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【特別対談】前金融庁長官 遠藤特別顧問 × 時田社長(前編)

2021年4月、前金融庁長官の遠藤俊英氏がディーカレットの特別顧問に就任されました。就任にあわせ社員に向けて頂いたメッセージへの反響が大きかったため、改めて時田社長との対談の場を設け、様々なお話を聞かせていただきました。その濃密な内容を2回に分けてお届けします。

- ディーカレット 特別顧問 遠藤俊英(前金融庁長官)

前半_01_遠藤さんプロフィール

1982年東京大学法学部卒業、旧大蔵省(現財務省)入省。
1984年英国ロンドン大学に留学(経済学修士)。検査局長、監督局長を経て2018年7月に金融庁長官就任。2020年7月金融庁長官退任後、2021年4月よりディーカレット特別顧問に就任。

- ディーカレット 代表取締役社長 時田一広

前半_02_時田さんプロフィール

1995年株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)に入社。2010年4月 常務執行役員・金融システム事業部長兼クラウド事業統括として、IIJのクラウド事業全体を統括。2018年1月より、株式会社ディーカレット代表取締役社長(現任)

―  本日は色々とお話をお伺いできればと思います。よろしくお願いいたします。
早速ですが、今回数多くある金融機関の中でディーカレットの特別顧問をお引き受けいただいたのは、どういった経緯からでしょうか?

遠藤:金融庁長官を2020年7月に辞め、現在は複数社の顧問をしています。いろいろな分野の民間のビジネスを自分なりに経験しなければいけない、そしてできれば自分の関心のある分野の事業に携わらせていただきたいと思っています。
ディーカレットとは長官時代、暗号資産(仮想通貨)交換業の登録前から、いかにしてセキュリティを万全なものにしないといけないかという議論をさせていただいていました。暗号資産交換業以外にも、当時デジタル通貨のプラットフォームを作られるという議論をIIJの勝社長と行なっていた過程で、ディーカレットが母体になると聞いてました。
金融庁を離れて、暗号資産・デジタル通貨・ブロックチェーンの業界は今後かなりの変容を見せるだろう、社会を変え得るだろうと思い、単に傍観するのではなく、その中心になるであろうメインプレイヤーのディーカレットで、その発展・社会実装の活動に少しでも貢献できればと思って参画させていただいた次第です。

―  金融庁在任の際にも、フィンテック系のベンチャー企業等へヒアリングするなど、積極的に活動をされていたとお聞きしました。

遠藤:これまでの金融庁の行政は、銀行や証券会社、保険会社といった既存の業界を相手にしていましたが、金融をメインフィールドにするベンチャー企業が新しい金融の機能を担っていく時代に変化していますよね。
ベンチャー企業がどういう方向に進むかは、彼らのことを知らないと分からない。しかし、金融庁は業界団体と意見交換することが多く、確立されたルートで意見交換しようとしがちです。そうではなくて、今生まれたベンチャー企業が、「何を狙っていて、どういう人たちがいて、そこで何が生まれるのか」というのを、自分たちが行って話を聞いて、想像しながら、また場合によっては協力しながらやればいいと考えました。
それが新しい金融行政のやり方の一つになると思いましたし、私自身も非常に関心があったので、ベンチャー企業のオフィスが並ぶ道玄坂に足を運んで話をしていましたね。その中から大きくなって社会的にインパクトを与えるような企業も育ってきていますし、我々もそういった中で新しい行政のあり方、技術革新と時代に合った規制を考えていかないといけないと思いつつ仕事をしてきました。

―  お二方が初めて会われたのはいつ頃だったのでしょうか?

時田:当社が暗号資産交換業者として登録いただいたのは遠藤さんが長官の時代でした。当時の金融庁は既存の業者への指導が忙しく、登録の事前相談に行く業者も200社を超えている状態で、実際に対面でご挨拶させていただいたのは顧問になっていただくというお話があってからです。

遠藤:時田さんのお名前は存じ上げていましたが、なかなかお会いする機会がなかったですね。

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―  長官時代にはディーカレットという企業についてどのように見られていましたか?

遠藤:暗号資産業界が今後どうなるかは、当局もよくわかっていません。民間において伸びてきた業界で、健全に成長してもらわなければいけない。そのためには暗号資産交換業を営むプレイヤーに、暗号資産の流出のような事故が起きないようにセキュリティを完備した形でスタートしていただきたい経緯がありました。そのため、「登録」と言っても審査の過程・重さにおいては、「免許」のような厳しいものになりました。
200社以上が待機する中、そこまで出来る企業はなかなかありませんでした。ディーカレットは、真剣にセキュリティレベルを整えて実装し、業界を健全に発展させていこうと行動に移されて登録された企業だと捉えています。

時田:当時、ガイドラインがアップデートされて、「このガイドラインを満たせますか?いつまでにできますか?」というアンケートをいただきました。審査の対応の優先順位を金融庁の現場のご担当者が決められて、少しずつ進んでいた時かと思います。200社以上ある中でも、準備ができて審査いただくという段階においては、かなり少ない企業数に一気に絞られていたと思います。

遠藤:そうでしたね、当時のことを思い出しました。

その後、2019年3月にディーカレットは、国内大手取引所からの流出事件以来では初めて新規参入の暗号資産交換業者として財務省関東財務局に登録されました

― 暗号資産交換業においては高いセキュリティレベルなどガイドラインの厳格化も行われてきましたが、金融業界のイノベーションと規制のバランスについて、長官時代と現在のお考えの変化や、今後の望ましいあり方についてのお考えをお聞かせいただけますでしょうか?

