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【連載小説】「北風のリュート」第10話

前話はこちら。

第10話:奏でるもの(6)
 そうだ、と流斗はレイがテーブルに立てかけている楽器ケースを示し、
「それ弾いてみせてあげてよ」とうながす。
「ヴァイオリンですか?」迅が席から伸びあがる。
「レアな銀のリュートだよ。しかも、レインボーにしか鳴らせないんだぜ」
 流斗が誇らしげにいう。
「レインボーって何?」レイが語尾を跳ねあげ、きっと睨む。
「レイ、レイ坊、レインボー。レイの最上級だよ。虹は最も美しい気象現象だ」君にぴったりだろ、と片頬をあげる。
 レイは口を開けたままフリーズする。
「あ、ぼくのことは流斗でいいからね」
 女子高生と戦闘機パイロットを手玉にとるとは――。呆れを通り越して、迅は首を振る。
 黒い楽器ケースには、銀に光るリュートが横たわっていた。エレキが趣味の迅は、銀のボディの端正さに息をのむ。
「銀メッキ……ですか?」
「メッキじゃない、たぶん。材質は何かわからない」
「俺、趣味でエレキを弾くんですけど、こんなボディ、見たことない」
「弾いてみます?」
 レイはテーブルを回って迅にリュートを差し出す。
「いいの?」迅の目が輝く。
「ほら、弾いてみなよ。お手並み拝聴だ」
 流斗がにやにやしながらうながす。迅は足を組んでリュートをかまえる。1コースの複弦を親指ではじく。
 鳴らない。
 開放弦だからか。フレットを左手で押さえながらはじいてみる。
 鳴らない。
 他のコースもはじいたり、引っかいたりしてみるが、銀のリュートは沈黙したまま一声も発しなかった。
「じゃ、レインボーが弾いてみて」
 空振り三振で終わった敗北感を抱え、迅はリュートを返す。
「適当に鳴らすぐらいしかできないですよ」
 消えそうな声で断りをいれてから、レイは膝にリュートを乗せ右手を弦にそえる。
 ふわり、という言葉を音にするなら、こんなふうだろうか。
 レイが弦を指でなでると、ボロン、と鳴った。
「な、」と流斗がにんまりする。「レインボーにしか鳴らせないんだよ」
 弾き手を選ぶというのか。
 流斗は自分の名刺で飛行機を折り、演奏しているレイめがけて飛ばす。紙飛行機はレイの頭上で半径30センチくらいの円を描き旋回飛行する。
「レインボーがリュートを弾くと風が躍るんだ。透明な魚がくるくると喜んでる姿が見えてこないか。風を操ってるみたいだろ」
 ああ、ほんとうに。透明な魚が見えるみたいだ。
 バラララララッツ。
 ヘリコプターの爆音が食堂の天井を振動させる。
「ブラックホークの展示飛行がはじまったのか」流斗が声を弾ませる。
「観ます? 案内しますよ」
 迅が立ち上がりキャップを被る。
 天井のファンでは、まだ透明な魚が楽しげに泳いでいた。
 
 初対面の男二人の背を追い、レイは曇り空を見上げる。背中で楽器ケースがかたかた鳴る。胸を透明な風が吹き抜けていく心地がする。
 わたしの目を否定しない人に初めて出会った――。
 唇をきゅっと噛み、レイは小さくスキップした。
 

11話に続く→


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