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猫とドラゴンを連れ、少年は宇宙へ ~神様はメタバースの向こうに~ 21-25

21. 漆黒のアカシックレコード

翌日、和真とミィがゲルツのデータを分析していると、パリパリっと音がして空中に空間の切れ目が浮かび上がった。レヴィアだ。
「お主ら……、何か成果はあるか?」
 出てきたレヴィアは目の下にクマを作り、げっそりとしながらポスっとベッドに座る。
「拠点へのアクセス方法は確保しましたが……それ以外は……」
 和真は恐る恐る答える。
「アカシックレコードへのルートは見つからんか?」
「巧妙に隠してあるみたいにゃ」
 ミィもちょっと疲れ気味で首を振った。
「カ――――ッ! あと二日しかない!」
 頭を抱えるレヴィア。

と、その時、ドタドタドタっと足音が響き、バーン! とドアが開いた。
「四億円まだ――――!?」
 上機嫌に叫んだ芽依だったが、レヴィアと目が合い凍り付く。
 レヴィアはふぅと大きく息をついてバタリとベッドに倒れ込んだ。
 芽依は和真にそっと近づいて、
「彼女……誰?」
 と、耳元で聞いた。
「あれ? 覚えてないんだっけ? 僕らの上司だよ。ドラゴンのレヴィア様」
「ドラゴン……?」
 芽依は怪訝そうな顔でレヴィアを見つめる。
「本当だったらドラゴンになって脅かしてやるんじゃが、世界滅亡まであと二日、そんな元気ないわい」
 そう言ってレヴィアは毛布にくるまった。
「滅亡って……、どういうこと?」
 和真は昨日の出来事を説明する。
「要するにテロリストがアカシックレコードという、世界を丸っと記憶するところに侵入してて、それを見つけないと地球滅亡……って事?」
「その通りじゃ! 奴らは巧妙に痕跡を隠しておって見つからんのじゃ……」
「見つからないんだったら……、丸っとサーバーぶっ壊しちゃえばいいんじゃない?」
「何言ってるんだよ、そんなことやったらヤバいって」
 和真は渋い顔をしたが、レヴィアは固まっている。
「壊す……」
「サーバーの構成によるにゃ。管理部分だけ別のハードなら切り離して再インストールすれば確かにクリーンにはなるにゃ」
「それじゃ!!」
 レヴィアは飛び起き、芽依の手を取り、
「お主、なかなか冴えとるのう!」
 と、手をぶんぶんと振った。
「ふふん、それほどでもぉ……。で、サーバーってどこにあるんですか?」
「金星じゃ、金星の衛星軌道上を回っておる」
「き、金星!? それって二日で行けるところなんですか!?」
「この世界は情報の世界、距離なんて関係ない。じゃが……再インストールとなると、最悪一万個の地球全部に影響が出る……。どう許可を取るか……」
「え? 一万個?」
 和真は初めて聞くとんでもない数字に眉をひそめる。
「そうじゃ、地球型の星は全部で一万個。神様たちが気軽に『地球を廃棄』とか言ってるのは他にたくさんあるからなんじゃ」
「ほへ――――」
 和真は絶句した。
 この地球がコンピューター上にあるというのは理解していたが、似たような星が一万個もあったとは想定外だったのだ。
「こんなことしちゃいられん! 今すぐ申請に行かねば!」
 レヴィアはそう叫ぶと指先で空間をパリパリと切り裂き、その中へ飛び込んでいった。

