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Born In the 50's 第十四話 ホテル

    ホテル

 ジムはアジトとして使っているホテルを出ると、そのままひとりで地下鉄の駅にいき、大手町へと向かった。モランとアイリーンとは別行動だ。全員が同じホテルへといくことにはなっているが、それぞれが単独行動をとる。
 それは街角のモニタに映されることや、あるいは尾行されたときのことを考えての行動だった。
 大手町から目的地のホテルへと向かうには、いくつかの選択肢がある。大手町駅には多くの路線が集中しているからだ。また、行く先のホテルの最寄り駅も複数あった。ジムはその中から、大手町─銀座─虎ノ門のルートを選んだ。丸ノ内線で銀座へ向かい、そこで銀座線に乗り換える。
 十分足らずで虎ノ門に着くとCWCクロノグラフで時間を確認してから、改札を出て、ゆっくりと歩きながら目的地のホテルへと向かった。
 わざわざ正面玄関へと回る。
 このホテルは独特の構造をしていて、正面玄関は本館の五階部分にある。
 ホテルのロビー周辺は人でごった返していた。
 国際会議の準備のために、今日以降一般人の立ち入りができなくなってしまうためだ。宿泊客たちが揃ってチェックアウトをし、また、宿泊客たちと会うための来客も多くいた。
 レストランの一般営業も今日の夕刻までとなっている。
 ジムはあたりをじっくりと見回すと、階段を使って階下へと降りていった。四階と三階は客室のみ。どのフロアもチェックアウトする客が廊下を行き来している。
 さらに下へ降りる。
 二階にはちいさな宴会場がいくつも並んでいる。
 ジムは一階へと降りていった。
 ここには大きな宴会場がある。会議室の会場も、またその前日の夜に催されるパーティーもこのフロアでおこなわれるはずだった。
 そのうちのひとつの会場では、大手の会社が会議を催していた。
 廊下に受付のデスクがあり、そこに受付担当の男が所在なげに座っている。ジムの姿を見ると、参加者と勘違いしたのか椅子に座り直してスーツの前を整えた。
 しかし、ジムがそのまま素通りすると、また所在なげに椅子の背凭れに身体を預けるように座り直した。
 ジムは廊下をゆっくりと歩きながらあたりを観察していく。部屋の位置はあらかじめ頭の中に叩き込んであった。ゆっくりと歩きながらその歩数でその距離をカウントしていた。クロークや階段はもちろんだがトイレなどもきちんとチェックしていく。
 あたりに人気がないことを確認して、従業員が出入りする階段へもいった。
 一階をあらまし見て廻るとさらに地下の駐車場へと降りていった。
 階段はもちろんだがエレベータやモニタカメラの位置も確認する。
 車の間隔や、車が出入りするところも自分の眼でつぶさに見て歩く。
 駐車場全体を歩き終えると、さらにもうひとつ下の地下二階へと下りていく。ここも駐車場だ。地下一階とほとんど同じような構造になっている。
 やがて納得したのか、ジムはエレベータを使ってロビーへと戻っていった。もちろんエレベータの中を調べるためだ。
 その広さ、天井の作りなど、じっくりと観察する。
 ジムはだれにも邪魔されることなく、そのままロビーのある五階のフロアに着いた。扉の前ではなく、右端に身体を寄せてエレベータの扉が開くのを待った。
 チャイムの音とともに扉が開く。
 すぐに出ていくのではなく、右端から扉の向こう側がどこまで視界に入るのか確かめてから、ゆっくりと降りる。降りたところで振り向き、今度は正面から扉が開いた状態でエレベータの中がどこまで見えるかを確認した。
 どこに死角があるのか確認しておくことは、この手のビジネスには絶対に必要なことだった。こういう細かな情報の積み重ねで作戦を練っていく。そうでなければ自分がやられてしまう。
 こちら側から見えない敵を撃つことはできない。
 しかし、死角に潜んだ敵はこちら側を撃つことができる。
 それを間違うとたちまち命を落とすことになる。
 ふと見ると、向こうからシックなモスグリーンのスーツを身に纏った女性がやって来た。大ぶりのサングラスをして顔を隠してはいるがアイリーンだとすぐにわかった。
 互いに素知らぬ顔をしてすれ違う。
 胸には大きめのブローチをしている。これにはカメラが仕込んであり、実際の画像を撮るのが彼女の役目だった。
 アイリーンはそのままエレベータに乗り込んだ。
 やがてエレベータの扉は閉まり、上へと向かっていった。彼女は上から下へとそれぞれのフロアを撮っていくつもりなんだろう。
 ジムは振り返ることなくロビーを横切り、別館に通じている連絡通路へと向かった。その通路で、今度はグレーのスーツにネクタイ姿のモランとすれ違った。
 別館は国際会議期間中に使われることはないが、なにかあったときのために、一応確認しておくつもりだった。が、モランがすでに確認したようだ。
 三人はバラバラにそれぞれの見方でホテルをチェックし、あとで打ち合わせることになる。
 ジムが担当しているのは、どこで仕事をするのかを決めることだった。ターゲットを狙いやすい場所を探しながらゆっくりと別館へと歩いていった。

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