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世界は今、少年の可愛いお尻に託された ~便意を我慢できたら宇宙最強!? クソ真面目転生者の肛門活躍記~ 36~40

36. 私が魔王です

 青いローブ姿の二人は教会までやってきた。

 すでに陽は落ち、こじんまりとした三角屋根の建物には煌々こうこうと明りが灯り、暮れなずむ街の景色の中で異彩を放っている。

 入口にはすでに大勢の純潔教の信者が行列を作り、ベンもベネデッタと共に最後尾についた。

 ベンは男だということがバレないように、辺りを気にしながらそっとフードを深くかぶりなおす。

 前に並んでいる女の子は友達と一緒に来たようで、楽しげにガールズトークをしながら順番を待っていた。

 これから街の人たちを虐殺するテロリストのはずなのに、なぜこんなに楽しげなのかベンには理解できない。この軽いノリで次々と人々を殺していくのだろうか?

 彼女たちが自分を襲って来るのなら殺すしかない。しかし、ためらうことなくこの娘たちを粉砕なんてできるものだろうか? 彼女たちはゴブリンじゃない、可愛い女の子なのだ。社会の理不尽さ、狂った現実にベンは押しつぶされそうになる。

 すると、ベネデッタが震えるベンの手をそっと握り、優しく微笑んだ。その瞳には確かな覚悟と限りなき慈愛がこもっている。

 ベンはハッとして大きく息をついた。

 そう、自分たちは街の人を、この星を救うためにここにいるのだ。敵は教祖ただ一人、心を乱してはならない。

 ベンは何度か大きく深呼吸をし、グッとこぶしを握り、ベネデッタを見てうなずいた。

        ◇

 やがて二人の番がやってくる。

 シアンに髪の色と目の色を変えてもらったベネデッタが、おずおずと招待状を受付嬢に渡す。ブロンド碧眼は茶髪黒目になってしまったが、それでも気品ある美しさは変わらなかった。

 受付嬢は、チラッとベネデッタの顔を見て、招待状の番号を確認し、

「はい、9436番! お名前は?」

 と、いいながらシートに何かを書き込んでいる。

 えっ?

 名前を聞かれるなんて聞いていなかったベネデッタは、引きつった顔でベンと目を合わせる。

 しかし、ベンもそんなことは聞いていないからどう答えたらいいか分からない。この招待状を捏造ねつぞうしたときに使った名前、それが何かだなんて分かりようもなかった。

 ベンは顔面蒼白になってブンブンと首を振る。二人は極めてヤバい事態に追い込まれた。

 すると、ベネデッタは意を決して、

「シアンです」

 と、目をつぶったまま言い切る。

「えーと、シアンちゃんね。ハイ、OK!」

 そう言ってベネデッタにネックストラップを渡した。

 なんという洞察力と度胸。ベンは目を丸くしてベネデッタが通過していくのを眺めていた。

 しかし、自分は何と答えたらいいのか?

 【ベン】は明らかに男の名前だから違う。だとしたら何だろうか?

 魔王が登録しそうな女の名前……。

 全く分からない!

 ベンは頭が真っ白になった。

「はい、9435番! お名前は?」

 受付嬢が聞いてくるが、答えようがない。ベンは目をギュッとつぶり、途方に暮れる。

 名前が違うということになれば明らかに不審者だ。警備の者が呼ばれ、ここでドンパチが始まってしまう。

 そうなると、もう二度と集会潜入などできなくなり、テロの阻止の難度はグッと上がってしまう。

 くぅぅぅ……。

 万事休す。

 ベンは大きく息をつき、意を決すると金属ベルトのボタンに手をかけた。

 騒がれたらすかさずボタンを押し、入り口をダッシュで突破し、一気に会場に突入。そして、教祖を見つけ次第もう一回ボタンを押して瞬殺する……。

 できるのかそんなこと?

 ドクンドクンと心臓が激しく高鳴り、冷汗がたらりとたれてくる。

「早く、名前!」
 
 受付嬢はイライラした声をあげる。

 仕方ない、勝負だ。

 ベンは大きく息をつき、覚悟を決め、受付嬢をじっと見据えると。

「魔王です」

 と、言ってニヤッと笑った。潜入する受付で【魔王】を自称するとは余程のお馬鹿だが、もう女の子の名前なんて一つも思い浮かばなかったのだ。

 受付嬢はギロリとベンをにらみ……、ニコッと相好を崩すと

「ハイハイ、マオちゃんね。ハイ、OK!」

 そう言ってストラップをベンに渡した。

 え?

