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個人的百人一首 ①

蜂です。私が好きな短歌を百首紹介してみようと思います。



掲出歌その1

よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ 明治天皇           

明治神宮HP

解説・感想

 日露戦争の開戦を憂えた明治天皇の御製。「はらから」は兄弟・同胞の意。現代語に意訳すると「四方の海を みな同胞だと思うこの時代に何故 波風は立ち騒いでいるのだろうか」といった意味となる。

 御前会議(天皇・閣僚などが国政の方針について議論する場)において詠まれた作と伝わる。自身の本意とは裏腹に暴力に訴える時勢を止めることの出来ない、無力感が窺える。当時の天皇は『君臨すれども統治せず』という立場にあり、傀儡のように扱われていた。その天皇の唯一の意思表明の手段が、短歌だった。余談だが、太平洋戦争開戦前夜の御前会議では、作者の孫である昭和天皇が掲出歌を引用されたと伝わる。昭和天皇は作者から君主としてのあり方を教わったと言われ、掲出歌を知っていても不思議はない。

 何か大きな〈潮流〉に飲み込まれそうに立った時、如何に振る舞うべきか常々考えているものの、作者のように毅然とした態度で臨めるかと言うと、そうはいかないだろうと弱気になる。人間の心は海みたいなもので時に美しく輝き、時に他者に対して残酷に襲いかかる。どうすれば平和を実現できるのだろうか。壮大なテーマだが、語り合うことをやめてはならないと思う。

掲出歌その2

くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる 正岡子規

『竹乃里歌』

解説・感想

 自然のみずみずしさを感じられる歌だ。新たに芽吹いた生命を祝福するかのように降り注ぐ「春雨」の描写は、クリムトの絵画『ダナエ』さながらの黄金の煌めきを放っているように感じられる。
 初句から結句までのすべての句にナ行音をが用いられ、柔らかい印象をもたらしている。副詞「やはらかに」の位置も絶妙なもので、「針」と「春雨」の双方を修飾しているのだろう。また、全体的に抽象的な言葉が散りばめられている中で、「二尺」(約66.6cm)という数詞が〈香辛料〉のように全体を現実味のあるぴりっとした味わいにしている。
 
 作者は『万葉集』を手本とした写実的な短歌・俳句を追及したことで知られる。季節感あふれる暖かな短歌で、自然界の刹那的な神秘を三十一文字の中で永遠に生かし続けているのだろう。

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