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釣り人語源考 鳴く魚

「イサキ」といえば塩焼きで非常に美味しい魚として有名だ。旬の晩春から夏場にかけて、他の魚が味を落とす時期に身に脂がのる。

塩を振ってじっくりと焼いていくと、脂が表面に滲み出てきて皮がパリパリで香ばしい! そのパリパリ皮の保護効果で身がふっくらとコク甘くジューシー、噛めば旨味と脂が溢れて身の繊維からほとばしる。

ああああたくさん釣りた~~~い!!!

おいしいイサキ  

しかしながらイサキは外洋の岩礁域に住む魚で、夜行性であり夜に海面近くまで浮上してきて、同じく浮上してきた甲殻類やそれらを食する小型の魚類やイカ類を捕食し、昼間は50mほどの深場へ移動し甲殻類や多毛類を食べている。

なのでショアキャスティングなどルアーではイサキが遊泳するポイントにはまず届かないので滅多には釣れず、船によるコマセ天秤や、沖磯・沖堤防への渡しを利用してのフカセ釣りやカゴ釣りでおびき出して狙う事となる。ルアーマンは指をくわえて眺めるだけ…涙

しかし近年、産卵で接岸する少しの期間にライトショアジギングで狙って釣れることが分かってきた!マジか!

産卵を控えて神経質になっているのか、フラッシャーや平打ちフックにしたアシストに反応し口を使う場合があって、接岸の時期とポイントが分かればルアーターゲットとなってきた。マジですか!? つーりたーい!!

という事でワタクシ、喜び勇んでイサキが釣れるとされる山陰へ出かけてルアーをキャストしたところ、釣れるのは似ているけどもイサキじゃない、「シマイサキ」や「コトヒキ」ばっかり釣れるのでした。…涙涙

LSGで釣れるイサキ

イサキはイサキ科イサキ属に分類され、イサキ科はコロダイ属やコショウダイ属など17属145種を数える大きなグループだ。

対してシマイサキはシマイサキ科シマイサキ属、コトヒキはシマイサキ科コトヒキ属の魚で、「イサキ」と「シマイサキ・コトヒキ」は科が違う、大きくグループが異なる魚同士である。

しかしこの3種は昔から、釣り人界隈はもちろん漁業関係でもあんまり区別はしていない雰囲気がある…「真・イサキ」と「ざこイサキ」みたいな扱いの感じだ。

シマイサキは本州四国九州などに生育し瀬戸内海などの内海や河口に多くいる。

稚魚や甲殻類など小さな生物を食べる肉食魚であり、浅い沿岸の海藻や岩の近くにいるので、広島県でもたまにジグ単ワームで釣れたりする魚だ。

身体に数本の黒い縦縞が走っててシマ模様がとても目立つ。体型がイサキに似ていて縞が目立つので「シマイサキ」と命名だろう。

そして釣り上げると「ググッ、グー」と鰾(うきぶくろ)を鳴らす。水中では警戒したときに音を鳴らすとされる。

シマイサキ

コトヒキはシマイサキより外海を好むようだ。本州四国九州から琉球列島まで生息している。

背ビレには斑紋、尾ビレには黒い帯の模様があり、身体には弓形にカーブした黒い筋が特徴的だ。

そしてこのコトヒキも釣り上げると「ググッ、グーグー」と鳴く。この音を出して鳴く事にちなみ「琴を弾く」から命名されたようだ。

コトヒキ

釣り人の界隈で鳴く魚として最も有名なのが「グチ」だろう。

これまた釣り上げると「グッグッグーグー」と結構大きな鳴き声で、まさに「釣られて愚痴っている~!」と釣り人の命名で最高傑作じゃないかと思う名前だ。

たいてい釣り上げられるグチは種名でいうと「シログチ」である。ニベ科シログチ属の魚だ。

ニベ科は66属270種を数える大きなグループで、その仲間はなんでもまとめて「イシモチ」や「グチ」と呼ばれる。

ルアーターゲットとして”怪魚オオニベ”が有名だ。

おなじみシログチ

それではイサキの語源は何か調べてみよう。

ネットに多く見えるのは「古くは”斑”をイサと発音し、斑の目立つ魚としてイサ・キ(魚)」という説だ。

イサキは幼魚の時、身体の背側半分に黄色い三本の帯状の縦縞があり、成長すると模様が消えてしまうので、これがイノシシと似ていることから幼魚のことを「ウリボウ・ウリンボウ・イノコ」と日本各地で広く呼ぶ。

「縞模様が成長すると消える」という特徴を名前にしたのに「斑魚」とするのはどうも納得できない。

更にはシマ模様の魚は数多く存在するし、「シマイサキ=シマ・シマうお」となって重複である。多分俗説だろう。

他には「磯に住むので磯魚(イソキ)から」という説。

しかし磯に住む魚はたくさんいるし、何より「イスズミ(磯住み)」という160㎞ストレート命名されたイスズミパイセンがいるので、「磯魚」説もちょっとあやしい。

ちなみに漢字での表記はいわゆる”当て字”でイサキの特徴から付けられたと思われるが、「鶏魚」と書いて「背びれがニワトリのトサカに似ているから」と説明されるが…全く似てないよね~。釣り人からすると別の理由がありそうなんだけど。

イサキやイサギは東京周辺の呼び名が標準和名となったそうなので、地方名も調べることにしよう。

イサキの幼魚

まず注目されるのは長崎や熊本など九州地方で広く見られる「イッサキ」だ。さらにこの地方名は「一先」と漢字も当てられている。

おそらく本場九州の「イッサキ」が古くからの名前で、「イサキ・イサギ」は関東地方で訛った名前だろう。

その他「カジヤゴロシ」(和歌山)というのが見えて、「骨が固く包丁が欠けるから鍛冶屋が大変」とか「骨が喉に刺さって死んだ鍛冶屋がいた」とか話が膨らんでいる。スズメダイの地方名「オセンゴロシ」に似ていて面白い。