 殺し殺される凄惨なシーンを覚悟してたベンは肩透かしを食らい、目を真ん丸に見開いて固まる。

「早く受け取って!」

 受付嬢はキッとベンをにらみ、ベンはキツネにつままれたように呆然としながらそっとストラップを受け取った。

 正解が【魔王まお】とか、あの人はいったい何を考えているのだろうか? ベンは無駄に気疲れてしまった重い足取りでベネデッタの後を追った。

       ◇

 ベンは会場内に入り、コンサート会場のような観客席に座ると、

「ちょっと、魔王たち何なんですかね? 情報はしっかり伝えるのが社会人の基本じゃないんですかね?」

 と、小声でベネデッタに愚痴を言う。

「きっと名前のチェックがあるなんて思ってなかったのですわ」

 ベネデッタはなだめるように返す。

 ベンは肩をすくめ、渋い顔で首を振った。

 見回すと大きなステージに広い観客席。もう七割くらいは席が埋まっているだろうか? あの小さな教会の中がこうなっているだなんて明らかに異常である。やはり管理者権限を使った異空間なのだろう。一度閉じられたらもう教祖を倒すまで逃げられないし、助けも期待できない。

 見渡す限り全ての女の子が敵なのである。ベンは改めて強烈なアウェイにいることを感じ、胃がキリキリと痛んだ。

 そんな様子を見ながらベネデッタは、

「これが終わったら日本ですわ。大きなお屋敷を買って一緒に暮らすっていかがかしら?」

 そう言ってニコッと笑った。緊張をほぐそうとしているのだろう。少女に気を使われる三十代のオッサンという構図にベンは苦笑いしてしまう。

 ただ、ベネデッタがイメージしているのは離宮のような屋敷なのだろうが、日本にはそんなのは売ってない。

 建てるか? 百億で? どんな成金だろうか?

 そんなことを考えてベンは思わずクスッと笑ってしまった。

「あら、お嫌ですこと?」

 ベネデッタは口をとがらせる。

「あ、いやいや、楽しみになってきました。ベネデッタさん好みの素敵なお屋敷を建てましょう。バーンとね!」

 ベンは両手を広げ、ニコッと笑って言った。

 ベネデッタはほほを赤く染め、うなずく。

 と、その時、急に照明が落とされ、ステージの女性にスポットライトが当たった。いよいよ運命の時がやってきたのだ。

 二人はハッとして食い入るようにその女性を見つめた。

37. ヴァージナスフィメール

 ステージ上の女性は黒髪を後ろでまとめ、目つきの鋭いいかにもやり手の女性だった。彼女は観客席をぐるっと睥睨へいげいする。その自信に満ちた威圧的な態度に会場に緊張が走った。

 彼女はVサインをした右手を高々と掲げると、

「ヴァージナスフィメール!」

 と、恐ろしい形相で叫ぶ。

 ガタガタガタ!

 観客席の信者たちはいっせいに起立し、同じくVサインを掲げながら、

「ヴァージナスフィメール!」

 と叫んだ。

 二人はあわてて立ち上がって真似をするが、改めてカルト宗教の意味不明な狂気に圧倒される。

「司会進行は副教祖であるわたくしヴィーナス・オーラが務めさせていただきます」

 ステージの女性はそう言ってゆっくりと頭を下げた。

 重厚なパイプオルガンが腹に響く素晴らしい音色を奏で始める。賛美歌だろうか? 信者たちはビシッと背筋を伸ばし、見事な歌声でのびやかに熱唱する。一万人が心を一つに合わせ、圧倒的な声量で会場を包んだ。

 ベンは必死に口パクで真似をするが、周囲のエネルギッシュな歌声にとてもついていけない。冷や汗を流しながらただ、歌い終わるのを待った。

 演奏が終わると、水を打ったような静けさに包まれる。それは一万人いるとは思えない静寂だった。その異常に統率の取れた信者たちにベンは背筋が寒くなる。なるほど、テロを起こすにはこのレベルの高い士気と忠誠心が要求されるのだ。それを実現した教祖とはどんな人なのだろうか?