結局許可が下りたのは地球廃棄処理の三時間前だった。
「ギリギリセーフじゃ! 行くぞ!」
 レヴィアは真紅の瞳をキラリと光らせて空間の裂け目に和真とミィを放り込んだ。
 うわぁぁぁ!
 和真が目を開けると、満点の星々が広がっていた。そして、それを覆うかのような巨大な構造物がゆっくりと視界に入ってくる。それは関東平野位のサイズがある漆黒の構造物で、まるで夜景のようにあちこちでチラチラと青白い光が瞬いている。
 そして、振り向くと金色に輝く惑星が浮かんでいた。
「え? あれは……」
 と、言いかけて、声が出ていないことに気が付く。
 そう、ここは宇宙空間。空気がないのだ。
 さらに、生まれて初めての無重力。身体が勝手に回ってしまってうまく操れない。
 ワタワタとしていると、脳内に言葉が飛んでくる。
『何やっとる! 空飛ぶ時と同じじゃ』
 見るとレヴィアが金髪をふわふわと広げながら、逆さまに浮かんであきれている。
『こ、こうですか?』
 和真は試しにくるりと回り、研修で習った時のように言葉を飛ばした。
 レヴィアはサムアップすると、
『さて、行くぞ! 時間がない』
 と、言ってツーっと構造物の方へと飛んでいく。
『あー! 待ってください!』
 和真は急いで追いかける。

22. 涙目のスポーツブラ

徐々に近づいていくと、構造物の巨大さに圧倒される。日陰に設定された漆黒な構造体は、ほのかに光る青白い照明と、金星からの黄金の照り返しにわずかにその姿を浮かび上がらせる。詳細まではわからないが、長さ数キロほどありそうな、ぼうっと赤く光る鳥の羽のようなパネルが無数に生えているのが確認できる。
 やがて徐々に暑くなってきた。
『暑く……ないですか?』
『暑いに決まっとろうが! あれは全部放熱パネルじゃ』
『放熱!?』
『太陽の周りの巨大太陽光パネルで発電したものを全部計算に使っとるからのう。出る熱は莫大じゃ』
 そう言うとレヴィアは大きな銀色の傘を広げ、
『お前らこれに隠れろ』
 と、声をかける。
『なるほど、これで涼しくなりますね』
 そう言った時だった、まぶしい閃光が傘を襲った。
『うわぁぁぁ!』
『来なすったぞ! 衝撃に備えろ!』
『な、何ですか? これ?』
『防衛隊のレーザー砲じゃ』
 レヴィアは冷汗を流しながらニヤッと笑った。
『は? 許可取ったんじゃないんですか?』
『許可は取ったが、特別扱いはしないと言われとる』
『へ? なんで?』
『特別扱いの兆候を悟られるとゲルツに逃げられるからじゃ』
『くわぁ……』
 頭を抱える和真。
 すると、バシバシバシ! とレーザー砲が次々と傘をヒットして、傘が揺れ、振動が走る。
 ヒットするたびにパリパリと銀色の表面が蒸発して焦げ、そう長く持たないことを予感させた。
『マズいのう、思ったより強力じゃった』
『空間を飛べばいいじゃないですか』
『何言っとる、ここは金星。そんなスキルの権限などないわい』
 そう言ってる間にもレーザー攻撃が降り注ぎ、傘は激しく閃光に揺れた。
 たまらずレヴィアはジグザグに飛びながら何とか避けようとするが、レーザー砲は正確に追尾してくる。
『アカン! 高性能すぎじゃ!』
 レヴィアは額に手を当てる。
 するとミィが和真の肩を叩いた。
『急いで服を脱いで投げるにゃ』
『へ? 服?』
『いいから早くするにゃ!』
 和真は言われるがままにカーディガンを脱いで横に投げた。
 くるくると回りながら無重力の宇宙を飛んでいくカーディガン。
 直後、レーザー砲の乱射にあい、激しい閃光を放ちながら爆発していく。
 パリパリ!
 衝撃波が和真たちに届いた。
 和真はその恐るべき破壊力に唖然とする。一発でも当たったら黒焦げになってしまう。
『おぉ、その手があったか! よし、お主、どんどん脱げ!』
『ちょっと待ってくださいよぉ! 裸にするつもりですか?』
 と、言ってる間にもまた傘が激しく閃光に揺れだした。レーザー砲の攻撃が戻ってきたのだ。
『何言っとる! 今は全人類八十億人の命がかかっとるんじゃ! 服ぐらいなんじゃ!』
『わ、わかりましたよぉ……』
 和真は渋々シャツを脱いで放った。
 あっという間にレーザーに焼き尽くされ爆発していくシャツ。
『ほれ、早く! 次じゃ!』
 次はスニーカー、ズボン、そして、下着、ついに和真はパンツ一丁になってしまった。
『次じゃ!』
『えー! ちょっと待ってください。次はレヴィア様ですよ!』
『なんじゃと! レディーの服を脱がすというか! 小僧!』
『全人類八十億人の命がかかってるんですよ!』
 和真はレヴィアのジャケットに手をかける。
『くぅ……、こんな小僧に貞操を……』
『バカなこと言ってないで早く!』
 また傘が激しく閃光に揺れだす。中には傘を突き抜けてくるものも出始めて、和真の髪の毛をかすめ、ジュッと衝撃音を立てた。
『うわぁ!』
 和真はレヴィアの葡萄茶えびちゃ色のジャケットをはぎとって投げる。
 くるくると満天の星を背景に宇宙空間を舞うジャケット。直後、集中砲火を受け、激しい閃光を放ちながら爆発していった。
『あぁ、お気に入りだったのに……』
 しょげるレヴィア。

