見出し画像

AI研究の第一人者 東大・松尾豊教授に聞く「AIスタートアップの勝ち筋」とは

東京大学で人工知能、特に深層学習に関する研究を進める松尾豊教授は、DEEPCOREのFounding Partnerでもあります。企業との共同研究にも取り組む松尾氏に、生成AIの2023年の総括、2024年の展望、そして「AIスタートアップの勝ち筋」について伺いました。

<プロフィール>
東京大学大学院工学系研究科
人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
松尾 豊(Yutaka Matsuo)
2002年3月東京大学大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。同年4月独立行政法人 産業技術総合研究所 研究員。2005年8月スタンフォード大学CSLI客員研究員。2007年10月東京大学大学院工学系研究科 総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻 准教授。2014年4月同研究科技術経営戦略学専攻 特任准教授。2019年4月より現職。2023年4月より、技術経営戦略学専攻長に就任。この他、日本ディープラーニング協会理事長、ソフトバンクグループ株式会社社外取締役、新しい資本主義実現会議有識者構成員、AI戦略会議座長などを務める。

2023年、大企業の生成AI導入には大きな課題も

——2023年の生成AIに関する日本企業の動きについて、松尾先生はどう評価されますか?

松尾:これまでのテクノロジーに対する動きと比較して、スピード感があったな、という感想を持っています。特にスタートアップ企業は、すごく反応が速かった。ただ、日本国内だとどうしても小さなマーケットでの動きになってしまうので、グローバル視点で見ると少しスケール感が足りなかったかも知れません。

大企業も「生成AIを使ってみよう」という動きはありました。ただ、その先の社内システムやデータベースとどう繋ぐのか、DX化をどう進めれば良いのかという「エンジニアリング領域」に入ってくると、途端に動きが悪くなってしまうと感じました。今後は、そこをどう乗り越えていくのかが課題になってくると思います。

——大企業の「動きが遅くなる」という課題は、どう解決すれば良いのでしょうか?

松尾:例えばですが、スタートアップと連携して解決する方法もあります。大企業では、古い基幹システムを使い続けているケースも多いと思います。一部ではSaaS的なシステムも導入されるようになってきましたが、今後は既存のSaaSやオープンソースを組み合わせ、さらに業務を効率的に遂行できるように整え、必要最低限の開発も併せて提供していく必要があると思います。ただ、その場合に課題となってくるのが、「人材」です。

アメリカの会社であれば、これらの業務効率化や開発を社内の人材が担当します。アメリカは人材の流動性が大きく、事業会社側にも優れたエンジニアがいるので、ベンダーやスタートアップ側のロジックを理解しつつ開発を進めることができます。

一方、日本では事業会社にエンジニアが不在であるケースも多いです。ですので、ここにスタートアップ等がサービスとして入り込んでも良いのではと思います。その場合、コスト削減や業務効率の成果に対して報酬が支払われる形が理想的です。同じ船に乗ることができるので。ただ、それをどう計算するのか、そもそも誰の貢献だと認識するのかという問題はあります。従来のシステム開発では、工数を増やした方が売り上げに繋がるので「開発しましょう」という提案になってしまうんです。ここは、難しいところだと思いますね。そこで、私が最近注目しているのが、成果報酬型の国の助成金です。

——具体的には、どのような仕組みなのでしょうか?

松尾:国や地方公共団体が、解決すべき行政課題に対して「成果指標」を設定し、その支払額を成果指標値の改善状況に連動させるもので、正式には「成果連動型民間委託契約方式」と呼ばれています。

これまでもいくつかトライしている自治体はあるものの、まだ成功事例は少ないようです。ただ、今後、成功事例が出てきて「ちゃんと売り上げも立つし、発注した側にも大きなメリットがある」とわかれば、スタートアップも参入できるようになるでしょう。こうした方式は可能性が大きいと思うので、松尾研究室でも開拓していく必要があるのではと話しているところです。

【参考】成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)ポータルサイト/内閣府
https://www8.cao.go.jp/pfs/index.html

生成AIのユースケースが明確化し、サービスリリースが加速か

 ——2024年は、AIにどんな発展があると予想されていますか?

松尾:引き続き、生成AIの分野はグローバルで急速に進んでいくと思います。例えば、マルチモーダル(画像や言語等の複数の異なるモーダルを扱う技術)のLLMなどは、技術が進むと同時にユースケースがはっきりしてくるでしょう。なので、今後もさまざまなアプリやサービスがリリースされると思います。今は水面化で多くの開発が進んでいて、それが徐々に見えてくるのではと期待しています。ただ、この先どうなるのかは、正直私も正確には読めません。

——例えば、LLM(大規模言語モデル)のような革新的な技術が新たに生まれる、というようなことも起きえるのでしょうか?

松尾:そうかもしれませんが、今のところ、そういった動きはないですね。生成AI、LLMの新たな使い方が生まれるとか、改良される、というようなことはあると思います。今後、革新的な技術が生まれることはあると思いますが、少し時間はかかるのかもしれません。

生成AIの可能性は無限大 考え過ぎずチャレンジを

——松尾先生の考える「AIスタートアップ」の勝ち筋とは何でしょうか?

松尾:AIは、どんな領域でも活用できます。人事、教育、金融など、可能性は山ほどあります。

現在当たり前のように普及している「検索連動型広告」だって、いきなり生まれたものではありません。最初は「検索エンジン」があって、そこから発展したわけです。ECも、Amazonは扱いやすい「本」という商材から始まりましたが、今や何でも購入できるようになりました。それと同じで、生成AIも多くの人が取り組んでいるものの、それがどう発展するかの「答え」はまだ誰も持っていません

生成AIで最も成功するビジネスは何なのか、今はみんなが試行錯誤している段階です。そこが徐々にはっきりしてくると、景色が変わってくると思います。今はまだそのような状況下にあるので、スタートアップの方々はあまり考え過ぎず、どんどんチャレンジすると良いでしょう。

——あと何年くらいで、生成AI領域は次の段階に移行しそうでしょうか?

松尾:そうですね、早ければあと1〜2年で、成功するビジネスがいくつか出てきて、その領域のプレイヤーが現れるのではないかと想像します。現在は、チャットを使った問い合わせなどにLLMが使われていますが、今後、ホームページや資料に話しかければ、答えてくれる仕様になるかもしれません。そうなれば、ユーザーインターフェースも変わるでしょう。一度「型」ができてしまえば、一気に普及してそれが「当たり前」になります。特にデジタルだけで完結できるような領域は、変化が速いと思いますね。

とにかく、まだ「わからない」ことも多いのが正直なところですが、これまでのテクノロジーのスピード感と生成AIのスピード感は圧倒的に異なります。2024年、どんなアプリやサービスが立ち上がるのか、どのように技術が進歩するのか、今から楽しみです。

——今後のDEEPCOREやKERNELに期待することを教えてください。

松尾:AIに関して、スタートアップへの投資を通じて、新しいイノベーションを生み出す、優れた起業家を見つけ出してその飛躍を後押しする、そういったことをぜひ今後とも継続して、日本全体の大きな変化につなげていただければと思っています。

——ありがとうございました!

インタビュー・構成:堀 夢菜
ライター:三神 早耶
編集協力:中村 洋太

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?