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【店内の音の話】クワイエットアワーにようこそ

公益財団法人流通経済研究所
主任研究員 鈴木雄高


【店内の音の話】前編の振り返り

先日、【店内の音の話】の前編として、「こだわりのBGMと声優を起用した店内放送」という記事を公開しました。

前編では、ショッパーの視覚に関する研究知見を盛り込んだ流通ビジネススクールの紹介や、感覚マーケティングの話題、店内のBGMや放送にこだわっている施設や店舗の事例(無印良品、西友、ベルク、NEWoMan新宿など)などを扱いました。この記事の最後に、こんなことを綴っています。

本稿では、店内BGMや店内放送について綴りました。これらは、店内を「音」で演出・装飾する役割を担っているともいえます。

しかし、音や光などの刺激を過剰に受け取ってしまう「感覚過敏」という症状のある人がおり、こうした人たちも店舗を利用しにやって来ます。感覚過敏の人は、店内BGMや照明に過敏に反応して、興奮したり疲れてしまうことがあります。

公益財団法人流通経済研究所 公式note「【店内の音の話】こだわりのBGMと声優を起用した店内放送」(2023年12月25日)https://note.com/dei_ryuken/n/n16e7276f5033、2023年12月28日閲覧

【店内の音の話】の後編である本稿では、感覚過敏の症状をもつ人が施設や店舗で過ごしやすいように音や照明を調整する時間をつくる、「クワイエットアワー」という取り組みを紹介します。

店舗や商業施設は刺激に満ちている

私たちが普段利用している商業施設や小売店舗、飲食店は、視覚や聴覚に、あるいは嗅覚に、訴えかけてくる情報が溢れています。それは、何も、音と光の洪水とも言えるパチンコ店のような場所だけに留まりません。ショッピングモールやスーパーマーケット、ドラッグストアなども、無数の刺激で満ちています。

刺激に対する反応は人それぞれで、ある刺激を心地よいと感じる人がいれば、不快に感じる人もいるでしょうし、何も感じない人もいます。同じ刺激であっても、感覚過敏の人にとっては強すぎるかもしれません。

「感覚過敏」に対する関心が高まる

ここで、「感覚過敏」のWeb検索件数がどのように推移しているかを確認してみましょう。下のグラフは、2023年12月28日に筆者がGoogleトレンドで「感覚過敏」というワードの月次の検索動向を確認した結果です。対象期間(横軸)は2004年1月から2023年12月までの20年間で、縦軸は件数を期間内の最大値を100として指数化したものです。


「感覚過敏」という語がWeb検索をされた件数の推移を表す折れ線グラフ。2004年1月から2023年12月までの期間。2016年あたりから件数が増えており、コロナ禍のあった2020年半ばあたりから急増している。
出所:Googleトレンドの出力結果を用いて筆者が作成。

グラフをみると、「感覚過敏」は2017年頃から検索件数が増加基調にあり、2020年6月に大きく跳ね上がるように増えていることがわかります。コロナ禍の影響があるかもしれません※1。2023年の検索件数は、10年前の2013年の約8倍であり※2、「感覚過敏」に対する関心は高まっていると言えます。

おすすめWebサイト(クリスタルロード社、感覚過敏研究所)

「感覚過敏」に関心がある人は、「感覚過敏」の当事者で、色々なことをあきらめていたものの、あきらめずに済む社会を創造したいと考えた加藤路瑛さんが、12歳で起業した株式会社クリスタルロード(https://crystalroad.jp/)と、13歳の時に立ち上げた感覚過敏研究所(https://kabin.life/)のWebサイトの記事を読むことをお勧めします。
「感覚過敏研究所」は、五感にやさしい社会を目指し、また、感覚の多様性を追求しています。そのWebサイトは、感覚過敏で悩む方のための総合サイトとなっています。

日本における「クワイエットアワー」の取り組み事例

「感覚過敏」に以前よりも注目が集まるようになっている中、国内において、「クワイエトアワー」を実施する店舗や施設が、少しずつ現れ始めています。ここでは、いくつかの事例を紹介します※3。

ツルハドラッグ

土曜日の9時から10時までは、照明を暗くし、店内BGMを流さない――2019年に札幌市内の店舗で始まったこの取り組みは、2023年1月時点、宮城県や新潟県など、20店舗以上で行われています。

ヤマダデンキ

テックランド相模原店で、毎月第2・第4火曜日の10時から11時まで、店内BGMと館内放送をカットし、店内照明の部分的な消灯と展示家電製品の消音を行っています(2023年5月9日より)。これは、公益社団法人相模原青年会議所との連携により、同年3月にヤマダデンキ店舗で実施した「クワイエットアワー」の一時的な取り組みの成果を受けて、定例実施することにしたものです。