時間稼ぎのおかげで一行は巨大な放熱パネルのエリアにまでたどり着いていた。
『あともう少しです、次々脱いで!』
『うぅ、エッチ!』
 レヴィアは涙目で和真を非難する。
 しかし、戻ってきた攻撃は突き抜けるものも多くなり、一刻の猶予もなかった。
『ヤバいヤバい、早く!』
 レヴィアは渋々靴を投げ、靴下を投げ、
『お主、見るなよ!』
 そう言ってブラウスを投げた。
『見られてどうこう言う身体じゃないでしょう!』
『レディーに向かって何言うか! この、バカたれ!』
 真っ赤になって和真をポカポカ叩く。
『痛い、痛い! ちょっと、レーザー当たっちゃいますって!』
 傘から半分はみ出しながら和真が叫んだ。
『エッチな小僧は黒焦げじゃ――――!』
『人殺し――――!』
 しばらく醜くもみ合っていたが、レーザーは飛んでこなかった。
『あれ……?』
 不気味な静けさが続いている。
 どうやら、攻撃不可能なエリアにまでたどり着いたらしい。
『や、やりましたよ! レヴィア様!』
 和真がレヴィアを見ると、レヴィアはスポーツブラを両手で隠して涙目でにらみ、
『こっち見んな!』
 と、言ってパシッと叩いた。

23. 煌めくアカシックレコード

うわぁ……。
 和真は見渡す限り続く巨大構造物の連なりに圧倒された。
 まるで化学プラントのように、巨大な黒い構造物からは無数のパイプが整然と上空の放熱パネルの方へと配されている。
 構造物の継ぎ目からは鋭い青い光が漏れ、それがあたり一面に見受けられる。金星の黄金の輝きと、その青のハーモニーは音のない世界で幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 科学技術が発展し尽くした先にある世界、それは全く想像を絶する景観を創り出し、その機能美は何もわからない和真の心にも鮮烈な印象を刻んだ。

レヴィアは構造物同士をつなぎとめているジョイント部に取り付くと、小さなマンホールのようなハッチに手をかけた。
『多分、ここじゃろう』
 そう言いながらガチッと少し持ち上げ、中のロックを外すとそのまま引き上げた。
 ブシュー! っと威勢よく空気が漏れ出してくる。
 やがて勢いが落ちてくると、
『ヨシ!』
 と、レヴィアはハッチの中へと入っていった。

まるで換気ダクトのような狭い通路を四つん這いになってしばらく行く。元々人が入ることを考慮されていない設計のようだ。管理は機械が自動でやっているということかもしれない。
 レヴィアは突き当りのハッチを力いっぱい開け、中を確認すると、
「ヨッシャー!」
 と、興奮しながら中へと進んでいった。

