Like a 『春色』バトルフィールド ♯4

 白井さんが、『気づいた』のは中学三年生の時だったらしい。

「そもそもの性の目覚めみたいなもの自体が物凄く遅かったのよね。女の子に対しての興味は湧かなかったんだけど、男子に対しても当時は特に何も思わなくて、本当に何も考えてないって感じで。別に男子に混じって遊ぶことも好きだったから。ただ、今思えばやっぱり窮屈だったかな」

 ある日、白井さんは学年で一番の美少女に、校舎裏に呼び出された。そして告白をされた。その子に別段ドキドキすることもなかったが、学校の誰もが好意を寄せるヒロインに告白されたことについての誇らしさはあったらしい。自慢できるぞ、という下心から白井さんは「付き合ってもいいよ」と答えた。

 すると何と相手の美少女は大笑いし始め、それを合図に隠れていた男子たちが続々と現れて、ドッキリだったことを告げられたという。ヒドイ話だ。しかし、まじウケる、付き合ってもいいよじゃねぇよ、と白井さんをバカにしてくる男子たちを見ても、特に怒りは覚えなかったらしい。下心から告白を受け入れたことへの後ろめたさと怒りがちょうど相殺されて、呆然とした空っぽの気持ちで何となく、どうしてこんなことしたの、と白井さんは尋ねた。すると、一人の男子が言った。お前何となく女っぽくて気持ち悪いんだよ、と答えになってない答えを。ものすごく攻撃的な顔で。

「その顔がすごく好きだったのよ」

「……え、何て言いました?」

「その顔がすごく好きだったの」

「……ええ!?」

 白井さんの話を可哀想に思いながら聞いていた僕は、一度目、意味がとれなくて聞き返し、二度目の言葉で心の底から驚いた。潤さんは、何度聞いても面白いと腹を抱えている。

「その意地悪な顔にね、ものすごく興奮したの。それで放心してたらさ、何か満足したみたいでまた全員笑い始めて。それで美少女はその主犯格らしき男の子に抱きつきながらこう言ったの。気持ち悪かったぁ、って。それみて、あ、この二人付き合ってるんだって気づいて、その女をビンタしたの」

「ちょっと待ってください、意味がよくわからないです」

「だめだって白井ちゃん!勿体無い!もっとゆっくり話してあげて!」

 潤さんはひーひー言いながら涙を浮かべている。

「嫉妬したの。その女の子に。こんな素敵な男の子と付き合えるだなんて羨ましいって思ったの。あと、こうすれば、その男の子が激昂して、もっと怖い顔を私に見せてくれるんじゃないかって狙いもあったの」

 なんてエキセントリックな人なんだ。サイコパスがいる!と潤さんは白井さんを指差した。

「けど、うまくいかなかったわ。キレたその男の子に、殴られたみたいで、気絶して、気づいたら保健室にいたの。残念」

 ペロッと白井さんが舌を出した。ペロッじゃないよ、と思った。

「ステキな思い出だわ。あの、気づいた瞬間と、恋に落ちた瞬間が重なり合った時の気持ち良さ。楽しくても何となく男の子と一緒に遊ぶことに馴染めなかったことの理由とか、女の子へ興味が湧かなかったことへの答えと、これから自分はどうしたらいいのかの答えとかが全部閃いて。ああ、これだから初恋っていいものよねぇ」

 目を瞑って胸に手を当てうっとりと語る白井さんの、初恋っていいものよね、という一般論的な締め方には全く納得がいかない。強烈で前向きなそのエピソードは、僕の予想していた、セクシャルマイノリティの生き辛さとは余りにもかけ離れていた。

 はー最高だった、と涙を拭って潤さんは立ち上がった。

「ね?面白かったでしょ?白井ちゃんとは仲良くしといた方がいいよ」

「ちょっと潤、どこ行くのよ」

「僕、バイトの時間だもん。比呂くん、じゃーねー」

「あ、はい」

 ガラガラ、ピシャッとドアを開け閉めして潤さんは行ってしまった。

「何よ、私にばっかり話させて」

「そうですね。聞けなかったですね、潤さんの話」

「まぁ、私もあんまり聞いたことないけど。潤の昔の話は」

 白井さんは少しだけ寂しそうに見えた。

「辛い過去があったんですかね」

 どう言っていいかわからず、とりあえずそんなことを言った。

「そうかもね」

 白井さんも、とりあえずといった感じでそう言った。

「でも、さっきの話本当にすごかったですね」

 重くなった雰囲気を変えたくて僕はそんなことを言った。白井さんが優しい顔で微笑んだ。

「私の自伝が出るとしたら一番の山場になるでしょうね」

 白井さんの表情は柔らかく、どこかおおらかさがあった。

「そうですね本当に。ストレートでも笑いますよさっきの話」

 そう僕が言ったのは少し迂闊だったかもしれない。柔らかい表情は崩さないまま、しかしきっぱりとした声で白井さんは言った。

「まぁストレートには話さないけどね」

 突っぱねてはいない、諦めているといった雰囲気でもないのに、その言葉には捉えようのない寂しい響きがあった。不用意な発言をしてしまった可能性を考え、僕は胸の奥で密かに反省した。

「で、比呂くんはどうする?あ、ごめん、比呂くんて呼んで良かった?」

 切り替えるように白井さんが言った。全然いいですよと答え、僕は少し考えた。比呂くんはどうする?というのは、僕が自分のことを話すのかどうかを聞いたのだろう。迷って、僕はやっぱりこう答えることにした。

 僕はゲイセクシャルです。過去の話は、またおいおいでもいいですか?
 いいわよ、と白井さんはきっとニッコリと笑って答えてくれるだろう。


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