【連載開始】十河信二物語(Web版)

WEB連載スタートにあたって

 「十河信二」について雑誌連載したのは、もう四半世紀も前のことでした。
 ところが、なかなか書籍化することができませんでした。
 この間の諸事情を簡単にまとめた文章を引用します。

 十河信二の名前を知ったのは、雑誌に「新幹線開発物語を連載してみないか」と頼まれたときである。
 このときは、「技術」がテーマであったから、技師長・島秀雄を主人公にした物語になった(小学館「ラピタ」、平成十年四月号から十二年二月号、『新幹線をつくった男 島秀雄物語』)。
 島秀雄について書き進めていくうちに、当時の国鉄総裁・十河信二という人物の果たした役割の大きさを知って、愕然とした。「新幹線をつくった男」というのなら、十河信二こそその筆頭にあげなければならない。
 島秀雄の連載終了まもなく、「あじあ新幹線百万マイル」というタイトルで十河信二を主人公とする連載を始めた(「ラピタ」平成十二年四月号から十四年十二月号)。十河信二の生きた九十六年を「日本近代」の浮き沈みとともに描こうなどと大風呂敷を広げて、中国、アメリカ、樺太取材までさせていただきながら、その足跡を追いかけてみた。
 これを単行本にするのに、難渋した。書名は『春雷特急』に決まり、大きく「鉄道省時代」「大陸時代」「国鉄総裁時代」の三部構成になるはずだったが、とくに満鉄に理事として赴任してから敗戦にいたるまでの「日中戦争の時代」のことを書くことができず、途方に暮れた。
 結局、十年たっても終わらなかった。
 そうこうしているうちに、「東海道新幹線開業五十周年記念」が近づいてきた。この際、「日中戦争時代」のことはあきらめて、「国鉄総裁時代」だけ書籍にしてみないか……という話があって、出版社も決まった。
 だが、ここでも壁にぶつかってしまった。
「新幹線建設における最大のヤマは、世銀借款であった」
 と、十河信二は新幹線開業後に語っている。この「最大のヤマ」である「お金」のドラマについて、あまりにあっさりとしか書けていないことに唖然とした。
 さらに、労組問題もあった。
 十河国鉄総裁を苦しめた「お金」と「組合」について書かずに「新幹線を走らせた男」の二期八年間の戦いを書いたと言えるだろうか。
 結局、「開業五十周年」にも間にあわず、またしても出版社に不義理を働くことになった。
 「事実」を掘り起こそうとすれば、際限がない。
 しばらくの間、「十河信二」と聞くだけで、気が滅入った。

『新幹線を走らせた男 十河信二物語』の「あとがき」より

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 『春雷特急』(仮タイトル)は、大きく三部構成でした。

 第一部=「誕生~鉄道省時代」
 第二部=「大陸時代」
 第三部=「国鉄総裁時代」

 このうち、第三部の国鉄総裁時代だけが書籍化されています。『新幹線を走らせた男 十河信二物語』(二〇一五年 デコ)。新聞雑誌や国会議事録など資料の山に埋もれ、なかなか脱出できず、東海道新幹線開業五〇周年記念日にも間に合わず……、この第三部だけで720ページ(上下二段組み)の分厚い本になってしまいました。

 さて次は、第二部の日中戦争時代を……と思ってはいたのですが、あれよあれよというまに歳月は怒涛の勢いで過ぎ去って、原稿も資料類も物置きの奥深くに放り込まれたまま、筆者にも忘れ去られようとしておりました。
 ところが、去年の秋口、朗報が飛び込みます。

「十河信二と妻キクさんの物語をNHK朝ドラ化するプロモーション活動を始めます!」

 愛媛県の新居浜市・西条市のシティプロモーション課からの連絡でした。
 東海道新幹線開業六〇周年記念日(二〇二四年十月一日)まで、残り十二か月……。書籍化する時間的余裕はまるでないので、WEB連載をスタートさせることになりました。
 長年お蔵入りしたままの原稿を引っ張り出して、ほこりを払って少し読んでみたら、「けっこうおもしろい!」。明治中期から戦後高度成長時代までの激動の日本現代史のド真ん中を、十河信二という男が数えきれないほどの失敗を積み重ねながら生き抜いて、最後に「東海道新幹線」という大仕事を達成する。
 いよいよ「難しい時代」が始まっているからこそ、十河信二という男に学ぶべきことがたくさんある……。あらためて、そう実感しました。

 今回、WEB連載を始める第一部、第二部についても、この20数年の間に何度か書き直しているので、当初の雑誌連載原稿はほとんど原型をとどめていません。しかし今回、当初の雑誌連載をぱらぱらめくってみると、さまざまな写真資料が掲載されていて、興味深い。とくに今尾恵介さんのイラスト・マップは、すばらしい。さすが! 今回のWEB連載でも、今尾先生の快諾を得て再掲載させていただくことにいたしました。

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 本稿には、たくさんの方々のご協力をいただきました。取材させていただいた方々だけでも百名を軽々と越えます。すでに鬼籍に入られた方々も数えきれません。
 まことにありがとうございました。多謝!
 ここでは、長い間、辛抱強くご協力いただいた十河家の方々と、出版社の編集担当の方々のお名前だけをあげさせていただきます。

 十河新作さん、十河光平さん、種田博さん。小学館の今井田光代さん、白石正明さん。とくに書籍化を担当していただいた今井田光代さんには一方ならぬご尽力をいただきました。河出書房新社の西口徹さん、高橋星羽さん(デコ)にも心より御礼もうしあげます。
     
 第一部の第一話=「中萩」からスタートします。
 ぜひ、ご一読のほどお願いもうしあげます。

二〇二四年一月二十二日
高橋団吉拝