参考:川崎市の取り組み

川崎市では、2019年7月に、大学や関係団体と連携して、イオンスタイル新百合ヶ丘店で「クワイエットアワー」を実施しました(商業施設での「クワイエトアワー」は、これが日本初の試みだそうです)。実施後に、当事者や市内の店舗へのヒアリングを行い、専門家の意見も参考にして、「クワイエットアワー」の実施に向けたサポートブックを作成しました(2023年2月公開)。サポートブックはPDF形式のファイルで、誰でもダウンロードして使用できるようになっています(利用する際は川崎市への連絡が必要とのことです)。

このサポートブックによると、

  • イギリスは「クワイエットアワー」を推進しており、2017年の取組開始以降、1万5千店舗以上が実施している

  • ニュージーランドやスイスなどの国でも、「クワイエットアワー」を週に1日1時間設定するなど、取り組みが広がっている

  • 「クワイエットアワー」を、感覚過敏の人の他、低刺激を好む高齢者などにとっても好ましい環境と位置付けて実施する施設もある

ということです。このサポートブックは非常に素晴らしいので、興味がある人は是非チェックしてみてください。

かわさきパラムーブメントWebサイト
クワイエットアワー実施のためのサポートブック(2023年2月20日)
https://www.city.kawasaki.jp/2020olypara/page/0000134874.html

当事者だけの問題にしてはいけない

ここまでお読みいただいて、どのような感想を持ちましたか?

「もしかしたら自分は感覚過敏かもしれないな」「イヤーマフを装着している友達がいるけど、聴覚が過敏なのかな」「クワイエットアワーというものを初めて知ったよ」など、読みながら色々なことを考えたかもしれません。

自分自身が当事者でないとしても、身近にきっと当事者がいるはず――そんな想像力を働かせることで、自分の言動を少し変えるきっかけになると思います。これは「感覚過敏」に対する態度に限ったことではありません。様々な少数者(マイノリティ)が、本来は強者・弱者の話ではないにもかかわらず、多数者(マジョリティ)向けに社会が形作られていることで、弱者にされている現実があります。これを変えるには、少数者である当事者の問題にするのではなく、社会全体の問題、つまり、みんなで考えるべき問題とすることが不可欠だと思います。

参考:ウェルシアとP&Gによる「インクルーシブ・ショッピング」

本稿の主題からは少し離れますが、ウエルシアとP&Gによる注目すべき共同取り組みを紹介します。2社は、ドラッグストア店内でLGBTQ+のお客様が安心してショッピングできる環境づくりを行うために、接客時の注意点をまとめた「インクルーシブ・ショッピング ハンドブック」を共同で開発しました(多様な人々が自分らしく、安心して日々の買い物ができる環境整備に向けた取り組み「インクルーシブ・ショッピング プロジェクト」を2023年5月15日に開始しました)。流通経済研究所のYouTubeチャンネル(ほぼ週刊流研ニュース)の以下の動画で紹介しています(41分50秒から)。

〈注釈〉

※:表題の「クワイエトアワーにようこそ」は、松尾スズキさんによる小説、および、それを原作とした同名映画『クワイエットルームにようこそ』へのオマージュです。

※1:日本経済新聞の2022年9月20日の記事「オミクロン型後遺症、多様化の傾向 感覚過敏の症状も」によると、新型コロナウイルスの第7波の時期において、後遺症として光や音に対する感覚過敏の症状が目立ったとのこと。
参考:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE067C30W2A900C2000000/

※2:12か月間の平均は、2013年が6.2であるのに対し、2023年は49.6でした。

※3:各事例は以下の記事を参考にしています。

●ツルハドラッグの事例
・NHK NEWS WEB「“クワイエットアワー” 少しずつ広がる取り組み」(2023年1月2日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230102/k10013935281000.html

●ヤマダデンキの事例
・株式会社ヤマダホールディングスのプレスリリース「相模原青年会議所とのコラボ企画 SDGs ゴール “11.住み続けられるまちづくりを” 社会課題解決への取り組み テックランド相模原店にて『クワイエットアワー』を定例実施へ- 感覚過敏の方も過ごしやすく -」(2023年5月12日)https://www.yamada-holdings.jp/ir/press/2023/230512_2.pdf

●川崎市の取り組み
・かわさきパラムーブメント「クワイエットアワー実施のためのサポートブック」(2023年2月20日)
https://www.city.kawasaki.jp/2020olypara/page/0000134874.html
・INSPIRE HUB SHINYURI「日本初の試み 商業施設における『クワイエットアワー』をイオンスタイル新百合ヶ丘で実施」(2019年7月28日)
https://inspire-hub-shinyuri.com/area-news/4343.html