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Jon Spencer Blues Explosion - Orange

日本のディープサウスの、さらなるど田舎に暮らす僕にとって、映画鑑賞は手軽な娯楽ではない。なんせ最寄りの映画館が、クルマで1時間のところにあるのだ。ガソリンだってタダじゃないし、体力も気力にも限界がある。つまり、億劫なのだ。

正月早々、そんな重い腰をあげ、エドガー・ライトの新作『ラストナイト・イン・ソーホー』を観るべくクルマのエンジンをかけたものの、案の定億劫になり、結局、芋焼酎のお湯割をやりながらアマプラで『ベイビー・ドライバー』を鑑賞することに。やはり何度見てもいい。

今でこそ大好きな作品だけど、劇場公開され一部で絶賛されていたときに、「どうせオタク映画でしょ?」とスルーを決め込んでしまったのは、マニアが絶賛した『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ』など、映画上級者向けすぎる過去作に、素人童貞の僕はいまいちのめり込めなかったから。

くだらない話と演出を、こだわりのカットで見せる往年のB級ムービー然とした雰囲気が嫌いではないが、僕にはちょっと敷居が高すぎたのかもしれない。しかし、そんな僕でも楽しめるのが『ベイビー・ドライバー』なのである。

ザ・ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトム」にあわせて映像が踊り出す冒頭のシーンは、何度見ても抜群にかっこいい。ビートにあわせてドライバーや同乗者たちがドアを閉め、首を振り、クルマが向きを変え、滑るように踊り出すシーンはまるでミュージカルだし(外連味のないカーアクションも素晴らしい)、ベルボトーム! ベルボトーム! と連呼するとくに意味のない、しかし抜群にかっこいい楽曲が、自称映画評論家の戯言など相手にはしないぞという、映画オタクとの決別宣言のようにも聞こえてくる。

すべてがここにある、と言っても過言ではないオープニングはもちろん、続くその後のシークエンスも抜け目がない。イヤホンによって遮断していたはずの残酷な世界が、“ベイビー”の身の回りを徐々に侵食し始める不穏さの演出も手抜きなし。大衆エンタテイメントとしての完成度も高い。あと、エイザ・ゴンザレスがすごくいい。

タランティーノみたいな過去作品へのオマージュなど、オタクが喜びそうな要素をスタイリッシュにちりばめるとか、そんな些末なことではなく、映画という枠組みの中で、作者のピュアなソウルをいかに封じ込めるか--『ベイビー・ドライバー』は、その1点に注力したエドガー・ライトの本気度マックスな作品だと思う。“ベイビー”が録音した音声をサンプリングしてるシーンに、モダンラバーズのレコードが転がっているとか、そういうのもどうでもいい。

ちなみに、僕が20歳くらいの頃、ザ・ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトム」は、洋楽好きなら誰もが知ってる曲だった。しかも、当時はまだ洋楽リスナーも多かったから、“ジョンスペ”は、あの時代のオルタナティブでプリミティブかつワイルドなギターロックの代表選手だったし、とにかくセンセーショナルで、「ベルボトム」はその象徴的存在。僕と同い年のエドガー・ライトもおそらくは、20歳くらいでこの曲にハートを鷲掴みにされたのだろう。よく引き合いに出される『ラ・ラ・ランド』が個人的には楽しめなかったのは、そういう音楽への愛情がまったく感じられなかったからかも。

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