中をのぞいて和真は驚いた。そこには二メートルくらいのクリスタルの立方体が無数に整列され、まるで巨大倉庫のようになっていたのだ。クリスタルの中にはキラキラと微細な光の流れが縦横無尽に行きかい、まるで上質な宝石を思い起こさせる。
「これがアカシックレコード。一つに地球上の出来事一か月分が入っておる」
 ドヤ顔で説明するレヴィア。
「す、すごい!」
 人類の歴史、地球の歴史がこんな宝石の中に丁寧に格納されているとは想像もしなかった。この中には織田信長、始皇帝、クレオパトラなど過去の偉人全員の言動が全て残っているということだ。それはとんでもない事ではないだろうか?
 和真はしばらく無数のクリスタルのきらめきを呆然と見つめていた。

「ヨシ! Fの23532を探せ!」
 と、言って、レヴィアはツーっとクリスタルへと飛んだ。
「え? どういう順に並んでいるんですか?」
「我に聞くな! 考えろ、もう残り時間わずかじゃ」
 そう言いながら表面を観察するレヴィア。
 和真とミィもクリスタルをじっくりと見るが、番号も何も書いてない。
「レヴィア様! 番号どこですか?」
「うーん、分からん! なんじゃこりゃ! あと十分しかないのに!」
 レヴィアもお手上げだった。
 
「管理機構は一般のモジュールとは違わないかにゃ?」
 ミィがレヴィアを見上げる。
「む、それはそうじゃな……。しかし、特別なモジュールとはどんなもんじゃろう……」
 レヴィアはそう言いながらツーっと飛んでモジュールを観察していく。
「色が違うとかつなぎ方が違うとかですかねぇ?」
 和真も別のところを飛んでいく。
 すると、明らかに光り方が違うモジュールが一つ、奥の方に煌めいている。
「あ……、こ、これかも?」
 人類を救うカギを見つけた和真は、レヴィアを呼ぼうとしてふと、今、八十億人の生殺与奪の権利を握った事に気が付いた。そう、世界を滅ぼす権利を今和真は手中にしたのだ。あのモジュールを隠し通すだけで世界は滅ぶ。
 和真は背筋にゾクッと今まで感じたことのない甘美な波動を覚えた。
 パパを殺してしまったと感じてしまってから六年、人生の歯車はすっかり社会から切り離され、置いてきぼりに放置されていた和真。いじめを受け、劣等感にさいなまれ、出口の見えない苦しみの中で何度社会を恨んだだろう。もちろん上手くやるやり方はあったかもしれない。しかし、心は理屈では動かない。どす黒い感情を持て余し、日々ベッドで心の刃を研いでいた。
 今、すっぱりと地球とはおさらばしてもいいのではないだろうか? そんな甘美な思いが脳裏をこだまする。
 和真はジッと黄金色に輝くクリスタルを見つめた。ドクドクと上がる心拍数。額には冷汗が浮かび上がる。
『和ちゃん!』
 その時、ふと、芽依の声が聞こえたような気がした。
「えっ!?」
 和真は急いで辺りを見回すが、芽依がいる訳がない。そして和真は正気を取り戻す。そう、自分の弱さに流されてはいけない。世界は守るものだ。芽依のため、ママのため、そして未来の自分のため……。
 和真は大きく息を吸うと叫んだ。
「レヴィア様! 変なのがある!」
「む? どれどれ?」
 レヴィアはすっ飛んできて和真の指さす先を見る。

