宗教

私の実家は振興宗教をしていた。

私の母が、私が4歳の時から始めた。

私は母が私に対してあまり愛情らしいものは注いでくれないと感じていたので、母が喜ぶように振る舞えば、可愛がってくれると思っていた。

だから、最初から私は母が宗教の集会に行くことなどに協力した。

父は、自分の身の回りのことが出来ない人だったので、母が自分のこと以外で出かけるのを良しとしなかった。

私は幼い頃から、なにかにつけて用事を言いつけられていたので、父の世話をせざるを得なかった。

そんな父をなだめすかして、宗教の集会にも連れていった。

今思えば、かったるいことだったと思うが、その時は必死だった。

私が大人になるまでの間にも、離婚話が出てきたりしたが、家庭は宗教の流れに引き込まれていき、プライバシーもなかった。

私も学生の頃は純心に集まりに出かけては、啓発意見などに賛同し行動もしていた。

宗教が全て悪いと言う気は無い。

自己啓発においては自立を促すものもあり、生きていく上での指針とはなる。

ただ、宗教のそれが正しいと思い込むと、宗教以外のことを否定し始める傾向がある。

だから世の中が悪いから良くしようと短絡的思考に陥っていく。

世の中が悪いとは言いきれない。

ただみんな考え方が違うから、違うことを認めて他に干渉しなければ何も問題にはならない。

https://youtu.be/KnWmTeNGlaw?si=_gVQ0xrORPpoQfGK

干渉が過剰になって、国を統制しなきゃとか人口が増えすぎたら食糧難になるだろうから、人口に対しても調整が必要とか思うようになる。

国も宗教も団体として枠に入れてしまうから、だんだん不自然になっていく。

私は今は、宗教も国という括りも嫌なので、自分だけを信じている。

生きる指針という点で。

信頼できる人はいる。

こうでなければならない、みたいな考えを団体に入れた人に押し付けるのが宗教のような気がする。

考え方は自由だと言いながら、多数派ではない人を否定しにいく傾向が強い。

ワクチンの話しだってそうだ。

何年も前から国際保健機構や世界の富豪と呼ばれる著名人の間では、人口削減が画策され実行するという話しが出ていた。

それを知っていた人たちは、多分ワクチン接種をしなかったと思う。

立場上しなければならなかった人もいるだろうが。

世界は宗教で国を統制し、洗脳することで国を維持してきた。

本来は国なんて括りは別になくてもいい。考え方が違うからと言って戦う必要は無い。

個人を尊重して、過剰な干渉をしないで、盗らないことのルールだけを守れば争いは起きない気がする。

私自身、幼い頃から両親のケンカを見てきただけあって、争い合うことに疲れている。

だから人がどんな考えであってもそれでいい。

自分に直接関係ないことだから、人に押し付けるものでも無い。

自分が良いなあと思うことは受け入れればいいだけなのに。

https://youtu.be/JKp-Gc9EdY8?si=4M8FAb8wPam7Qhli

戦うのは男の本能。

男性が枠組みのリーダーになれば、争いが起きるのは必至。

本当はリーダーもいらない。

誰かに依存しきる生き方をしている人が多いからリーダーが必要になってしまう。

一人一人が考え自分の生き方を創造していけば、依存も無くなるだろうけど。

宗教においても国、自治体という括りにおいても、依存させるルールがあり、依存させる教えがある。

キリストやモーゼが凝り固まった宗教を作ったわけではない。

後世に出てきた恣意的な人が宗教を作り、自分たちの良いように統制したのである。

キリストやモーゼはただ気づきを得ただけ。

私は今までを経験したから、そう思えた。


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