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大人の現代文88……『こころ』ここがこの小説のてっぺんです

人は「絆」人なのです


 

 今読解している部分こそ、この小説の最大の山場です。もちろん小説の読み方は様々ですが、私は何十年も高校生にこの小説を教えてきて、このことを確信しています。

 そしてその確信の中心にあるものは、親友との人間関係の在り方であり、そのことをさらに敷衍すれば、「人間は最も信頼する人との間に、どういう関係性を期待するか」もしくは、その逆で、「人間は最も信頼する人に、どういう関係性を持ち込んではいけないか」ということです。

 もっとシンプルに言えば、絶対信頼する人を裏切ってはいけないということです。「親友」とは裏切らない関係性のことです。「裏切る」行為の最悪なケースが「最も信頼しているフリをして、自分の利益を優先する行為をしてはならない」ということです。でも先生はこれをしてしまったのです。

 うーんと敷衍すれば、人間の信頼を裏切ってはいけないということです。なぜなら人は他人との関係の中で、自分の根っこを支え合って生きているからです。それが人間というものだからです。先生の意味する「卑怯」の最も中心にあるのはこういう人間と人間との信頼関係の「絆」なのです。

 現代は「個人主義」と「多様化」の時代だと言います。この言葉に惑わされてはいけません。もちろん人間は全員違います。人は百人百様です。でもまた一方で、共通の絆の感性に中に生きています。現代人の様々な不幸は、この共通の絆の重要性を見失っているところにあると私は思っています。

 人は個人であると同時に、「絆」人「なのです。漱石は、この小説で我々人間の本性がエゴイズムに満ちたものだということを強調しているのではありません。我々の心の底にある「絆」を破ることの恐ろしさを、逆説的に描いて「絆」の尊さを読者に考えさせているのだと私は思います。

 もう一つこの小説のすごいところは、裏切った友人が一筋縄でいかないということです。この人物が、また人並み外れた純度の高い人物であったということです。しかしこれは次回に回しましょう。

 


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