遠藤:イノベーションと規制のバランスについては、それぞれの内容を理解したうえで、どこに弥次郎兵衛の重心を取るのか、時代の変遷によって変わってきていると思います。正直に言って、現役時代は、規制に偏りがちでした。イノベーション・技術の革新がどういう形で進展しているか、色々な人から話を聞いたり見せてもらったりして理解しようとはしていますが、我々の本業は規制だったので、事故が起これば二度と起こらないように規制を重くする形に傾いていました。フィンテックの流れが出てきてからの金融庁の目標は、あくまでイノベーションと規制のバランスで、顧客保護と共に、技術革新の大きな流れを止めてはいけないという大きな枠組みの中でやってきています。それにより具体的に何かを実現していかなければいけないのですが、同じ金融庁でも人間によって感覚が違い、なかなか難しいです。
2020年のはじめに、ブロックチェーンに関して新しくグローバルなガバナンスの枠組みを作ろうと、日本の金融庁が世界に呼び掛け、マルチステークホルダー・アプローチという形で「BGIN」を作りました 。

BGIN:Blockchain Governance Initiative Network
※発音は「ビギン」

遠藤:規制で抑えるのではなく、ビジネス界の人、アカデミア、何よりもエンジニアに入っていただいて、実際の技術を実装してもらってリスクを抑え込む、広い意味でのガバナンスです。それぞれがプレイヤーとして何ができるかを常に情報交換し、法律・ルールではなくてノード・プリンシプルというものも打ち出しながら市場を作り上げる、色々なプレイヤーに共通する大きな枠組みのガバナンス作りが進められています。
ビジネス・技術革新のエンジニア集団であるディーカレットのようなプレイヤーに、BGINの枠組みに参画していただきたいところです。今後、規制は受けるものではなく自分たちも共同して作っていくものとして、イノベーションと規制のバランスができていくのではないかと思います。
金融庁も、規制当局だけで分散型ブロックチェーンが健全に発展するためのガバナンスの枠組みを作るのは難しいと自覚しているからBGINを始めたのです。ビジネス界・エンジニアから色々な意見を聞きながら新しいガバナンスを作っていきたいということです

時田:イノベーションはどう起きているかが捉えづらく、「今起きている!」というのもわかりにくいから難しいですよね。我々の将来のビジョン・ビジネス戦略にも影響があるので、特にアメリカを中心に新しいものが次々と出てくる中で、それと我々の取組みがどのように関係するかを注視していますが、それを規制する側の金融庁にとってはもっと難易度の高い取組みですよね。
今起きていることを捉えて、従来の枠組みと違うものについて、我々からも対話をしに行かないといけない。ディーカレットのデジタル通貨事業 に関しては、フォーラムなどを通して、当局にご相談に行ってご意見を伺ったりアドバイスをもらったりしています。我々だけでも当局だけでも解決できないことなので、対話を受け付けてもらえる姿勢があることは重要な点だと思います。

―  関連して、FATFの規制がDeFi(分散型金融)やNFT(非代替性トークン)の成長阻害要因になるのではという声もありますが、どのようにお考えでしょうか?

時田:最近はFATFが色々なトラベルルールを出してきている中、金融庁から、従来の銀行のマネロン規制に類するものを国内暗号資産交換業者もやりなさいと言われています。銀行と同じレベルのことを要求しても対応するのは難しいだろうから、このくらいのレベルのことはやってねという規制ですよね。暗号資産はトークンが世界中に送れて、さらに交換業者だけではなく個人でもウォレットを作れてしまうので、そういうものに規制をかけようとしている節があります。実際に当局も我々も個人のウォレットは追えないので、指導しようとしても当局側・業者側の両社にとって難易度が高い。マネロン対策はもちろん必要なことだと思うけれど、レベルが上がりすぎてしまうと、対応できないところに達してしまう。例えば、銀行も国際送金をする際に高いマネロン対策が求められるので、地方銀行などは国際送金から撤退していっていますよね。