 そんな教祖をこれから自分は討たねばならない。管理者アドミニストレーター権限すら持っている強敵、勝機は一瞬しかないだろう。そんなこと本当にできるのだろうか? ドクンドクンと激しい鼓動が聞こえ、冷汗が流れていく。

 いよいよ運命の時が近づいてきた。ベンは金属ベルトのボタンに手をかけ、ステージを見下ろす。

 押すか? 押していいのか?

 ドクンドクンと心臓は高鳴り、手のひらはびしょびしょだった。

 ブォォォォゥ。

 パイプオルガンが二曲目の演奏に入った。

 また、信者たちは熱唱を始める。

 肩透かしを食らったベンはふぅと息をつき、渋い顔でベネデッタと顔を見合わせた。また口パクで演奏の終了を待つしかない。

 結局五曲も歌が続き、ベン達は口パクだけで疲れ果ててしまう。

 また次も歌なんじゃないかとウンザリしながらステージを見ていると、副教祖がVサインを高々と掲げ、話し始める。

「皆さん、今日は我が純潔教にとって待ち焦がれた約束の日です。純潔を守り続けた我々に神が新たな世界をご用意してくれています。それには街の人々を神の元へ届けねばなりません。皆さんの手で一人ずつ、送っていきましょう! さぁ行きましょう! ヴァージナスフィメール!」

「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」「ヴァージナスフィメール!」

 信者たちは感無量といった感じで声を張り上げた。

 なるほど、彼らは街の人を殺そうとは思っていないのだ。街の人の幸せのために神の元へ送ろうとしている。それは彼らにとっては善行なのだ。

 ベンはこんなとんでもない洗脳を行った教祖に激しい怒りを覚えた。やはり、教祖は討たねばならない、信者の彼女たちのためにも!

「それでは、我らがマザー、ヴィーナス・ラーマにご登壇いただきます!」

 副教祖がそう言うと、

「キャ――――!」「うわぁぁぁ」「ラーマ様ぁ!」

 と、会場が歓喜の渦に包まれた。

 ある者は涙をこぼし、ある者は過呼吸で今にも倒れそうである。

 その狂気ともいうべき熱狂にベンは圧倒される。この熱狂の中で教祖を討つなんて、できるのだろうか?

 しかし、やるしかない。トゥチューラのため、この星のため、そして、自分の未来のため。

 ベンは冷や汗を流しながら、ガチッと金属ベルトのボタンを押した。

 ぐふぅ……。

 何度やっても慣れない噴霧が肛門を直撃し、ベンは顔をゆがめた。

 ピロン! ピロン! ピロン! 表示は『×1000』まで一気に駆け上る。

 隣でベネデッタもボタンを押したようだ。美しい顔を苦痛にゆがめながら必死に便意に耐えている。

 やがて一人の女性がステージに現れる。

 ベンは荒い息をしながら二発目のボタンに手をかける。いよいよ教祖と対決だ。

 事前に打ち合わせしていた通り、二発目のボタンを押したらベネデッタに神聖魔法をかけてもらい、意識をしっかりとさせる。そして、飛行魔法で一気に教祖に飛びかかって右パンチで殴り倒す。教祖の意識を飛ばせばシアン様たちがやってきて全てを解決してくれる……。できるのか本当に? いや、やらねばならないのだ。

 ベンは便意に耐えながら必死に何度も飛びかかるイメージを繰り返す。

 スポットライトが彼女を照らし出す。美しいブロンドの髪に鮮やかなルビー色の瞳、それは神々しい美貌を放つ女性だった。

38. 懐かしの教祖

 うぉぉぉぉ!

 まるで地鳴りのような歓声が会場を包んだ。

 しかし、ベンは固まり、動けなくなる。

「マ、マーラ……さん? な、なぜ……」

 そう、教祖は見まごう事なきマーラだった。勇者パーティで唯一ベンに気を配ってくれた憧れの存在。優しくて素晴らしいスキルを持っていたヒーラー。なぜこんなところで教祖なんてやっているのか?

 マーラは熱狂のるつぼと化した会場を見回し、ニッコリと笑うと、高々とVサインを掲げた。

 直後、まばゆい紫の光がVサインから放たれ、会場全体にキラキラ光る紫の微粒子が舞っていく。

 信者はみな恍惚こうこつとした表情を浮かべながらその微粒子を浴びた。やがて、立っていることができなくなり、次々とぐったりとしながら席に沈んでいった。

 ベンは腹痛に耐えながら必死に考え、ついに理由に気が付いた。マーラも四天王の魔法使いと同じだったのだ。この計画を進める上で、勇者が得た女神からの加護は危険な不確定要素だった。だからその加護内容の調査のためにパーティに加わっていたのだ。

 そんな裏があったとも知らず、ただのほほんとマーラの優しさに惹かれていた自分が情けなく、ガックリとした。

 ベンはふと周りを見て、信者が全員座っているのに気がついた。

 あっ!

