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あなたの中の迷子に4

「本当は毎日でも会いたいんだけど」
「そんなことしたら私死んでしまうわ」と笑う。
週末をうちで過ごすようになって、金曜日の夜からのこともあれば日曜だけの時もあった。 
時々は駅前の店で待ち合わせることもあったが、
週末の楽しみにと亮輔はケーキをねだる。
育ち盛りの息子がいるみたいに作り甲斐さえ覚て、最近ではあれこれと感想を聞くのを参考にしていた。
190世帯もあるマンションでは玄関ホールで顔を合わせても互いに干渉することはない。 悪びれずに二人で出入りしているためか管理人にもたまに帰ってくる息子だと見られているようだった。

その頃私も次第に忙しくなってきていた。
佳菜子の店に出すケーキはテイクアウトを求められるようになり、朝早くからオープンをフル稼働して予約をこなす日もあった。
土日はアルバイトを雇うようになって余分にケーキを用意しても、店に出なければ間に合わない時もある。そんな時亮輔は店で食事をして帰っていくこともあった。 それくらいのゆるい関係が今の二人にはちょうどよかった。
いつ終わってもいいように、彼がくることを期待しないでいようと決めていた。

「その時計、彼にもらったの?」
ある日左腕のロレックスを見ながら亮輔が聞く。「気になる?」と尋ねる私に
「きっと大切な人なんだね、その時計を見る時の顔でわかるよ。」
「どんなに恋しくても、もうこの世にいない人だから」という私に
「それじゃあ太刀打ちできないな〜」とおどけてみせて、それ以上は何もきかなかった。

ベランダに置いたテーブルに料理とグラスを並べランプを灯す。 この週の出来事を話しながら次々と平げていく亮輔を見ているのが私の楽しみだった。
小さなキッチンに並んで皿洗いを済ませると、
一緒にシャワーを浴びる。 二人がやっと入れるくらいの小さなバスルームで体を洗い合うと
肌を通した相手の感覚が伝わってくる。
二人であって一人のように、互いの体の声に耳をすませば、刹那は二人をさらに深く導いて、互いに求める深淵に辿りつくまで止むことは無かった。
線香花火のようなこの一瞬を今は精一杯生きよう、先のことは考えまい。


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