見出し画像

「『運営費交付金を上げろ』と国に言うべき」と言う人たちに思うこと


※以下は地方国立大学に勤務している一個人として思う事のメモです。

朝日新聞でこんな記事を見ました。
(ネットで見たら有料記事でした。)

この記事内で本田由紀さんという東京大学の教授の先生が記事タイトルの言葉をのべていました。

この先生だけではありませんが、新聞やネットニュースの教育学者の方たちが「大学は『運営費交付金を上げろ』と国に言うべき」と言っているのを度々見ます。

この言葉を見るたびに職員として私が思うのは「大学はもう何年も前からずっと『運営費交付金を上げろ』と国に言い続けている」です。

例えば2020年に萩原文科大臣に筑波大学の永田学長(国立大学協会会長)が以下のように要望を出しています。

令和3年度における国立大学関係予算の充実及び税制改正要望について説明し、基盤的経費である運営費交付金の拡充、経済的に困難な状況におかれた学生への各大学独自の授業料減免等に対する支援等の更なる拡充や博士後期課程への進学者の増加を促進する給与型の経済支援、安心・安全で国際的にも魅力ある教育・研究環境の整備のための施設整備費補助金等の拡充、科学研究費助成事業予算の拡充、高度専門職人材の育成・確保とキャリアパスの確立、研究設備・機器群のネットワーク化、共用化促進等についての支援、教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置の延長など税制や制度の改正について要望しました。

https://www.janu.jp/news/2055/

2017年にも林文科大臣に当時の京都大学の山極総長(元国立大学協会会長)が運営費交付金の増額要望を出しています。

山極会長から基盤的経費である運営費交付金の確実な措置、安心・安全で国際的に魅力ある教育・研究環境の整備のために施設設備費補助金等の拡充、また、自ら多様な財源を確保し主体的・戦略的に研究力を強化するための制度的・法的基盤の整備について要望した

https://www.janu.jp/news/7096/

大学は文部科学省大臣にまで再三に直接要望を出しています。上記はあくまで一例で常々毎年国立大学は国へ訴えてきました。

これらを踏まえずに「大学は『運営費交付金を上げろ』と国に言っていない」「安易に家庭へ負担を転嫁している」とまるで「怠慢」のように言われるのは、大学の動きを全然見ていないんじゃないかと思ってしまいます。
実際に上の朝日新聞内では上記のような「大学は既に国に訴えている」という事実は書かれていませんでした。記事内の益東京工業大学学長が運営費交付金の減額と社会からの支援が必要という点を触れていましたが、増額要望を再三出している点までは触れていませんでした。そのため、この記事だけを読んだ大学関係者ではない人たちから「国立大学って国に運営費交付金増額の要望してないのに家庭に負担しろって言ってるんだ」と思われる可能性もあります。

ここからは私の予測がかなり入りますが、この現象について思ったのは、大学の学長にはかなり理系の教員が多い点です。
そもそも国立大学だけでも研究者というのは圧倒的に理系の研究者が多いです。
総務省の科学技術研究調査を見ると、国立大学の研究者約14万人のうち、文系(人文・社会科学部門、心理学、教育、芸術等)は約26,500人で理系(理学工学医学系を含む自然科学部門)は約110,000人と3倍以上の教員がいます。

学長というのは自薦や他薦で候補者が挙がり、そこから教員の投票で選出される場合が多く、多くの教員は自身が所属する学部の候補者へ投票します。そうなるとよほど人望が学内に広くある教員が候補者にいない限りは、必然的に人数の多い学部の候補者が学長になる場合が多くなると思われます。それは結果が物語っていて、理系の中でも人数の多い工学(約3万人)や医学(約4万人)出身の学長はとても多いです。現に今の旧帝大の総長は全員それらの学部の出身です。

・東京大学 工学
・京都大学 医学
・名古屋大学(東海国立大学機構) 医学
・東北大学 医学
・北海道大学 医学
・大阪大学 工学
・九州大学 医学

そして必然的に学長と同じ学部の教員が学内の重要なポストについたり、そうでなくとも人数の多い理系の教員が学内の中枢にいる場合が多くなると思われます。一例として上記の本田先生が東京大学の重要なポストについていた経歴があるかを探してみましたがヒットしませんでした。※私が見つけられなかっただけだったら大変申し訳ございません。

そのため、教育(約5千人)等の教員たちには学内の中枢が遠くなり、自分の大学の中枢や学長たちが国へ運営費交付金増額の要望を出していることに気付かないままいるのではないかと感じました。

※自分は教育系の教員と接した機会が少なくデータや印象から見たイメージでしかないため、誤っている点はあるかと思います。これは完全に私の想像です。ただ、「文系の学長は少ない」ということは事実としてあります。

自分の大学の動きに気付かないままで(知っていたとしても述べて頂かないとその記事だけを見たイチ読者は知らないように思えてしまいます)、社会問題に大学の肩書を持って語られると大学側も困るのではないかというのが私の印象です。

上で、「記事内の益東京工業大学学長が運営費交付金の減額と社会からの支援が必要という点を触れていましたが」と書きましたが、益学長は、再三国立大学が国へ運営費交付金増額を訴えてきたけれど全く叶えられていない現状を踏まえて「大学には社会(余裕がある個人や企業や地方自治体等)からの支援が必要」であると述べているのではないかと思います。
私みたいな地方の一職員が言えることではないですが、2018年から学長に就任されている益学長は国立大学が今までどうやって国に働き掛けてきて、そしてどうなっているか、大学内で予算がどう苦しいかという現状をよくよく理解していると思います。そのうえで、「家計」ではなく「社会」の支援を求めています。大切なことは既に「家計」の議論ではないのではないでしょうか。

大学へ「『運営費交付金を上げろ』と国に言うべき」と言うことは簡単です。
ですが、それはもう何年も前に既に過ぎた話で、いくら言っても国は一向に変わらない。このまま国に言い続けても大学は教育も研究も社会貢献もやっていけない。国に対して『運営費交付金を上げろ』ということは言い続ける必要がある一方で、ある意味国からの支援は半ば諦めて、「社会から支援が無いといけない」というのが今の大学の主張なのだろうなと思っています。

何度も書きますが『運営費交付金を上げろ』と言い続けるのは止めていけないというのは圧倒的に正しいです。

個人的に、運営費交付金は、減った分を研究者たちが頑張って外部資金等で補っても、「外部資金が増えたから増やさなくてもいいだろう」と増えないものという印象があります。数にすると3年前に国から10来ていたものが8になり、研究者たちの努力で10に戻しただけで増えていないのに3年前のことは忘れられて8から10に増えたからいいだろう、と言われてしまう形です。
「安易に授業料値上げを行うと国から『授業料値上げしたから運営費交付金を上げなくてもいいだろう』と言われるんじゃないか」
という指摘も冒頭の朝日新聞内で言われていましたが、運営費交付金はイチ職員の私でもこのように思っているものなので、学長や大学の経営本部の人達の中では既にもう何回も考慮し議論した後なはずです。
それでも授業料の値上げに踏み切るのですから、事態は深刻なんです。


半ば印象操作のような記事に騙されずに、大学の現状を理解していただける人が増えたらなぁとイチ職員としては思います。

(また、大学本部は教員や末端の職員たちにもちゃんと情報共有してほしいなあという気持ちもあります。)

長文・乱文でしたが読んでいただいた方ありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?