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デレラの読書録:新川帆立『先祖探偵』


『先祖探偵』
新川帆立,2022年,角川春樹事務所

戸籍を辿って先祖を調査する先祖探偵。

依頼人はそれぞれの動機を持って先祖の調査を依頼する。

なぜ依頼したのか、という動機への問いによって物語は駆動する。

物語の小道具として戸籍を使うのがとても面白い。

戸籍とは何か、と自然と考えさせられる。

戸籍というものは普段は意識しない。

わたし自身、数年前に結婚したときに、久しぶりに戸籍に対面した。

なんか高級そうな紙に印字された氏名と住所が戸籍である。

確かに物理的には紙っぺらでしかない。

しかし、その紙は物理的な存在を超えて、慣習的、文化的、精神的な意味を持つ。

その意味とは何か。

「この世界に存在する以上、根無し草ではいられない。否応なしに誰かとつながりを持ってしまうし、一切のつながりを消し去ることもできない。」

(p.258)

この事実を、あの紙が体現している。

それは、戸籍が焼失してしまったり、時代や個人の事情で戸籍を持てなかったときに、噴出する。

ようは戸籍は、誰かを肯定し、誰かを否定してしまう。

だから戸籍が悪いとか良いと短絡するものでもない。

目を隣に移せば、そんなものは戸籍に限らず至る所にあるのだ。

例えば子どもにとっては同じ人形を持っているかどうかで、肯定否定が、仲間かどうかが決まってしまうように。

有無は肯否に繋がる。

戸籍は「生まれ」を表現している。

そして、慣習的、文化的に、個人の身元保証のような効果を持つ。

この微妙な関係性を見抜き、探偵小説の人間模様に投影した作者の巧みさである。

加えて、食事のシーンが印象的だった。

郷土料理が「生まれ」を優しく包むかのように、クッション機能を果たしている。

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