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Born In the 50's 第二十二話 ひとつのおわり

    ひとつのおわり

 国家安全保障局局長室に栗木田局長はいた。
 部屋のデスクに座ったまま、電話がかかってくるのをただ待っていた。しかし、予定の時間になってもかかってくる気配はなかった。
 何度確認したかわからなかったが、また腕時計で時間を確かめた。
 そのとき携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 ようやく鳴った電話にホッとしたのか、大きく息をひとつつくと電話に出る。
「栗木田だ」
「残念な知らせがある」
 その声を聞いて、栗木田局長の表情が一変した。安堵から突然険しいものへと変わっていった。
「お前は……」
「ああ、Mだよ。残念な知らせがある」
「なんだ?」
 絞り出すように声で訊いた。
「仕事はキャンセルさせてもらう」
「なぜだ?」
「その理由はお前が一番よく知ってるんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
 苦虫を潰したような表情に変わった。
「俺たちをダシに使うつもりだったな? あわよくば俺たちを犯人として突き出すつもりだっただろう?」
「総理は?」
「計画通りにはいかなかったようだ。無事だよ。残念だ。あと一手というところで、お前たちに邪魔されなければ、上手くいっていたんだがな」
「ちょっと待て、M。お前たちはいまどこに?」
「人のことを心配する前に、自分の行く末を案じたらどうだ? 課長も撃たれてすでに死んでる。たぶん首謀者がだれなのか、当局はもう掴んでいると思う」
「M、M……」
 栗木田局長は取り乱したように繰り返したが、しかし、もう電話は切れていた。
 携帯電話をしばらく握りしめたままの栗木田局長だったが、やがて意を決したようにデスクの抽斗から銃を取り出した。
 コルトガバメント一九四五。
 もう古い銃だ。現場を去った男にはふさわしい銃かもしれない。栗木田局長はこの無骨で、どこまでも硝煙の匂いを思わせるこの銃が好きだった。
──国のために、ほんとうに命をかけることができるヤツがほかにいると思うのか!
 唇を一文字にかみしめると、銃口を右こめかみに静かに充てた。
 ズギューン!
 一発の銃声が局長室に鳴り響いた。

 事件についての報道があったのは、翌日の夜のことだった。
 一連の出来事は原因不明のぼや騒ぎということで、何度か爆発音を聞いた関係者もいたが、詳細は不明というのがその骨子だった。
 いつもは重大事件に独特の切り口で迫る報道番組のキャスターが伝える内容も、普段とは変わらぬ口調で、しかししかつめらしい表情はしたものの、大きな違いはなかった。ようするに大本営発表をそのまま伝えた格好だった。
 石津はその番組をビールを片手に、自宅マンションのリビングで苦笑混じりに見ていた。
「しかし、よく報道管制で押さえたものだ」
 ソファの隣には石澤総理が座っていた。
「いや、現場にいるものしか真相は知らないし、しかも現場にいたのは警察関係者だけだったからな。これでいいんだよ」
 お忍びということで、総理付のSPは石津の部屋の前で待っている。いま、ここにいるのは石澤総理だけだった。
「首謀者たちはどうする?」
 石津がそれとなく訊いた。
「ほとんどが死んでいるからな。いまさらどうということはないよ」
 石澤総理がそう答えたときに、緊急速報が流れた。
「速報です。さきほど、今回副総理としてその重責を担っていた古川伸也氏の死亡が確認されました。未明に都内のホテルで首を吊っているところを発見、その後病院に搬送されましたが、さきほど亡くなったとのことです」
 眼鏡を掛けたキャスターの隣に座っている女性アナウンサーが通り一遍の口調でそう告げた。
「今回、東アジア首脳会議はぼや騒ぎがあったらしいのですが、無事に済んで、石澤総理も、さぁこれからというときに、古川氏が亡くなられたことは傷手にはならないんでしょうか」
 キャスターが、石津も知ってる新聞社の解説委員に訊いている。
「どうなんだ、ほんとうのところは? 古川さんも絡んでいたのか?」
「なんだ、そんなことを俺に訊くのか? お前もジャーナリストなら自分で調べればいいだろう。といってほうっておくと、徹底的に調べ上げてほんとうのことをぶちまけられそうだから、きちんといっておくが、古川の親父さんはどっちかというと、無理矢理祭り上げられたようだ。なにせ、副総理だからな。俺が死ぬば、代理として総理の任につくことができる」
「なるほど、じゃ首謀者は?」
 石津がさらに訊いた。
「難しい話だ。簡単にいうと、昭和の亡霊だよ。それに縋って生きてきた政治家や、政府関係者が権力を握りたがっていたということだ。平成になって四半世紀過ぎているというのに、いまだに昭和が忘れられない連中が多すぎる」
 石澤総理は残念そうに首を振った。
「今回の事件で区切りはつきそうなのか?」
「そのための犠牲にしなければ、あまりにも大きすぎるだろう」
 石澤総理はため息と共に答えた。
「ああ、そうだな。田尻さんが無事だとは聞いてちょっとホッとしたが、多くの人が死にすぎたよ。どちらの側の人間も。そうやって死んでいくものたちのことを想うと、あまりにも重くてな」
 石津も溜息混じりに口を開いた。
「だからジャーナリストをやめるのか?」
 石澤総理の質問には答えず、石津はグラスを空けた。
「どうする? 焼酎でも呑むか」
 石津はそういうと立ち上がって、キッチンへと向かった。
「いや、そろそろお暇するよ。あまり長居をするとSPが五月蠅いんでな」
「わかった」
 ふたりは玄関へと向かった。
 石澤総理はそこで靴を履くと、石津に向かって真顔で口を開いた。
「今回はいろいろと助かった。ありがとう」
「いまさら、そんなこというな。お互い、照れるだけだ」
「いや、命を守ってくれる友だちがいるありがたさを、今回身に沁みて知ったよ」
「いいさ、それより今度、単独インタビューさせろ」
「取っ組み合いなしなら考えてもいい」
「わかった」
 石津はそう答えると、右手を差し伸べた。
 石澤総理はその手をしっかり握ると、さらに口を開いた。
「そうだ、映子のことは頼んだぞ。お前しか頼れる人間はいないしな」
「なぜ、俺なんだ?」
「なぜって、だから俺をぶん殴ったんじゃないのか。頼んだぞ」
 石澤総理はドアを開けた。
「それから、ケイマン諸島の口座だが、凍結しておいたからな。それじゃ」
 そう付け加えると、外にいたSPとともに去っていった。
 石津は苦笑いをしたままリビングに戻ると、焼酎を注いだグラスを軽く持ち上げ、今回の件で死んでいった友人たちにそっと別れを告げるように一気に飲み干した。

 2019 年 8 月 25 日より公開を続けてきた「Born In the 50's」でしたが、今回で完結となります。いままでご愛読いただき、まことにありがとうございました。
「Born In the 50's」は各章単位で公開してきたため、全体を通して読みにくいかと思い、index を兼ねた総合ページを作ってあります。
 
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。
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