16.初めての就職② 仕事を辞めれない俺が店長になった
就職して3ヶ月経つ頃には「もう辞めたいな」と思うようになっていた。それはほとんどの人が一度は陥るであろう、新社会人特有の学生時代とのギャップによるものが大きかった。
サービス業であったため、お盆や年末年始などの連休でも休みは取りにくかった。俺の性格上なおさら。連休のとき地元で友達が集まっていても、俺は参加できなかった。これが一番辛かった。LINEやSNSでみんなが集まって楽しんでる様子を見て歯痒かった。サービス業の宿命であるとはいえ、まだ若かった俺には苦しい現実だった。
ずーっとここで働くのは嫌だなぁ、っていう思いも漠然とあった。だが、俺の性格上簡単には辞めれない。“迷惑をかけたくない”そう思うから。
俺を育成するために時間を割いて指導してくれた上司やスタッフ。ミスをしても庇ってくれた上司やスタッフ。辞めるということは、俺のために費やした時間を棒に振ることになってしまう――。人数が減ると、その分負担をかけてしまう――。
義理と人情というものに俺は縛られた。辞めるのなら、せめて俺より後輩の社員が育ってからだ。そう思った。
会社は、特に店舗配属の社員の入れ替わりが激しかった。辞める人も多いせいで、店舗間の人事異動も頻回にあり、入職して5ヶ月後の9月には、俺が居た店舗の社員は、店長と俺の2人だけになった。店長が休みの日は、俺が責任者として勤務しなければならない。後輩もいない。――いやぁ、辞めれんな、これ……。
10月上旬。うちの店舗に新入職の社員が配属された。――きたぁぁあ!!
その社員は女性で俺より3歳年上。サービス業の経験もあり、接客・接遇、立ち居振る舞いなど、俺よりも遥かに良くて安定感がハンパなかった。ここでの立場上は俺が先輩ではあったが、先輩なんて滅相もない。業務と施術以外、俺が教えることなんてない。――ありがてぇぇ!
この人が責任者として立てるようになったら、俺は仕事を辞めようと思った。この人ならそんなに時間はかかるまい。
案の定、要領も良くて順調に仕事をこなしていった。――よしよし。順調、順調。
――が、しかし……
10月下旬、俺は急遽異動になった。
「明後日からで」
明後日から!?!?
異動した店舗の社員は3人。店長、俺、入職したばかりの社員。入職したばかりの社員は、俺より10歳ぐらい年上の男性だった。
辞めたい気持ちは変わらなかったが、異動してきたばかりで辞めるのは申し訳ない。だから、この後輩社員が責任者として立てるようになったら、頃合いを見て辞めようと思った。
――2ヶ月後。その社員は、社員を辞めてバイトに転向しやがった……。ちくしょう……。
それでも、またすぐ新入職者がやってきた。この社員は元々うちでバイトで働いていたが、辞めてから今度は社員として入ってきた。バイト時代を含めると在籍年数でいえば俺より先輩にあたる。――よし!! この人が責任者として立てるようになったら俺は辞めよう! 絶対に!!
この人はミスが多くてかなり気を揉んだが、それでもなんとかなりつつあった。
――1ヶ月後。俺は再び異動が決まった……。なんでだぁぁぁぁぁあ!!!!
人生思い通りにいかないもんだなぁ……。
俺は入職して約1年の間に3回も異動になった。さらにいえば、責任者代行として配属先以外の店舗にも度々ヘルプに行かされた。
「また僕異動ですか!?」
「あんたはどこでもこなすから」
はい、でたでた。そうやって、おだてりゃいいと思いやがって。
次の店舗は、約1ヶ月後に繁華街に新しくできる商業施設に出店する新店舗だった。聞いたところによると、商業施設側から、うちの会社にオファーがあったらしい。
会社は新店舗にかなり力を入れていて、これまでの店舗とは違うコンセプトを入れ込み、配属されるスタッフも精鋭ばかりだった。そして俺も、オープニングスタッフとして選ばれた。店長に次ぐNo.2の立場として。――もぅ、辞めるなんて言えない……。
新店舗の店長は、女性で、会社でかなり有名な敏腕店長だ。実績はもちろんだが、厳しくて有名だった。
俺が新店舗に異動する前、俺が一緒に働いていた店長は、元々その敏腕店長の下で働いていた。「そんなことしたらブチギレるんで」「ブチギレられないよう気をつけて」と店長は、不適な笑みを浮かべながら俺に助言した。ビビらせたいのか、安心させたいのか、どっちやねん!!
