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私の中の迷子11

鳴らない携帯を握りしめて、再び鳴るのを待っているのか恐れているのかもわからない時間が過ぎていく。 5日目に耳慣れた受信音が鳴った。
すぐに携帯をとって耳をそばだてた瞬間 時間が止まった。 浩輔の声だった。

「今朝、眠ったまま逝きました。
あいつが最後まで穏やかでいれたのは典子さんのおかげです。有難うございました。」
病院のそばにある小さな葬儀場で仲間内だけの式にするからと日時と場所を伝えて電話は切れた。
そのまま声も出ず携帯を握りしめていた。

高い空に薄くはいたように雲がかかり、秋の気配が漂い始めた空を、今日圭一は昇っていく。
式場に入ると、白いカラーのアレンジが飾られた祭壇を前にして蓋を外したままの棺があった。
顔にはうっすらと化粧が施され、頬も膨らませて病のやつれはきれいに消されていた。
ボタンダウンのブルーシャツにターンナップのコットンパンツ、素足にコニャックカラーのウィングチップを履いている。
起き上がって、どこに行こうか?と言い出しそうな、いつもの圭一だった。

仕事仲間以外に家族と言える人はいない。
地元では大きな商売をしていた実家も時代の流れに家業は廃れてしまい、両親が亡くなったあと相続のしこりが残ってしまった兄とは大学を卒業する頃には行き来も無くなっていた。
それだけに仲間が第二の家族だと聞いていた。

やがて斎場に運ばれて最後の別れをする時間がきた。 別室で待つ間、皆は別れを惜しむように次から次へと思い出話を交わした。
そして圭一は小さなかけらになってしまった。
喪主の浩輔は小さな壺をだき抱えて言った。
「圭一は僕たちに生きる糧と喜びを残してくれた。それがある限り、圭一は僕たちの中にいる。これからもあいつと一緒に生きていこう。」 
それは私への言葉でもあった。

うちに帰り着いて、別れ間際に浩輔が渡してくれた紙袋を思い出した。
それは葬儀のお礼にしては小さな包みだったが、一緒に手紙があるのに気がつく。

「君に何を残そうかと色々考えた。時計、車
僕のものを残せば、君をいつまでも縛り付けてしまいたいという思いが透けて見える。
だから、新しい時計を贈ることにした。
僕のことを覚えていて欲しいけれど、
これから君は新しい人生を送ってください。
せっかく二人で咲かせた花を、もう一度誰かと愛しあって枯らせないようにと心から願っている。
君が一緒にいてくれたから、僕は逝けるよ。 
有難う、そしてさようなら。」

息ができなくなるまて、泣いた。
時計はマザーパールの文字盤の上に小さなダイヤが時刻を示しているロレックスだった。


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