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あえて「手間をかける」こと。「和ろうそく」は人と自然、そして歴史をつなぐ|インタビュー:大與 大西巧さん

仕事や子育てなどに追われ、忙しい毎日を送っていると、少しでもラクをしたくなりますよね。

便利なものに頼ることは、ときに私たちの生活を手助けしてくれます。一方、「便利」も行き過ぎてしまうと、気づかないうちに大切な何かを失ってしまうかもしれません。

Deep Care Labがお届けする、サスティナブルな未来をひらくクリエイティブマガジン 『WONDER』では、持続可能性につながるビジネスやプロジェクト、気候危機時代の生き方のヒントになる創造的な実践や活動をされている方にお話を聞くインタビューシリーズを連載しています。

今回は、滋賀県高島市で「和ろうそく」を専門につくる「近江手造り和ろうそく 大與(だいよ)」の4代目・大西巧さんにお話を伺いました。大西さんは、大正3年に創業された、100年を超える大與の歴史を背負いながら、伝統的な製法で和ろうそくをつくり続けています。現代において和ろうそくを灯す意味は、どこにあるのでしょうか? あえて「手間」をかけることの大切さや、先祖代々続く歴史に想いを馳せる意義について伺いました。

今回のインタビューのお相手

大西巧(おおにし・さとし)
和ろうそく工。1979年生まれ。1914年に創業され、滋賀県高島市で「和ろうそく」を専門につくる「近江手造り和ろうそく 大與(だいよ)」の家に生まれる。会社勤めの後、家業を継いで4代目に。近年では国内のみならず世界中での販売に注力している。広島カープのファン。

科学技術「以前」の技術でもつくることができる

──そもそも「和ろうそく」とは、どういったものなのでしょうか?

実は、明確な定義はないんです。ただ、大與では「日本でつくられている」「日本で採れる原材料を使っている」「植物性100%」という3つの特徴を兼ね備えたろうそくを「和ろうそく」と呼んでいます。

──他のろうそくと比べると、どのような特徴があるのでしょう?

国内外で出回っているろうそくの多くは、石油を精製して抽出されたパラフィンを原料とし、和ろうそくよりも少ない燃料で燃やせる「西洋ろうそく」です。ただヨーロッパでは、「ビーワックス」と呼ばれる蜜蝋から作られたキャンドル、また大豆由来の「ソイワックス」をはじめボタニカルワックスを使ったろうそくも出回っていますね。

また、たとえ原始時代に戻るようなことがあったとしてもつくることができる、という点も和ろうそくの特徴です。大與では、ウルシ科の植物である櫨(はぜ)の実から搾った蝋を100%使っています。「手掛け」という古来から伝わる和ろうそくの製法を用いており、全工程を手作業でこなせる職人は、全国でも10人ほどしかいないと言われています。

科学技術が発展する前につくられはじめたので、日本にある限られた自然の資源を使うしかなかったんです。

(写真提供:大與)

あかりを灯すための「ろうそく」という知恵

──和ろうそくはいつ頃から、日本人の暮らしの中にあったのでしょうか?

そもそも日本にろうそくが伝来したのは、奈良時代と言われています。奈良にある大安寺の帳簿「大安寺伽藍縁起并流記資財帳」には「蝋燭」という記述があります。恐らくシルクロードを通ってヨーロッパから中国に、そして中国の使節団から日本に伝来したのでしょう。蜜蝋のろうそくだったと言われています。

ただ、遣唐使が廃止されてからは、長らく日本にろうそくはなかったそうです。

本格的に和ろうそくが使われはじめたのは、江戸時代です。当時の和ろうそくは高級品で、10匁(もんめ)のろうそくが大工の日当くらいの値段で売られていました。庶民は、毎日使うことはできませんでしたが、お正月のような特別な日には用いられていました。

お城やお金持ちの家でも和ろうそくは使われていたようで、最も使われていたのは吉原らしいです。遊女の顔を照らしていたとも言われています。当時の吉原は、(和ろうそくのおかげで)夜でも昼のように明るかったという文献が残されていますね。

──和ろうそくが普及していった背景については、どのようにお考えですか?

