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あなたの中の迷子に2

最初は何を言っているのか理解できてなかった。 
冷蔵庫にはいつもの白のワインが冷えているし、高級スーパーで奮発したチーズもあったっけ。 まるで久しぶりに帰ってきた息子のために、みたいな思考が回りはじめた。
いや、それでもこのシチュエーションはちょっとおかしいかもと見返した顔には、ちょっと緊張したような表情が浮かんでいる。
親より年上の私を?といぶかると同時に、勇気を振り絞った若さが可愛く思えた。
「ちょうど冷蔵庫にワインが冷えているから、ちょっと飲んでいく?」
私はオートロックの鍵を開けて、一緒にエレベーターに乗った。

部屋に入った彼は興味深気に部屋を見回している。 夫との財産分割で今まで住んでいた一軒家を明け渡し、そのかわりに受け取った現金でこの中古マンションを買った。 
女の一人暮らしに充分な2LDKは、南窓に面したリビングと和室が続きになっている。
琉球畳の和室に置いてカバーをかけたベッドは
低めのダイニングテーブルから視界に入らないよう足元に階段箪笥を置いていた。

テーブルにグラスを二つ並べてチーズを出す間にボトルを渡してワインのコルクを開けてもらう。
コスパがいいとマスターから教えてもらったチリ産の白をバキュームで栓をしながら1週間かけて楽しんでいた。

部屋がいつもより狭く見えるのは、この部屋に男の人が来たのは初めてだからだ。
圭一とは外で会っていたし、しばらく一緒に過ごしたのも都内の彼のマンションだった。 
お互いに普段の生活から離れて付き合っていた。

ワイングラスの私の指に重なる彼の細く長い指はまるでピアニストのようだと、どこか俯瞰するように見ていた。
「いいかな」と私の顔を覗き込む。
私あなたのお母さんより年上なのにと言いそうになった言葉を呑み込んだ。
独寝のシングルベッドにはみ出すように、若さのまま求める彼を押し留めた。
「まだ私の準備ができていないの。男の人と違って時間がかかるのよ。」
一方的に事を進めようとした夫には言えなかったことが、今は言える。
セックスは二人のコミュニケーションだと、圭一と過ごした時間が教えてくれたから。

「ごめんなさい」謝る彼は幼く見えた。
「わかっていてもなんだか怖くて、焦ってしまうんだ。」
「そうね、どんなに体を寄せ合っても本当のところはわからないものね。 だからこそ求め合うんじゃないかな。」
そう言って私は彼を見つめた。

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