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ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(15)

実家に戻り、みんなで夕飯を食べた。
「じぃじ、ばぁば、ごちそうさまでした〜!」
久しぶりの実家での食事、やっぱり母の手料理は美味しい。

娘は初めてのお泊まりに少し緊張気味だった。
「ママ、ねれないよ〜。パパはきょうこないの?」
「お父さんは来ないけど、お母さんがいるから大丈夫だよ。」

「うん。みんなでいっしょにねんねしようねー。」と言って、
娘は人形を抱きしめた。
「ママ、ギューして。」
「はい、ギューッ。」と娘を抱きしめた。

背中をトントンして、羊を一緒に数えた。
娘は安心したのか、眠りについた。
娘が寝たのを確認して、居間にいるお父さんとお母さんのもとへ
向かった。

「エミちゃん、寝れた?お茶でも淹れようか。」
「うん、ありがとう。」
私は、親にあのことを話すつもりだった。

しかし、いざ話そうと思うと、どう切り出していいかわからない。
「突然泊まりにくるなんて、珍しいじゃない。なんかあったの?」と
母が聞いてきた。
母はなんでもお見通しのようだ。

「うん、実はね……。」私はまた一連の『出来事』を話した。
「まったく、あのカズキくんに限って信じられない。」と父は戸惑った。
「はぁ」というため息と共に、母の目には涙が浮かんでいた。

「不倫していること、今まで本当に気が付かなかったの?なんか最近様子が怪しいとかさ。」
「全然気づかなかった。仕事からもすぐ帰ってきてたし、休みの日に仕事がある日も本当に仕事してた。だから、どこにそんな時間があったのかわからない。コソコソしてる様子もなかった。」
「人間っていうのはよくわからないものね。」

「それで、どうするつもりなんだ?」
「わからないよ。でももう一緒には居られないと思う。」
「エミちゃんのことはどうするの?」

「私が引き取って育てるよ。それ以外ないでしょ。」
「そうだな。でも向こうが親権を求めてきたらどうするつもりだ。」
「不倫するようなやつに育てる権利なんてないでしょ。」

「そういう問題じゃないんだよ。でもお前には争う覚悟があるんだな。」
「うん、私にはエミしかいない。手放すことなんて考えられない。」
「そうね。私たちも協力する。でも、その前に一度ちゃんと話しなさい。」

「わかった。お茶ありがとう。」そう言って、私は娘が寝る部屋に戻った。
娘の寝顔を見て、いろいろなことを思い出した。
娘が生まれた日のこと、夜にわんわん泣く娘を抱っこして寝かしつけた日々、はじめて歩いた日のこと、七五三で着物を着て写真を撮った日も。
その思い出の日の隣には、いつも夫がいた。

「お母さん、一人でも頑張るからね。」そう覚悟を決め、眠りについた。
大して眠れなかったが、実家ということもあり、少しは落ち着いた。
明日の夜には、また自宅に帰らないといけない。
夫ともちゃんと話さないといけない。



翌朝、娘は寝られたことを自慢げに父と母に話していた。
そして朝から元気にじぃじと遊んだ。
私はお母さんの手伝いをした。

『ピンポーン』とチャイムが鳴った。
「はい」と母が液晶を覗くと、そこには夫の姿があった。
「突然伺ってすみません。お話ししたいことがあって。」

「そうでしょうね。」と母は皮肉をこめて言うと、玄関のドアを開けた。
「あんた、何考えてんのよ!」と母の怒る声がした。
「大変申し訳ございません。」と夫は深々と頭を下げた。

その様子に気づいた娘が「ばぁば、どうしたの?」と言った。
父は「なんだ、誰か来てるのか?」と私に聞いた。
父は歳のせいか最近聞こえが悪い。

父も玄関に向かおうとしたが、それよりも先に娘が走っていった。
「パパ〜!あそびにきたの?いっしょにあそぼうよ!」と娘は言った。
「エミ、ごめんな。その前にママたちとお話ししないといけないんだ。」

「いいよー」と言って、娘は「じぃじ、あそぼー」と部屋に戻った。
私は覚悟を決めて、夫と話すことにした。
「ちょっと外で話してくる。」と母に言って、娘の世話を頼んだ。

怒りに任せ、思っていることを全て話した。
夫は謝りながら、事の経緯を全て話してくれた。
過ちを認めた上で、私たちにどうしても戻ってきてほしいと言った。

夫の過ちというのは、不倫ではなかった。
一夫多妻制を利用した偽装婚に巻き込まれたのだ。
夫が下の子は自分の子だと嘘をついたのは、私にもう一人の妻を信じ込ませるための嘘だったらしいが、それは見事に失敗した。

あの女と2人の子どもは、夫の高校時代の友人ゲンちゃんの奥さんとその
子どもたちだった。
ゲンちゃんとは疎遠になっていると聞いていたが、それも嘘だった。
彼はあるトラブルに巻き込まれ、離婚の危機に陥っていた。

家族を守るため、家族に危害が及ばないように、信頼できる夫に一夫多妻制を利用し、家族をかくまってもらうことにしたのだ。
どうせこれも夫の作り話かと思い、最初は信じなかった。
しかし、夫がゲンちゃんに電話し、彼から同じ説明を受けた。

「だったら、最初から正直に話してくれればよかったのに。」
「どうせ言っても、信じないだろうと思って。それに巻き込みたくなかった。」と夫は言った。
「結果的には最悪なかたちで巻き込まれたけどね。」と私は笑った。

「これから私の親になんて説明するつもりなの?」
「もう嘘はつかない。正直に話すよ。本当に悪かった。」
「私もだけど、親も人間不信になりそうだわ。」

実家に戻り、夫が親に話した。
親は、なにがなんだかさっぱりわかっていなかった。
私が3回説明して、ようやく納得した。というより、理解するのを諦めた。

娘には、説明するのをやめておこうと思った。
ただパパとはケンカしたけど、謝ってくれたから許すことにしたと伝えた。
娘は私たちが仲直りしたことを喜んだ。

私は正直いうと夫に裏切られたことより、自分を信用してもらえなかったということがショックだった。
それと、元同僚のユカにも申し訳ない気持ちになった。
彼女はこの話を信じてくれるだろうか。

ゲンちゃんの家族は、別の住むところを見つけ、出て行った。
私はパートを辞める決心をした。
ユカに頼んで、再就職することにした。
夫の話は「もうなにも信じられない。」と言っていた。

大人になると、許すことが難しくなるのと同様に、嘘をつかれると信用を
取り戻すのには相当な努力と時間が必要だ。
一夫多妻制度は結局のところ施行されなかった。
夫は私の信用を取り戻すために、今も精一杯頑張っている。


(完)


#創作大賞2023








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