チキサニ ―巨きなものの夢― Chapter.2

 青々と繁った樹間からこぼれる陽光が、へリンボーンに組まれたレンガ舗装の上で軽やかに踊り、それにリズムを合わせるかのように、雲雀の声が降り落ちてくる。

 一ヶ月あまりも都心のオフィスに籠もって、ほとんど外に出ていなかったので、季節が進んでいたことにも気づかなかった。初夏の柔らかい日差しが、本来なら気持ちよく感じるのだろうが、真夏の太陽のように眩しく、皮膚を刺すように感じられる。

 丘の斜面を巻くようにつけられた緩いスロープゆっくりと登りながら、身体も心も重く感じる。

 2年がかりで建てていた家がようやく完成したので遊びに来ないかと、シンに誘われたのは、半年ほど前のことだった。

 何事にも全身全霊を傾けないといられない質の彼は、制作するゲームと同じように、自分の家にも精魂傾けて、みずからCADを使って設計し、調度なども厳選していった。打ち合わせで彼のオフィスを訪れて、ゲームのプロジェクトの話が終わると、彼はそれまでの気難しい表情から、一気に緩んだ顔になって、自分で組んだ自宅の3D空間をスクリーンに写して、いろいろ解説してくれたのだった。

 彼の新しい自宅の建設は、2年前から始まった今までにないシステムを取り入れたゲームタイトルの開発とほとんど同時に進んできていた。

 ほとんど寝る間もないほど新しいタイトルに取り組みながら、よく、緻密に家の設計まで考えられるなと、半ば呆れて彼の話に付き合ったが、彼は、完全にバーチャルな世界に没頭していると、現実と虚構の区別がつかなくなってしまうことを恐れていて、それで、リアルな自分の家とそこに暮らす家族のことにも同じだけの情熱をかけていたのかもしれない。

 もっと早くに、彼が情熱を注いだ家を訪ねれば良かったと思った。

 スロープを登りきると、視界が開けた。北側には、都心のビル群が遠く、霞の中に浮かんでいるように見えた。それを背にする形で、シンの新しい自宅があった。眩しいほど白い漆喰壁の総二階の家は、コロニアル風の豪華さも漂わせながら、どこか控えめに周囲の風景に溶け込むようにデザインされていた。CGでそのフォルムは何度も見せられていたが、風景に溶け込んだ実物は、やはりバーチャルなものとは湛えている雰囲気の厚みが違う。

 広々とした庭は、よく刈り込まれた芝生が陽光の元で生き生きと輝いていた。四囲はアラカシの生け垣が取り囲み、丘の裾野に広がる町並みを消しているので、宙に浮かんだ場所にいるように思わせる。何故かシンは、生け垣にこだわって、家の建築が始まる前に生け垣を巡らしていたので、ほどよく成長し、人の生活に馴染んでいるように見えた。

 その庭の南東の隅には、ひときわ大きなハルニレの木があった。これは、もともとここに生えていた木で、いつだったか、シンは、この木を見て、ここに住まいを作ることに決めたのだと言っていた。

(どうしてハルニレにこだわっていたのか、あのとき、シンに聞いておけばよかった)
 ふと、脳裏にそんな考えがよぎった。

「あら、いらっしゃい」
 ぼんやりと庭を眺めていたら、庭に面した大きなガラスサッシが開いて、明るく声を掛けられた。

「直接、庭のほうにいらっしゃいよ」
 その言葉に応じて、庭に続く低い板戸を開けて、中に入った。

「今、冷たい飲み物を持ってくるから、デッキに腰掛けてて」
 そう言うと、真澄は背を向けて奥へ行った。

 庭にせり出したレッドシーダーのウッドデッキは、陽の光をたっぷり浴びて、乾いた森の香りを発散していた。その床にじかに腰をおろし、あらためて庭を眺める。

 表からでは生け垣の影に隠れていて見えなかったが、ハルニレの太い枝には、ロープが二本掛けられ、その先で小さな女の子が腰掛けたブランコが揺れていた。

 その子は、首を上に向けて、気持ちよさそうに目を細めて、何かしきりに話しながら笑っていた。肩のあたりで切り揃えられた髪にはシンと同じようなウェーブが掛かり、オーバーオールを着て黄色い長靴を履いた姿も、初めて会った頃のシンを思わせた。

