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「恋人がいる人が魅力的に見えるのは、当たり前のことじゃない?」

「恋人がいる人が魅力的に見えるのは、当たり前のことじゃない?」

そんな話を聞いたのは、目黒通り沿いにある神乃珈琲でのこと。日記によると、梅雨なのに雨の降る気配が全くない快晴の日だった。

当時毎週日曜日の早朝に通うことがルーティンになっていたそのカフェは、休日なら開店時間には行かないと席が取れない。

僕はその店の月煎というブレンドと、クリームホーンというスイーツを好んで注文する。

その日もいつものように開店時間の少し前に店に並び、お気に入りの窓際席でお気に入りのコーヒーをスカして飲んでいた。(日記によるとね。)

時刻は午前9時30分頃。

何やら背中にかかる真後ろの席からの雰囲気が重苦しい。

同い年くらいの女性2人組が、爽やかな快晴の休日早朝にはとても似合わない会話を繰り広げているのが耳に入った。

決して盗み聞きではない。偶々会話が聞こえてしまっただけ。
聞きたくない会話も1つ音を拾ってしまうと、オートで全部鮮明に拾ってしまうことってあるでしょ?それと同じ。

僕だって気持ちの良い朝に胃もたれするような重たい話なんて聞きたくない。

でも聴力が勝手に音を持ってくるもんだから仕方ないじゃないか。

僕はフルーティーな香りの乗った湯気が出るマグカップを口元に運びながら、その会話に耳を傾けることにした。

会話の概要を簡潔に説明すると、「妻子持ちの人を好きになってしまって愛人状態なんだけどやめられない。どうしたらいい?」という話。

どう? 重たいでしょ? この際別れ話と不倫の話はカフェでしてはいけないという法律を作った方がいいよ。誰が聞いてるか分からないから。

如何にも純粋そうな見た目の愛人ちゃんの相談を、仕事が出来そうな雰囲気が醸し出ている黒髪ちゃんが、キツめな見た目に違わずズバズバと答えていくが会話は遅々として進まない。

愛人ちゃんが泣きそうな声で「もうやめた方がいいよね?」と聞けば、黒髪ちゃんは「やめたいならやめなよ」と答える。

それに対して愛人ちゃんは「もう分からないよ」と更に泣きそうな具合を強めるけれど、黒髪ちゃんは「いや私にも分からないから自分で決めな」とバッサリ。

黒髪ちゃん、その通りだ。
例え相談に乗ったとしても答えを出せるのはその人だけだ。
「分からない」と言われたって「こっちはもっと分からんわ」ってなるよね。分かる分かると僕は勝手に会話に参加していた。

すると黒髪ちゃんが「まぁ、分からないこともないけどね」と言った。「えっ、分かるの?」と思っていた僕を置いて黒髪ちゃんは「だってさ〜」と話を続ける。

「恋人がいる人が魅力的に見えるのは、当たり前のことじゃない? 魅力があるから恋人がいたり、結婚してたり。そりゃ恋人がいない人に魅力がないわけじゃないけどさ。でも相手がいるって魅力ありますっていう証明書みたいなもんじゃない? だからその人からも離れられないんじゃない? 知らんけど」

愛人ちゃんは自分のことを肯定されたように感じたのか、「そうなの〜」と呑気に相手の子供に対する愛情について語っている。

「でもさ、」と愛人ちゃんの話を遮るように黒髪ちゃんは言葉を重ねた。

「その人の証明書が無くなった時に、それこそあんたが自分でその人の魅力を証明しなきゃいけなくなった時に今までのように好きでいられるかどうかなんじゃないかな。一回変な理由でバツのついた人の魅力を証明するのってそんなに簡単じゃないよ」

僕のその日の日記には、丸々この言葉が書いてあった。

これを黒髪ちゃんが言ったのか、話を聞いた僕が再編して作り上げたものなのかはもう覚えていない。でも9割くらいは彼女の言葉であって欲しい。

結局愛人ちゃんがその後どんな選択をしたのかは勿論知らないけど、その日もそこのカフェのコーヒーは美味しかった。

ただ淹れ方がいつもと違うのか、少しだけ深煎りの味がした。

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