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2人の出会いはバングラデシュ~コロナで始まる新婚生活~

脱サラで手に入れた自分だけの時間

30歳の時に勤めていた会社を辞めて、WEBデザイナーとして独立したのが今から6年前のこと。自分のやりたいことを仕事にし、仕事もプライベートも充実していた6年間。趣味のカメラやアウトドア、野球観戦にDIY。休みが出来れば更なる刺激を求め海外旅行へ。仕事ではお客様にも恵まれ、やりがいを感じる毎日を送ってきました。

サラリーマン時代に出来なかったことを手あたり次第回収していくかのごとく、仕事にも遊びにもストイック攻めまくる日々。寝る間を惜しんで仕事をし、好きなことに没頭しました。

日本人ゼロのバングライベントにて

そんなある日のこと。「正月のお祝いイベントをするからマナブも来なよ」と日本語支援のボランティアで知り合った親友のシャラット(同い年のベンガル人)に誘われ、地元東広島で開催されたバングラデシュ人主催のパーティーに参加しました。参加してみると50人近い出席者は全てベンガル人。新年のお祭りというだけあってみな綺麗な民族衣装を着て写真を撮りまくっています(ベンガル人は写真が大好き)

学生時代アメリカで過ごした私は「日本人がいないイベントは久しぶりだなあ」と異国情緒な空間を楽しんでいると、イスラム教徒ならではのスカーフを付けたベンガルガールズの中に一人のアジア人風の女性の見つけました。

(あれは日本人?中国人かな?)

日本語で話そうか、英語で話しかけようか迷っていると、向こうから声をかけてくれました。

「日本の方ですか?」

地元で日本人から国籍を聞かれるという、予想外の展開に驚きながら返事を返しました。

「あ!日本の方ですか!初めまして。ヤマダマナブです」と答えると、

「そんな恰好をしているからバングラシュで暮らしていた人かと思いました」とパンジャビ姿の私を見て笑う彼女。

その日私は「まさか日本人がいるわけもないだろう」と、友人からプレゼントでもらったド派手な民族衣装を着ていたのでした。友人に誘われて来た彼女も、私と同じように「まさか日本人はいないだろう」とイベントに参加したのだという。

ベンガル語を話す日本人女性

ベンガル人だらけのイベントで見つけた唯一の日本人。彼女は元JICAの協力隊員で、バングラシュに暮らしていたこともあり流ちょうなベンガル語を話しました。

バングラデシュは日本と比べて経済的に裕福と言えない国。イスラム教の国で、あらゆることが日本と大きく異なります。私も現地に訪れた際、今までの海外経験を全てリセットするほどの衝撃を受けました。生まれて初めてのカルチャーショックと言ってもいいくらい。そんな彼女に「バングラデシュに暮らしてみて何が一番大変だった?」と質問すると、しばらく考えた上で、「別にないかな」とあっさり。

「えっ!さっき『ダニがすごくて寝れない』だとか、『何がなくともしょっちゅう停電する』っていってたけど、それは大変じゃないの?」と尋ねると、「確かに不便ではあるけど、バングラデシュの人って優しいんだよ。困ったらみんなが助けてくれるんだよ。」と笑顔で答えてくれた。豊かな感性とバイタリティーに溢れ怖いもの知らず。その行動力ゆえに大変な目にも合ってきたんだろうけど、持ち前の明るさで乗り越えてきたんだと思う。

コロナで始まる新婚生活

それ以来、お互いに連絡を取るようになり、1年半の交際期間を経て2020年の春に結婚。私は生涯の伴侶をみつけました。これから楽しい結婚生活が始まるぞ!二人でいろんなことをしよう!

そう思っていた最中のコロナパンデミック。

友達と会うことはおろか結婚式も出来ず、「新しい生活様式」でスタートした新婚生活。予定していた旅行も全てキャンセル。ふたり見つめ合う時はマスクで顔の半分しか見えません。ベンチに腰掛けようにも、二人の愛はソーシャルディスタンスによって引き割かれます。私たちの新生活はまさに「新しい新婚生活様式」そのものでした。

noteではそんな私達二人の生活を記していこうと思います。二人とも新しいことは大好き。コロナに負けず、コロナ真っ最中の今でしか出来ないことを全力で楽しんでいきます。

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