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大人の「現代文」62……『こころ』先生とはどういう人か

先生探求です


お待たせしました。具体的に、先生は青年に出会う前にどんな人生を経てきたか、つまり、青年が鎌倉で「偶然知り合う」までの先生の人生体験を確認しておきます。むろん、それはすべて「下 先生と遺書」で明かされるわけで、そのコアな部分は後に詳細に見ますが、その「コア以前」の概略です。

 先生は新潟県の出身です。一人っ子でした。まことに不幸なことに彼は中学時代に伝染病で両親を相次いで失ってしまいます。一人残された彼は、その財産管理を実業家の叔父に託し、上京して旧制高等学校に入学いたします。が……その上京中に思いもかけないことが起こりました。

 夏休みに帰郷するたびに、叔父は従姉妹との結婚話を勧めます。その気のない彼は話を断りますが、後に、実はそれが、叔父が、若き先生が託していた財産を無断流用していたことをごまかす為の一種の策略だということがわかったのです。ひたすら信じていた身内に裏切られるというショッキングな経験をした先生は、叔父と談判しますが、ここで強い人間不信に陥ります。(厭世的ということばも使われます)

 『舞姫』の豊太郞は「人間不信」にはなりません。(相沢に一点の憎む心はありますが……)。ですが、先生は「人間不信」という一般則になってしまいます。現在でもよく「人間不信」という言葉が使われますが、この「人間不信」という言葉の最もわかりやすいのが先生のこれです。

 で、そういう素朴であるがゆえに深い人間不信感を抱きつつ、その叔父さんのいる「故郷」と一切縁を切り、(つまり天涯孤独になって)東京で一人暮らしを開始するわけですが、そういう心に傷を負った状態で、大学生となり、東京で探し当てた下宿先で出会ったのが「奥さん」と「お嬢さん」でした。

 先生は、この二人に心癒やされていきます(つまり、人間不信が薄らいでいきます)。特に、美しいお嬢さんに対して次第に恋心を意識し始めますが、反面、軍人の妻であったしっかりものの、世間知に長けた奥さんへの疑念も意識され、その恋心を発展させることができませんでした。

 そんな、どっちつかずの状態で日々過ごしていたあるとき、また新たな事態が生じます。もう一人の重要人物Kの登場です。


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