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Born In the 50's 第十三話 告白

    告白

 石津は濱本と一緒に石津のマンションまで送ってもらうことにした。
 田尻はただ黙ってふたりを黒のマークXに乗せ、西荻窪にある石津のマンションへと向かった。青梅街道を西に向かい、環七を越えてから五日市街道へと入ると環八を越えた。そのまましばらく走ると左手にマンションが見えてきた。
 石津は今回の発砲の件がニュースとして流れていないか気になり、iPhoneでいろいろと調べたがまったく報道されていなかった。
 ひとつ溜息をつくと、流れていく車窓の景色を眺めた。近藤のことそして彼の死のことに想いは至る。
 濱本はさらに複雑だったに違いない。撃たれた現場にいたこともショックだったろうし、しかもその腕で血にまみれた近藤を抱いていたのだ。彼の死は特別な意味を持つのかもしれない。その濱本はMacBook Proを大事そうに抱え、車窓から黙りこくったままただじっと景色を見ていた。
「ここでいいですか」
 マンションの入り口に車を駐めると、田尻は振り向いて後部座席に座っている石津に声をかけた。
「ああ」
 やがて気がついたように石津は頷いた。
「そうだ、もうこんな機会はないだろう。ちょっと上がっていかないか」
 石津は田尻を誘った。
「いいんですか? ご迷惑をおかけしただけなのに」
 田尻は固い返事を返した。
「濱本、お前もちょっとぐらいいいだろ」
 石津は右肘で濱本の脇腹を突くといった。
「ああ、どうせやることもないしな」
 濱本は頷いた。
 田尻は石津の指示に従って駐車場の空きスペースへ車を駐めた。そのまま連れだって石津の部屋へと向かう。
 ドアの鍵を開けると、石津はまず家の中をゆっくりと見渡してから、ふたりを招き入れた。
「なるほど、なにかあったときの保険だったんですね」
 家の中をじっくりと検めている石津の背中に田尻が声をかけた。
「え?」
 MacBook Proを大事そうに抱えたまま玄関に立っていた濱本はふたりを交互に見ながら首を捻った。
「そういうなよ、いろんなことがあったんだ。これからもなにがあるか判ったものじゃない。お宅が一緒なら、物騒なことが起こってもなんとかなると思ってさ」
 そういいながら石津はふたりにリビングのソファへ座るように促した。
「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
 田尻と濱本が向かい合うように座ったのを見て石津が訊いた。
「それでは珈琲を。この前、駅前のお店でいただいた珈琲はなかなかでした」
 田尻は部屋の様子を見ながらいった。
「だろ、あそこは珈琲はもちろん、飯も美味いんだ」
 石津はそういいながらガス台に珈琲用のポットを乗せると火を点けた。棚から密封容器に入っている珈琲の粉を取り出すと、サーバーにドリッパーを乗せ、ペーパーフィルタを用意した。それから少し多めに珈琲の粉を入れる。
「いつもなにかあるとあの店で珈琲の粉をもらうんだ。まぁ、マスターと同じ味は保証できないけど、そこそこのものは出せると思うよ」
 石津はそういうと沸騰したポットからお湯を注いで珈琲を淹れた。
 自分は普段使っているマグカップを、ふたりには客用のカップを用意して、サーバーから珈琲を注ぐ。お盆にカップを乗せるとふたりが座っているリビングテーブルへ運んだ。
「ブラックでいいよな」
 石津はふたりにそういうとカップをそれぞれ並べてから、自分のカップに口をつけた。
「まあまあか」
 そういって頷くと、ふたりの顔を見た。
「いただきます」
 田尻は律儀にそういうと口を付けた。
「なるほど、たいしたものです。美味しいですよ」
 田尻は頷いた。
 濱本はだまって口を付けている。
「どうした濱本、やけに大人しいじゃないか」
「え、なんだよ、それ。たまには黙ることもあるさ」
 濱本は言い訳めいた口調で答えた。
「そういえば、濱本さんはうちの局へは来たことはあるんですか?」
 田尻はカップをテーブルに置くと尋ねた。
「どうして?」
 ちょっと慌てたように濱本は訊き返した。
「いや課長も局長も、石津さんとは初対面だからかちゃんと挨拶をしましたけど、濱本さんとはすでにどこかで会ったことがあるような素振りでしたから」
「なにをいいだすんだよ」
 濱本はしどろもどろになっていた。
「濱本、お前」
 石津はすこし強めの口調でいった。
 濱本はそれには答えず、じっと石津の眼を見た。が、ふっとその視線を逸らした。
「説明してくれ、濱本」
 石津はさらに迫った。
 ふいに両手で顔を覆うと濱本はうめくように答えた。
「すまん、俺が悪いんだ……」
「どういうことだ、ちゃんと話してくれ」
 石津はなだめるようにいった。
「早見も近藤も全部、俺のせいだよ。そもそも、俺が早見に話を持ちかけたんだ」
 濱本は顔を覆っていた手を下げると、ふたりの顔を交互に見ながら話しはじめた。
「国家安全保障局の存続を左右するデータがあるからと、俺が早見に相談したんだ」
