、イヤーッ!」「グワーッ!」
イーガーの目論見は当たった! 上級トルーパーのアカヅラが、生命の果実を刈り取るが如き邪悪な形状の宇宙ナイフを振りかざし、ゲン・シンの背中に突き立てたのだ!
「ア……アバッ……!」ゲン・シンの手から伸縮刀が落ちた。そのまま力なく倒れ伏す。
「ハァーッ……ハァーッ……」イーガーは身を起こし、震える手でニンジャソードを拾い上げた。束の間の安堵はたちまち消え去り、マグマの如き憤怒がニューロンの底から湧き上がる。
部屋の隅で震える女達が視界に入った瞬間、イーガーは衝動的にソードを振り上げた。「このッ……クソがァァァーッ!」「「ンアーッ!」」
怒りにまかせた斬撃が荒れ狂い、母娘の身体をほとんど解体マグロめいて寸断した。生命を失った肉体の破片が、血飛沫と共に床にぶちまけられた。
「オ、オノレ……!」
苦悶に満ちたゲン・シンの呻き声が、イーガーのプライドを僅かに癒した。「フゥーッ……」深呼吸して、ニンジャアーミー副長にふさわしいメンタルを取り戻す。
「俺をコケにしなけりゃ、女どもは死なずに済んだんだ。インガオホーだな、ゲン・シン=サン」「ヌゥーッ……なんたる身勝手……!」
ゲン・シンは怒りに震えながら血を吐き、意識を失った。
「カイシャクしますか、副長閣下」「いや待て」宇宙暖炉のマントルピースに飾られたホロ写真を見て、イーガーはアカヅラを制した。この場にいない者が写っている。端正な顔立ちの青年が。
ニンジャヘルム内臓IRCに着信あり。『コロニーに接近する原住民を一名、目視にて確認。常人の三倍の脚力です』「若い男か」『ハイ』
イーガーの宇宙ニンジャ第六感に、感ずるものがあった。
「手を出すな。監視を続けろ」続けてアカヅラに命じる。「この老いぼれはまだ生かしておけ。息子には何か吐くかもしれん。歓迎の準備だ」「ヨロコンデー」
「イマカエッタヨ!」
ハヤトはことさらに平静を装い、トラディショナルなホームカミング・チャントを唱えつつ、実家のセキュリティ・ドアを開けた。
ロックはかかっていなかった。ハヤトに十分な宇宙ニンジャ洞察力が備わっていれば、そのドアが他の大量生産住宅ユニットから移植されたものだと気付いたであろう。
ハヤトを迎えたのは、家族の暖かみとは程遠い沈黙だった。薄暗いリビングルームの真ん中にぼんやりと立つ人影。血の匂いが鼻を衝く。
「オヤジ……?」
ゲン・シンの身体はぐらりと傾き、糸の切れたジョルリ人形めいてその場に崩れ落ちた。「オヤジ!」咄嗟に抱き留めたハヤトの手に、ぞっとするような冷たさが伝わった。父の背中に深々と突き立つは、生命の果実を刈り取るが如き邪悪な形状の宇宙ナイフ!
もう助かるまい。そう悟りつつ、ハヤトは宇宙チャブの上に父を横たえた。いまだ未熟な宇宙ニンジャ視力が、室内の暗がりに散乱する物体を捉えた。解体マグロめいた人体の残骸。血の海に転がる二つの首。
「オフクロ! リオ!」
血液が逆流するかのような感覚がハヤトを襲った。
「誰が……誰がこんな惨いことを!」だが、駆け寄ろうとする身体はガクンと引き止められた。父が倒れたまま、ハヤトの手首を掴んでいた。マンリキめいた握力で。
「……ン……は……」
ゲン・シンの口が微かに動いた。ハヤトの血中に宇宙ニンジャアドレナリンが放出され、メンタルを瞬間凍結めいてクールダウンした。
父の最期の言葉を、自分は聞かねばならぬ。クランの後継者として。
「……ゲンは……まぼ、ろし……」
抱き起こされたゲン・シンが、焦点の合わぬ目でハヤトを見た。「……ゲン、は……みなもと……」
ハヤトは頷き、繰り返した。
「ゲンは、まぼろし……ゲンは、みなもと……」
ゲン・シンは唇を震わせ、最後に微笑もうとして……力尽きた。
ハヤトは涙を堪え、ハイクめいたセンテンスをニューロンに深く刻みつけながら、亡骸を静かに横たえた。その時初めて、父の五体のあちこちに絡みつく透明な糸に気付いたのだ。
「これは!」視線で糸を辿り見上げた、その時!
