見出し画像

私の「マイ遺品セレクション」

みうらじゅんFESに行き、「マイ遺品セレクション」を読んでから、私に変化が訪れた。

それは、我が家にあるいろいろなグッズ。

もらったもの、自分で買ったもの、おみやげ等々。今まで埃をかぶり、見慣れた風景と化していたそれらが急に輝いてきた。気にもとめずに過ごしていたが、愛おしくなってきたのだ。

今、自分の机の上にあるものを集めただけで、これだけのモノがあった。

何というラインナップ。あるじゃないか。驚いた。

後ろのペナントは、甲子園の高校野球記念。これは子どもが買ったのだろう。今でもペナントはあるのだろうか。

みうらじゅんぽいのが、これ。
子どもからもらった、小学校の修学旅行の広島みやげだ。

「いつまでも長生きしてね。お父さん、お母さん」とある。
父と母を思って買ってくれたのか。今さらながら、泣ける。

そして、「宮島」とシールが貼ってある。どこで作られたのだろう。


道後温泉に行ったときに、自分で買った。
箱がだいぶ汚れている。なかなか味わい深い表情をしている。



1階に降りてみよう。机と本棚のまわりから集める。

個性豊かだ。

全部自分で買ったと思う。


外国っぽいの。
左のは、娘からもらった欧州みやげ。上下に振ると、銀色の雪がキラキラするドーム。おみやげ屋によくある。


ご朱印集めてゲットした、電鉄会社の七福神。
大変だ!
右の丸っこいの、布袋さまが行方不明だ!どこへ行かれた!

           ***

まだまだあると思う。こうしてみると、どれも愛着があるモノばかりだ。


もともと「小物」や「グッズ」が好き。

つい買ってしまうので、最近は、美術館や展覧会に行っても、「断捨離しないといけないのに、今さら、モノを増やしてどうすんねん!」と、グッズ売り場はスルーしようと努力している。

しかし、今回、みうらじゅんFESに行き、「マイ遺品セレクション」を読んだ事で、心が変化した。

これらは、私の「マイ遺品」である。みうら氏のような、センスのある分け方や集め方はできないけど、それぞれ思い出がある(どうしてここにあるか思い出せないのもあるけど)貴重なものだ。



「モノ」は、ただ、そこにあるだけでは「モノ」である。
しかし、そこに思い出や、「あの時楽しかった」などといった感情や思いが乗ると、がぜん価値が出てくる。

おお、この原理は大発見ではないだろうか。


私が死んだら、その時は一切合切処分してくれていいから、(そうに決まっている)それまでは大事にしよう。

他の人にとっては、どうでもいいようなものをご覧いただき、ありがとうございました。

最後に、しつこく、とっておきの、お気に入りを。

みんぱくで買った、どこかの国のやじろべえ


お願い人形

どちらも、キモくてかわいい。好き!
こんなのに逢ったら、置いて帰れない!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?