「これ、ですかね?」
「むぅ……、怪しいが……どうやって確かめたらいいか……」
「アクセスしてみたらどうかにゃ?」
 ミィは不思議そうにクリスタルをなでながら言った。
「おぉ! そうじゃな!」
 レヴィアはポケットからスマホを取り出すと、パシパシと叩いた。
 すると、スマホタップに連動して青い光がパシパシと応答する。
「おぉ! これじゃ、これじゃ! ヨシ! 引き抜け!」
「引き抜くって……どうやって?」
「知らん! あと一分しかないんじゃ、力任せに引っ張れ!」
「もう一分!?」 
 和真は驚き、急いでクリスタルに手をかける。自分が余計なことを考えたせいで事態を深刻に悪化させてしまった。和真は罪滅ぼしの意味を込めて全力でクリスタルを引っ張る。
「ヨシッ! せーのっ!」「せーの!」
 しかし、ビクともしない。とても引き抜けるとは思えなかった。
「ダメですよぉ!」
「泣き言なんて聞きたくないね! 全力出しな! そーれっ!」
 レヴィアも真っ赤になって凄い形相で引っ張っている。
 地球廃棄処分まで残り数十秒、絶望が和真の脳裏をよぎる。思い上がっていたさっきの自分を殴りたい気分で思わず涙が湧いてくる。

すると、ミィが隣のクリスタルとの隙間にするすると入っていく。
「ミィも手伝ってよぉ!」
 和真が叫ぶと、
「これじゃないかにゃ?」
 そう言って、奥の接続部のレバーを押した。
 バシュン!
 軽快な音を放ってクリスタルは浮き上がり、激しく煌めいていた光がふっと消える。
「おぉ! でかした!」
 レヴィアは思わずガッツポーズ。そして、急いでスマホで連絡を取る。
「予定通り、作業完了です! ついては廃棄処分の撤回を……。はい……、はい……」

和真はミィを抱き上げて思いっきり頬ずりをした。
「ミィ! ありがとう!」
「きゃはぁ! くすぐったいにゃ!」
 和真はポロリと涙をこぼし、瞬きと共にしずくが無重力の空間を舞う。
 キラキラと光を放ちながらしずくがしばらく宙を踊っていた。

24. パラレルワールドの幼女

「ヨーシ! しばらくメンテだからどっか別の星に行って美味いもんでも食うぞ!」
 レヴィアは上機嫌に和真の背中をバンバンと叩いた。
「べ、別の星? ゲルツは?」
「メンテに入った地球では何もできん。決戦はメンテ後じゃ。メンテしてない星に視察がてら乗り込むぞ」
「は、はぁ……」
 別の星というのは言わばパラレルワールドなのだろう。一体どんなところなのだろうか? 想像もしていなかった事態に期待と不安で鼓動が高鳴る。
 ミィを見ると眉間にしわを寄せている。ミィにとっても初めてらしい。
 和真はミィをギュッと抱きしめた。

気が付くと和真は澄み通った青空に浮かんでいた。
 目の前にはドーンと冠雪した富士山があり、足元には湖が広がっている。芦ノ湖……だろうか?
 しかし、湖畔には何の建物もなく、ただ、森が広がっているだけだった。なるほど、パラレルワールドの箱根にはまだ人の手が入っていないらしい。
 振り返ると伊豆半島、そして相模湾がゆったりと弓なりに湘南の方へと砂浜をつなぎ、遠くには江の島が見える。

「えーっと、あの辺りじゃったかな?」
 レヴィアは和真の手を引いてツーっと稜線へと降りていく。
「どこ行くんですか?」
「部下の家じゃ」
「え? いきなり行っていいんですか?」
「抜き打ちの視察じゃ。ちゃんとやってるかどうかたまには見てやらんと! キャハッ!」
 和真はパワハラっぽいレヴィアの行動に不安を感じた。