「「イヤーッ!」」
二人のミリタリー宇宙ニンジャが天井から飛び掛かった。アンブッシュ(奇襲)である!「アイエッ!」ハヤトは反射的に地に転がって避けた。咄嗟に手に掴んだのは……ナムサン! 宇宙フラワーの花束だ!
「クソッ! 来るな! 来るなーッ!」ハヤトは部屋の隅に後ずさりながら、花束を闇雲に振り回すしかなかった。ブザマ!
(こんなんじゃダメだ! 思い出せ! ゲンニンジャ・クランのエマージェンシーマニュアルを!)
ハヤトは必死にマインドセットを切り替えた。「イヤーッ!」ヤバレカバレめいた前転飛び込み!「「イヤーッ!」」敵が繰り出すニンジャソード斬撃を掻い潜り、父の伸縮刀を拾い上げ、宇宙暖炉のマントルピースに取り付く!
ガゴン! ハヤトの操作でマントルピースが開き、ハイ・テックな秘密コンパネが露出した。即座にスイッチON! ブガーブガーブガー! アラート音と共に、信頼性に優れたアナログタイマーのカウントが進む。
「「アイエッ!?」」ニンジャトルーパー達が驚愕した、次の瞬間!
KRA-TOOOOOOM! ハヤトの生家は木っ端微塵に吹っ飛んだ!
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆
3 ヒズ・サン・アンド・ヒズ・アプレンティス
「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……」
宇宙暖炉の奥に隠されたシークレット・パスウェイを駆け、ゲン・ハヤトは実家に程近い岩山の中腹に抜け出していた。
眼下に火柱が噴き上がる。超光速通信機に膨大なエネルギーを供給するジェネレーターが、実家の真下に広がる地下ドージョー空間もろとも自爆したのだ。敵を利する手掛かりなど微塵も残るまい。無論、家族の亡骸も。
「オヤジ……オフクロ……リオ……」
ハヤトは目を閉じて、父母と妹の死を悼んだ。しかしその間にも、ガバナス帝国のニンジャトルーパー達は、音もなくハヤトの周囲を取り囲みつつあったのだ。
上級トルーパー・アカヅラのハンドサインが、完璧な包囲態勢を形作る。フォーメーションを確認したアカヅラは満足げに頷き、「イヤーッ!」ハヤトの背中めがけて軍用クナイ・ダートを投擲した!
だが、血飛沫のかわりに飛び散ったのは、透明プラスチックめいた宇宙フラワーの花弁だった。「アイエッ!?」一枚一枚が陽光を反射し、宇宙ゴーグル越しにアカヅラの眼を射る! 既にハヤトの姿は地上に無い!
「イヤーッ!」
頭上よりカラテシャウト! 流麗な回転ジャンプで初撃をかわしたハヤトは、着地と同時に金属グリップのボタンを押した。グリップからスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形!
姿を現したニンジャトルーパーの一団が、じりじりと包囲を縮める。身代わりに散った花束の残骸を投げ捨て、若き宇宙ニンジャは決断的にアイサツした。「ドーモ。ゲン・ハヤトです!」
アカヅラは片手を上げ、部下達を制した。アイサツされれば返さねばならない。それは宇宙ニンジャにとって絶対の掟だ。アンブッシュを仕掛けた当の相手であろうと、アイサツが完了するまで攻撃は許されぬ。
「ドーモ。ガバナス帝国ニンジャアーミー上級トルーパー、アカヅラです」
オジギ終了からコンマ5秒!「「イヤーッ!」」二人のカラテシャウトはほぼ同時だ!
身を伏せたハヤトの頭上を、アカヅラのクナイ・ダートが通過した。「イヤーッ!」ハヤトは鞭めいた足払いで、手近な無個性ニンジャの軸足を刈った。そのまま丸太めいて転がり、包囲を突破! ワーム・ムーブメント! 転がった先のニンジャトルーパーが反応するより早く、その腹部を地面から蹴り上げる!