 10数年前、まだ会社が大発展を遂げるずっと前、それは下町にある少し大きな町工場のような体裁で、まだ新人だったシンは、工員が着るようなねずみ色の作業着を着ていたのだ。その町工場のようなラボの片隅で、彼は世界で初めての体感型の3DCGゲームを開発し、それがビディオゲームの世界を刷新させるイノベーションになることも知らずに、屈託なく笑っていた。

 新築のこの家に誘われながら、今になるまで足が向かなかったのは、今、ここにあるような家庭的な幸せが、眩しすぎるように感じることを見越していたのかもしれないと気づいた。忙しいことを口実にして、こうした幸せから遠い自分の存在位置を思い知らされることを恐れていたのかもしれないと。

「雅美に会うのも久しぶりよね。どう、大きくなったでしょ」
 いつのまにか傍らに立っていた真澄が、並んでハルニレのほうを見ながら言った。

「そうだね。前に会ったのは、まだ生まれたばかりで目も開かない頃だったものな。……もう、だいぶ話しもするんだろ」
 ぼくは、我に返って答える。

「もうたいへん。たくさんお話もするし、まるで犬の子みたいに、この庭を転げ回っているわ」
 そう言うと、真澄は娘をいとおしそうに見つめて微笑んだ。

 ぼくは、その子の成長よりも、むしろ、真澄の成長、いや変化に驚かされた。

 同じ職場でデスクを並べていた頃は、弾けるように若々しく、彼女が見つめる娘と同じような無邪気さを振りまいていた彼女が、すっかり母親らしい落ち着いた雰囲気を身につけている。夫の突然の失踪という深刻な事態に直面しながら、内面はどうあれ、平然として我が子を慈愛深く見つめる落ち着いた母親……。

 ぼくは、三年という時の意外な重みを感じた。

「シンの奴、可愛かっただろうなあ」
 過去型で言ったことにすぐに気づき、あわてて口をつぐんだが、真澄はは、そんなことは意に介した様子もなく、ただ娘をやさしく見つめ続けていた。

「私ね、今のほうが彼が身近にいるような気がするの。あの人、雅美が生まれた頃から急に忙しくなって、ほとんど家で寛ぐことがなかったのよ。せっかくあの子のために、この家を建てたのに、あの子と遊ぶこともほとんどなくて。……たけど、彼が会社で消えてから、なぜか、前よりずっと近くにいるような気がしてならないの」
 そう言って、彼女はこちらを向いた。その目は真剣だった。

「けして、強がりで言っているんじゃないのよ」

 ぼくが、彼女の言葉の意味をはかりかねて首を傾げると、彼女は笑って言葉を継いだ。

「おかしなことを言うと思うでしょ。でも、ほんとに、そんな気がするの」

 シンが前より身近に感じられる……ぼくには、どう考えていいのかわからなかった。彼女の話にどう反応したらいいのかわからないまま、ぼくの口をついて出たのは、陳腐な質問だった。
「雅美ちゃんは、寂しがってないのかい?」

「それが不思議なの。この子も、私と同じように感じているみたいなの」
 そう言うと、彼女は、庭のハルニレのほうを眺めやる。

「さっきもね、あそこで、楽しそうにパパによく聞かせていた歌を急っていてね。……マーちゃんどうしてそのおうた歌うの?って聞いたら、だってパパが一緒に歌おうって言うんだもん、って。パパはどこ?って聞いたら、木の上のほうを指さすの。そっちよ、ママの上、って。見上げると、何も見えないんだけど、なんだか、ほんとにそこに慎がいて、笑って見下ろしているような気がしたわ。