稜線近くの見晴らしのきく森の中にポツンとモダンな家が見えてきた。ガラスと木材で作られた立方体の建物には道路もなく、ただ静かに富士山と芦ノ湖を見渡せる絶好のロケーションにたたずんでいた。
 レヴィアは庭にシュタッと着地すると、玄関の呼び鈴を押した。
 トタトタトタと足音が聞こえ、ガチャリ、とドアが開く。そして、ひょこっと可愛い幼女が顔を見せた。
「おや、タニアちゃん、お姉さんのこと覚えとるかぁ?」
 レヴィアはしゃがんでニコッと笑いかける。
 タニアは眉にしわを寄せると、そのままドアをガチャっと閉じた。
「……」
 無表情になるレヴィア。気まずい時間が流れる。

「あー! レヴィア様! いらっしゃるなら一言おっしゃって下されば!」
 そう言いながら二階のベランダからアラサーの男性が飛び降りてくる。彼がレヴィアの部下のユータだった。

「タニアは何? 我のこと嫌いなの?」
 渋い顔をしてジト目でユータを見るレヴィア。
「い、いや、そんなことないですよ。あの子は人見知りが激しくって」
 冷や汗を流すユータ。
「ふーん、で、どうなの最近?」
「立ち話もなんですので、お茶でも入れます。どうぞどうぞ」
 ユータはそう言って一行を応接間に招いた。

「えーと、こちらがこの星の人口の推移で、これが文化指数です」
 ユータは空中にグラフを表示させながら活動報告をする。
「なんじゃ、全然伸びとらんじゃないか!」
 レヴィアは八つ当たりのように不満をぶつける。タニアに嫌われたのがよほどショックだったらしい。
「い、いや、去年流行り病がありましてですね……」
 いやな静けさが流れた。
 レヴィアはしばらく腕を組んで考え、
「あー、あれだ。魔物と魔法そろそろ止めてみんか?」
 そう言うと、レヴィアはコーヒーを一口すすった。
「えっ!? 止めちゃう……んですか? 魔法なくしたら相当混乱しますよ?」
「魔法は便利すぎて文明が発達しないって論文が出とるぞ。後で送っとく」
「は、はぁ……」
 ユータは暗い顔でうつむいた。

ガチャリ。ドアが開き、ユータの奥さんが焼いたばかりのクッキーを持ってやってくる。
「お口に合うかわかりませんが……」
「おぉ、ドロシー。いきなり来て悪いな。クッキーもええんじゃが、エールはないか?」
 いきなり酒を要求するレヴィア。
「え? エール……ですか?」
 ドロシーは戸惑い、ユータを見る。
 ユータはニヤッと笑い、うなずくと、
「持ってきます!」
 と、急いで部屋を出ていった。
「あ! にゃんこ!」
 ドアの向こうで様子をうかがっていたタニアがミィに駆け寄る。
「へ!?」
 和真の膝の上で丸くなっていたミィは、いきなりの幼女の接近に対応が遅れ、そのままタニアに捕まってしまう。
「にゃんこ! にゃんこ!」
 タニアはミィを引きずり下ろすと抱きかかえ、興奮しながらぶんぶんと振り回す。
「ちょ、ちょっと待つにゃ! うわぁぁぁ!」
 ミィはもみくちゃにされ、目をぐるぐる回し、タニアは嬉しくて『きゃはぁ!』と歓声を上げた。

25. 偉くて強い

そのまま酒盛りに突入した一行は、昔話に花が咲いた。
 ユータは東京出身で、異世界転生後レヴィアと一緒にテロリストと死闘を繰り広げたらしく、とんでもないエピソードが次々と披露された。
「全長二百五十キロメートルの蜘蛛くもには驚かされましたね」
「脚の太さだけでも数キロあるしな。それが宇宙まで一直線にそびえとるんじゃ! お主ら、そんなの見たことあるか?」
「い、いや……」
 和真もミィも圧倒されっぱなしだった。やはり、テロリストと戦うというのは一筋縄ではいかない。ゲルツとの決戦を前に不安が胸中を渦巻く和真だった。

