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Le bon boulanger n'est pas aimable?(美味しいパン屋は愛想がない)

フランスに行った時の話をしよう。

少し前までパン職人として立派な自店を構えることを夢見ていた私は、「パン=フランス」という安直な考えをパン職人を志す前から持っていた訳で。本場に行ってパンの味のみならず、それらパンを現代まで作り続けてきた風土を、街や人を体感しなくてはいけないという使命感に駆られてパリに行くことを決意した。
期間は2月の3週間。パリと日本にビストロをもつシェフ(かっこよくて面倒見が良くて天才的な料理の腕前を持っている)がその間にフランスに滞在しているからよかったらおいでよ、とお誘いを受け、初めての欧州に多少の戸惑いもあったが単独で乗り込むことにした。

それまで海外は割と行ってきた方だが、東南アジアがほとんどだったため、14時間も飛行機に乗ったのは初めて。ようやく着いて目の前に広がる風景には新鮮さと美しさにひどく感心したものだ。

花屋さんが多く、ちょうどバレンタインの季節


パリにはとにかくブーランジェが多かった。日本のコンビニと同じくらい、30m歩くごとに1軒のペースで、それくらい乱立していた。パリの人々は皆それぞれにお気に入りのブーランジェがあり、毎朝バゲットやクロワッサンを買いに行くのが習慣のようである。

お店の外まで並んでいるところも多い



さて初めてのパリ。渡仏前にフランス語は勉強したが、それでも実践ではほぼ使い物にならないくらい拙い。フランス人は気難しいと聞くし、治安も良いとは言えない。なかなかに不安だった。

しかしながらせっかくご足労かけて赴いた地だ。味わい尽くしたいじゃないか。前もってリストアップしたパリ在住者のおすすめブーランジェもたくさんある。

意を決して挨拶と共にお店のドアを開ける。ボンジュール!
待ち受けていたのはとても素敵な笑顔の店員さん。パリでの買い物に慣れていない私を気遣ってパンの種類を丁寧に説明してくれたり、簡単なフランス語で世間話を持ち掛けてくれたり、とても親切にしていただいた。

「Utopie」のジャンボンフロマージュが格別に美味だった

あれ、事前情報と全然違うぞ?
もしかしてたまたまいい人に当たっただけなのかもしれない、と思ったがそうではなかった。
パン屋の店員さんだけでなく、スーパーのレジの人、ギャルソン、駅員さん、街ゆく人、皆目が合うとにっこり微笑んで挨拶をする。おまけにおしゃべり好きで会計中のわずかな時間でも会話を交わす。

外国の接客態度は愛想がないとか、悪いとかそういう話を耳にしたりするが、私はそうは感じなかった。接客マニュアルに囚われず、自然体で、客と店員といった形式的な関係ではなく、人と人の心の通った繋がりを感じたのだ。
たしかに日本の接客は「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました。」までのしゃべり文句のみなならず、姿勢よく立っていなくてはいけないとか、手は前で揃えるとか、腰から曲げてお辞儀するとか、真摯さを演出するのに細かくルールが定められている。その一連の動作は一貫して丁寧で美しいと思う。しかし、あまりにも徹底しているために目が虚ろであったり、心ここにあらずといった具合の半屍状態の接客スタッフに時折遭遇するのもまた事実である。
どちらがより優れている、という話ではない。ただ私は、店員という型からいくらはみ出しても構わないといった風の自由に働くフランス人が好きだと感じた。新鮮だったからかもしれない。

なんにせよフランスでの滞在期間はおかげさまでとても楽しく、有意義に過ごすことができた。1日に3軒のペースで周ったブーランジェのパンはどれも一様に美味しかった。帰国する頃にはそれらがおなか周りにくっついて離れないものだから、いささかズボンがきつく感じた。それも、出会ったフランス人たちの笑顔も身に染みた思い出として日本に持って帰ってきた。

開店前から並んでやっとありつけた

次はいつ行けるだろうか。


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