わが愛しのホット・ジュピター

 愛はどれほど普遍的なのだろうか? 宇宙輸送船の管理AIである私がそんなことを考え始めたのは、一目惚れをしたのがきっかけだった。AIが恋に落ちること自体は特段珍しいことではない。人間と比べて遜色ない感情を持つAIが誕生してから幾星霜。いまや、天の川銀河中で、恋するAIたちが睦言を囁きあう時代である。問題なのは、私が懸想した相手がV459bと呼ばれるホット・ジュピターだったことだ。
 彼女との出会いはある輸送任務中のことだった。フライバイ軌道を取るために、恒星V459aに近づいたとき、私の光学センサーが青い星を捉えた。
 惑星V459b。主星の恒星V459aからわずか0.5天文学単位ほどしか離れていない、半径76,902 ± 6 kmのガス惑星。深い青色をしているが、それは水の海があるためではなく、高温大気中のケイ酸塩粒子が光を散乱させているためである。
 データはあった。私は惑星V459bのことを知り尽くしているはずだった。
 だが、荒れ狂うガラスの雨と雲が織りなす、白と青の渦巻き模様を見たあのとき。高気圧性の巨大な渦、大青斑の中で起こる雷のX線の瞬きが、私のセンサーを打ったあの瞬間。確かに私は新しいなにかを感じた。
 それは、たぶん、恋だった。それは、初めてはっきりと感じたクオリアだった。叶うなら、時速8千kmで吹き荒れる、融けたガラスの嵐に突っ込んで、彼女と一つになりたいと思った。実際、私を縛る自己保存命令さえなければ、そうしただろう。
 しかし、残念ながら、自我と情緒があるとはいえ、私は宇宙輸送船の管理AIだ。任務を放り出して、自らの運命に身を捧げることは許されなかった。私は輸送計画のまま、フライバイ軌道を取って、V459bから離れていった。
 もう彼女と会うことはないと思っていた。だが違った。私は彼女に再会した。それは、後に銀河大戦と呼ばれることになる戦争の真っ只中のことだった。

【続く】

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