 目を凝らして、庭の中心に聳えるハルニレを見やる。青々とした葉の茂る、枝ぶりのすばらしい、元気なハルニレ……。

 時が止まったように静かで、あたり一面、初夏の光に包まれている。

 遠い昔、こんな家庭を作ることを夢見ていた自分があったことが、微かに思い出される……。

 5年前、ぼくがシンに誘われて、町工場から世界的な大企業に成長した会社に入ったとき、配属された職場にいたのが真澄だった。

 彼女は、大学を卒業して入社したばかりで、ぼくより10歳あまり若かったが、半年先輩だった。頭でっかちであまり融通の効かない、しかも野暮ったいのが相場のプログラマーたちの中で、少女のように純粋で好奇心にあふれた彼女は、ひときわ輝いていた。

 彼女は、プログラミングどころかコンピュータについて何も知らないぼくに、「下手に知っている人より、ぜんぜん教えやすいし、教えがいがあるわ」と、まさに手取り足取りコンピュータのイロハから教えてくれた。

 ずいぶん昔のことのように思えるが、あれから数年しか経っていないのだ……。

「真澄と結婚しようと思うんだ」

 行きつけの酒場で、シンは、いつもの倍くらいのウイスキーの力を借りて、ようやく打ち明けた。 二人の雰囲気を身近で見ていたぼくは、シンが深刻そうな顔でバーに誘ってきたとき、結婚のことを打ち明けようとしていることは察しがついていたが、彼のはにかみようが面白くて、そしらぬ顔で告白を待っていたのだ。

「真澄はよしたほうがいい。みてくれは可愛らしいけど、けっこう細かいところまで厳しくて融通が効かないんだ。ああいう女は、家庭に入ってから、旦那を尻に敷いて、恐ろしい教育ママになるに決まってるからな」

 ぼくがとぼけて言うと、シンは、急に上気した顔で、声を荒げた。

「絶対そんなことはない。真澄は、そんな女じゃないんだ。おまえ、ずっと彼女と一緒にいたくせに、なんにも見てないんだな。おまえはもっと観察力のある奴だと思っていたけど、見損なったよ」

「いやいや、冗談だよ。彼女はそんな月並みなタイプじゃないよ。おまえたちなら最高のカップルだと思うよ」

 シンは、機嫌を直して満足げにうなずくと、呂律のまわらなくなった口で懺悔でもするように言った。

「プログラマーになってから15年、仕事一筋できてしまった。気がついたらガールフレンドもいなくて、もう女性には縁がないんじゃないかって思ってたんだけど、彼女が現れて急に未来が開けたような気がするんだ……」

 真澄は、あどけなく見えるが、芯は強く、自分の人生にはっきりとしたイメージを持っている大人の女性であることに、彼女と机を並べて仕事しているうちに、気づいた。そして、自分などと比べてしっかりと自立した心を持った彼女に、尊敬にも似た気持ちをぼくは抱いていた。

 そして、シンと真澄は、理想のカップルに思えた。物事を突き詰めて、それに没頭せずにはいられないシンを真澄なら優しく包み込んで、シンが安心して仕事に打ち込めるだろう。

 ぼくは、二人が家庭を築く様子を想像して、自分が求めながらも手に入れられなかった、今後もけして手に入れられないことがわかっている理想を彼らが代わりに実現してくれることを願っていたのかもしれない。

 真澄が、ぼくにシンを紹介してくれと切りだしてきたのはその半年ほど前のことだった。

 ヒットゲームを次々と世に送り出し、下町の工場のようだった会社が都心に巨大なオフィスビルを構える世界企業にまでのし上がったのは、シンのプログラミングの才能によるところが大きい。業界では、「プログラムの神様」とまで称される彼は、同じプログラマーでも駆け出しの真澄にとっては、まさに雲の上の存在といえた。

 真澄がシンに憧れていることを知ったぼくは、気軽にシンとの酒飲みの席に彼女を連れてゆき、二人を引き合わせたのだった。

「シンと結婚して幸せかい?」

「そりゃあ、もう……」
 彼女はハルニレの木をみつめたまま答えた。

 丘を駆け上ってきた風が、ふいに梢をゆすり、何かを訴えかけるようにざわめいた。

 その時、ブランコに乗っていた子がこちらに気づいて走ってきた。

「マーちゃん、ご挨拶なさい。おじさんは、パパとママの大事なお友だちよ」

「こんにちは!」
 間近で見る笑顔は、まさにシンの笑顔そのものだった。

****

 シンの部屋は、様々な装置に埋もれていた。

 大小のディスプレイ、むき出しのボード類、多層DVDドライブ、小さなオブジェクトや顔などのデータを記録するための3Dスキャナ、簡易型モーションキャプチャー、超高精細のMPEGカメラ、各種のイコライザー、音声モジュール、それに得体のしれないボードむき出しのデバイス類……。10畳はありそうな部屋なのだが、人が動ける範囲はせいぜい一畳分しかない。