 焦って座ろうとしたベンをマーラは見逃さなかった。

「べ、ベン君……」

 マーラは渋谷でとんでもない強さを見せたベンの姿を思い出し、顔をこわばらせ、焦る。

「あ、いや、これは、そのぅ……」

 ベンはこの想定外の事態に混乱した。ただでさえ腹が痛くて頭が回らないのだ、何を言ったらいいかなんてさっぱり分からない。

「男よ! 男が紛れ込んでるわ!」

 マーラはベンを指さし、必死の形相で叫んだ。

「キャ――――!」「お、男!?」「ひぃぃぃ!」

 ベンの周りから信者は逃げ出し、会場は大混乱に陥る。

「第一種非常事態を宣言します! 総員戦闘配備! アクセラレーターON!」

 マーラはVサインを高々と掲げ、叫ぶ。

 すると、信者たちは全員ローブをたくし上げ、金属ベルトのボタンを押した。

 は?

 ベンは目を疑った。

 彼女たちが押しているのは魔王の下剤噴射ガジェットだった。いったいなぜ? 何のために?

 女の子たちのお尻に次々と噴射される薬剤。それは彼女たちに言いようのない感覚を呼び覚まし、

 ふぐっ! くぉぉ! ひぐぅ!

 と、口々に声にならない声を上げた。

 直後、バタバタと倒れる女の子たち。そして、響き渡る排泄音。

 一万人の可愛い女の子たちが壮絶な排泄音をたてながら床に倒れ、痙攣けいれんしている。まさに地獄絵図だった。

 オーマイガッ!

 そのあまりの凄惨さにベンは頭を抱え、叫ぶ。

 一万人分の排泄物が振りまかれた会場は、酸鼻さんびを極める阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を呈し、まるで下水が逆流したトイレのような、息をするにもはばかられる状況になってしまった。

「ベン! お前一体何をした!」

 鼻をつまみながら鬼のような形相でマーラが叫ぶ。

 ベンは言葉を失い、ただ、その壮絶な状況に首を振る。

 何をしたというより、『何やってんのあんたたち?』と言わせてほしいベンであった。

「死ねい!」

 マーラはそう叫ぶと金色に輝くエネルギー弾を次々と空中に浮かべ、ものすごい速さでベンに向けて撃ってきた。

 おわぁ!

 ベンはすかさず空中に飛んで逃げる。エネルギー弾はベンの座っていた椅子に次々と着弾し、激しい衝撃が会場全体を揺らす。

 もうこうなってはマーラをたおすしかない。ベンはベルトのボタンをガチッと押し込んだ。

 ふぐっ!

 二発目のボタンはもろ刃の剣である。

 ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅ――――!

 暴れまわる腸に肛門は決壊寸前となった。

 くはぁ!

 腹を抱え、ゆらゆらと飛ぶベン。今にも落ちそうである。

 ポロン! ポロン! と『×100000』の表示が出るが、意識をすべて括約筋に奪われてもう何もできない。

 その時だった。

「ベン君! 受け取って!」

 会場の隅からベネデッタが千倍にブーストされた神聖魔法の癒しの光を放った。

 おぉ、おぉぉぉぉ……。

 ベンは空中をふわふわと漂いながら黄金色に輝く。腹痛は相変わらずではあるが、意識がはっきりしてくるのを感じた。

 それはベネデッタが必死に練習して勝ち得た千倍のスキル。ベンはその熱い思いに感謝し、グッとサムアップして見せた。そして、ステージを見下ろす。

 マーラは何やら恐ろし気な紫色の光る円盤を無数に浮かべ、鬼の形相でベンをにらんでいた。

「小僧が! まさかお前が立ちはだかるとは……。死ねぃ!」

 マーラはそう叫ぶと円盤を一斉にベンに向けて放った。

 鮮やかな紫に輝く円盤は、それぞれ複雑な軌道を描きながらベンに向けて襲いかかる。

 くぅ!

