「絶対」という束縛 (短編小説)
15歳の時まで住んでいた街に久しぶりに行った。
久々にみる駅前はだいぶ様変わりし、大好きだった「ラーメン太郎」や「喫茶マイアミ」の面影はなく、なんだかオシャレなお店や無人のレンタカー屋等があった。
駅前の端っこにある「中華喜兵衛」は小中学校を共にしたイッチの実家だ。
風の噂で、イッチは30年くらい前から実家のお店を引き継いでいると聞いていた。
一瞬迷ったが、昼食はここで取ることにした。
お昼時間の「中華喜兵衛」はとても賑わっていた。
43年ぶりに見るイッチは、厨房の中で鍋と戦っていた。
「注文はお決まりですか?」
と おそらくイッチの奥さんであろう50代の女性が聞いて来たので、私は迷わずに大好きだった「中華丼」を頼んだ。
中学卒業間近のホームルームの終わり、私達は担任の林先生から「みんな帰る前にイッチからちょっと挨拶があります」と引き止められた。
林先生は当時大流行だった学園物ドラマの坂本金八をかなり意識していた。
「それではイッチお願いします」
イッチは黒板の前に立って挨拶を始めた。
「えっと、、、実は俺、、高校には行きません」
意外な始まりだった….
「俺 小さい時から自転車とスポーツが好きだったんで、競輪のプロになる為に高校じゃなくって競輪の学校に行きます。」
私とイッチは親友だと思っていたのに、知らなかった….
「学校はこの街からかなり遠いんで、みんなとは離れてしまうけど、絶対に優勝して有名になるんで 応援してください!そして みんなも高校生活頑張ってください」
裕子が叫んだ
「イッチなら絶対になれるよ!」
林先生も続けた
「私もイッチなら絶対にやってくれるって思うんだ」
学校一の不良の上野も言う
「ぜって〜(絶対) 優勝すんまで 帰ってくんじゃね〜ぞ」
「みんなの事 俺 絶対忘れないよ」とイッチは涙を流した。
この展開にクラスメイト達も涙を流した。
最後はみんなで拍手をしてイッチを称え、学園ドラマの様なホームルームが終わった。
私は週末に、自分のお小遣いの全てを注ぎ込みアディダスのスポーツバックとイッチが大好きなサザンのカセットを買って、卒業式の日にイッチに渡した。
「俺 イッチが優勝したら絶対に会いに行くよ」
二人で涙を流し固い握手をした。
15歳の子供達は社会経験が少ないが故に言葉のボキャブラリーが乏しい。
15歳の少年少女にとっての「絶対」という言葉は、一番上を表すBESTな意味を持つ感情を表す言葉だったのであろう。
絶対=期待と言うことは分かっているが、時に「相手に期待を押し付けるハラスメント」になってたり、絶対と宣言してしまって、自分自身を苦しめるような、自由を奪うとても恐ろしい束縛を伴った呪文なのではないだろうか?
「絶対に今年こそは優勝する」と宣言し、結果4位でシーズンを終えた野球の監督
「絶対に甘い物を食べない」と誓ってしまい、いつも不機嫌な同僚の女性
「絶対また来てね〜」と腕を絡ませてくるセクシーキャバ嬢
「絶対に負けてはいけない試合」と世間が騒いだ試合に負けて引退に追い込まれたボクサー
「明日のミーティングには絶対遅れないでください」と言われ、遅刻をして来た新入社員の高嶋。
きっとあの日に飛び交った「絶対」という言葉がイッチの翼に重くのしかかり、この街から遠く離れたイッチは、飛ぶ事が出来なくなってしまったんではなかろうか?
「お会計よろしいですか?」
お昼時の忙しい時間に訪れてしまった私は、イッチに自分の正体を明かす事は出来なかった。
お店を出る時、私とイッチの目が合った。
私は店の壁に貼られた古いサザンのポスターを指差し、
私「そのポスター、、、懐かしいですよね」
イッチ「ですよね、、、」
私とイッチの間にあった「絶対」という束縛が消えていった瞬間だった。
曖昧な旅人