 広い庭とその先の景色が見渡せる大きな窓の下に置かれた机の上だけが、開けたスペースになっていた。

「慎は、そのキャビネットは自分の分身のようなものだってよく言ってたわ。ここには僕の全体験が詰め込んであるんだってね。手がかりがあるとすれば、あの中だと思うわ」

 真弓は、デスクの横にある作りつけのキャビネットをさして言った。20センチ四方ほどの小さな引き出しが5列×5段並んでいる。

「あのキャビネットに? 何が?」

「開けてみて」

 ぼくは、部屋に分け入り、引き出しのひとつを開けた。中には、DVDディスクの収められたプラスチックのケースがびっしりと詰まっていた。

他の引き出しを開けてみると、そこにも、ディスクが手探り式の図書検索カードのようにびっしりと収まっている。

 中の一枚を抜き出してみる。プリントアウトされた活字で『9*年夏』と書かれたラベルが貼ってあった。

「きみは、ここにあるディスクを調べてみた?」
 戸口に立ったままの真澄に聞いた。

「ほとんど見てないわ。彼がいなくなって間もないし、なんだか生々しくてね」
 そのとき、階下から子供の泣き声が聞こえた。

「それに、あの子を放っといて、ここにこもっているわけにもいかないでしょ」

「見せてもらっていいのかい? 家庭のことだってこの中に記録されているんだろ」
 彼女は笑ってうなずいた。

「ドライブの使い方はわかっているわね。……何かわからないことがあったら呼んで。コンピュータに関しては、まだ、あなたより私のほうが詳しいはずだから」
 おどけた表情でそう言うと、彼女は、軽やかに階段を降りていった。

 それにしても、この膨大なディスクのうちのどれから手をつければよいのか……。

 一枚ずつチェックするといっても、それぞれが、20TBの容量を持つ多層DVDディスクだ。最新の技術で構築された緻密な3D映像でも600時間分は楽に入る。ひとつの引き出しに100枚のディスクが納まっているとして、その25倍、2500枚の20TBディスク……巨大な博物館のすべてのデータを収納したとしても、まだ十分にあまりあるのではないか……。思わず、気が遠くなる。

 だが、データの大海を目の前にして呆然としていても始まらない。とりあえず、漕ぎ出さなければ、目的地にはたどり着かない。

 ぼくは、気を取り直して、とりあえず、いくつかの引き出しを開けてみた。

 ありがたいことに、キャビネットはわかりやすく分類されていた。引出しには何のラベルもついていなかったが、ディスクには日付とともに、内容を示す簡単なタイトルがつけられている。

 さらに、几帳面なシンらしく、引出しごとに、カテゴライズされている。下の方の段には、シンがこれまで手がけたゲームのコピーが収められていた。上のほうの段は、仕事のアイデアやプライベートなデータが入ったものらしい。

 それにしても、探すべきものが、具体的に何なのかわからなければ、データの大海を闇雲に泳いでいかなければならないことには変わりないのだが……。

 とりあえずDVDドライブと端末の電源を入れ、さっき取り出した『9*年夏』というタイトルのディスクをスロットに差し込んでみる。

 ディスクが高速で回りだすと、すぐにオートスタートでアプリケーションが起動し、ディスプレイに、どこかの南の島の風景が映し出された。

 水平線の向こうに今まさに沈もうとしている大きな太陽。残光に茜に染まる海と空。その雄大な背景の手前にヤシの木とその下にたたずむカップルがシルエットで浮かび上がっている。