 円盤は巧みにベンを取り囲むように飛来し、ベンは忌々しそうににらんだ。

「あぁっ! ベン君!」

 悲痛なベネデッタの叫びが響き、直後、円盤はベンのあたりで次々と大爆発を起こした。

 激しい衝撃が会場を揺らし、爆煙があがる。

 いやぁぁぁ!

 ベネデッタの悲鳴が響き渡った。

「はーっはっはっは! 口ほどにもない」

 マーラが勝利を確信した時だった、マーラの真後ろにベンは現れ、腕でグッとマーラの首を締めあげた。

39. 美しき非情

 ぐほぉ!

 十万倍の力でのどを絞めつけられ、動けなくなるマーラ。

 ステータス十万倍の飛行魔法を持つベンにとって、目にもとまらぬ速さで移動する事くらい朝飯前だったのだ。もはやベンにとっての敵は自分の便意くらいだった。

「ま、まさかあなたが黒幕とは……。なぜこんなことをやったんですか?」

 プロレス技のチョークスリーパーのように、がっちりと決めながらベンは聞いた。

「くっ! 管理者アドミニストレーター権限をなめるんじゃないわよ!」

 そう言ってマーラは自分の身体を黄金色に光らせ、何か技を使おうとした。

 しかし、ベンは構わずに首をギュッと締め上げる。

 ぐぉぉぉぉ!

 マーラは真っ青な顔になり、たまらず、ベンの腕をタンタンタンとタップした。

 勝利の瞬間である。ベンは安堵安堵し、息をつくと、少し緩めてあげた。

「ぐぐぐ……。あんた本当に一般人? なぜ、私に勝てるのよ?」

 マーラは美しい顔を歪めながら吐き捨てるように聞く。

「女神がね。あなたに勝てるスキルをくれたんです」

「くっ、女神か……、チクショウ……」

 マーラはガクッと力を抜き、観念したようだった。ふんわりと懐かしいマーラの匂いが立ち上ってきて、ベンは首を振り、静かにため息をついた。

「なんでこんなことをしたんですか? そんなに男が憎かったんですか?」

 ベンは腹痛に顔をゆがめながら聞いた。

「いや、別に? そりゃ変な男が次々と言いよって来るのはウザかったけど、憎む程じゃないわ。それなりに楽しくやってたしね」

 マーラは自嘲じちょう気味に言う。

「じゃあ、なぜ?」

「男を憎んでる女って多いのよ。『男のいない世界を作ろう!』って冗談半分で言ったら何だかみんなが集まってきたの。お布施もガンガン集まるしね。それで、こりゃいいやって規模を大きくしていったのよ」

 すると、そばで聞いていたベネデッタは、

「あなたは女性の敵ですわ!」

 と、目を三角にして怒った。

「あら、公爵令嬢。この小僧にれちゃったの?」

 薄ら笑いを浮かべながら冷ややかな視線を投げかけるマーラ。

 しかし、ベネデッタは動ぜず、

「えぇ、そうよ。世界を守るために献身的に努力するお方に惚れない女などいませんわ!」

 と、さも当たり前かのように言い切る。

 えっ!? え……?

 いきなりの告白にベンは頭の中がチリチリと焼けるように熱くなり、オーバーヒートした。

「ははっ! そりゃ良かったわ。……。私ももう少しいい出会いがあれば……」

 マーラはため息をつき、視線を落とす。

 ベンは何とか平静を取り戻そうと大きく深呼吸をする。何しろ十万倍の便意が肛門を圧迫し、一万人の乙女の排泄物が流れ、この世界を滅ぼそうとするにっくき教祖が憧れのマーラであり、気品高き令嬢が告白しているのだ。人生のコア・イベントがこの場に派手に集結している。運命の女神が用意したステージは何とも壮絶な様相を呈していた。

「黒幕が居るんですのよね?」

 ベネデッタは鋭い目で問い詰める。

「ふふん。そうね、調子に乗って信者集めてたら隣の星の管理者アドミニストレーターが声をかけてきたの。『自由にできる世界が欲しくないか?』ってね」

 なるほど、そういう事であれば黒幕を何とかしないと解決しない。

 ベンは咳ばらいをすると、聞いた。

「ボトヴィッドって奴か?」

「ふーん、女神はみんなお見通しね」

 マーラは肩をすくめ、キュッと唇をかんだ。

「証拠を出せるか?」

「証拠なら幾らでもあげるわ。私自身、やりすぎだとは……、思ってたのよ」

 マーラはうつむき、調子に乗って暴走したことを悔いている様子だった。勇者パーティでの振るまいを見るに根は悪い人ではないはずである。それが一歩足を踏み外したらみるみる巨大テロリスト集団のヘッドになってしまった。もしかしたらあのやり手の副教祖の手腕が大きかったのかもしれない。

