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何もしてないけど何かが変わった日


「なかなか難しい利用者さんで…」

私に相談があったのはケアマネさんからのそんな声かけからでした。
認知症のおばあちゃん。
息子さんご家族と暮らされていて、すごくいい暮らしをされている。
家のリビングに立派な絨毯が敷いてあり、家具やベッドもずっしりと高級感がある。そんなお家柄。
もともと歩行器だけを別の事業所さんからレンタルで利用していて、ベッドから広いリビングを行き来したり家の中を移動しています。はじめてお会いした時は、別の事業所さんが入られていて、歩行器の動きが悪いってことで交換をするって流れだったと思います。
おばあちゃんの認知症の症状とすると、ちょっとなかなか会話が成り立ちにくい状態ではありますが、まったく成り立たないわけでない。息子さんがいらっしゃる時にアポを取り、中に入り、ご本人のお話を聞きながらちょっと離れたところにいらっしゃる息子さんにフィードバックしながら決定していく…といった感じ。
歩行器交換の依頼も、同じ機種だけではなく、もう一種類お持ちしてみます。変化を嫌うパターンも多いですが、そのときは「動きが悪い」ってこととその時の空気感でもう1台も持参。駆動性も考慮しながら機種変更をして「動きやすいわ」という反応で持参したもう1台の機種がはまった模様(もししくは今までの機種が嫌だったパターンか)。しばし様子をみつつ、1週間後にご契約し、1ヶ月くらいが経過したような気がします。

結構な頻度で呼ばれていた…

月に一度訪問するケアマネさんから「ちょっと動きが悪い」って言ってるから連絡して対応して欲しいとの連絡。このときに、「あ、そういうことね」って思うわけです。「なかなか難しい利用者さん = 結構な頻度で呼ばれる」ってことなのねー、と。
まぁまずは連絡の上、訪問しないとはじまらないですから段取りを組みます。で、訪問してみると、
「動きが悪くなった」という主訴。これはケアマネさんが言っていることと同じ。ふむふむ。で、実際に私が押してみると「動きが悪い」訳ではない。もちろん動かすための力が弱い方だと敏感なので「動きが悪い」と感じている…ってことも想定はしますが、それにしても動きが悪いとは思えない。車には交換品も積んできているのでそのまま交換しちゃうってこともできるのですが…

髪の毛2本で

なんか在宅経験1年ちょっと経過して少し余裕も出てきていたんでしょうね。いつもは敢えて寝室に近い方では作業しないのですが、今日は敢えて声をかけつつ、そのおばあちゃんの目の前で歩行器をひっくり返して、タイヤの動きをみてみることに。探り探り…
「あんまり動きが悪いようには見えないんですけどねー」
『重たくなったのよ』
「ちょっとタイヤの動きを見てみましょうか」
『お願いね』
とかいいながら、「どしよっかなー。交換した方がいいかなー」って考えつつ、奥にいる息子さんの反応を伺いながら、タイヤを外す作業をしてみる。この時点で髪の毛が引っかかっていたり、絨毯の毛やペットちゃんの毛なんかが絡みついているってこともあるのですが、髪の毛が2本だけ…。んで、もちろん納品して間もないのでグリースが切れているわけでもない。
『髪の毛が絡まってましたー、ほらとれましたよ」ってティッシュにのせた髪の毛を見せつつ、おばあちゃんの表情をみてみると…
『あら、ほんと。どうりで動きが悪くなったわけだわ』って。
「もしかしたらこれで動きよくなるかもしれないですねー」
『そうねー』
っていいながら歩行器を押してみる。
『あらー、やっぱり動きやすいわ。ありがとねー』とご満悦。
私はよっしゃという気持ちを抑えつつ、息子さんには経緯を説明してあとあ片付けをして帰ります。次の現場へ向かう車の中では、車いすのフィッティングをしたときとも、リフトの初乗りの現場の後なんかとも違う充実感があったような記憶があります。今でも結構鮮明に覚えてますしね、もう8年以上前のことですけど…。

事実は1つじゃない

実際のところ、髪の毛2本で歩行器の動きがよくなったとは思いませんし、感じてもいません。
「動きが悪くなった」ということがその人にとっての事実であれば、それを否定していもしょうがないんですよね。その立場になって、受け止めつつ、その気持ちが晴れるようにアプローチしてみる。まぁ、今回はそれがすごくうまくハマったってだけなんですが、そのときの私にとっても、今の私にとってもいい経験になっています。
なんとなく知識や経験を積むと、こちらの正しいを押し付けてしまったり、「〇〇さんの立場で」みたいなことが抜け落ちていってしまうことがよくあります。また、こちらの都合で決めつけちゃうこともあったり。そういうときに結構この時に経験は蘇ってくるんですよねー。事実は1つではなくて、それぞれがみているものも違う。そう思える、そう体感できた経験でした。

いい人ぶることは「悪」のこともある

このケースで、「あ、じゃぁ交換しましょうね」といい人ぶったり、「交換しちゃいましょう!」ってとりあえず交換をしちゃう人だったり…なんか心当たりありません??
でも、きっと1月で呼ばれることを繰り返すし、きっと信頼はされないですよね。そもそも交換したとしても、「動きが悪い」って思ってないんですからね。でも本人にとっては動きが悪い、少なくともそう言葉で出力されているのであればいったんそれを受け止めつつ、何をみているのか、それに思いを馳せてみる、そんなことがあってもいい気がします。
実際にその後の呼ばれる頻度は減りましたし、その後の福祉用具導入はスムーズだったと記憶しております。もし仮に、他の事業所さんと同じように、ただ交換していたらきっと私とそのおばあちゃんの間には信頼は生まれていないんだと思います、ほんのちょっとも。
きっとあの方の研修で聞いた言葉に、「認知症の人って、そこで何が起きているかはわからないことは多いけど、本能的にその人が敵か味方かを判断する力がすごくある」っていうのがあったと思うんだけど、その感覚はこの経験に限らずすごく納得できちゃう。
「わかっていないから、ちょろまかしても大丈夫」って思っていたら結構危ないですよー

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