見出し画像

【連載小説】「北風のリュート」第5話

前話はこちら。

第5話:奏でるもの(1)
【4月13日、G県鏡原市】
 うーん、やはり曇ってるか。
 天馬てんま流斗は鏡原鉄道三留野みどの駅の改札の列に並びながら、降車客でごった返すプラットホームから層積雲が均等に広がる空を見上げる。ふだんは通勤通学の時間帯を過ぎると閑散としている典型的なローカル線も、休日の朝だというのに身動きできないほど混んでいた。
(年に一度の鏡原基地の航空祭だもんなあ)
 ゴォオオオオオオッツ、と爆音が曇り空を震撼させて頭上を翔け抜けた。
 うわああああぁ。
「F15イーグルだ」「T7レッドホークも来た」「すげえぇ」
 どよめきと歓声が狭いプラットホームに渦巻く。
 8時半のオープニングからすでに1時間近く過ぎているが、人波のとぎれる気配がない。
 航空祭に大挙してくるのは、ガチの航空バカだけじゃない。やつらは前日からバズーカ砲並みの望遠レンズを肩に鏡原入りし、テスト飛行も撮影しているはずだ。ブルーインパルスの人気は高く、様々なイベントも用意されているから家族連れも多い。何より、一般人が基地に入れるのはこの日だけなのだ。

(俺も子どものころ、ハートを射抜かれたんだよなあ)
 その昂揚感は29歳になった流斗の胸に今もあって、朝から落ち着かない。
 飛行機好きだった幼い流斗のために家族で航空祭を訪れ、一発でノックアウトされた。旅客機もかっこいい。けど、戦闘機の速さと鋭角的な飛行にはかなわない。首が痛くなるほど後頭部をそらして雄姿を追い続けた。七夕の短冊にも「せんとうきパイロットになりたい」と、イとトが裏返しの鏡文字で書いた。
 だが、小学4年生で眼鏡をかけることになり、パイロットの夢は潰えた。
 視力要件という絶体の壁に阻まれた飛行機少年たちは、整備士や設計、管制官などをめざす。けれど、流斗は飛べないなら「空」そのものに挑もうと思った。王道コースからはずれ気象オタクの道を突き進んだ。2年前に幸運にも気象研究所の研究官となった。
 ギュイイイイィイイイイン。
 F15イーグルの4機編隊か。
 現役のイーグルドライバーに会える役得に胸が高鳴る。
 始発のTXでつくばを出てから4時間弱。まだ9時半だから約束の11時まで十分によゆうがある。いったん気持ちを平らにしたい。人波にもまれて進むのが嫌で駅前の通りを左に折れて脇道に入った。この先に竜野川がある。堤を北上しよう。

6話へ続く
 


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートをいただけたら、勇気と元気がわいて、 これほどウレシイことはありません♡