やはり暗い夜を過ごす中で、なんとか手元を明るくしたいと思ったのだと思います。日本は木造の家屋のため、火を室内に入れることはリスクが高い。それでも「ろうそく」という形にして家の中に持ち込んだことは、日本人の知恵の一つであり、願いの結晶であったと思います。

──しかし、現代の日本人の暮らしには、あまり和ろうそくは根付いていないように感じます。

おっしゃる通り、明治になってガス灯や電灯が普及すると、ろうそくの役割は大きく失われていきました。

一方で、ヨーロッパ、とりわけ特にフィンランドは、現在、一人あたりのろうそく消費量が世界で一番大きい国といわれています。アメリカも、本屋や手芸店、アパレルなど街のいたるところでろうそくが販売されていて、宗教行事や日常においても使われています。

大與でも、世界200店舗以上で私たちの商品を販売いただいています。日本での販売価格よりも当然高くなってしまうのですが、それでも多くの方からご購入いただいています。「未来」を見据えて選んでくださる方が多い印象ですね。植物性だから環境に優しく、持続性がある、と。他にも、火が長時間持つことや、匂いがないことなども選ばれる理由になっています。

和ろうそくは自然と人をつなぐ

──大西さんご自身は、暮らしの中に和ろうそくを取り入れる意味を、どのように捉えていますか?

和ろうそくは、自然と人との間を取り持つ道具のようなものだと考えています。

養老孟司さんの『かけがえのないもの』(新潮社 , 2008)という本の中で、いくつかのかけがえのないものが書かれていました。「赤ん坊」「死」「自然」……これらに共通しているのは、人がコントロールできない存在であることです。「火」も本来は自然なものであり、コントロールできないですよね。そうした制御不可能なものに対して、人々はなんとか家の中に火を持ち込もうと「ろうそく」をつくったわけです。

「ありのままの自然」という、コントロールできない、かけがえのないものを、暮らしの中に取り入れることはすごく難しい。そこに対して、ろうそくのような間を取り持つものを暮らしに取り入れていくことは大事だと思っています。

たとえば、花を生ける行為も一緒ですよね。家の中に、森や野原をつくるわけにはいかない。だから、生け花を通して家の中に自然を取り入れたり、あるいはお家に小さな庭を作ったりするようになったのだと思います。

──たしかに、現在の都市生活からは自然と人との間を取り持つものが失われつつある感覚があります。ここ数年でキャンプやアウトドアに改めて注目が集まっているのはその裏返しで、自然と人間の間を取り持ってくれるからなのかもしれません。とはいえ、キャンプやアウトドアは日常的に取り入れられるものではない。そこで、もっと身近に「自然」を取り入れられるものとして、和ろうそくに可能性を感じました。

自然を家の中に持ち込まなくなったのは、手間がかかるし、世話が焼けるからだと思います。例えば、子供だったら手をかけなければ死んでしまいますし、育てなければいけない。一方で、都市にあるものは放っておいても変わらないものが多いんですよ。例えば、プラスチックは、分解されるまでに何百万年かかると言われていますから。

(写真提供:大與)

便利や効率だけにとらわれず、「手間をかける」ことの意味

──和ろうそくは、「芯切り」という、炎の大きさを調整する作業が必要になるそうですね。それによって、日常的にケアする習慣を自然と促すことにもつながりそうだと感じました。

一見、意味がなさそうな行為にこそ大事なものがある、と最近は思っていて。効率性を追い求めるなら、手間はかからないほうが良いですよね。ただ、便利な方向へと突き進んでいった結果、確実に失われていっているものもあると思っていて。

それは、祈りや愛、人を思いやる心など、目に見えないものばかりだと思います。火を灯すことは手間がかかりますが、人の心を動かす力はあると思っています。ただ、どうしても効率化の流れには抗えないのが現状で、すごく悔しく思います。

──以前自分(川地)が留学していたフィンランドの有名なデザイナーが「デザイナーはシャーマンになるべきだ」という話をされていて。森の中を歩いて精霊からのお告げを形にし、それらを暮らしの中に置くように、目に見えないものを受け入れる土壌がフィンランドにもあると感じています。

その通りですね。僕も15年ほど前にフィンランドに行き、芸術的北欧食器ブランド「ARABIA」の工場を見学させてもらいました。そこは、社内にレジデンスを用意し、芸術家を雇用して、自由に作品づくりをさせているんです。会社の利益には繋がらなさそうな芸術家を大切に扱っていることを不思議に思っていました。

そして日本に戻ってきて、大與のこれからの100年を考えてくれるデザイナーと協働する中で、目に見えるものだけでなく、目に見えないものをどう表現するかを追求するのがデザイナーであり、アーティストの仕事なのだと気づいたんです。

──ただ、手間をかけることの重要性は理解しつつも、効率の良いほうを選んでしまい、ジレンマを感じている人も少なくないと思います。

全てを便利なものに委ねることで、今まで持っていた感覚を失ってしまうことは、一つの弊害かもしれません。例えば、車を洗うにしても、洗車機に入れてしまったら傷があっても気づかないですよね。手洗いしていたら、見逃さなかったかもしれません。