「ハンサク(半作)」という名前が高知県にあり、「作柄の不良を意味する”半作”に通じる事から農家はイサキを嫌う習慣がある。」と紹介されている。しかしこれは高知県には他に「シャクアジ・シャク・シャカ・シャコ・シャコアジ・ビシャコ・ハンシャコ・ハンサコ・サコ・ハダザコ・シャクワダイ・シャカンダ・シャカンド」と色々あり、ほぼ”尺”か”半尺”の変化した地方名だ。おそらく釣り人が「ワイ半尺(約15㎝)釣れたぜよ」とか言ってたら農家の人がびっくりして「ハンサクは嫌な名前だから食べんとこ…」となったのだろう…迷惑かけてゴメン。


イサキの幼魚の地方名でウリボウ関連以外では、「ジャミ」「ジージ」「トビ」(三重県)、「スサメ」(兵庫県播磨)、「ウドンブシ・ウズムシ」(和歌山県)、「サミセン・テンツン」(広島県)、「ドジンゴ」(長崎県平戸)、「ヒデリコ」(山口県萩)など、これまた多く挙げられる。

この中で「ジャミ」や「サミセン」「テンツン」は三味線のことで、イサキは釣り上げても鳴かないけれども幼魚は模様があるので、シマイサキやコトヒキと混同されて「三味線」と呼ばれたと思われる。

筆者は広島県で生まれ育って釣りをしてきた人間だが、子供の時に周りの釣り人はシマイサキやコトヒキをまとめてイサキと呼んで区別せず「鳴く魚」だと認識していた気がする。イサキは鳴かないけども。

ちなみにイサキの英語名は「Chicken grunt」で”鶏のように鳴く魚”という意味だ。英語圏の人たちもイサキとシマイサキを区別していないみたいだ。イサキは鳴かないけどな。

しかしよく考えたら「鶏魚」の由来も「ニワトリみたいによく鳴く」からかもしれない。鳴かないんだけどな。

余談ですが「ウドンブシ」のうどんとはカジメの事だそうです。

さて地方名「イッサキ」や「イサキ」の直接的な語源らしきものは昔の文献などを調査したが何も判明しなかった。

ならば似たような植物の名前を調べてみよう。いつもの「植物の名前が同じなら語源も同じだろう」作戦だ。


植物の名前を調べると「イッサキ」という別名を持つ木がある。それは「アオギリ」だ。漢字では「梧桐」と書く。

アオギリは支那大陸南部原産の暖かい地方に生育する樹木で、非常に成長が早く丈夫であるため日本では庭園樹として輸入され、現在でも公園や街路樹としてなじみ深い。

広島市の平和公園に「被爆アオギリ」が移植されている。原爆によって半分焼失したが強い生命力と木の水分量の高さで翌年の春に芽吹いたそうだ。

アオギリが防火樹木としても利用されたのが分かる。

アオギリ

日本は湿気が多くアオギリ自体も水分が多いため、木材としては狂いやすく耐久性が低いとして利用されない。

しかし古代中華王朝の時代からアオギリは、「鳳凰は梧桐の林に棲み、竹の実を食べる」という伝説があり、とてもめでたい木とされ、特に文人の庭園には欠かすことができない庭園樹とされた。

さらに乾燥した支那では、軽く柔らかいので加工しやすい非常に重要な木材であった。

アオギリの机は「梧下」(アオギリ造りの机より、の意味)や「梧右」など、手紙の宛名の脇付に書く言葉の由来となっている。

しかし梧桐の最も重要視され利用されたのが、楽器の「古琴」の材料としてである。

古琴(こきん・クーチン)は3000年の歴史がある伝統楽器で、左指で印にそった弦を押さえて音階とし右指で弾く「撥弦楽器」だ。

文人として嗜むべきものは「琴棋書画」と言うがその筆頭であり、格式高い楽器として様々な故事逸話を生んで有名である。

その古琴のための製材として、「鳳凰の棲む慶樹」として梧桐が使用され尊ばれたのだった。

古琴

また「梧桐」はそのものが古代中華の文人達の詩作の主人公でもあった。

アオギリは秋になると他の樹木よりもいち早く黄色く紅葉するといわれている。

『淮南子・説山訓』に「一葉の落つるを見て、歳のまさに暮れなんとするを知り、瓶中の冰をみて、天下の寒きを知る。近きをもって遠きを論ずるなり。」とあり、「梧桐一葉」という故事成語の元となっている。

小さな現象から、事の大勢や本質を察知することを表す四字熟語である。

いち早く落葉するアオギリの葉が一枚落ちたのを見て秋の到来を知ったという故事から、国家や景気の衰退、身体の不調・老化などを「ほんの少しの変化」を感じ取ることを「梧桐一葉の知らせ」と使っている。

紅葉するアオギリ

アオギリの別名として「一先」と名付けたのは誰だろうか。

不勉強かつ追跡不足で申し訳ないが、全く分からなかった。

…間違いなく「まず先に落葉する」というアオギリの故事からの命名だ。

そして更に、「鳴く魚」を「一先」と命名した、とんでもなく教養の高い釣り人が、かつて九州に居たはずだ。

「グーグー」という鳴き声を、「古琴→梧桐→一先」と連想ゲームで「イッサキ」と呼んだ、洒落の効いた文人太公望だったろう。

もし時を越えて会えることが出来たら…どんな愉快なフィッシャーマンだったのだろうか。


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