「オゴーッ!」フルフェイスメンポから吐瀉物が漏れた。悶絶するトルーパーをハヤトは蹴り足で引き倒し、入れ替わりに立ち上がってニンジャ伸縮刀を構えた。その間わずか3秒。家族を皆殺しにされた怒りがハヤトのニューロンを駆け巡り、その血に受け継がれた潜在能力を呼び起こしつつあった。
「「「アイエッ……」」」トルーパーの数名が思わず後ずさった。
アカヅラは部下達を叱咤した。「怯むな! 消極的戦闘すなわちサボタージュ! 反逆罪に問われるぞ!」
「「イ……イヤーッ!」」その一言で自らを鼓舞した下級トルーパー二名が、ニンジャソードを構えて突撃!「イヤーッ!」ハヤトは二本のソードを伸縮刀で受け流し、すかさず敵の片方に斬りつけ……(斬れない!? バカな!)
幼き日の記憶がフラッシュバックした。亡き父ゲン・シンは、このカタナで木も石も鉄も宇宙バターの如く切り裂いて見せた。サンシタめいた無個性ニンジャの身体など、たやすく真っ二つにできるはずなのだ!
宇宙ニンジャアドレナリンが全身を駆け巡る。引き延ばされた主観時間の中、ハヤトは咄嗟に戦術を変更した。「イヤーッ!」アカヅラに狙いを定め、再度回転ジャンプ! 両腿で首を挟み、後頭部を地面に叩き付ける!「グワーッ!」
そのまま馬乗りになったハヤトは、敵の喉元に伸縮刀を突き付けた。斬れずとも力任せに刺すことはできる。上官の危機に、下級トルーパー達の動きが止まった。しかし。
「そこまでだ、小僧」
ハヤトの首筋に冷たい刃が触れた。
「ドーモ。はじめまして、ゲン・ハヤト=サン。ガバナス帝国ニンジャアーミー副長、イーガーです」
長身のニンジャソードで、イーガー副長はハヤトの頬をピタピタと叩いた。「ゆっくり立って、こっちを向け」
いつからこの場にいたのか。背後を取られるまで、気配すら感じ取れなかった。ウカツ。自分への怒りを押し殺しつつハヤトは立ち上がり、イーガーに向き合った。トルーパーの一人が抜かりなく伸縮刀を取り上げる。
将官めいたミリタリーニンジャ装束。角付き宇宙ニンジャヘルムには、ブラックメタルめいた鋭利かつ複雑かつ凶暴な意匠。惑星アナリスの乾いた風にオリーブドラブのマントをなびかせながら、イーガーは酷薄な笑いを浮かべた。
「超光速通信機はどうした」「爆破した。それがゲンニンジャ・クランの掟だ」「それが貴様らのクラン名か。構成員は何人だ? 所在は?」
「さあね。知ってても教えるもんか」反抗的態度!「吐かんか貴様! さもないと」イーガーがハヤトの胸倉を掴む!
「さもないと何だ! オヤジのように後ろから殺るか!」
ヤバレカバレな挑発が、プライドの傷口を抉った。
「後ろも前も! あるかーッ!」「グワーッ!」イーガーに頬桁を張られ、ハヤトはゴロゴロと地面を転がった。トルーパー達がすかさずその身体を引き起こし、リンチめいて拘束する。
「殺せェーッ!」血混じりの唾を吐き捨て、ハヤトは絶叫した。怒りが怒りに共鳴し、イーガーの目が血走った。
「いいだろう、望みどおりにしてやる!」「副長! それでは任務に支障が」「ダマラッシェー!」「グワーッ!」鉄拳を食らったアカヅラが地を這う!
「こんなカスどものクランなど我がアーミーには不要! 直ちにカイシャクせよ!」「ハイヨロコンデー!」激情のまま放たれた命令に盲従し、下級トルーパーが一斉に軍用ニンジャソードを構えた。その刹那。
「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」
ヤジリめいた形状の宇宙スリケンが、ニンジャトルーパー達の腕に次々と突き立った! 地面に落ちるニンジャソード! ハヤトを拘束していたトルーパーも、手首から緑色の血を噴き出して悶絶する!
「イイイヤアアーッ!」
ジュー・ウェア風ジャケットに身を包んだ男が、力強い回転ジャンプエントリーを果たした! 右手に握る金属グリップのボタンを押すと、スティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形!
「ドーモ、はじめまして。リュウです」
「ドーモ、はじめまして。イーガーです。イヤーッ!」
アイサツ終了から僅かコンマ2秒後、イーガーはリュウを袈裟懸けに斬りつけた。チュイイイン……飛び散る火花! イーガーの斬撃を受け止めたリュウの伸縮刀が、超振動で相手の刀身を削り取る!