 とはいえ、世界を滅ぼそうとしたことは重罪である。償ってもらう以外ないのだ。

「じゃあ、今すぐ出せ」

 ベンが催促さいそくすると、マーラはふぅと大きく息をつき、

「こんな拘束された状態じゃ出せないわ。まずは離して」

 と、寂しそうに笑う。

 ベンは迷い、ベネデッタと目を合わせる。腕を放せば逃げようと思えば逃げられてしまう。反省の色を見せている姿を信用できるかどうかだが……。

 するとベネデッタはうなずき、マーラの装着している金属ベルトをつかんで言った。

「変なことしたら押させていただきますわ」

「あらあら怖い事」

 マーラはおどけて肩をすくめる。

 ベンは首を押さえていた腕を緩め、

「緩めたぞ、早く証拠を出せ!」

 と、迫った。

「はいはい、そんな焦らないで」

 マーラは首をぐるりぐるりと回し、大きく息をつくと、指先で空間を切り裂き、中に手を突っ込んだ。

 そして、何かのチップを取り出すと、ベネデッタに渡す。

 ベネデッタはニコッと笑い、

「ありがたく頂戴しますわ」

 そう言いながら、ガチッガチッと金属ベルトのボタンを連打した。

 へっ!? あっ!?

 驚く二人。

 マーラは、ふぐぅ……、という声にならない声を上げ、倒れ込む。

「うちの街を壊そうとした罪は重いんですのよ」

 そう言ってベネデッタは嬉しそうに笑った。

 その情け容赦ない行動力にベンはゾッとする。この可憐な少女の美しい笑みの裏にある芯の強さ、それはこの街を預かる貴族の一員としての矜持きょうじだろうか? ベンはこの人を怒らせてはならないと心に誓った。

 マーラは壮絶な排泄音をまき散らしながら、ビクンビクンと痙攣けいれんし、目をいて口からは泡を吹いている。もはや廃人同然だった。

 その時だった。

「あっ! 危ない!」

 ベネデッタがベンをかばうように覆いかぶさるように押し倒した。

 直後、激しい閃光が走り、何かがベネデッタの臀部でんぶを直撃した。

 ふぐぅ!

 防御力千倍のため、深刻なケガには至らなかったものの、千倍の便意にギリギリ耐えてきたベネデッタの関門が限界を超えてしまう。

 いやぁぁぁぁ! うぁぁぁ……。

 凄惨せいさんな排泄音が響き渡り、ベネデッタは意識を失ってしまった。

「ベ、ベネデッタぁぁ!」

 ベンはいきなり訪れた悲劇に呆然とする。

「グワッハッハッハ! 小僧! 好き勝手やってくれたなぁ!」

 ステージに小太りの中年男が着地する。栗色のジャケットにベストを着込み、レザーキャップをかぶってステッキをくるりと回した。

40. ベンの覚悟

「お前は……ボトヴィッド?」

 ベンは立ち上がり、男をにらんだ。今回の黒幕、倒すべき男がついに目の前に現れたのだ。

「ふん! 小僧にまで名前を知られるとは不覚じゃ。まぁ、今すぐこの世から消してやろう」

 そう言うと、いきなりベンの目の前にワープし、思いっきりステッキでベンの顔面を殴りつけた。

 グフッ!

 ベンはまるで暴走トラックに吹っ飛ばされたように、縦にクルクル回りながら演台を砕いて弾き飛ばし、壁に叩きつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がった。

 十万倍の防御力があるものの、唇が切れ、血が滴る。肛門は少し決壊し、おむつに生暖かい液体流れているのを感じる。

 くぅぅぅ……。

 ベンは苦痛に顔をゆがめよろよろと立ち上がろうとした。

「ほう、まだ生きとるのか! もういっちょ!」

 ボトヴィッドはそう言いながらベンの顎を強烈に蹴り上げた。

 ぐほぉ!