前半_05_時田さん

遠藤:やはり規制当局の中で議論すべきだと思います。FATFは各国の規制当局の集まりなので、どんどん厳しくしようという話になりがちです。そうではなく、規制と技術革新のバランスを取らなければいけないということを日本が言い、従来の規制だけでなく、技術である程度オーバーカムできることを示すべきです。
例えば、ブロックチェーン技術を使った暗号資産は匿名性があるので問題だと言われますが、実際には準匿名性ですよね。取引の履歴が残っているので、特別なケースにおいては当局が追跡して構わないという新しいイニシアティブを入れれば良いのです。技術的な要素を踏まえて新しい規制の枠組みを作るということをやっていかないといけない。業者が全部追うというのは従来の発想で、それをやらずに済む分散型技術がブロックチェーンですよね。分散型技術を発展させようとしながら、特定のものについて全部追えというのは論理矛盾です。
そういう意味でBGINを作った日本は意識が高いわけですから、将来の技術発展を考えてどういう規制を作るべきかという議論をしていき、民間側はどんどんできることを見せていくということが重要だと思います。

時田:KYC(本人確認)にしてもAML(アンチマネーロンダリング)にしても、データベースは金融機関が個別に持っています。各機関で照合やチェックの作業をきちんとやるようにしていても、明らかに規模やレベルによって差が出てしまいますよね。業界で一つKYCセンターやAMLセンターを作って、共有化してどこの機関でも同じレベルでチェックができるようになれば、もっと市場は安全になると思います。銀行の方と話をしても、全銀協(全国銀行協会)でデータベースを持っているけれど、それぞれの銀行でまた別のチェックをしているなど無駄が多いので、そういうところをもっと統合すべきなのかなと。暗号資産交換業者も自主規制団体もきちんと議論していくべきだと思います。

遠藤:そういった従来の規制の執行の部分についても、新しい技術を使ってここまでできるということが示せれば時代は変わってくるでしょうね。

前半_04_遠藤さん

時田:暗号資産もパブリックチェーンなので、やろうと思えば金融庁がブロックチェーンを監視・解析することもできます。これからは当局が自らそういったことに取組むことも必要なのではないかと思います。

―  海外でも動きが早い暗号資産業界ですが、今の国内暗号資産業界において足りない点はどういったところだとお考えですか?

遠藤:金融庁の立場からすると、暗号資産は実態の裏付けのない投機商品ですが、多くの人の支持を集めて売買されている事実は尊重しなければいけない。取引が適正に行われなければいけないというのはもちろんありますが、暗号資産に関しては一つの技術の表れとして、デジタルな分野での経済活動や社会活動が広がっていくと、そこでデジタル通貨よりも先に使われるのではないかという気もします。暗号資産というのは、ビットコインが上がった下がったという話だけではなくて、さらに広がりを持った、ブロックチェーンと表裏一体になっているような技術です。それを社会で実装して、課題を指摘されるなど揉まれながら、暗号資産自体の取引も拡大し、ブロックチェーン技術が向上していくことが必要なのではないかと思います。そういうものとして当局は考えなければいけない。
ディーカレットに来て、スマートコントラクトやDeFiの話を聞いて、「そんな話が出てきているのか!」と思いました。アメリカはそれをいち早く取り入れてビジネスにします。なんでこんなに動きが早いのかと思うくらいアメリカは早い。
日本はそういう意味では様子を見すぎています。暗号資産はデジタル社会ができつつある中で、先鞭として一番進んでいると思います。いろいろな可能性が顕在化しているので、それを日本においてもやってみようという動きがもっとあっていい。先ほどの規制の話になりますが、最初から危ないじゃないかと言わないことですよね(笑)。少しやってみようというところから始めることによって、こんなにすごいこと・面白いことなんだとユーザーは感じうるのではないかと思います。

時田:証券会社は株の売買手数料が収益源であるように、暗号資産交換業者は、暗号資産の売買によるスプレッド・売買手数料が収益になる。これが今のビジネスモデルのコアになっています。一方、トークンは単に投機的なものとして売買されて、売買回数に比例して事業者が潤うというモデルだけではなく、トークンが送れてスマートコントラクトができることで、今まではできなかった事務処理の自動化や、契約処理、取引と決済を一体化させることができるようになります。事業者はこれに対するビジネスモデルを創り上げていくことをもっと考えていくべきです。様子を見て新しいことになかなか取組まないのは、規制当局だけでなく事業者側も同じで、新しいものを出すとマーケットやメディアから強く言われるから慎重になりがちですよね。銀行・証券会社のように、今は新興業界と言われている暗号資産交換業者も、10年後には既存業者になっていき、だんだん新しいことができなくなっていきます。新しいものをビジネスモデルとして成り立たせて発展させていけるようにしていくことこそ、事業者が意識していくべきことだと思います。

金融庁時代から、業界の発展のために事業者に寄り添われてきた遠藤氏ですが、まだまだ業界には多くの課題があり、それを乗り越えるためには事業者側もビジネスに集中するだけではなく、積極的に働きかけていくことが必要だと痛感しました。
ここでしか聞けない貴重なお話の数々、後編もどうぞお楽しみください!