「チィーッ! 貴様もか!」イーガーはバックフリップで退避!
「手間のかかるニュービーだぜ」リュウはハヤトと背中合わせに立ち、不敵に笑う。その手の伸縮刀をハヤトは見咎めた。「リュウ=サン! なんでアンタがそれを……」「なんで戻って来たかって? ハイジャック犯から慰謝料をふんだくるのを忘れたンでね!」
「クッ……かかれェーッ!」イーガーの命令一下、二人に殺到するニンジャトルーパー!「「「イヤーッ!」」」
「ナメるな! イイイヤアアーッ!」「「「アバーッ!」」」
次の瞬間、リュウは既にザンシンしていた。下級トルーパーの首が、3つ同時に宙を舞う!「「「サヨナラ!」」」爆発四散!
「ハッ! ニンジャアーミーってのも大したこたァねえな!」
爆発四散したトルーパーの一人は、ハヤトの宇宙ニンジャ伸縮刀を持っていた。空中に投げ出されたそれをキャッチしたハヤトは、「イヤーッ!」リュウに負けじと手近な敵に斬りつけた。だがやはり、彼のカタナは全く斬れ味を発揮しない。
「オイ何やってんだ! それでもクラン長の息子か!」敵のニンジャソードと鍔迫り合いするハヤトにリュウが叫ぶ。「カラテを籠めンだよ! 教わってねェのか!」
(((ハヤトには宇宙パイロットのカリキュラムを優先的に学ばせておる)))(教育失敗だなクソジジイ!)リュウはゲン・シンの声に毒づいた。ニューロン内の会話は余人には聞こえない。
ハヤトは言われるがまま、右手にカラテを集中した。「イヤーッ!」チュイイイン! 伸縮刀が甲高いノイズを放ち、敵のニンジャソードを切削両断! 抵抗を失って前方に泳いだ刀身は、敵の頭部を宇宙バターの如く切り裂いた。異星種族の緑色血液と脳漿が、超振動で微粒子の霧と散る!
「アバババーッ! サヨナラ!」爆発四散!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
宇宙ニンジャ伸縮刀を振り回し、ハヤトは必死に戦った。幼き日に授かった僅かばかりのインストラクションを、ニューロンの奥底から必死に掘り起こしながら。
だが、(何だありゃ)リュウは内心舌打ちした。刀身が最高レベルで振動しっ放しだ。(((超振動は敵を斬る一瞬のみに抑えねばならん。さもなくばたちまちカラテが枯渇する)))(それをテメェが教えねェから!)
早急に決着をつけねば、消耗したハヤトは致命的な足手まといとなろう。「イヤーッ!」リュウはイーガーに回転ジャンプで肉薄し、伸縮刀で立て続けに斬りつけた。チュイン! チュイン! チュイン! ソードの切断を恐れるイーガーは、瞬間防御に徹さざるを得ない。「ヌゥーッ! おのれ!」
「イイイヤアアーッ!」リュウは防御の隙を突き、イーガーの胸板に重いドロップキックを叩き込んだ。「グワーッ!」くの字に曲がって吹っ飛ばされたイーガーは、ウケミでダメージを相殺。素早く周囲を見回し、部隊の損耗状況を把握した。この場は撤退すべし。
「貴様はいつかこの手で殺してやるぞ、リュウ=サン! また会おう!」「男の誘いは断る主義でね」「フン。退けェーッ!」
イーガーとニンジャトルーパーは瞬時に散開し、リュウ達の視界から消失した。「待てッ!」駆け出そうとするハヤトの肩を、リュウはがっちりと掴んで制した。「調子に乗るなよ、ハヤト=サン。ここらが頃合いだ」
ヒキアゲ・プロトコルを順守して去った宇宙ニンジャへの追撃は、99.99%無効化される。これ以上は徒労だ。「バルーが船で待ってる。行こうぜ」
潮が引くように、ハヤトのニューロンからイクサの高揚が消えていった。あとには喪失の悲しみだけが残された。
4 ベイン・オブ・ガバナス
宇宙貨物船のコックピットに、重苦しいアトモスフィアが漂っていた。