 吹き飛んだベンの身体は壁に跳ね返され、天井に当たり、ステージに叩きつけられて転がる。

 ぐおぉぉぉ……。

 脳震盪のうしんとうで目が回ってしまっていて身動きが取れない。

 ピュッピュッ、と肛門を突破されているのを感じ、何とか括約筋で踏ん張り続ける。

 も、漏れる……。

 ベンのステータスは十万倍。強さで言ったら上だが、ボトヴィッドは管理者にしか使えない技、ワープを繰り出してくるので分が悪い。ベンは必死に勝ち筋を探すが、便意に意識を奪われてなかなか策が浮かばない。

 ボトヴィッドは周りを見回しながら、

「さて、この空間ごと葬り去ってしまうとするか……。うんこ臭くてかなわん。ただ、こいつは……」

 そう言うと、気を失っているベネデッタのところへ行き、顎をつかむと、

「うん、上玉じゃな。この女は今晩のお楽しみに使ってやるか、グフフフ」

 と、下卑げびた笑いを浮かべた。

 えっ……?

 ブチッ! と、ベンの中で何かが切れた音がした。

 ベネデッタが穢されてしまう、そんなことはあってはならない。便意に耐えることしかできないこんな自分を、好きだと言ってくれた可憐な美少女。自分はたとえ死んでも彼女は守らねばならない。

 ベンはギリッと奥歯を鳴らすと、ふんっ! と気合を入れ、うぉぉぉぉ! と雄たけびを上げながら金属ベルトのボタンを連打する。

 十万倍で勝てなければ百万倍、それでも勝てなきゃ一千万倍、勝つまで上げていってやる!

 ベンはシアンの忠告を無視し、捨て身の戦法で勝負をかけたのだった。

 ポロン! ポロン! ポロン! 『×100000000』

 ベンの身体は一億倍の異常なパワーで自然に発光し、光り輝く。

 ぐぉぉぉぉ!

 脳髄を貫く強烈な便意。それは半分人格崩壊を引き起こしながらベンを襲った。

 ブピッ! ビュッビュッ!

 肛門からは不穏な音が絶え間なく続いていたが、ベンはユラリと立ち上がる。

 もう思考は崩壊し、何も考えられなくなっていたが、ベンは無意識にボトヴィッドの方を向いた。目は青く輝き、全身からパリパリとスパークが立ち上り、光の微粒子を振りまいている。

「なんじゃ?」

 ベンに気づいたボトヴィッドは、ステッキに光を纏わせ、パリパリと放電させると、

「この死にぞこないが!」

 と、言いながらベンの前にワープをして思いっきりステッキで顔面を殴りつける。

 地響きを伴う爆発音が響き、

 ぐわぁぁ!

 という叫び声が続いた。しかし、叫び声を上げたのはボトヴィッドの方だった。

 ステッキは砕け散り、持っていた手が裂けている。ベンは無表情でぼんやりとその様を見ていた。

「な、なんだ貴様は!」

 ボトヴィッドは苦痛に顔をゆがめながら、距離を取り、管理者権限で手を治していく。

 反撃のチャンスではあったが、ベンは壮絶な便意にとらわれていて動けない。

 ボトヴィッドは指先で空中を切り裂き、異空間につなげると、中からぼうっと青白く光る刀剣を取り出した。

「これは管理者にしか使えない名刀『デュランダル』だ。空間を切り裂き、全てを両断する決戦兵器……、コイツで一刀両断にしてやろう……」

 ボトヴィッドはベンをにらむと気合を込め、デュランダルを黄金色に光輝かせた。二人の戦うステージはそのまばゆい光で美しく照らし出される。

「今度こそ、死ねぃ!」

 ボトヴィッドは剣を振りかぶり、ベンの前にワープすると同時に一気に振り下ろした。

 目にもとまらぬ速さでベンに迫ったデュランダルだったが、ベンは素早く手の甲で払う。パキィィィンといういい音をたてながら刀身が砕けちった。

 へっ!?

 目を真ん丸にして驚くボトヴィッド。次の瞬間、ベンの右ストレートが思い切り顔面にさく裂する。

 一億倍の攻撃力は管理者特権の【物理攻撃無効】を貫通し、顎の骨を砕きながら吹き飛ばした。

 ゴフゥ!

 クルクルと回転しながら壁に当たり、戻ってきたところをベンは鋭い蹴りで腹を打ちぬいた。

 ぐはぁ!

 再度壁にしたたかに打ちつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がるボトヴィッド。

 無様な姿を見せるボトヴィッドに、

「し、尻を出せ……」

 と、ベンは無表情で命令した。

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