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村上春樹から考察する旭川 羊をめぐる冒険より


 いじめ、恐喝、殺人、警官との癒着、などなど、最近の旭川は、戦時中の混乱と似ている。差別や弱者に対するいじめが横行して、まるで無法地帯だ。

 ある教師が、この街には何が必要なんだろう、と真剣に考えた。

 ずっと昔のことだったから、みんな忘れていたけれど、閉ざされた静かな場所に、鼠はその答えを置いて行った。

  それは、人の持つ弱さであり、夏の光や風の匂いだと。

 羊をめぐる冒険

 行方不明になっている僕の友人の鼠が送ってきた写真に、背中に星型の斑紋がある羊が紛れ込んでいた。〔この羊は人の体に入り、その人を支配し、巨大な権力と財力で世界を変えようとする。だが羊が体から離れると力が消えて生きてはいられないほどの苦しみを背負う羊落ちになる〕
 僕はこの羊の写真を会社で制作したグラビア広告に使ったのだが、広告をみた右翼の大物が、僕の前に現れ、写真の出どころを訊いてきた。拒否すると、会社が潰れるか、羊を探すかのどちらかだと迫られる。

 ここから僕の旅が始まるのだが、この旅は、何層にも重なった時間の旅でもあり、静止した時間の中で、今もなお存在している魂の話でもある。

 僕はガールフレンドと一緒に札幌に行き、イルカホテルで羊博士に会う。
 羊博士は戦時中農林省に入った後、陸軍の将官に、中国大陸北部における軍の大規模な展開に向けて羊毛の自給自足体制を確立してほしいと頼まれる。もちろん博士は喜んで大陸を渡ったのだが、博士を待っていたのは、長い眠りから目覚めた羊だった。

 羊は博士の体に入り、日本の中枢に潜り込み、アジア諸国に多くの苦しみを与えた。
  やがて戦争が終わり、博士の体内から羊は抜けたのだが、博士は日本で羊飼いをしたあと苦しみに、l苛まれ、イルカホテルの二階に引き篭もった。
  羊は利用できない人間には興味がない。人間の弱みにつけ込み、人に残酷な行為をさせるのが目的なのだから。
 僕は博士に写真の場所を教えてもらい、イルカホテルを後にした。


メモ 旭川の不思議な悲しい歴史を挟んでおく。

1942年8月21日、旭川の第七師団第二十八連隊一木支隊は、激戦となったガダルカナル島で916人中、777人が戦死するという全滅に陥った。
 だがその同じ日の夜、刀剣を片手に持った、無表情の顔をした部隊を目撃した人々が相次いだ。一木支隊が旭川の街を行進していたのだ。旭川市民は一木支隊の勝利の噂に歓喜したのだが、翌日、全滅の悲報が入り、市民は悲しみに包まれた。今も亡霊を見る者は後を絶たない。

   十二滝町の歴史

 津軽の農民十八人が、借金を逃れるために北海道に入り、札幌のアイヌ部落の青年、月の満ち欠けに案内をしてもらい石狩川を北上する。僕が札幌から旭川で電車を乗り継ぎ、塩狩峠をさらに奥に進んだ十二滝町までの足取りと、彼らのルートはほぼ同じだった。これ以上先に行けない場所。それが、十二滝町だ。
 〔開拓者たちは、部落名付けないと決議までしたのだが、後に道庁の役人が来て、十二滝町と名付けた〕まるで時計みたいなのが名前だ。

  羊男との出会い

 僕は十二滝町の山奥まで行き、鼠が住んでいた別荘を見つけた。しばらくの間、別荘で寝泊まりをしながら、鼠を待つことにしたのだが、僕の前に現れたのは羊男だった。
 羊男は、戦争に行くのが嫌でこの場所まで逃げてきたのだが、なぜか鼠のことも、僕のことも、ガールフレンドが札幌に戻ったことも知っていた。たいていのことは知っていた。

  鼠が現れる

 やっと僕の前に鼠が現れた。だが鼠はすでに死んでいた。幽霊の鼠は、体に羊を入れたまま、自死を選んだ、と言った。暗闇の中に鼠の声が響いた。
 「あの羊に関わって幸福になれた人間はだれもいない。なぜなら羊の存在の前では一個の人間の価値観など何の力も持ち得ないからだ」

 鼠は言い続けた。僕は人間の弱さが好きなんだ。弱さにつけ入る羊は人間の価値観を無力化し、幸福を奪う。


 それは鼠の言葉でもあり、戦死者たち、いじめの犠牲者たちの言葉にも聞こえた。














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