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VRとの付き合い方

私がVRについて初めて知ったのは、1990年頃。
その頃、日立の子会社にいて、業務用のフライトシミュレータを開発していた。当時は今のようにパソコンで3DCGが自由に動かせることはなく、特別なコンピュータシステムを作って表示させていた。当然ながら現代に見るようなフォトリアルなCGではなく、平面に色や模様がついている程度の簡易なモデルだったけど、それがリアルタイムで動作するというのは驚くべきことだった。

フライトシミュレータは飛行機を飛ばす上で、トラブルとなりうる事象を再現し、その対応を繰り返し訓練するシステム。だが、表示される3DCGはチープなもので、悪天候などは色が暗くなったり、視界が悪くなる(表示させなくする)ような表現をするしかなかったので、パイロットたちからは「もっとリアルにならないのか」という要望は絶えず出ていた。特にフロントガラスに打ち付ける雨粒など、視界を妨げる事象を表現できないのかという要望が多く上がっていた。
当時の表示システムは、窓の外側に配置したスクリーンにプロジェクタから投影するものであり、フロントガラスに打ち付ける雨粒を表示してもあくまで、景色の一部として表示されてしまうだけだった。そんな中で知ったのがVRである。

まだコンシューマ向けに出ているわけではなくて、NASAの研究所が開発しているような雲の上の存在だった。液晶も今のような高性能なものではなかったので、解像度は低いし、重いし、とんでもなく高価だしということで、とても実用的ではなかったが、これがもっと一般的になればシミュレータの世界も様変わりするだろうと思われたものだ。

NASAが開発したVRヘッドセット

それを提案した時に、一つの問題が持ち上がった。
「操縦桿や計器が見えないじゃないか。。」
私としては、そんなものはCGで作ればいいでしょって思ったが、そういう問題ではないことがわかってくる。パイロットは1分1秒の世界の中で判断して行動する。それがCGの中で手探りなんてことになったら、それはもはや訓練にはならないのである。

そこで私が考え始めたのがヘッドセットを使わないVRである。
今でこそ、LEDウォールや立体視を駆使すればできないわけではないが、当時はそんな技術はまだ確立されていなかった。どうするか考えた末に作ったのが、透過型の液晶スクリーンを使い、そこにプロジェクタで映像を投影してヘッドアップディスプレイのような表示システムを作ることだった。

透過型スクリーンの例

実験システムのフロントガラス面に透過型液晶スクリーンを貼り、見えないところからプロジェクタで雨粒映像を投影した。思ったより上手くいったが、すぐに却下された。そう、透過型とはいえ、若干白みがかった半透明なものだったので、晴れの時の視界に影響してしまったのである。

そうこうしているうちに、任天堂からバーチャルボーイが発売され、これからかと思いきや、ブームは去っていった。。。

その後、私は映像制作の世界に入ってくるわけだが、なんとなくVRには常に気を配ってきていたので、2014年頃から始まったVR技術の発展にはすぐに注目した。
OculusなどのメーカーがVRシステムをリリースする中、私の中で思い出されたのが「操縦桿や計器が見えないじゃないか」という言葉である。VRが発展する上で、自分の手足や持っている道具、周辺に配置されているものが見えなければ、やはり大きな問題になるだろうと。
そこで開発したのがAVRなのである。

AVR

今年、HTCからXR Eliteが発表され、カメラスルーVRは新たな段階に入ってきたと言えるだろう。

しかし、VRが本当に発展するためにはヘッドセットを使わないVRを実現することが必要だという信念は、30年になる長い付き合いの中ずっと揺るぎない。そして今、その入り口に立ったところである。
さて、これからどうなるか、注目していただきたい。付き合い方が変わるかもしれないよ。

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