大谷翔平の出身校である花巻東高校では、グラウンドに入ると、必ずみんなでごみを拾う文化があるそうです。それをすることによって「こんなところに石がある」とグラウンドの状態に気づき、イレギュラーにも対応できるようになる。

自然を生活に取り入れようとする気持ちがあれば、例えばろうそくを見たり、花屋さんの前を通りかかったりと、自然と行動が変わっていくのだと思います。ろうそくに火をつけることもそうですが、花を生ける、料理をするなど、何か手をかけるところから始めるのが良いと思います。

現代の都市生活に「歴史の重み」を取り戻す

──現代の都市生活で見えづらくなっているものの一つとして、「歴史」もあると思っています。大與は創業100年を超える老舗で、そこにはさまざまな歴史が積み重なってきたと思うのですが、その重みを感じることはありますか?

(写真提供:大與)

大與の和ろうそくを海外で販売しようと、10日間かけてロサンゼルスからニューヨークまで営業ツアーを実施したことがありました。営業ツアーの最終地点であるニューヨークに向かう飛行機に乗っていた時、マンハッタンの夜景が見えたんです。その瞬間、思わず感動して涙が出てきました。

大與は、初代の祖父が大阪にあるろうそく屋で丁稚奉公したところから始まりました。そして父親の代では、パラフィンという原材料を用いたろうそくが広まり、売上が大きく下がってしまった。安価な原材料でお客様に安価に提供できる商品を作れないかと試行錯誤をしたのですが、結局納得のいくものが作れず、櫨100%のろうそくを作り続けることにしました。

母は「そんな高いろうそく売れるわけない」と言っていたのですが、父親が「これで売れなかったら、ろうそく屋をやめる」と宣言していて。新型コロナウイルスが流行する前から、ろうそくの売上は右肩下がりでした。このままではまずいと思い、海外での販売にチャレンジしたわけです。そうした歴史の積み重なりの先に、100年を超えてニューヨークに来たと思うと、すごく感動したんです。

──初代のおじいさまの話やご両親の決断を間近に見ていたからこそ、感じられた歴史の重みがあったと。考えてみれば、そもそも現代社会では、親や祖父母に昔の話を聞く機会そのものも減ってきてしまっている気がします。

自分が生きている間に、親やおじいちゃん、おばあちゃんなどの話を聞くことで、愛情を感じられるのではないでしょうか。

そういえば、僕の息子は子どもの個性を尊重し、能力を最大限に引き出す教育を行うシュタイナー学校に通っているのですが、入学前に、子供が生まれた時のエピソードや名前の由来、どんな想いで育てたのかなどについて聞かれるんです。それらを物語としてまとめ、子供の誕生日がやってくると、親の前で先生が物語にしてお話してくれる。しかも、子供が1歳ずつ成長するたびに、ろうそくを1本つけてくれるんです。子供が親とのつながりを身近に感じられる良い機会になっています。

──古い家には、仏壇にご先祖様の写真が飾られていて、身近につながりを感じられると思います。一方で、現代の都市のライフスタイルでは、そういった習慣を残しづらい。だからこそ、思いを馳せる機会を取り戻すことが必要なのかもしれません。

そして、そういった縦のつながりに加えて、今を生きる人々同士のつながりも大事だと思います。同じ国に暮らしていても、さまざまな理由で分断が加速しています。そういった問題を解決する方法があれば良いのですが......。

──例えば、和ろうそくを中心に、焚き火のような空間を再現するのも良いかもしれませんね。

焚き火は、温かさがあり、炎を眺めていても飽きないですよね。人々が焚き火を囲むことで、思わずポロッと喋ってしまうような独特の空気感がある。そういったものを和ろうそくで再現できたら良いかもしれません。

おわりに

「かけがえのないもの」は、コントロールの外側にある。だからこそ、それらと付き合うのは面倒だし、手間がかかる。そうして「かけがえのないもの」を手放してきた結果、生き心地がしなくなっている感覚に陥っているのが現代だと感じます。

灯をともす和ろうそくは、古くの木造家屋ばかりの社会の中で、家が燃えてしまうことだってあるほどに、コントロールしえなかった火そのものとの付き合い方の歴史。一方で、「芯切り」に代表されるように、火加減もふくめて気にかけていくことや、手間をかける装置にもなってきたのだと、話を伺いながら感じました。

生活に根ざした一本の和ろうそくのなかに、人と自然というかげかえのない他者との生きてきた知恵が宿っている。その身近さから、文化と歴史を見つめ直していきたいと感じた対話でした。
(Deep Care Lab 川地真史)

(構成:大畑朋子、取材・編集:小池真幸)

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