「局の存続を左右する?」
 田尻が聞いた。
「ああ、そうだ。俺も詳しい話までは知らない。ただ、あるデータが隠されているから、ということだけを聞かされていたんだ」
「それが今回のデータのことか?」
 石津が問いかけると、濱本はソファから床に座り直して、頭をこすりつけるようにして謝った。
「すまん。申し訳ない。全部、俺の責任だ」
「話を聞かせてくれないと、なにもわからないじゃないか」
 石津は濱本の手を取ると、あらためてソファに座らせた。
「そもそもの発端はファイルを別のデータに紛れ込ませる技術を開発して欲しいという依頼からはじまっているんだ」
 濱本は俯いたまま話しはじめた。
「それはどこから?」
 石津が尋ねた。
「政府筋。与党の幹事長室に呼ばれた。で、とりあえず画像ファイルにドキュメントデータを埋め込むプログラムを組んで納品した。納品してそれで終わりだと思っていたら、そうじゃなかった」
「というと?」
 今度は田尻が口を開いた。
「ある政治家の事務所から、別の依頼をされた。とある場所にあるファイルをメモリカードの中身とすり替えて欲しいと……」
 濱本は下を向いたままちいさな声で話した。
「濱本、もっと具体的にいってくれ。そうじゃないと話が見えない」
 石津は濱本の腕を掴んで頼んだ。
「わかった。国家安全保障局に保存されているファイルを、すり替えて欲しいと頼まれたんだ。そこにあってはいけないファイルが存在していると。話を詳しく聞いてみると、俺が作ったプログラムでデータを紛れ込ませたファイルがあるから、それを普通のファイルと入れ替えてくれということだった」
「なんだって、お前にそんな話が」
 石津は不思議そうに尋ねた。
「いや、もともと石澤の紹介で、いろいろとプログラムを組んでたんだ。政府関係のところで。だからかもしれない。ハッカーとしての能力の高さを買われてのことだと思う。あの局長とは、データを紛れ込ませる仕事をしているときに、幹事長室で会ったことがある」
 濱本は言い訳めいた説明をした。
「だから保安課は俺たちも追跡していたのか……」
 石津は田尻の顔を見ていった。
「その可能性はありますね。それで、なぜデータを紛れ込ませたファイルが局にあると?」
 田尻が訊いた。
「ある極秘任務のドキュメントらしい。それを保障局のだれかが自分の身を守るためにこっそり隠しているということだった。もちろん、そのドキュメントの中味が公になれば、日本の屋台骨が揺らぎかねないといわれた」
 濱本は頷きながら答えた。
「どいうことだ?」
 石津は田尻の顔を見ていった。
「局のトップがなにかに絡んでいるんでしょう。役人ですから、文書での指示を受けた。けれどその文書は残すなといわれたものの、なにかあった場合に自分の身を守るための証拠として隠し持っていた」
 田尻は考えながら答えた。
「なるほど。それで濱本、どうしたんだ?」
 石津は濱本に向き直るとさらに尋ねた。
「早見にもその話は伝わっていたようだった。俺が相談にいったときには、なにもかも了解しているような感じだった。もしかすると彼には命令みたいな形で伝わっていたのかもしれない。局へいって、ファイルをそのまま交換するプログラムを忍び込ませたメモリカードを、彼に渡したんだ」
 濱本はそこまでいうと、カップに手を延ばして残っていた珈琲を飲み干した。
「それで、データをすり替えたあとで、早見は交通事故に?」
 石津はふたりの顔を見ながらいった。
「きっと、ファイルを入れ替えたことがばれたからか、あるいは挙動不審ということで怪しまれたのかもしれない」
 濱本は申し訳なさそうにいった。
「そういえば映子が、早見はしばらく悩んでいたといってたな。もしかして命令を受けて悩んでいたのか?」
 石津は自分で確かめるようにいった。
「あるいは実行したことを悩んだのか」
 田尻が続けた。
「ともかく早見の事故はメモリカードのことと関係がありそうだということはわかった。それでなぜ近藤のことを」
 石津はさらに濱本に訊いた。
「データのコピーができないだの、解析に時間がかかるだの、お前たちにも嘘をいっていた。そんなわけはない。だいたいもともと俺が書いたプログラムが発端だ。コピーもすぐできるし、解析に時間なんかかかるわけはない。近藤のヤツ、正義感が強いから自分で守らなきゃと思ったんだろう。だからああやって揉みあって……」
 濱本はそういってふたたび顔を手で覆った。
「確かにお前が素直にすべての話を吐いていたら、ああはならなかったかもしれん。でも、いまさらなにをいっても近藤が帰ってくる訳じゃない」
 石津はそういって濱本の肩に手をやった。
「ちょっと待ってください。ということは、もしかするとデータは?」
 田尻が濱本の顔を見て訊いた。
「もちろん、このMacにコピーしてあるし、そのつもりならすぐに隠してあるファイルを抜き出すこともできる」
 石津と田尻は濱本の答えを聞いて顔を見合わせた。

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