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変化した事実に反し強いられる事実。
昔と異なり
精神疾患の取り巻く環境は
異なっているように感じる。
座敷牢のように
社会とのつながりがない状態でなく
ネット普及で社会とのつながりを
保つ人もいる。
薬の副作用がつよくない薬が
処方されるようになっている。
通信制の学校もあり、
学ぶ環境は整いつつある。
しかし、健常者のように
精神疾患との接点のない人達の認識が
昔と異なっていないように感じるのだ。
いまだに
精神疾患の人が殺人を起こすと
大々的に報道される。
大きい見出しにされる。
精神=危険人物
と刷り込まれるように。
しかし、実際は
その数は、健常者の犯罪率よりも
少ないのにかかわらずにだ。
精神障害をもつ人や精神疾患のために病院に通っていた人が殺人を犯すと、新聞一面に大きく報道されるのに、暴力団による殺人事件の扱いが小さいという傾向が、いまもなお延々と残っています。
読者はそうした記事を望むからなのでしょうか。
実際に生じている事実は、一般刑法犯の検挙人員年間30万人ほどのなかで、精神障害者と精神障害の疑いがある者をあわせた検挙率は、0.9%(『犯罪白書』2010年)にすぎません。明らかに健常な人の方がこわいのです。
また、精神疾患ある人が望むことは
大それたことではなく
ありふれたことであると思います。
有名なフロイトの言葉を
「心の病 回復への道」より引用します。
「人生の目的は何か」と聞いたきた記者に対して、精神分析療法の創始者であるフロイトは、「愛することと働くこと」と答えたそうです。精神障害者のある人々に将来の希望を聞くと、「仕事に就くこと」と「結婚すること」という答えが圧倒的に多いのです。仕事も愛も、だれにとっても権利であり、だれかも止められるべきでものではありません。あるいは逆に、だからといって義務でもないのです。
この部分の思い、願いは
昔とは異ならないのだな。と思います。
フロイトのいた1856年。
あれから…約170年がたつ。
いまだに、この部分の思い、願いが
変わらずに夢として抱かないといけない。
なぜなのか。
これほどまでに
進化を遂げた21世紀にもなって。
変わるのか。
2030年より先の未来は。
この記事は
クロサキナオさんに
紹介されましたヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
その記事が下になります♪
障害があったとしても、一般と変わらないところの方がおおいです。ただし、症状がでると休みが必要です。そのなかで、明るい未来を過ごしたいし、働きつづけたいと身の振り方を手探りで考えつづける、よたろうです。そんな、記事をサポートしてくださる方、同じ思いの方、よろしくお願い致します。