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患者とつくった空想世界

「ねぇ世界のはしっこはどうなってるの?」
「すごく高い壁があって行き止まりになってるんだよ」
「それはここからどのくらい離れているの?」
「100キロはゆうにあるだろうね」
「そっかあ遠いんだね」
「遠いからはしっこなんだよ」

お兄ちゃんはなんでも知っていて頭がよくて私とは正反対に出来ている。いつも不思議に思っている事を聞くとちゃんと答えが返ってくる、便利なお兄ちゃん。
だから私はお兄ちゃんが大好きだ。
なんせ私にとって世界は不思議に出来すぎていて、お兄ちゃんが居ないと不思議がいっぱいになりすぎて頭が爆発してしまうから気をつけなといけない。

「ねぇどうして空から水が落ちてくる事があるの?」
「ものすごく大きな人がじょうろで世界の木や花に水をあげているからだよ」
「どれくらいお水入るのかな?」
「100リットルはゆうに入るだろうね」
「そっかあ多いね」
「世界は広いからね」

私とお兄ちゃんは外が明るい内は一緒の部屋ですごし、暗くなると別々の部屋へと行き寝る。実際のところ寝る前が一番退屈なのでお兄ちゃんに話を聞きたいんだけど、私は沢山話しすぎて疲れてしまうからダメらしい。

「ねぇどうして夜になったら暗くなっちゃうの?」
「とても大きなクジラに世界が飲み込まれちゃうからだよ」
「そのクジラはどれくらい大きいの?」
「1000キロはゆうにあるだろうね」
「そっかあ大きいね」
「世界を飲み込めるくらいだからね」

私は夜が苦手で、暗くなって一人で居ると胸がギューってなる。早く眠ってしまいたいんだけど中々眠れない。眠れないと嫌な事を沢山考えてしまう。でもお兄ちゃんが居ないから嫌な事が解決出来ないまま積み重なっていって心が重たくなる。心が重たいのはしんどいので、毎日お兄ちゃんに話を聞いてもらっている。

「ねぇ、暗くなると胸がギューってなるのはなんで?」
「世界がクジラに飲み込まれる時に動くからその勢いでギューってなるんだよ」
「じゃあお兄ちゃんもギューってなってるの?」
「もちろんだよ。世界中がギューってなってるよ」
「そっかあ私だけじゃないんだ」
「世界の仕組みだからね」

私はすぐに泣く。
そういう涙が出てしまいそうな時は窓から空を見上げる。
真っ青な広い空。雲が流れて私はそれに乗りたくなる。
けどこの部屋から出た事無い私は窓から眺めるしかない。

「ねぇどうして空は青いの?」
「海の青さが映っているからだよ」
「じゃあ海はどうして青いの?」
「海の底が青いからだよ」
「海の底かあ深そうだね」
「10メートルはゆうにあるだろうね」
「そっかあ入ると死んじゃうね」
「世界中の涙を集めているからね」

ある日お兄ちゃんが珍しく部屋の外で誰かと話していた。
はっきりとは聞こえなかったけど終わりがどうとか、限界がどうとか、もうもたないとか。私にはさっぱりわからない事だらけで、きっと難しい話なんだろう。

「ねぇ何を話していたの?」
「世界の仕組みの話だよ」
「やっぱり。難しそうな話だったからそんな気がしてたんだ」
「あんまり外の話を聞いちゃダメだよ。頭が爆発しちゃうから」
「やだ、怖いよ。難しい話は聞かないようにする」

それから数日後。
今日はおかしい。私はもうとっくに目が覚めているし、外もとっても明るくなっているのにお兄ちゃんが部屋に来ない。
もしかしたらクジラのおなかの中に忘れられてきてしまったのかもしれない。そう思うと私はいてもたっても居られなくなった。助けに行かなきゃ。ドアを開けようとするとガチャガチャなるだけで全然開かなくて私は泣き出してしまう。
そういえばお兄ちゃんは私が泣くと辛い気持ちになるって前に言ってたな。グスン。ズビィィ。もう泣かない。

結局お兄ちゃんはそれから私の部屋に来なくなった。
もしかしてだけど世界のはしっこにでも行ってしまったのかもしれない。
多分この間部屋の外で話していた事と関係あるんだろう。
世界のはしっこには高い壁があるって言ってたけど、お兄ちゃんなら登れるだろうな。そして世界の外側を見るんだろうね。想像も出来ないや。でもお兄ちゃんはかしこいから、外側をどうしても見たくなっちゃったんだ。だってお兄ちゃんは世界の事を全部知ってしまったから、ついに外側に興味を持っちゃったんだと思うと、なんだか私まで誇らしい気分になった。だって世界の外側を知ってるお兄ちゃんってすごい。帰ってきたら私に教えてくれるんだと思うとドキドキした。
私はお兄ちゃんが帰ってくるまでに部屋にあるうさぎのぬいぐるみに世界の全部を教えてあげようと思った。ぬいぐるみのうさぎが世界の全部を知っていてもいいと思う。

数十回、もしくは数百回、世界がクジラから出たり入ったりした頃、お兄ちゃんが私の部屋にやって来た。
私は嬉しくてわんわん泣いた。
お兄ちゃんはそんな私の頭をなでてくれた。
うれしい、落ち着く。

「ねぇ世界の外側見てきたの?」
「そうだよ。世界のはしっこのとても高い壁を登ってね」
「すごいすごいすごい。そこから何が見えたの?」
「全部だよ。世界の始まりから終わりまで全部見えたんだ」
「えっよくわかんないけど世界の終わりなんてあるの?」
「70年くらい後にあるよ」
「世界が終わったらお兄ちゃんも私もどうなるの?」
「真っ暗になってそれがずっと続いて、その後とっても明るい場所に出るんだ」
「まっくらでも一緒に居れる?」
「それは無理なんだ。ひとりぼっちになっちゃうんだよ」
「お兄ちゃんと離ればなれになるのヤダよ」
「でも世界は終わる。これはもう決まっている事なんだ」
「よくわかんないけどおかえりお兄ちゃん」
「うん。ただいま。もうしばらくは大丈夫だよ」

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