船は既にアナリスを離れ、第1惑星シータへの途上にあった。「マジかよ」リュウは操縦桿を握りながら、何度目かの同じセリフを呟いた。「ゲン・シン=センセイが、あんなサンシタに殺られるタマかよ」
「アノ、リュウ=サン」ハヤトが思い詰めた顔で口を開いた。「良かったら……僕に修行をつけてくれないかな。ゲンニンジャ・クランの修業を」
「ア? 何だいきなり」「僕がオヤジから受けたインストラクションは、ホントにちょっとだけなんだ。護身術レベルのカラテと、剣を少し。それだけ」「フーン」リュウは振り向かない。
「宇宙パイロットスクールを卒業したら本格的に修行を始めて、一人前の宇宙ニンジャになって……いずれ、クランを継ぐはずだった」ハヤトは伸縮刀のグリップを握りしめ、俯いた。「その前にオヤジがいなくなるなんて、考えたこともなかった」
「知ったこっちゃねェな」リュウは冷淡に答えた。
「ナンデ? リュウ=サンもゲンニンジャ・クランの宇宙ニンジャなんだろ?」「さあな」「同じ武器を使ってるじゃないか」「アー……骨董屋か何かで買ったんだよ」「でも! あのワザマエは、絶対オヤジのインストラクションを受けた……」
「うるせェ! 関係ねえっつッってんだろ!」
怒声がコックピットに響いた。「ゴ、ゴメン」びくりと身を強張らせるハヤトの肩に、毛むくじゃらの手が置かれた。宇宙猿人バルーだ。
「真の宇宙の男なら、古傷の一つや二つはあるもんだ。無闇に触れちゃいけねえ」「……ゴメン」
リュウは苦い顔で操縦を続けた。
(アンタ、こうなると知ってたのか)(((宇宙ニンジャ第六感の導きに従ったまで)))(自分が死んでも、俺がインストラクションすりゃいいって事か)(((決してそれだけではないぞ、ナガレボシ=サン。儂は)))(その名前で呼ぶんじゃねェ!)
KABOOOOM! 爆発と衝撃が、ニューロン内会話を強制終了させた。「「「グワーッ!」」」三人は床に叩きつけられた。ブガーブガーブガー! 狭い船内にレッドアラートが鳴り響く!
ガバナス宇宙戦闘機の編隊が、貨物船を取り囲んでいた。隊長機のイーガー副長が叫ぶ。「逃亡中の宇宙ニンジャの乗船に違いない! 攻撃開始せよ!」『『ハイヨロコンデー!』』BEEAM! BEEEEAM! 破壊ビームが邪悪にうねり、エテルを切り裂く!
「今度は見逃しちゃくれねえか」操縦桿を握り直し、リュウが肩をすくめた。「どうする、リュウよ」「やるだけやるさ。ハヤト=サン、さっきの要領だ」「ハイ!」
DOOM! DOOOOM! ハヤトがシールド発生機をブーストし、かろうじて破壊ビームを防御した。だが、苛烈な集中攻撃の前には僅かな時間稼ぎにしかならぬ。
「GRRRR……忌々しい! 一方的だ」バルーが吐き捨てた。鈍重な宇宙貨物船を執拗に攻める戦闘機群は、さながら傷ついた宇宙バッファローに群がる宇宙ハゲタカの如し!
「……やっぱダメだな、こりゃ」
リュウが呟き、主操縦席から腰を浮かせた。「ハヤト=サン、ここに座れ」「エッ?」「脱出装置を作動させりゃ、操縦席の二人は助かる。バルーと一緒に逃げな」
「リュウ! 真の宇宙の男はダチを見捨てたりせんぞ!」バルーが異を唱えた。ハヤトも同調した。「僕は今日、両親と妹を同時に失った! このうえ命の恩人まで死なせたくない! あんた達二人が逃げてくれ!」「バカ言え! せっかく助けた奴を見殺しにできるか!」
しかし、ハヤトの覚悟は決まっていた。操縦席の後ろから素早く手を伸ばし、「脱出装置な(2名)」と書かれたレバーを引く!
「「アイエッ!?」」ガゴンプシュー! リュウとバルーは座席ごと脱出ポッドに吸い込まれた。DOOM! DOOM! ポッド射出!