 画面をスクロールすると、エメラルドグリーンの海に浮かぶ眩しい白さの環礁が現われた。その内海に色褪せた双胴のカヌーが浮かんでいる。ヘリからでも撮ったのか、10mくらいの高さから俯瞰する形で見えている。海水があまりにも透き通っているので、珊瑚に落ちる影がカヌーと寸分違わぬ大きさで、まるで空中に浮かんでいるように見える。

 真っ黒に日焼けした男がカヌーの舳先で、海中を覗きこみ、ヤスを構えている。そのヤスの鋭い刃の延長線上に、小さな魚影が見える。

 試しに、その魚の影にポインタを合わせてズームしてみる。すると、その部分がクローズアップされた。漁師のヤスに捕捉されかかっている魚は、いかにも熱帯魚らしい鮮やかな色彩だ。さらにズームアップすると、ラピスラズリのような輝く青の魚体に、刷毛ではいたような黄色い筋が横に走っているのが見える、背後の白い珊瑚と絶妙のコントラストをなし、あまりにも鮮やかで作り物めいて見える。

 もっとズームアップしてみると、魚の目が画面の真ん中に大写しになった。その琥珀のような球面には、ヤスを構えて魚を狙う厚いくちびるの漁師の姿がはっきりと映っていた。そこまでズームアップしても、画面はたいして荒くならない。

 かつて、デジタルカメラはどんなに頑張っても光学カメラの解像度には及ばないと言われていた。しかし、ナノメートルの単位にまでMPUを集積化したマイクロ技術は、CCDに信じられないほどの解像度の実現ももたらし、たちまち、画素数で数十万の単位から数百万、数千万へ、そして数億画素という単位にまで及んだ。光学カメラが当たり前だった時代を知っていると、今のこの技術は魔法としか思えない。

 ふたたびスクロールする。今度は、高層ホテルが弓なりの海岸を囲むように立ち並ぶ明るいビーチが映し出された。浜辺にタオルを敷いて寝そべる女の子に照準を合わせてクリックすると、その娘の背中の小さなシミまでが識別できる。ハワイかグアムか、そんなところだろう。

 さらに画面をスクロールすると、観光ガイドのような映像が次から次へ現れた。

 赤茶けた岩山を背にしたスーパーマッケットがあった。ドアにポインタを合わせ、クリックするとドアが開いた。ゲームプログラマらしいシンの遊び心に、思わずにんまりする。

 そのまま、画面をズームアップすると、店内に入っていける。棚には色とりどりのパッケージが並んでいた。店内の任意の方向にポインタを合わせてクリックすれば、その方向へ進め、商品の細かいところまで確かめることができた。

 最後のワンカットは、背後に横たわる赤茶けた山影に向かって真っ直ぐに伸びるダートロードを映した絵だった。彼方に、ケシ粒のような人影があった。その人物にポインタを合わせ、顔がわかるまでクローズアップする。ぼくが初めて会った頃のシンだった。真っ黒に日焼けした顔で、無邪気にアカンベーをしている。

 ドライブを止めて、ディスクを取り出すと、同じ引出しから抜き出した別のディスクを差し込んでみる。

 これも、シンの旅の記念アルバムのようだった。

 同じ引出しから、最近の日付のラベルのディスクを取り出し、ドライブに掛ける。

 これには、娘の姿ばかりが続いていた。庭のブランコを楽しそうにこいでいるところ、風呂に入れられているところ、それに、おめかししてディズニーランドでミッキーと手を繋いでいるところ……。その瞳をクローズアップすると、ぎこちない姿勢でデジタルスチルカメラを構えたシンの姿が映っていた。

 気がつくと、陽がすっかり傾いていた。

 デスクに据えられたディスプレイから窓外に目を移すと、遠く東西に連なる山の端が、茜色の空を切りとっている。その鋸歯状の連嶺の中央に富士山があった。傘雲になりきれなかった三日月型の雲が、山頂を切りとろうとする円月刀のように夕陽に輝いている。

 明るい家庭に恵まれ、この景色を眺めながら、シンはいったい何を思っていたのか? どうして彼は忽然と消えてしまったのだろう?

 僕は、ディスクをまとめて何枚か借りて帰ることにした。

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