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父と裏原とsupremeと僕

「お前裏原知ってんの?」
突然、突然だった。僕が冷蔵庫を開けてパピコを取ろうとした時、父がいきなりそう言ってきたんだ。あまり会話の多い親子じゃないから心底驚いて「知らないよ」って慌てて付け足したみたいに喋ったら「お前ちょっと座れ」って言われたもんで、僕は緊張した。僕の「知らないよ」が気に触ったんだろう、でもなんで?言い方かな、それとも知らなかった事に対してかな?そんな事言われても知らないものは仕方ないのに。
取り敢えず対面に座るのも緊張するから対角線上に座って、父の出方を待った。
「お前の着てるそのsupremeの服な、俺も着てたんだよ、その赤いボックスロゴのやつ」
えっ?驚いて父を見ると懐かしい目をして、優しい顔になっていた。僕は直感的にこれは長くなると思って楽な姿勢で肩の力を抜いて話を聞くモードに入った。なんせ怒られる訳じゃ無い事がわかったので、もう余裕だ。
「お父さんもsupreme着てたんだ、マジか」
「いや、こっちがビックリだよ。まさか20年以上たって息子が同じ服着るなんて。しかもデザインも変わってねーし」
「今凄い流行ってるんだよ」
「俺らの時も超流行ったって」
「それで裏原ってなんなの?」
「あー裏原って90年代に大ブームだったカルチャーの事な」
「へーそんなのあったんだ」
「あったもなにも世界で1番お洒落だったのは裏原だったんだから」
父親の若い頃の話なんて聞いた事なかったから、こんなにも饒舌に話してくるとは予想外だったし、なにより話し方まで変わって完全に少年になってる。これは語られる。参ったな。
「ねえ、パピコ半分いる?」
「あっマジ?いるいる。サンキュー」
マジ?なんて初めて言われたよ。
「それでsupremeが裏原と関係あるんね?」
「いや、supremeは代官山にお店があった。でも裏原の有名人達がこぞって着てたんだよ」
「ってか裏原はカルチャーだって言うけど何なん?」
「あっそれ聞いちゃう?俺キッズに戻っちゃうけどいい?」
「良くないけどいいよ」

若い頃の話をしている父は普段のだらけたおっさんでは無くなっていて、なんかキラキラして見えた。僕は嬉しくなった。父にも当然あった思春期を、supremeが思春期真っ只中の僕と繋いでくれた事を。その日の会話は友達と話しているみたいでとても楽しかった。90年代の音楽の話や服の話や映画の話や漫画の話、そしてなにより母との出会いの話まで!いつまででも話してられる程に楽しくて、父もとても楽しそうだった。サブスクで90年代父親が好きだったメロコアとかハードコアとかいう、クソうるさい音楽も沢山聴いた。それを聴きながら話す父のエピソードがめっちゃ面白くてびっくりした。どうやらライブでステージに上って客席に飛び込んだり、人の上を転がり続けたりしていたらしい。マジかよ。

当たり前の様に毎日ちゃんと電車に揺られ、会社に向かう父。僕はそれを当然の事だと思っていた。
でも今日色んな話を聞いてわかった事は、当然なんて何ひとつもなくて、全部頑張ってやってくれているんだって事。
僕は年齢で大人になるって思ってた。僕も当然の様に25歳位までにはしっかりと大人になって、結婚して、子供が生まれてってレールがちゃんとあると思ってた。
でも今日父の話を聞いていると、大人って頑張って大人やってるんだなと。少し気を抜くと中身はキッズの頃とそんなに変わんなくなっちゃう風船みたいなもんだ。膨らませてるから大きく見えているだけで、実体はそんなに変わらないのかもしれないな。

父は最後にFenneszのEndless summerをかけた。
「永遠に夏で楽しいなんて人生無いんだ。だからその夏の間は思いっきりはしゃがなきゃ後悔するから、勉強も大切だけど恋愛や友達、自分が興味持てる事、感動する事、好きな事、欲張りでもいいから全部、全部やるんだぞ」
そう言って父は映画でアメリカ人がやるみたいに握手してその後なんかごちゃごちゃやってた。

父の耳に残ってるピアスを塞いだ後がなんか切なく見えた。

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