俺は、その敏腕店長と約2年ほど携わることになる。
実際のところ――。くっそ厳しくて、くっそ恐かった。怒られすぎて泣いたこともある。ただ、この敏腕店長と働いた経験は俺の人生において貴重な経験となり、俺に大きな刺激を与えた人物でもあった。理不尽なときもあったが、尊敬するところが多かった。
新店舗の社員は俺を含めて4人。店長、俺、後輩2人。
後輩といっても2人とも年上。1人は男性で、元々バイトで2年ほど働き、社員へ転向したばかりだった。しかもその敏腕店長と一緒の店舗で働いていた。
もう1人は女性で、この人も安心できる人だった。
当時、俺はリーダー、年上の後輩2人はサブリーダーという役職だった。俺のほうが社員としての在籍期間が長いだけで、どう考えても俺よりその2人のほうがリーダーにふさわしい。――やだな、もぉ。辞めてぇなぁ……。
後輩の女性社員とは仲がよかった。当時、唯一俺が辞めたいと嘆いた人物でもあり、その人もまた辞めたいと嘆いていた。「いつ辞めるんっすか」と、お互い冗談まじりでよく言い合っていた。
――新店舗で働き始めて3ヶ月が経ったとき、後輩の女性社員はバイトに転向しやがった……。やられた……。
「いぇーーい」
「ちょ、ずるいっすわ」
「リーダーいつ辞めるんっすか」
「いつ辞めよ、いつ辞めよ」そう言いながら、ズルズル働いていた。
――もう辞めるって言おう。
新店舗に配属されて半年が経とうした頃、そう意気込んでいた俺のもとへ、突然本社からマネージャーが訪れた。
「ちょっと話しよか」
えーーー。なにっ。こわっ。
「来月から責任者として異動決まったから」
へっ? なんて?
決まったから? ちょ、拒否権なしですか?
そこの店長が1ヶ月後に退職することになり、その下で働いていた社員に責任者の打診をしたが、頑なに断ったらしい。きっとそのせいで、俺には相談なくいきなり決定事項として指令が下った。
その店舗は何年もの間、数あるうちの店舗の中でNo.1の売上を誇る店舗だった。
その店舗をNo.1へと導いたのが、いま俺が一緒に働いている敏腕店長だった。敏腕店長は、入職して約半年で店長をさせられ、当時売上が芳しくなかったその店舗をNo.1へと導き、7年間そこで店長として君臨していたのだ。その手腕と功績による会社からの信頼は絶大で、満を持して新店舗の店長として抜擢されたのだった。
俺が店長に任命されたのは、その敏腕店長と一緒に働いているという点が決め手だったらしい。
「あんたなら大丈夫」と敏腕店長にも背中を押された。
もう辞めるなんて言えない……。なんでこうなった……。ずっと辞めたいって思ってる俺が店長……。
他にしたい仕事が特にあったわけではなかった。辞める決心がつかなかったのは結局のところそれが原因だ。そして、迷惑かけたくないから――。
“人に迷惑をかけない”
そんな俺が店長になった。辞めたいと思ってたのに。
あ〜あ
エッセイ
作成中。毎週更新します。
〈目次〉
1.俺のプロローグ 〜迷惑をかけない〜
2.迷惑をかけないは迷惑をかけた
3.俺はそんなヤツじゃない①
4.部活の話 〜俺はキャプテン向いてない〜
5.上阪での失敗
6.今の自分は好きですか?
7.砕け散った好奇心
8.もしも俺が魚だったら
9.普通名詞の関係
10.何が迷惑になるか分からないから
11.初めての本気土下座
12.青鬼になろう
13.俺はそんなヤツじゃない②
14.教師にしばかれた話
15.初めての就職① 迷惑をかけないの力
16.初めての就職② 仕事を辞めれない俺が
店長になった
17.初めての就職③ スタッフからの手紙
18.初めての就職④ 俺って
19.部活の話 〜悪い魔法使い〜
20.人類にラッコの本能を
21.失敗は成功の素(チャラ男風味)
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毎週更新していきます。
順番どおりに見てもらえると嬉しいです。
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