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連載型ショートショート「青いバスソルト」

日曜日 23:50。
明日は月曜日で普段なら少し憂鬱だが、
私は今日も仕事をしに会社に行っていたので、そんなに気持ちは変わらない。今日は帰ってきてから変な時間に寝てしまったので、全く眠れそうにない。

本当なら明日に備えてベッドに入っているべき時間。
私は浴室に向かい浴槽を洗ってお湯を溜める。

今日は仕事をした後に恋人と次に行く旅行の計画を立ててるための電話をしていた。
恋人の「うん」という相槌は、なぜか心地がいいといつも思う。

体を軽く洗い、浴槽に安眠効果のあるバスソルトをいれる。バスソルトは無色のお湯をたちまち深くて鮮やかな青色に変えてしまう。
深いと鮮やかは真逆の位置にある言葉だとなんとなく思っているが、私はこの色をそう表現することしかできない。

バスタブトレーの上に、マグカップとルイボスティーの入ったポット。そして好きな作家の小説。私は浴槽に浸かり、マグカップにルイボスティーを入れて優しく飲む。ルイボスティーは熱いので優しく飲むことしかできない。
最初はルイボスティーとお湯が包み込むように私を温める。ハーブの香りと小説は私をたった1人の世界に没頭させる。すると、包み込む温かさはいつのまにか汗をかかせる暑さに気付かぬうちに変わっているのだった。

それでも私は夢中で小説を読む。
幸せな家庭を持つ男性の恋人になり、どんどん壊れていく女性の話で、私はその女性の壊れ方に身に覚えがある気がして、いつも苦しいのになぜか読み終わってもすぐ読みたくなり、そして読んでしまう。

ルイボスティーをこぼした。
その数滴が浴槽のお湯の中に飛び込んでいく。私は今ルイボスティーの混ざったパスソルトの香りがするお湯に浸かっている。深い青は全てを飲み込むような色をしていて、たった数滴の透き通った煉瓦色になんて、全く動揺する様子はない。鮮やかさが濁ることはなかった。

私は、切ないと思いながらもくすりと笑ってしまった。
私が恋人の視界に入ったところで、世界は何も変わらないかのようだったから。
まるで私なんてものは、恋人の世界には最初から最後まで存在しなかったかのように。

小説の女性は、恋人との別れを心に決め、恋人に告げて、ただひたすらに何もしないことで死を待つのだが、結局最後には別れられないのだった。

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