オートパイロットシステムが直近惑星への着陸シーケンスに入る。「ガキが。命を粗末にしやがって」マニュアル操縦不能の脱出ポッドでリュウは歯噛みした。小さな窓越しに、偏向シールドを破られて炎上する貨物船が見えた。
「死ぬのは僕だけでいい! でも!」ハヤトは炎上するコックピットで操縦桿を握りしめ、ガバナス戦闘機群との衝突コースをとった。「ただでは死なないぞ! せめて1機でも道連れに……」その時。
(死んではなりません、ハヤト=サン)
神秘的な声がエテルを震わせ、サイケデリックな金色の光が宇宙に満ちた。
時間と空間の歪みが、貨物船を中心にさざ波のごとく広がった。
「「……!?」」イーガーは戦闘機の操縦席で、リュウはポッドの中でそれを感じ取り、宇宙ニンジャ第六感をざわめかせた。
KABOOOOM……! 光が消え、貨物船が爆発四散した時、コックピットにハヤトの姿はなかった。
「ハヤト=サン……ゲン・ハヤト=サン……」
不可思議な声に導かれ、ハヤトは意識を取り戻した。反射的に身を起こし、五体を確かめる。貨物船と共に焼かれたはずの身体には焦げ跡ひとつなかった。
周囲の暗がりを、エメラルドグリーンの仄かな光が照らしていた。その光は宙に浮くオーブから発していた。いや、違う……浮いているのではない。オーブは白い胸元に飾られていた。女の胸元に。
ハヤトは女を見た。純白の薄衣を纏い、ストレートのブロンドを垂らした女を。エキゾチックな顔立ちと、アルカイックな微笑を。
「ドーモ、ゲン・ハヤト=サン。ソフィアです」
「ド、ドーモ、はじめましてソフィア=サン……ゲン・ハヤトです」
ハヤトはどぎまぎとアイサツした。この美女がなぜ自分の名を知っているのか、考える余裕もなかった。
「貴女が……僕を助けてくれたんですか」
まだ夢の中にいるような気分で、ハヤトは立ち上がった。周囲の様子が徐々に目に入ってくる。武骨なメカニックに囲まれた狭い空間。宇宙の男には馴染み深い光景だ。「ここは……宇宙船の中?」
ソフィアは頷いた。「リアベ号です」「リアベ号? これが!?」「知っていますね」「ええ、まあ……おとぎ話で」
数百年前、自由と平和を愛する宇宙の勇士を乗せて戦い、邪悪なるガバナス帝国を滅ぼした戦闘宇宙船、リアベ号。その伝説は地球連盟の植民星系にあまねく知れ渡っていた。だが実際にガバナスと戦ったのは、防衛軍の宇宙艦隊だ。歴史の教科書にはそう記されている。
「貴方は既に、ガバナスの暴虐を目にしたはず」
ソフィアは静かに語り始めた。「彼らはああやって他の星系を侵略しては、あらゆる資源を奪い尽くすのです。その後に残るのは荒れ果てた惑星と、滅びを待つ僅かな人々だけ」「そんな! じゃあ、僕らの第15太陽系は……!」「希望はあります」
「私は未来を見ます。あまり遠くまでは見えませんが」ソフィアの声が、預言者めいた荘厳さを帯びた。
「この第15太陽系がガバナスによって死滅するさまを、私は見ました。しかし同時に、ガバナスに戦いを挑む若き宇宙ニンジャと、その仲間達の勇姿を見ました」美しい瞳がハヤトをじっと見据えた。
「エッ? アノ、それ……僕の事、ですか」赤面するハヤトにソフィアは頷いた。「戦うのです、ハヤト=サン。この船の全てを知り、次なるリアベの勇士として」
ソフィアの姿が二重露光めいて薄れ始めた。「待って! まだ話が」 手を伸ばしたハヤトの眼前で、彼女はしめやかに消え去った。「ソフィア=サン!」
白い光が射し込み、船内を明るく照らし出した。
ハヤトは操縦席に駆け寄り、キャノピーから宇宙空間を見回した。古代の水上帆船めいたスタイルの宇宙船が、光子セイルを白くきらめかせながら眼前を横切ってゆく。
「カラテと共にあらんことを」エテルを介してソフィアの声が響き、奥ゆかしき宇宙ニンジャをリスペクトするチャントを唱えた。
次の瞬間、宇宙帆船は三次元空間から消えていた。既存の超光速航法のどれにも当てはまらぬ、謎めいた挙動であった。
(僕は……幻を見たのか)
ひとり残されたハヤトは茫然と呟いた。おそるおそるコンソールパネルに触れると、金属とプラスチックの確かな感触が返ってきた。おとぎ話でも幻でもない。現実だ。
立ち上がって船内を検分する。設備や武装は、どれもアンティークめいた旧式の寄せ集めだった。だがそれらは的確に組み合わされ、最高の性能を発揮すべくチューンされていた。
もっと早く。もっと強く。名も知らぬ建造者の意志と情熱が、そこかしこに感じられた。
(僕の身に何が起きたかはわからない……でも、僕はこうして生きていて……ゴキゲンな宇宙船を手に入れたことに変わりはない……)
操縦席のシートに身をもたせかけ、ハヤトは深く息をついた。
コンソール中央に据え付けられたレバーが、ふと目に留まった。それを倒すと、ガゴンプシュー……両翼の係留アームが展開した。その先端に取り付けられているのはレーザーキャノンか、あるいはミサイルポッドか?
