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X(Twitter)とnoteで障害者支援の話を始めるわけなんですが…

どうもどうも、デコボコベースという障害者支援を中心に行っている会社で支援の責任者をしている、北川といいます。元は通信制高校の先生をしていまして、現在は公認心理師としていわゆる発達障害を持つ子どもから大人までの支援の仕事をしています。

会社の広報として、そして何より、この日本が「いわゆる発達障害やその他の障害を持つ人たちが、もう少しのんびり気楽に生きていける社会」になっていくためのちょっとしたお手伝いとして、xとnoteを始めることになったのです。というのも、最近会社としてtiktokを始めたら結構バズったので、今更ながら「SNSで社会になんかよい影響を出せるんじゃない、私たち?」ということになりまして。もちろん、会社の広報としてやっていますので、認知度の向上や集客は当然に目的としています、悪しからず。

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私がどういう人かをもう少し詳しくお話しておこうと思いますが、元は東京大学大学院の教育学研究科というところで教育系の研究者を目指していました。博士課程まで進んだのですが、まぁとにかく教育系の研究という活動が自分に合わなくて合わなくて…当時の研究テーマは「社会的に弱い立場にある人たちを力づけるための教育プログラム」というもので、アメリカはニューヨークのハーレム地区にある「ARC」という「ゴスペルソングを使って薬物依存症患者の更生を行う」という団体でフィールドワークを行ったりしていました。フィールドワークはホントに楽しかったですね、毎日が「天使にラブソングを」の世界です。
しかし、研究者というのは、フィールドワークを楽しんでいるだけではいかん訳です。日々の地道なレポート作成や論文執筆、ゼミ発表に学会発表と、そういう現場に関われない作業にどうしてもついて行けなかったのですね。当時は5年くらい塾の講師をやってましたし、教育実習にいって教員免許を取ってたこともあって、もう現場に行きたくて行きたくてしょうがなくなってしまいました。

そして、30歳の時に大学院を退学して通信制高校の教員になったのでした。研究テーマ的にも普通の高校の先生になるのはなんか違うなぁ、と思っていたこともあって通信制高校をセレクトしたわけですが、この選択がわりとこの後の人生を決定付けたと言えます。今の日本において、通信制高校というのは、いわゆる発達障害のある子どもたちの受け皿になってるんですよね。ここで私は発達障害であったであろうたくさんの子どもたちに出会います。15年前の当時はまだそれほど「発達障害」という言葉はメジャーではなく、実際に診断を持っている子どもはほとんどいませんでしたが、今になって思い返してみると、きっとそうだったんだろうなぁ、という「仲間たち」がたくさんその学校には来ていました。

そんな子どもたちとの数年間で、「自分はこんな凸凹のある子どもたち、大人たちとともに共にある存在なんだな」ということに気づいたわけです。そんなこんなで、私はより凸凹な子どもたちが集まるフィールドに自分の仕事を移しました。いわゆる発達障害や知的障害専門の塾の先生となります。ここで3年間、本当に様々なトライ&エラーを繰り返してきました。1対1の個別指導の中で、どうやって伝えたら、そんな凸凹の子どもたち一人一人の頭に言葉や気持ちをちゃんと届けられるのか?全然違うタイプの子どもたちに、毎日毎日、あらゆるやり方を試し続けて、自分の中ではやり方と「やっても意味なさそうなこと」がだいぶ見えて来たのです。

そんな時に、家庭の事情で土日が休める仕事に変えることになり、ちょうどハッピーテラスという放課後等デイサービスを全国展開しようとしていたデコボコベース(当時はアルファディスカーレという社名でしたが)に全国の教室で使う教材の作成責任者として拾っていただいたわけです。今までの塾講師のアルバイトを含めた教育の現場での10年の経験で積み立てた、凸凹な子どもたちのための教材作りのノウハウを大放出する時がやってきたのです。
それから10年、とても思いと力のある凸凹な仲間たちの力を借りながら、教材を作り、支援の現場で子どもから大人まで様々な利用者さんと関わりながら、ここまで来ました。

私はADHDの当事者です。実際に生活でも仕事でも様々な困難を抱えています。教育の仕事に関わって20年、中でもいわゆる発達障害と言われる人たちの支援を専門にし始めて15年近く、そこで出会ってきた多くの凸凹な人たちは、生徒や、利用者である前に、私にとっては「仲間」でした。私が今SNSという媒体を使ってしようとしていることは、医学の立場からでもなくアカデミックの立場からでもないあくまでも支援の現場の人として、そして当事者の目線を持って当事者とそうではない(と思っている)人々の間に立つことができる人として、社会の「凸凹というものへのスタンス」をゆるーくしていくための語り部になることです。

で、これからどんなことをnoteにまとめていこうか?ADHDな語り部は頭の中がまだてんやわんやです。

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