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28 years

辞めよう
自分の力でできる仕事がしたい
好きなことを仕事にしたい

そう決断したのは平成8年、1996年のことである。

短大を卒業した後、障害者雇用促進法により大手生保会社の鹿児島支社に就職して8年。

「8」の、漢字「八」というのは末広がりという意味で、縁起がいい数字とも聞いていたので辞めるには、ちょうどいいタイミングとも思った。

何かをすると決めてはいなく、全くの白紙で平成「八」年という縁起の良さに乗っかって、そう決断した。

会社に不満は全然ない。むしろ、いい人たちに恵まれ楽しかった。
給料もバブル時代、もらいすぎるほどだった。しかし、心は空虚だった。

それも、その当時の年齢は28歳。
社会人バスケットボールチームに在籍し、国体の県代表に2度も選出されたことがある私としては、力ある後輩がどんどん出てきていることと、この年齢では上を目指すことも厳しくなってくるだろうと思いはじめていた時だった。

「これから先、何を目指していくのかな」

生保会社には、保険業務に関する試験などを積極的に受け、資格を取りバリバリ仕事をこなす女性上司が多くいた。

パリッとしたスーツを着て、歩き方も話し方も知性がとっても溢れていて眩しかった。「キャリアウーマン」そのもの。

かっこいい。

この仕事で、私もそのようになれるのかな。

…無理だ。

この仕事が天職と思えなかったからだ。

その頃、今みたいな音声認識の機械もなければ、携帯電話すらもない。
私に出来ることは、社内パソコンのメールとFAXだけだ。

仕事でもどかしいと思ったのは電話対応。私のミスを、上司が代わってお客様に電話先でお詫びするのだ。
自分の責任なのに。
自分で対処できないことが1番やりきれなかった。

どうせなら、最初から最後まで自分に関することは、自分でできる仕事がしたい。

その頃は銀色夏生の写真詩集がすごく人気を集めていて、中学時代からこっそりと詩を書きためていたこともあり、生保会社に在職中、咲月遙のペンネームで詩集「LIFE」を自費出版した。


また、たまたま大阪の小さな音楽会社が、作詞コンテストで歌詞を募集していたのを軽い気持ちで応募してみたら、なんと大賞に。
それから曲がつき、歌手のオムニバスCD収録曲となったこともあった。

そんなことが重なり、「物書き」ならば職業に出来るのではないかと。

退職に合わせて「少しの元気と勇気をあなたに」写真詩集を自費出版し、これから先、どうなるかも分からないが、あてもない道をとにかく歩きはじめた。


大手生保会社に就職すること。
それは両親を安心させる、大きな親孝行なのだろう。
それに引き換え、両親は夫婦2人だけの小さな理容店。だが両親は、やりたくて理容業を選んだのではない。ろう者には、それしか他に職業を選べなかったからだ。

昭和初期の聾学校には、将来を考え「手に職を」と理容科、被服科、木工科があり、技能を習得して就職することが主だった。
それしか他に選択肢はなかったのだ。

だから、大手生保会社に勤め、聴者に混じって働く私を誇らしげに思ったかも知れない。
私たちと同じ道じゃなくて良かったとどれほど安堵したことだろう。

それなのに「辞める」と言う。
予想通り家の中、一悶着ある。

私の想い、気持ちを訥々と伝え、最終的には両親も「分かった」というしかなかった。

それからほぼ1年間、プー太郎を謳歌していた。1ヶ月間、アメリカ・ヨーロッパ単独旅行をしたり、映画館に通いつめたり、ビデオレンタル店でVHSビデオを借りては字幕がある洋画を鑑賞三昧だったり、本を読んだり。

家でゴロゴロしているようにみえた母からは、しまいには「そんなことしていないで、ちゃんと仕事を探したら」と言われる。

しかし私は

「これは遊びじゃない。ちゃんと意味がある。理由は分からないけど、これは将来役に立つと思うから!」と意地を張る。

ハッキリとした根拠も確信もなかったが、ただ一つだけ、このことは物書きを目指す私にとってはいつかに繋がるという自信だけは絶対的にあった。

(続く)
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「MOON」

作詞:咲月遙
作曲:そら
歌手:慎万圭子

夜空にかかるMOON
永遠の光で 街を照らす
窓から見えるMOON
優しい明かりで私を包む

見慣れないこの街に 住み始めて
見える星座の位置も いつもと違う

一人暮らしは 空箱のよう
電話のベルと月が 夜の楽しみ

 悲しいことがあった時
 窓辺に座って月を見つめる
 光の中に溶けこんで
 安らぎに眠るの

新しい生活に 慣れるように
仕事の帰り道は 寄り道するの
遠くにいる友達に 電話をかけて
この街の風景を 聞かせてあげる

心の淋しさを埋める
友達の声とあの月
明日へと続く光の
安らぎに眠るの

夜空にかかるMOON
永遠の光で 街を照らす
窓から見えるMOON
優しい明かりで私を包む
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