否! それは宇宙戦闘機! それも左右に1機ずつ! 航宙術の常識を超えた分離合体システムだ!
「スゴイ!」目を輝かせて駆け出したハヤトは、「山」「空」「海」のショドーが飾られた中央船室の通路を潜り、左側の機体に飛び込んだ。
「スゴイ! スゴイ! 実際3機分の強さだ!」新しいオモチャを手に入れた子供のように、パルスレーザー機銃のトリガーをガチャガチャと操作する。「BRATATATATA!」口真似だ!
ハヤトは興奮のままに操縦席へ戻り、コンソールパネルを見渡した。宇宙パイロットスクールの退屈な授業で叩き込まれた知識が、ニューロンの底から生き生きと湧き上がってくる。
「これだ……そして、これだ!」スイッチ類を操作するにつれ、ZZOOOOMM……大出力イオン・エンジンが目覚め、計器類が輝き始めた。
操縦桿を握り、前方を見据える。「リアベ号、発進!」足元のペダルを踏むと、たちまち加速度が跳ね上がった。身体がシートの背に押し付けられる。「ワオーッ!」ハヤトは満面の笑みで叫んだ。
だがその時、DOOMDOOM! 外からの衝撃が船体を激しく揺さぶった。「グワーッ!」ハヤトは操縦席から転げ落ちた。ブガーブガーブガー! レッドアラートが鳴り響き、偏向シールドが自動的に戦闘レベルへ出力を上げる!
BEEEAM! BEEEEAM! ガバナス戦闘機がリアベ号の周囲を旋回し、破壊ビームを浴びせかけていた。パイロットは上級ニンジャトルーパー・アカヅラである。輸送船撃破の報告のため単機で帰投する途中、正体不明の宇宙船に遭遇したのだ。「何だあの船は」船外モニタに映し出された機影を覗き込む。
プロコココ……フライトUNIXがデータベースを照合し、数百年前に登録されたコードネームを表示した。
『ベイン・オブ・ガバナス』
「バカな!」その忌まわしき文字列にアカヅラは戦慄した。「あり得ん! かつてガバナス本星たる惑星大要塞を滅ぼしたリアベ号もしくはその同型船が突如この星系に出現したとでも言うのか!?」
「副長閣下、応答願います! 胡乱敵性船が」アカヅラは通信回線を開いたが、ザリザリザリ……無機質なノイズが返るのみ。リアベ号は偏向シールドと同時に、ジャミング機能をも自動アクティベートしていたのだ。
「クソッ! ならばこの場で撃沈してくれる!」BEEEAM! BEEEEAM!
DOOM! DOOOM!「グワーッ!」ハヤトは操縦席に這い上がり、闇雲にコンソールをいじり回した。「ヤバイ! ヤバイ! このままじゃ殺される!」
もはや冷静な判断力は消し飛んでいた。どこをどう操作したか、船体が突如フリスビーめいて横回転を始めた。「グワーッ!」ハヤトは遠心力に翻弄され、コックピットの床をゴロゴロと転げ回った。
「ア? 何だあれは」敵船のでたらめな機動をアカヅラは訝しみ、攻撃の手を一瞬緩めた。
それが契機となった。「イ……イヤーッ!」ハヤトの宇宙ニンジャ跳躍力が遠心力を制し、再び操縦席に飛びついたのだ。火器らしきトリガーを必死に探り当てる!
ZAPZAPZAP! でたらめに撒き散らされたパルスレーザー機銃の光弾が、アカヅラの機体を掠めた。「アイエッ!?」緊急回避!
ハヤトはその隙にどうにか船体を立て直し、必死に冷静さを取り戻した。宇宙ニンジャアドレナリンが血中に放出され、主観時間を引き延ばす。
機体のサイズ差ゆえ、旋回性能ではガバナス機が圧倒的に有利。船首の機銃では捉え切れぬ……ならば! 状況判断したハヤトは、全身の筋肉をバネの如く引き絞った!
