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【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第6章 こんな所で何座り込んでるの」(6-3)

(6-3)

 今更知った事実が多くて、大樹は口から息を漏らす。何も言えずに黙っていると、由香が口を開いた。

「このパソコン。お見舞いに行った時にお母さんが私にあげるって言ってくれたの。中身は全部見ていいから、由香の好きに使ってって言われた」

「って事は、由香も最初から知ってたのか」

 自分だけが何も知らないで周りに気を遣わせていた。その現実を知った時、大樹は辛くて堪らなかった。

「うん。このパソコンを貰う前、お見舞いに言ってる時からお母さんから聞いてた。お父さんの部屋にある灰色の本の事」

「直接?」

「うん……ごめん」

 由香が申し訳なさそうに頭を下げる。あんな灰色の本の事なんかで彼女に頭を下げてほしくなかった。大樹は首を左右に振る。

「別に由香が謝るような事は何もしていない。悪いのは全部、お父さんだ」

「そんな事……ないよ」

「ありがとう」

 由香の気遣いに礼を言って、大樹はコーヒーに口を付ける。コーヒーは少し緩くなっていた。彼女も知っていると分かったところで彼はあらためて問いかける。

「由香も俺がいない時にあの本を見ているのか?」

「うん。いつもお父さんが帰ってくる前にこっそり見てた」

「そうか」

 毎週見ているのに他の誰かが開いていた痕跡なんてまるで無かった。
 それ程、自分は油断をしていたという事だ。
 そう考えつつ、大樹は更に浮かんだ疑問を由香にぶつけた。

「ところで」

「何?」

「由香は灰色の本を一度にどれだけ見たんだ?」

「全部」

「全部っ!?」

 信じられないといった表情で驚く大樹に逆に何故なのかと由香が首を傾げた。
 大樹は自分が普段見ている量を由香に説明する。

「お父さんは、一週間ずつしか見ないようにしていたんだ。読むのが大変だからって言うのもあるけど、一週間ずつぐらいしか怖くて見れなかったんだ」

 それともう一つ。
 薮川に言われた灰色の本からの解放に関係している。ページを沢山開いた結果、未来が作られていくのが怖かったのだ。
 本を見ないともう今までのように生きていけない。
 その、どうしようもなく情けない気持ちと開くない気持ちが重なった結果の一週間ずつという期間。しかし既に由香が開いていたのなら、無駄な努力だった。

 加えて由香が一年分を一気に見る事が出来たのは、そもそも本人ではないから。そこは本人と本人以外の差が出ている。
 大樹がそう考えていると、由香が「あのね……」と申し訳なさそうに口火を切る。

「一年分、全部見た方がいいって教えてくれた人がいたの」

「美咲じゃなくて?」

 てっきり美咲だと思って、大樹が尋ねると由香は首を左右に振った。

「お母さんじゃなくて、薮川さん。ホワイトハニーって可愛い名前のお店の」

「えっ!? あそこまで行ったのか!?」

 まさか由香の口から薮川の名前が出るとは思わなかった。
 確かに大樹がホワイトハニーに行く事は灰色の本に書かれていた。だから自分より先に見ていたのなら、お店まで行く事は可能だろう。

「あの時、お父さんがお店に行く事は分かってたから、先回りして私が行ったの。お父さんは今も知らないって事は、私が来た事は黙っててくれって約束、薮川さんは守ってくれてるんだね。良かった」

 大樹は薮川との会話を思い出すが、由香が来たなんて言っていなかった。あの人なりに俺を気遣ってくれていたのか。そう言えば、昼食を食べようって約束した切りでまだ食べに行っていなかった。

「薮川さんに色々話を聞いたって事は、灰色の本を開くと未来が生まれるのも知ってるんだろう?」

「うん、聞いた。より詳しく言うと最初から一年分の未来はもう書いてあるんだって。それをお父さんが見る事で確定されるって教えてもらった」

 大樹の質問に由香は丁寧に説明する。あの日、大樹が薮川から聞いた話には一部、補足がありそれを由香は聞いていたようだ。

 だったら尚の事、由香の今日どの行動の意味が分からない。

「灰色の本の未来を変えると新たに最適化された未来へと修正される。そしてそれは、俺に向けてだけの最適化された世界なんだ。だから美咲も死んでしまったんだ」

 大樹の訴えを黙って聞く由香。彼女が何を考えているのか、理解出来ない。

 すると、由香はそっと口を開いた。

「本に書かれている未来を不用意に変えたらダメなのは理解してる。でも、お母さんにもずっと言われてた。いつか必ずチャンスが来るから、その時は由香に動いてほしいって」

「チャンス?」

「うん、チャンス」

 由香は頷いて、通学カバンからクリアファイルを取り出した。中には、何枚か紙が入っていた。その紙質に大樹は見覚えがある。

「まず、お父さんは前提から間違ってる。今日、お父さんは死なない」

「どういう事だ?」

 困惑する大樹に由香が「つまり」と続ける。

「今日一日は、ちゃんと続きがあるの。予め、お父さんがそこを見る前に私がページを切ったから、お父さんが知らないだけで……」

「何だって⁉︎」

 大声を出すした大樹が由香の両肩に手を当てて詰めたように聞いた。
 その為、彼女は驚いて肩をビクッと跳ねた。

 由香の反応に慌てて、大樹は距離を取る。

「お父さんは、自分が死んで全部終わると思ってるけど、違う。お父さんの未来は、まだちゃんと続いている」

 少し震える目をこちらに向けて由香は、ハッキリと言った。

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