宴もたけなわとなり、和真はトイレに中座する。窓の向こうには夕暮れの富士山の絶景が広がり、帰りに思わず庭へと降りていった。
 ベンチに腰掛け、眼下に広がる芦ノ湖と、夕焼け空をバックにした富士山を静かに見入る。茜色の雲が富士山にかかり、まるで絵画のようなほれぼれとする光景だった。

「この星はまだ工業が発達して無いからね。空気がきれいで、夕焼けも鮮やかなんだ」
 ユータが後ろから声をかける。
 あっ……。
 和真は急いで会釈をした。
「このベンチは特等席だよ」
「凄い絶景ですね。こんなところに住むってとても贅沢……ですよね」
「ははは、和真君もこの仕事やってみるかい?」
「うーん……」
 和真は言葉につまる。星を管理する仕事、それは確かに魅力的だった。でも、さっき、自分は世界滅亡に魅力を感じて思わず世界を滅ぼしかけたのだ。そんな人間がやっていいものだろうか。
「実は……」
 和真はそれを正直に打ち明けた。
「なんだか自分が信じられなくなっちゃって……」
 はっはっは!
 ユータは景気よく笑う。
「え?」
 なぜ笑われたのか、和真は理解ができなかった。
「いやぁ、むしろ適正あると思うよ」
 ユータは平然と言う。
「適正?」
「人間なんてものはさ、魔がさしたり損得勘定に走ったり、実に不安定な生き物だと思うよ。なのに『自分だけは大丈夫』なんて言ってる奴がいたら、そっちの方が危ない」
「そういう……ものですか?」
「そうさ、『自分はヤバいかもしれないから気をつけよう』ってやつの方が信頼できるし、結果安定するんだよ」
「なるほど……。でも……自分は不登校で……」
 恥ずかしそうにうつむく和真。
 ユータはパンパンと和真の背中を叩いて言った。
「全然問題なし! 実は俺も、東京では引きこもりだったんだ」
「えっ!?」
「そう、どうしようもないクズだったんだ」
 ユータは肩をすくめて首を振った。
「それが何で……?」
「この星に転生させてもらって、守りたい人ができたんだよね。だからこんな仕事に就くようなことになった」
「あの、奥様……ですか?」
「そう。君も何か守りたい人ができたら……、道が見えてくるかもね」
 ユータはニコッと笑った。
「守りたい人……」
 和真は徐々に夕闇に沈んでいく富士山を見ながら一瞬芽依のことを思い浮かべ、ブンブンと首を振った。

と、その時だった。群青ぐんじょうから茜色へのグラデーションの美しい西の空にツーっと流れ星が流れた。
「あっ! 流れ星!」
 思わず叫んだ和真だったが、どうも様子がおかしい。流れ星はゆっくりと進路を変え、こちらを目指しているような軌道を取った。
「あれ……?」
 ユータは首を傾げ、怪訝そうな顔で流れ星を凝視する。
 どんどんと輝きを増し、まぶしいくらいになった直後、それは富士山の山頂付近に激突した。
 閃光が走り、富士山は大爆発を起こす。
 うわぁぁぁ!
 思わず叫ぶ和真。
 しかし、流れ星は止まらず、そのまま芦ノ湖へと墜落し、大爆発を起こした。高さ数百メートルに達する壮大な水柱を見ながら和真は叫んだ。
「な、なんですかあれ?」
 すると、ユータは額に手を当ててうつむいている。どうやら心当たりがあるようだ。
 そして、それはシンガポールのデジャブだった。

ズン!
 爆発の衝撃波が届き、森の木々が一斉にきしみ、木の葉を散らした。
 ひぃぃぃ!
 和真は思わずベンチから転げ落ちる。

しばらくして落ち着いたころ、和真はユータに聞いた。
「もしかして、女の子だったり……します?」
「ふぅ……、よく分かったね。宇宙最強の称号を持つ評議会幹部、シアン様だ」
 ユータはそう言って渋い顔をしながらうなずいた。
「偉くて……強い?」
「あぁそりゃもう」
 ユータは肩をすくめた。

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