「イイイヤアアアアーッ!」
敵機とのニアミスコースに操縦桿を固定し、色付きの風となって駆ける! 中央船室のツインレーザー銃座に飛び込み、コンマ2秒で照準!
「イヤーッ!」BRATATATATATA! すれ違いざまにありったけの光弾を叩き込む!
だが狙いが甘い!「ヌゥーッ!」アカヅラは宇宙ニンジャ操縦力を発揮し、高速マニューバで雑な弾幕を回避、反撃の破壊ビームを放った! BEEEEEAM! リアベ号の偏向シールドが耐える!
もう一度!「イヤーッ!」ハヤトは操縦席に飛び込み、船体を旋回させた。「イヤーッ!」銃座へ駆け戻り照準! BRATATATATATA!
「ヌゥーッ!」アカヅラは回避しつつ反撃! BEEEEEAM! 偏向シールドが耐える!
もう一度!「イヤーッ!」ハヤトは操縦席に飛び込み、船体を旋回させた。「イヤーッ!」銃座へ駆け戻り照準! BRATATATATATA!
「ヌゥーッ!」アカヅラは回避しつつ反撃! BEEEEEAM! 偏向シールドが耐える!
破壊ビームを受けるたび、リアベ号のシールドはエネルギーを減じた。このままではジリー・プアー(徐々に不利)……だが見よ! ツインレーザー機銃の狙いが急激に精度を上げつつある! この極限状況下で、ハヤトの若きニューロンは乾いたスポンジの如く経験を吸収していたのだ! ノビシロ!
「イイイヤアアアアーッ!」BRATATATATATATATATATA!
何度目かの反撃の末、ハヤトのレーザー機銃はついに敵機を捉えた! 宇宙スパイダーめいた機体を光弾が削り取り、原子に還してゆく! DOOMDOOM!DOOMDOOMDOOMDOOM!
「アババババーッ! サヨナラ!」
KABOOOOOM! アカヅラは戦闘機もろとも爆発四散した。一瞬前まで敵機の存在した空間を、リアベ号は猛スピードで通過した。金属とプラスチックの破片が偏向シールドにぶつかり、バチバチと閃光を放つ。
「ハァーッ……ハァーッ……やった……!」
汗みどろのハヤトは、しばし銃座のシートにもたれて息を整えた。宇宙の勇士には程遠いブザマな勝ち様だが、勝ちは勝ちだ。
生と死の狭間を乗り越えたばかりのニューロンが、少しずつ鎮まっていった。「ハァーッ……ハァーッ……」中央船室に降りてコックピットへ。慣性飛行を停止させ、「フゥーッ……」操縦席から眼前の宇宙空間を見渡す。
「このリアベ号が、今日から僕の家だ」ハヤトは呟いた。
人々のため。第15太陽系の未来のため。今は定かならぬ、ゲンニンジャ・クラン後継者の使命を果たすため。戦う理由はいくつも思いつき、どれもまだ腹落ちしない。
唯一確かなのは、胸の裡で燃えるガバナスへの怒りだった。家族を無惨に殺した宇宙ニンジャと、それに連なる全ての者を滅ぼすべし。
ハヤトは唇を引き結び、リアベ号を再発進させた。
仲間が必要だった。伝説の宇宙船も、彼だけでは到底そのポテンシャルを発揮できない。何より……宇宙というエテルの荒野は、独りで飛ぶには苛酷に過ぎる。
「銀河に敷かれた道はない」宇宙の男の間に伝わるコトワザが、おぼつかなげに操縦桿を握るハヤトのニューロンに去来した。
【ダーク・カンオケ・バトルシップ】終わり
後編【リアベノーツ・リライズ】へ続く
マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第1話「怪奇! 暗黒大戦艦」
セルフライナーノーツ
キャラクター名:原作ノベライズ版において母の名は「コオ」妹が「ヨオ」だったが、本編ではどうにもそうは聞こえない。色々悩んだあげく、最終的には自分の耳と感覚を信じることにした。マニア向け徹底研究本などで真実が明かされた暁には、それに則って変更するかもしれない。
生命の果実を刈り取るが如き邪悪な形状の宇宙ナイフ:機会があればぜひ本編映像でご確認いただきたい。
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